第五話 小鬼の洞窟
怪鳥のような、ギャギャッ、という鋭い濁声が、真っ暗な洞窟に響いている。
岩肌がむき出しとなった通路を当てもなく浮遊する、いくつもの丸い光体――【闇をさまよう魂】の淡い輝きを頼りに、ミウナは忙しなく動き回る。
木盾を右へ左へ構え、その表情は焦燥に満ちていた。
「ちょっ、厳しっ――!? だから、これっ……多っ!?」
一撃、二撃、三撃――と、息つく暇もなくミウナを襲う、手斧による連撃。
三体の【小鬼】の猛攻が、ミウナを苦しめる。捌くのに精一杯で、彼女は攻勢に出れずにいた。木盾で防ぎきれなかった一打が、ミウナの肩をえぐり、HPを減少させる。
その様子を、クウヤは少し離れた場所で佇み、観察していた。
(……やっぱ、まだミウナにダンジョンは早ぇえよなぁ)
ミウナの苦戦しているさまを見るに、時期尚早であるのは明らかだった。
【小鬼】が徘徊する樹林――〘悪魔の森〙の内部に、初級者向けのダンジョンが一つあった。初心者向けと呼ばれるように、出現するのは【小鬼】だけに限られ、難易度はDaemons Mother Onlinの全ダンジョンの中でも特に簡単な部類に含まれる。
それは、モンスターのLv.が強化された〝新生〟になっても、変わりはない。
だが、ダンジョンには〝フィールド〟にない、特有の難しさがあった。
まず、その狭い通路だ。
敵が現れるポイントは『ダンジョン』と『フィールド』の二つに大別されるが、基本的にダンジョンは険隘な通り道を進んで行くことになる。
当然、敵と遭遇した際は、息苦しい空間で交戦しなければならない。
つまり、非常に動きを制限されるのだ。さらに、暗がりで視界も悪く、複数のモンスターを一度に相手取らないといけない状況となければ――
初心者同然のミウナが、苦労しない道理はない。
「……どうすっかな」
現在地は、初心者向けダンジョンである【小鬼の洞窟】の、まだ入口付近だ。
進入からすでに数十分が経過していることを考えると、進捗の状況は芳しくない。
これはクウヤの予測だが、もしかしたら半分も到達できず、今日は引き返すことになるかもしれない。
無論、クウヤがミウナの手助けをすれば、十分もかからず最奥の『ボス部屋』までたどり着けるだろう。
だが、それでは意味がない。
あくまでも、クウヤはミウナの指導役として、この場にいるのだ。一人でも生き抜いていけるだけの最低限の技術を彼女に教えるのが、クウヤの役目である。
安易な介入は、結果的に彼女のためにならない。
(……つっても、これが訓練になってるのか、疑問なんだよな)
ミウナが執拗にダンジョン行きを主張し、クウヤは〝多対一〟の戦闘を学ばせることを目的にしぶしぶ承諾したのだが、その判断が誤りだったように思えてならない。
ミウナには、二体以上の敵と相対するときの注意事項を、一応ダンジョン入りする前に伝えてあった。しかし、それがまだ彼女の頭の中にあるかは、はなはだ懐疑的である。
たとえあったとしても、実践できるだけの余裕がない。
いくらケンカ慣れしていると言っても、さすがにいきなり三体の【小鬼】に猛襲されては、ミウナが半泣きになって慌てふためくのも無理はないだろう。
むしろ、三体を相手にして、よく凌げているほうだ。
しかし、これでは訓練にならない。
「多い多い多い多い多いぃ――――!? こんなモテ期はいらないッスぅ――――!?」
そう叫んでいる間に、ミウナは通路の壁に追い詰められた。【小鬼】の同時攻撃を木盾で受けきれず、残りHPが半分以下となる。
それが引き金となったのか、パニックを起こしたように、
「もういやだぁ――――――――っっ!! こっちくんなこっちくんなこっちくんなっ!! どっか行けどっか行けどっか行けこれでもくらえ〈カマイタチ〉っ!!」
そして、ミウナは横薙ぎに必殺の太刀を繰り出した。
