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第三話 師匠

※1/1日、細部を少し修正しました。

 結論から言うと、クウヤは少し後悔していた。


 テーブルにうず高く積み重ねられた、大量の食器。米粒一つ残さず、まるで舐めとったようにきれいなドンブリが、今しがたまた一個、〝塔〟に追加された。


「おっちゃん! 次、親子丼!」

 

 そして、まだまだ巨塔の建造は止まりそうにない。

 こじんまりとした店内にいる何人かの客が、そろって奇異の眼差しを送っている。

 クウヤは〝連れ〟の食欲と遠慮のなさに頬を引きつらせつつ、湯呑の冷めた茶をすすった。


 中央交易都市ロアで、知る人ぞ知る定食屋――〝(シン)〟。

 南中央広場から入る隘路を東へ進み、十分ほど歩いた場所に構え、下町の食堂にありそうな料理(メニュー)を比較的安価で提供している店だ。

 

 新参者には魅力が理解しづらかったりするが、この世界の食材で地球上の料理を再現するというのは、並大抵でない努力を要する。Daemons Mother Onlinにある無数の食材と調味料で試行錯誤を繰り返し、長い道のりを経て〝完成〟に至るのだ。


 それを〝新生〟以前から趣味として研鑽していた酔狂なプレイヤーたちが、今やこの世界で非常に重宝されていた。〝心〟の店主も、そのうちの一人だ。


「……おまえ、よくそんなに食えんな」


 テーブルの向かいに座るミウナに、クウヤは皮肉るように言った。彼の注文した牛丼が空になってから、たっぷりと一時間は経過している。


「いやぁー、無一文で木の実とかしか食べてこなかったんで」


 ミウナは嘘か真かわからないことを言い、店主が運んできた親子丼をがっつき始めた。

 

 その後も丼もの、うどん、ソバなどを何杯も完食し、


「……ふぃー、ごちそうさまでしたぁー」


 ようやく、テーブルに箸をおいた。

 至福の笑みを浮かべ、ぽっこりと膨れたお腹をさする。

 ミウナの食べっぷりに、普段は仏頂面がトレードマークの店主も、さすがに苦笑いを浮かべていた。


「……おまえ、遠慮ってもんを知らねえのか?」


 クウヤは呆れながら言った。

 性能の高い武器がつくれるレア素材アイテム――[魔狼王(フェンリル)の爪]を売り、持ち金には問題なかったが、無闇に散財できるほど裕福でもない。

 クウヤ愛用の[竜顎の篭手(ドラゴファング)]は、『耐久値』の修理(かいふく)に莫大な費用がかかるのだ。

 おかげで、彼の所持金は頻繁に〝0〟に近くなる。


「うちの家訓は、強くたくましく生きなさい、なんス」


「それ、ただ食い意地はってるだけだろ」


「そうとも言うッス」


「そうとしか言わねえよ」


 クウヤは頭が痛くなった。

 今さらながら、変なのと出会ったものだ。


「とりあえず、その〝ッス〟っていうのはやめろ。イラッとする。あといい加減、フードも取れ」


「あっ、了解ッ――スじゃなくて、了解です」


 ミウナは素直に従い、ローブのフードを下ろした。緋色のショートヘアが露わになる。

 鼻梁がすっととおった顔。髪と同じ色をした、切れ長の双眸。肌は処女雪のように白い。〝設定〟したアバター年齢は、十三、四歳ぐらいだろうか。

 素顔をさらすのが少し恥ずかしのか、ぎこちなくはにかんでみせる。


「オーケー、じゃあ次は俺を尾行してた理由だ。話せ」


 クウヤはミウナの美麗な顔を目にし、しかし特に何も感慨を抱かず、そう言った。

 オンラインゲームにおいて、プレイヤーの仮想分身体(アバター)が美形、美人であるのは、ある種のお約束だ。プレイヤー同士が現実で直接会う〝オフ会〟で、相手のリアルの顔に衝撃を受けたというのは、よく聞く話である。


