12・高い城壁の女
嘗て、神は禿げ頭だった。
元々、神面の頭にあたる部分は、北西の耕作地から、北東の山まで続く街道沿いの城壁を境にして、城壁の内側、即ち城壁の南側にある平地部分が、過去において神の頭部とよばれていた。
昔、神は髪を持たない禿頭であった。
禿げ頭の西側、国境の城壁を越えて、畑作地帯と続く街道が縦断する北西部は、僅かに平野を有している。頭部唯一の平野には、数少ない古くからの住民が住んでいた。
現在においては、北西部に居住する殆どの家が、評議員を輩出しており、まさに神面都市の貴族といえる彼らも、当時は殆どの者が城外での畑作か、宿などを経営して、慎ましく生計をたてていた。
そんな頭部に存在する僅かな平地から、神面都市を天険の要害たらしめる東の山に近づくほど、勾配がきつくなっていき、人家もまばらになっていった。
しかし、そんな光景も過去のものになる。何故そうなったのか?
千年近く昔のこと、交易の要衝といわれたグラード・ヤーを巡って、戦の絶えなかった時代。
とある大国が、大兵をもって港からグラード・ヤーに攻め入り、あっさりと攻め落してしまった。
困ったのはグラード・ヤーを領有していた国。この国はグラード・ヤー以外の港湾都市が領土になかったので、諸外国との交易ができなくなった。
特に陸続きの近隣諸国と容易に取引のできない物、忽ち火薬、医療品、鉄器具などが不足することになった。
戦を続けることが困難になったので、国王が降伏を考え始めたところ、神の天啓を受けた称した一人の将軍が、王から精鋭数百名を借り受け、誰も試さなかった道程、海に面した断崖絶壁の崖側から山を越え、グラード・ヤーを攻め落としたという話だ。
その男は後に、神の導きをうけたと反旗を翻し、グラード・ヤーを国家として独立させ、更なる戦乱へと住民を巻き込むのだが・・・
それはさておき、伝承では数百名で落したことにはなっているが、史実では、別働隊が山頂部の水源地に毒を流し込んだので、敵も身動きをとれず、易々と討ち取られたのだという。
即ち、山は防衛の要であるとともに弱点でもあった。しかし、敵が潜んでいるかもしれない険しい山側から攻め込んでくるのは稀であったので、平時は捨て置かれ、戦が近づけば水源地を守る為、一時的に兵を駐留させるくらいであった。
そのせいか、二度ほど同じ手段で陥落しかけたことがあった。
一度目は数百年ほど前の都市国家時代のことで、この戦は、グラード・ヤーを独立させた独裁者が、神風と称する浜風を利用し、緑豊かな山ごと敵を焼き払い、援軍が来るまで、海水を蒸留して篭城戦を凌いだ。
二度目は宗教都市国家となった頃で、この時代には、既に山から一気に攻め込まれないように城壁を山裾側へ延長してあった。
禿山にも緑が、若干、戻ってはいたが、見晴らしが良く、山からは都市側の動き動きが手に取るように見えたという。
この戦で攻め込んできた帝国の大将が、山からグラード・ヤーを見下ろして
「哀れなものだ。神は己の顔で何が起こっているのか理解されてないようだ。鏡を使って、己の顔を知ることができる人間の方が上かもしれないな」
という意味の詩を詠んだ。
文献に残っている中では、これがグラード・ヤーを神の顔と例えた最古の事例だ。
この戦で、帝国は陸と海から攻め込もうとした。
が、件の大将が詩を詠んだ、翌日、太陽が二つ昇った。帝国側の将兵は、まるで、神が己の顔を見る為に鏡を持ち出したのだと混乱したが、冷静な大将は動ぜず、定石どおり水源地に毒を流しこんだ。
だが、毒は水を浄化する奇跡を用いて、殆ど無効化されていた。宗教都市となってから、グラード・ヤーには、そのような事を行なえる者がごまんといた。
だが、大将は焦らなかった。海上は封鎖しているのだ。いづれ、敵は疲弊すると確信していた。
二つの太陽を見て、異民族主体の水軍が恐れて、攻め込みたくないと混乱するのも想定内だ。一ヶ月ほどたてば、日中でも太陽が消え暗黒と化す日がくる。その時こそ、決戦の時だと考え、一部の者を暗闇に慣れる用意をさせていた。
が、作戦通りにいかないのが戦だ。都市側が意外な方法で海上の水軍を攻めたてた。
