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4・消えた男と現れた女

 二人が、階下の酒場で待機させられていた宿泊客三名と宿の主人の計四名を連れて戻ってきた。

 賑やかになったが、この狭苦しい部屋には過剰な宿泊客だろう。

 とりあえずチアノは時系列順に追ってみることにした。

「じゃ、事件の説明をお願いね」

「はい」と、ペテルキアが返答するが早いか窓際へ向かい、さりげなく窓を開けると何時もの様に腕を組んだ。

 そう、ここにいれば部屋の全てが監視できるかのように。


 だが、まったくの偶然だ。息苦しさのあまり自分だけ窓際に逃げたのだ。しかも、この位置では逃げた容疑者に窓から狙撃される恐れがあるが、そこまで気が廻らない性質タチなのだろう。なにより酸欠状態に陥り、自身の推理力が鈍るのだけは避けたかったのかもしれない。

 尤も女法皇の裁きを讃える声は数あれど、女法皇の名推理を賛辞する者など皆無なのだが。


「被害者は娼婦と聞いていたけれど、 愛の女神イオリンラの公娼、イオリンラの乙女ではないようね」

チアノは己の意図を悟られぬよう、相手に考える暇を与えないかのごとく問い続ける。


 イオリンラは儀礼外交神アナリンラの双子の妹で、愛の女神として信仰され、神々との間に浮名を流した伝承を数多く持つせいか、春を鬻ぐことも教義に含まれている。

 イオリンラの乙女とは、神殿の認可を得た場所で、愛の女神イオリンラに仕える修道士アコライト以上の位階を持つ者が、修道生活として行なう公娼行為の呼称で、その位に達していない者、例え高位の者でも未認可の場所で売春行為を行なえば厳しく罰せられる。


「ええ、どうやら部屋の主は二人ほど呼んだらしいんです」

「二人?事件の前にもう一人?大したもんだねぇ」

少し前の舌禍もどこへやら。ペテルキアの説明に、すかさずファオが茶々を入れる。

「そういえば被害者や、お腹の赤ちゃんは死んでしまったんですか?」

そんなファオの発言をサラリと流し、アルシアが疑問に思ったことを口にする。

「ご婦人だけなら司祭様を呼ぶために戻った時に朗報が入りまして、なんとか命は取り留めたようです。意識は戻ってませんがね」

 チアノはペテルキアの朗報に神の慈悲を感じた。


「では詳しい検証をしましょう」

ペテルキアは懐から水晶をとりだした。

「彼が、この部屋の宿泊者で、有力容疑者であるイスモト・マキオ20歳。黒髪黒眼、生粋の東方蛮人コ・パーダです」

掌にある水晶から槍を持った黒髪黒眼の青年の幻影が映し出された。

「彼は階下の酒場で食事を摂ってから、二階に上がり宿の主人にイオリンラの乙女の手配を頼みました」

青年の隣に10代前半位の赤毛の美少女の幻影が映し出され

「同じ左眼教区内にある愛の女神(イオリンラ)神殿直営の雪割り亭から、修道女リィア・リィア十四歳が派遣されました」

「彼女は無事なのね」

鏡に写ってた犠牲者は黒髪、少女は染めてるのか赤みがかった茶髪だ。

「そうですね。特に問題もなく二時間ほど楽しんで定額の寄進料を払ったと」

「で、何時間か後に二人目の――」

ペテルキアは幻影を消すと、チアノに向かって眉を曇らせ、困ったといわんばかりの表情を見せる。

 代わりに宿の主人が「それが誰も入るところを見てないんでさあ」と、もう、お手上げだと言わんばかりに答えた。

「でも、どうやって入れたのかしら?」

「そりゃこっちが聞きたいですよ。宿の支払いもせずに姿を消しちまって!」

高司祭だからツケにしておいたのか?たかが一人分の料金くらいで、もう、この世の終わりだといわんばかりに宿の主人は嘆く。


 確かに、このまま事件の謎が解決しなければ、店は確実に潰れることになるだろう。誰だって怪しい人間が誰にも見つからず自由に出入りできる宿なんぞには泊まりたくない。神面都市グラード・ヤーは観光地だ。代わりになる宿屋は幾らでもある。

「非合法の売春婦だから人目につかないように転移の魔術でも使ったのかしら?」

「それはないですね。マキオは軍神ルスタファの司祭です。転移の奇跡は使えないはずです」

頭を振りつつ、チアノの推測をペテルキアがやんわりと否定する。

「若いのに御立派ね。でも悪魔と契約した者なら・・・」

「その線も考えられますね。地下には邪神を信奉する神殿が、地上と同じ数だけあるとか?」

「地下?あんなとこには二度といきたくない!」

一度でも足を踏み入れた経験があるのか?ファオは地下という言葉に反応し思わず身震いした。

「例え地下に逃げたとしても追跡の魔法で大まかな居場所がわかるんじゃ」

少年の発言にもっともだとばかりにペテルキアは頷き

「発見者の中に追跡の魔術を扱える者がいまして」

 宿泊客の一団から、歴戦の勇士であろう襤褸のような軍神ルスタファの僧衣を身に纏った老神官が一歩前にでて

それがしのことですな。あの晩、某は神の加護が強く負け知らずであった」

丸顔にチョビ髭を生やした商人風の中年がそれに合わせ

「なんとか神官様を負かそうと楽しんでたら、隣から凄まじい悲鳴が」

頬に傷がある隻眼の男が神妙そうに続いたける。

「あまりにも騒がしいもんでぇ、みんなで見に行ったら、槍に刺された裸の女が転がってたんでさ」

「あの者は女を買う前に、某に散々負けたから自棄になったのであろう。同じ軍神を信じる者から、斯様な者がでてしまうとは・・・」

老神官は、物悲しそうに短く軍神に祈ったあと

「同じ神に仕える誼、責任を取るつもりで、追跡の奇跡を行使したんじゃ」

「マキオの所持品にあった、予備の手槍を対象に試みたと」

ペテルキアの言葉に黙って頷く老神官。追跡の奇跡は品物の持ち主を探せる。

「じゃが、床に置いた手槍は何処も指し示さなんだ・・・」


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[良い点] スッと入って文章の読み易さは高い筆力の証明 確かな実力がある、これで内容と量があればプロと同じ実力だと個人的には思う。 量はクリアしているので、後は内容だと思う。 [気になる点] しつこい…
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