 ミウナは「ええっと……」と一瞬、言葉に悩むように目をふせ、


「あ、あたしが一人でも生きていけるように、鍛えてくれる〝師匠〟を探してたんです」


 そう口にした。


「師匠、だあ?」


 意想外の答えに、クウヤは猜疑心にまみれた目でミウナを見る。

 まるで、初心者がベテランプレイヤーに教えを乞うかのような口ぶりだった。否、まさにそういったニュアンスの響きがあった。


「ちなみに聞くが、おまえ今、Lv.はいくつだ?」


「えーっと……60、ぐらい?」


「……詐称する必要はねえぞ」


「……ごめんなさい、〝16〟です」


「じゅっ……!?」


 この世界に閉じ込められて以来、ミウナの告白はある意味で一番の驚きであったかもしれない。クウヤは絶句し、まじまじとミウナを見つめる。

 

 この〝新生〟Daemons Mother Onlinに有無を言わさず転送され、ログアウトできなくなったプレイヤーの共通点は、ただ一つ――。〝()〟Daemons Mother Onlinの最終ダンジョン、魔塔パンディモニュウムを全攻略したことだ。

 それだけは、揺るぎようがない。


 クウヤは試しにミウナにメニュー画面から、『ステータス』を呼び出させた。

 彼女の眼前に出現した、半透明の青い3D画面を覗き込んでみたが――たしかにLv.〝16〟の数字があった。


「おまえ……」

 

 あり得ない、とクウヤは思いながら、椅子に深く腰をかけた。

 その低いLv.で、魔塔パンディモニュウムの最上階までたどり着けるはずがない。


 しかし、


(いや、待てよ……?)


 一つだけ、方法がないわけではなかった。

 だが、それは――


「まさかとは思うが……おまえ、誰かに〝引っついて〟魔塔パンディモニュウムをクリアーしたのか?」


「はい、そうです」


 ミウナはあっさりと認めた。


「……」


 クウヤは再び閉口する。

 彼が言った『引っついて』とは、つまり『PT(パーティー)』を組んだかどうかを指していた。


 Lv.の高いアバターに同行し、戦闘の一切を仲間(パーティー)メンバーに頼れば、16という低いLv.でも魔塔パンディモニュウムを〝攻略した一人〟になることは、一応可能だ。


 しかし、当然ながら他のPTメンバーの負担は増大する。


 魔塔パンディモニュウムには特殊な『制約』がかけられており、必ずPTメンバーが三名でないと突入することができない。しかも、最上階に侵入するには、三人が一人もかけることなく無事でなければならないのだ。

 

〝最終ダンジョン〟の呼び名どおり、魔塔パンディモニュウムは相当なアバターLv.のプレイヤーでも苦戦を強いられる。クウヤも敵の強さに目を見張った。

 それを、ミウナと組んだPTメンバー二人は、初心者を一人抱えている状態で、魔塔の最上階まで踏破したというのだ。


(それが事実なら……相当、やるな)


 そのPTメンバーの二名が、ミウナではなく、なぜもっと上等なプレイヤーを選定しなかったのかは、わからない。


 だが、最終ダンジョンの登頂(アタック)は――さぞ、楽しかった(・・・・・)、に違いない。

 

「……ク、クウヤ、さん…………?」


 ミウナが戸惑い、引きつった声を上げた。

 

 気づくと、無意識のうちに獰猛な笑みを浮かべていた。

 クウヤはおどけたように、肩をすくめ、


「気にすんな、何でもねえさ。それよりも、おまえいったいどういった経緯で、その三人でPT組むことになったんだ?」


「それは、公式サイトの掲示板で募集してて……〝最終ダンジョン攻略メンバー、二人募集〟って。それで、好奇心でっていうか……あたしのLv.だと、年末のサービス終了までに魔塔までたぶん自力でいけないから、一目だけでも見たいと思って、あたしと、あたしの〝フレンド〟の二人で、玉砕覚悟で応募してみたんです」


「そうしたら、意外にも承諾してもらえたってわけか」

 

 そう言ったクウヤは、しかし「……ん?」と眉をひそめた。


 ――あたしの、フレンド?