彼女のボイス入力に呼応し、〖剣士〗専用の広域攻撃スキル――〈カマイタチ〉が発動。振り抜いた剣身から風の刃が放射され、三体の【小鬼】をまとめて吹き飛ばす。
「――〈カマイタチ〉〈カマイタチ〉〈カマイタチ〉〈カマイタチ〉ィィィィィ!!!」
さらに、半狂乱で木剣を振りまくり、〈カマイタチ〉の準備時間が済み次第、風の太刀が発射され、【小鬼】たちに命中する。
哀れ、三体の【小鬼】は〈カマイタチ〉のごり押しに敗れ、消滅した。
ぜえ、はあ……と、ミウナは肩で息をし、泣き顔から転じて喜色満面となるが、
「誰がそんなデタラメな戦い方をしろっつった、この大馬鹿野郎」
クウヤは彼女に近づき、緋髪の脳天にチョップを下した。
もぎゃんっ、とミウナは頭を手で押さえ、
「ク、クウヤさん、ひどいです……あたし、頑張ったのに」
「スキルの濫用なんて、それこそ馬鹿でもできんだよ。さっきみたいなヤケクソの力押しは、今しか通じねえかんな。もっとスマートな戦法を覚えろ」
ダンジョン攻略にあたり、スキルの使用を勧めたのはクウヤだが、ここまでデタラメな使い方をしろとは言っていなかった。
これなら、下手に覚えさせないほうがよかったかもしれない。
スキルはたしかに便利だが、〝必殺技〟であることを忘れてはならない。
要するに、使いどころが肝心なのだ。
考えなしの乱発は、使用者を無用な窮地に陥れる原因となる。
「で、でも、あのままじゃあ……」
ミウナは納得がいかなさそうに、クウヤを見上げる。
「別にダメージなんていくらでもくらえばいいんだよ。おまえのHPが危なくなったときのために俺がいんだから。ちゃんと助けてやるって、ここに入る前に言っただろ。まずは基本的な動作を身につけんのが先決だ」
「そ、それはそうかもですけど……少しでも、自力で敵を倒して切り抜けようと……」
「殊勝な心がけだが、パニック起こしたら意味ねえだろ」
「うっ……」
クウヤに指摘され、ミウナは、しゅん、と落ち込んだ。
きついようだが、誤った認識を正さずにいては、やはり成長につながらない。実力がなければ、いずれ『消失者』の仲間入りを果たすことになる。
これも、ミウナの今後を考えてのことだ。
しかし、あまりに気落ちしたミウナの姿を見ていると、
(……ちょっと厳し過ぎたか?)
そう思ってしまう自分もいて、クウヤは煩悶する。
そもそも、クウヤに指導役は向いていないのだ。
一匹狼を気取っているのも、腕利きプレイヤーゆえの〝しがらみ〟がわずらわしいから、という部分が大きい。ミウナの境遇や、例のPTメンバーの一人が誰だったのか明かしてもらうという交換条件がなければ、絶対に引き受けなかっただろう。
――そういえば、アイツはどんなふうに俺をしごいてくれたっけ?
クウヤは自分に〖武闘家〗のイロハを一から叩き込んだ、自分の他に唯一«武帝»の称号を持つ古参プレイヤーのことを思い出しつつ、
「……まあ、何だ。動き自体は悪くねえんだから、あとは反復練習すれば冷静に対処できるようになるだろうさ。だから、変に気張ったり焦ったりせず、やれることをやったらいい。危なくなったら何度でも助けてやるから、今のうちに俺に迷惑かけとけ」
「……わかりました」
クウヤが気を使ったのがわかったらしく、ミウナはへこたれていた自分に喝を入れるように、ぱんっ、と頬を両手で叩いた。
……よしっ、と目に活力を込め、
「お言葉に甘えて、じゃんじゃん迷惑かけさせてもらいます! 覚悟してくださいッスよ! あたし、甘えろって言われたらとことん甘えちゃいますから!」
「……せめて、食費ぐらいは自分でかせぐようにしてくれ」
「了解です!」
持ち前の明るさを取り戻し、ミウナはにっこりと笑った。
さっそく洞穴の奥に向かって歩き出す――が、出っ張った岩につまずき、いきなりずっこけた。地面に手をついたまま、クウヤに振り向き、テヘヘ、と照れ笑いを浮かべる。
「……」
クウヤは小言を言いたくなるのを堪え、具現化した[HPポーション(L)]をミウナへ投げて渡した。