神面の鼻に当たる小高い丘から火線が奔り、海上の船団を攻撃してきた。
何艘か焼かれた末、混乱した水軍は逃げ帰った。これで意気を上げたのか、毎晩、同じ時間に闇夜に紛れて小勢で攻めてくるようになった。
たかが小勢なので、毎夜、適当にあしらっていた。何時の日か夜襲に慣れ、何時もどおり敵を撃退し、何時ものように就寝した夜に攻め込まれた!地中からだ。
敵は毎晩攻めながら、魔術か奇跡で山中を刳り貫き、隧道を幾つか掘削していたのだ。
早朝、陣中に敵が大勢現れて、さしもの大将も大わらわとなり、自ら剣を振るって戦うも、完全に虚を突かれたせいか陣は崩壊し、行方知れずとなった。
要害を取り戻し、意気揚々となった都市側は、山から、西部の平原へと敗残兵が集まっているのが見えた。
斥候に探らせれば、敵の大将が死んだので、今日は喪に服し、翌日、祀りながら兵を引き揚げることになったという。
これは奇貨だと思った都市側は、引き揚げる敵を追撃しようとしたが、これは罠であった。敵の伏兵に遭い、散々討ち取られた。
囲まれた味方を救わんと、都市から援軍が放たれた。援軍が合流した、その時!突如として闇夜が訪れ、更に多くの者達を討ち取られてしまった。
この戦で数多の神官と、多くの優秀な司祭が討ち死にした。敵も被害が甚大であり、講和を結ぶことができた。
この時結んだ講和が切欠で、グラード・ヤーは永世中立の都市国家となる道を歩んだ。
だが、その間、防備を怠ったことはない。寧ろ、誰にも与しない中立国家を標榜したのだ。より強固な守りにしなければならなかった。
幾度か神面都市を危険な目にあわせた山に、いっそ天険の要害として城を築いてしまえと提案されこともあったが、既に交易で酒などの飲料に困らないことや、人口の少ない神面都市の貴重な兵力を分断するだけで、金の無駄だという声で沙汰闇となった。
そんな北東部にある山々、神面都市と呼ばれる由来の因となった、この地も、今では斜面を切り崩され、宅地造成されていた。
遠くない昔のこと、神面都市が永世中立都市を宣言し、交易の中心地となってから、各国の大使館や、大手の商館がやってきて、土地不足となってしまった。
同じ頃、幾つか事件が起きた。都市内で各国の小競り合いが増え、被害が住民に拡がり安全面でも問題が出てきたのだ。
この事態をさして、一時期、戦争は神面都市で起こるという狂歌が貿易商の間で流行したほどだ。
神面都市内に争いが充ち足りてる間、皮肉なことに、国家間の戦争は起こらなかった。
困った神面都市評議会は、兵力を分断することにした。自分達の兵力ではない。ここで代理戦争をする者達の兵力だ。
即ち、山側に、もう一つ城塞都市を作ることにしたのだ。北東部にある斜面を削り取って作った新興の高級住宅街は、以上の理由で城壁に囲まれて要塞化している。
各国の大使館の多くは此処にある。彼らが、嘗て、私兵として雇っていた荒くれ者達は、口教区にある港湾部あたりにいるのだろうか?
この都市の住人ではない彼らが、出入り口となる道が神面都市に、それぞれ一箇所しかない高級住宅地へ足を運ぶのには躊躇した。
西の入り口と東の出口には検問所があり、もし、脛に傷を持つ者が通行しようとすれば、此処を守護する外交儀礼神の信徒が率いるロイヤルガードに捕まり、即決裁判で処刑されてしまうからだ。
何より、処刑された者一人につき、出身地と思われる国の大使館に処刑代行料金の請求がきた。良く、イ・ルコ人が犯罪に関わるのは、彼らの国が大使館をおいてないことも理由の一つだ。
これにより、神面都市内で、勢力争いを起こす大使館は減り、神面都市内の治安は幾分か回復した。
斯くして、神の頭に毛が生えることとなった。均衡が悪く東側のみであるが。ついでに書くのならば、高級住宅地にある噴水は、現在の我々の言葉で言うところの十円ハゲに相当するのか?
もし、上空から都市を見下ろせる者がいれば、神には硬貨ハゲあると称するのだろうか?それは、わからない。
その噴水を囲むかの様に木々が並び、暖かな日差しが射し込むベンチの上で、ファオは神面都市の噴水は、金貨禿げというべきか、それとも銀貨禿げ?と悩みつつ、露店の料理を啄みながら、独り寂しく昼食を過ごしていた。