「ミウナ、その友人(フレンド)のLv.は?」


「当時は……たしか、あたしとそう変わらなかったです」


「……へえ」


 クウヤの口から、愉悦から一転して、神妙な声がもれた。

 間違っていた。初心者を一人、ではなく、二人も背負って、そのプレイヤーは魔塔を上り詰めたのだ。

 

(……おもしれえ。どんなやつなんだろうな、そいつ)


 P K(プレイヤーキル)――故意に他プレイヤーを襲う行為に興味はないが、闘技場で互いの合意の上で闘う『決闘(デュエル)』では、一度手合せ願いたいと思った。クウヤもDaemons Mother Onlinではそれなりに名のあるプレイヤーだ。〝強さ〟に関しては、自信とプライドがある。


「おい、ミウナ。そのPTメンバーを募集してたやつの名前も、ついでに教えてくれ」

 

 クウヤはつい自分を抑えきれず、ねだるように尋ねたのだが、


「――ダ、ダメです」


 それが、ミウナの返答だった。


「は……?」


 クウヤは呆けた声を出す。

 まさか、拒否されるとは思わなかったのだ。


「だ、だって、あたしの〝お願い〟、何かスルーされてるじゃないですか! だから、交換条件でどうです!? あたしを鍛えてくれたら、その人の名前を教えるってことで!」


「……おまえ、このテーブルの上にある食器の山は何だ?」


「うちの家訓は、強くたくましく生きなさい!」


「……」


 生まれて初めて、本気で人をくびり殺したくなった。

 しかし、それだけミウナも必死なのだろう。


〝新生〟Daemons Mother Onlinの仮想空間では、〝旧〟Daemons Mother Onlinに比べ、変更されたシステムがいくつかある。

 

 ログアウト不能が、まずその代表的な例だろう。


 また、食事もそうだ。〝新生〟Daemons Mother Onlinで腹が減った場合、『食べ物』アイテムを口に入れると、空腹感がなく(・・・・・・)なるようになった(・・・・・・・・)。今やプレイヤーにとって、〝食事〟はなくてはならないアクションだ。

 

 そして、プレイヤーがさらに重大視している変更点が、もう一つあった。


 ――〝死亡(ロスト)〟。この世界からの、消失。


 以前までのDaemons Mother Onlinであれば、アバターのHPがゼロになり〝死亡〟しても、街や村に必ず一つある教会の『地下祭壇』に転移し、復活することができていた。

 しかし、現在約4200人が閉じ込められている、この仮想空間では地下祭壇が廃止され――


 死んでも、生き返らなくなった。

 

 もし〝死亡〟してしまったら、〝新生〟Daemons Mother Onlinから完全に消える。

 消滅した先に何があるのかは、プレイヤーの誰にもわからない。現実世界に帰ることができるのか、それともロストしたアバターもろともプレイヤーの『意識』も死んでしまうのか……。

 

 少なくとも、すでに300人近くのプレイヤーが、この世界の『暴力』に敗れ、一片も残さずに消失していた。


(……そりゃあ、生き抜くためなら図太くもなるか)


〝新生〟Daemons Mother Onlinは『力』があるなら、クウヤのように一人で金を稼ぎ、自活していくことができる。しかし、実力のない者は、命の危険を感じながら生活を送り、毎日の食事にも苦労するようになるのだ。


 ミウナは固唾を呑み、じっ、とクウヤのことを見つめていた。

 すがるような色が、瞳に浮かんでいる。


「……一つ聞いておきたいんだが、どうして俺なんだ?」


 クウヤは居心地が悪くなり、気を紛らわそうと、まだ聞いていなかった質問をした。


「そ、それは、小耳に挟んだんです。めっちゃ強い人がいるって。こんなあたしでも、めっちゃ強い人に鍛えてもらったら、すぐに一人で生きていけるぐらい強くなれるかなって思って……色んな人に話を聞いてまわって、探してたんです」

 

 それで今日やっとそれっぽい外見の人を見かけて、とミウナはうれしそうに笑い、


「でも、どう話しかけたらいいわかんなくて、こっそり後をつけてました」


「……なるほど、な」


 言い分と、事情はわかった。ミウナの行動は、おそらく生き残る上で間違っていない。

 しかし、それは彼女の職業が〖武闘家〗であったなら、だ。


「おまえ、職業は〖剣士(・・)〗、なんだろ?」


「あ、はい、そうです。よくわかりましたね?」


 ミウナは驚いた素振りををみせたが、クウヤはさっきステータス画面を覗いたときに、ついでに他の情報も確認していた。


「おまえが鍛えてほしいって頼み込んだこの俺なんだが、残念ながら〖武闘家〗でな」


 要するに、剣は専門ではない。


「俺の本職は、自分の手足でモンスターを直接ぶっ叩いたり、蹴飛ばしたりすることなんだよ。だから、わりぃが指導は無理だ。どうしても師匠がほしいってんなら、剣職のプレイヤーを当たってくれ」


 そう言って、クウヤはひらひらと手を振った。

 和食を学ぶのに、フランス料理店の門戸をたたく人間がいないように、彼にしてみれば、あくまでも当然の主張をしたに過ぎなかったのだが、


「――も、もう当たりましたよっ! でも、ダメだったんですっ! みんな、おまえみたいなヘナチョコにかまってられる余裕はないって……! その、さっき話したフレンドは〖騎士〗で、〖騎士〗育成をかかげた『ギルド』に入れてもらえましたけど、あたしは〖剣士〗だったからダメで、それで……」


 最初は必至な面相で勢い込んで話していたミウナだったが、どんどん尻すぼみになり、うつむいて唇をかんだ。

 これまでの辛酸の日々でも、思い出したのかもしれない。

 

 突然、ログアウトができなくなり、これからどうすればいいのか皆がわからず、その状況で他人の指導を引き受けてくれるプレイヤーというのは――やはり、少数派だろう。


 数ヶ月が経ち、ある程度、混乱がおさまりを見せ、〝新生〟Daemons Mother Onlinでの生活を受け入れ始めた人間が増えつつあるが、それでも初心者の世話を引き受ける者が多いとは思えない。


 最近、黒い噂が絶えない、ならず者集団――『ワイルドシーフ』に対抗するために自身(アバター)の強化を図るか、または脱出(ログアウト)方法を捜索することを、大多数のプレイヤーは最優先に考えているはずだ。


 そんな現実を考えて――クウヤは、しかめっ面で後頭部をかいた。

 口を曲げ、熟考に熟考を重ね、


「……………………ちっ、しゃあねえな」


 そして、とうとう観念して、言った。


「……戦闘の基礎的な部分だけなら、教えてやれんこともない。他の専門的なことは、人のいい剣士プレイヤーをどうにか見つけ出して、そいつから教われ。それで、どうだ?」


 そこまでが、彼ができる最大限の譲歩だった。

 クウヤが安請け合いをする義理はないが――見捨てるのも、目覚めが悪い。

 話を聞くかぎり、片っ端から剣士プレイヤーに声をかけて、しかしすべて拒絶された後といった感じだ。クウヤに断られたら、暴走して職を問わずに出会ったプレイヤー一人一人に土下座してまわるミウナが、目に浮かぶようだった。


 もちろん、偶然、お人好しのベテランプレイヤーに巡り会えるかもしれない。


 しかし、それまでミウナが無事でいられるという保証もない。


 木の実を食べて空腹を紛らわせていたらしいが、木の実や他の食材アイテムにしても、都市の外でしか入手できない。〝外〟に出れば、少なからずモンスターや、モラルが欠如したプレイヤーに遭遇する危険が伴う。


 むしろ、16という低Lv.で現在(いま)まで一人生き抜いてこれたのが、奇跡であった。


(俺が断ったせいでロストされても、後味悪いし。どうせ、こちとら気ままな一匹狼(ソロプレイヤー)だしな)


 クウヤは慈善活動だと自分に言い聞かせ、割り切ることにした。

 情けは人の為ならず――。それに、久々に他プレイヤーと交流するというのは、意外と気分転換になって面白いかもしれない。

 また、初心者二人(ミウナたち)を担いで魔塔を制覇した、凄腕プレイヤーの存在も気になる。


「…………え?」


 クウヤの提示を受け、ミウナは、ぽかん、と口を開いていた。


「……えええええええええええええ!?」


 だが、ようやく事態を飲み込めたように、驚きの声を上げ、顔を歓喜に染めた。


「ほ、ほほほ、本当にいいんですか!? こんな私の、お師匠様になってもらえるんスか!? 嘘じゃないですよね!!?」


「だぁから、俺はあくまでも戦闘の基礎的なことしか教えらんねえから、それでもいいなら、って話だ。あと、おまえが魔塔でPT組んだやつの名前も教えてもらうからな」


「もちろんです!? やった、やったー!!」


 ミウナは立ち上がり、万歳して喜びをアピールする。

 

 クウヤが呆れ、苦笑いしていると――

 ミウナの体が、わずかにテーブルに接触した。食器の〝塔〟が、ぐらり、と傾く。

 

 そして、崩壊は、一瞬だった。


「「あ」」


 二人が同時に声を上げた時には、すでに手遅れ――。

 大量の椀が床に落下し、崩壊の音色を奏でることになった。


 

 ……会計に、破損した食器代も加算された。



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