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第二話 ファーストコンタクト

 2034年7月5日。


 クウヤが[魔狼王(フェンリル)の爪]を手に入れた翌日――。


 中央交易都市ロアは多くのプレイヤーで賑わいを見せていた。Daemons Mother Onlinの都市でも最大規模を誇り、レンガ造りの建物が趣ある街並みを築いている。

 中心部の〝宮殿〟から、蜘蛛の巣のように都市の端々へ伸びる大通り。

 そのうちの一本で、南中央広場につながる道を、クウヤは一人歩いていた。

 

「どこにすっかねえ」

 

 仲のよさそうなプレイヤーが何人かで立ち話をしていたり、会話しながら移動していくのを視界の端におさめつつ、大通りに面した『店』を眺めていく。

 武器屋、酒場、宿屋、雑貨店、服屋など、多様な商店が軒を連ねている。


 N  P  Cノンプレイヤーキャラクターが構える店のほかに、プレイヤー本人が〈商売〉スキルで自ら商いをしているショップもあり、中央交易都市ロアだけでも数百の商売店が存在する。

 現在この仮想空間に住まう(・・・)プレイヤーのほとんどに〝行きつけ〟があると言っても過言ではなく、クウヤも顔なじみの店で[魔狼王の爪]を高値で買い取ってもらってきた後だった。

 

「ラーメンにするか、それともお好み焼きにするか。いや、牛丼も捨てがたいか……」

 

 クウヤは至極、真面目に店選びをしていた。

 昼食を何にするか、迷っているのである。

 Daemons Mother Onlinにおいて『食事』とは、HPとスタミナ値の回復を担うアクションの一つだ。しかし、今現在クウヤがいる、この〝新生〟 Daemons Mother Onlinの世界では、プレイヤーにとって食事はまた別の意味合いを持っていた。

 

(店が多いっつうのも、困りもんだよなぁ)


 大通りだけでなく、ショップは裏路地のほうにもある。

 むしろ、数だけで言えば、後者のほうが圧倒的に多い。

 複雑に入り組み、さながら迷路のような路地にある店を完璧に網羅している者は、おそらく〝古参〟のプレイヤーでもそうはいないだろう。

 クウヤ自身、βテスト時代からの古株(ベテラン)だが、中央交易都市ロアの商店を四分の一も把握していない。

 飲食店に至っては、三ヶ月前までは数えるほどだった。

 

(それが今じゃ、こうしてどの店で食べるかで頭悩ませてんだからな……)


 常々、自分の変わりように苦笑してしまう。

 しかし、三ヶ月前の『大型アップデート』以来、食事に楽しみを見出しているプレイヤーは、何もクウヤだけではなかった。

 その他大勢が、この世界で『食事』が生きる上で必須の行為となっている。

 

 飲食にかぎらず、他にも様々な面でプレイヤーは、Daemons Mother Onlinでの活動(プレイ)スタイルの変更を余儀なくされた。自身の意思とは関係なく――。


 そう、すべては三ヶ月前……。約30000人のプレイヤーのうち数千人が〝ゲームの駒〟として選ばれ、〝新生〟Daemons Mother Onlinという、従来のDaemons Mother Onlinとは似て非なる別の仮想空間に、強制転送された。

 そして、命がけの『脱出(デス)ゲーム』が、唐突に始まったのだ。

  

 最終ダンジョン、魔塔パンディモニュウムが実装されたあの日から100日近く――。


 現時点で約4200人のプレイヤーが、〝新生〟Daemons Mother Onlinの世界からログアウトできずにいる。


「――ただ、こういうのは(・・・・・・)、昔から変わらねえもんだな」


 ぼそり、とクウヤはもらした。表面はそれまでのように飲食店を物色している様子を保っていたが、彼の神経は背後に集中していた。

 

 ――左後方、三十メートル。つかず離れず、リクヤを追ってきているプレイヤーがいる。


 人数は一人。実力は……大したことなさそうだ。クウヤがそう判断した一番の理由は、そいつの追跡行動スニーキングアクションがあまりにお粗末だったからだ。

 

 βテスト時代から数えて、約三年。


 ほぼ毎日のように、ダンジョンやフィールドの攻略に明け暮れ、クウヤは戦闘経験を積んできた。その副産物として、周囲にいる敵、あるいはプレイヤーの気配を鋭敏に察知できるようになった。

 しかし、それを差し引いても、動きがバレバレなのだ。

 今、クウヤの後をつけているプレイヤーの挙動は、無駄が多く――怪しすぎる。自身の存在感を、それは周囲に喧伝しているにも等しい。


(……読めねえな)

 

 裏でもあるのか? と、クウヤは勘ぐったが、結局否定した。

 尾行している以上、存在が露見しないに越したことはないだろう。


(……にしても、素人くせえ)


 たとえば、職業〖忍者〗のプレイヤーが専用スキルの〈隠密〉を使えば、敵や他プレイヤーの位置を大まかに把握する〈索敵〉で捜索されても、そう簡単に居所をつかまれなくなる。

 それを生かし、特定のプレイヤーや『ギルド』の情報を得るために、〖忍者〗職の者を雇って密偵(スパイ)させるのは、諜報活動の常套的な手段となっていた。

 また〖狙撃手〗職の〈望遠〉スキルで遠距離から監視するのも、よくある手の一つだ。

 

 だが、今回はどれも当てはまらない。


 考えなしの馬鹿が、こそこそと後をつけているだけ――。

 少なくとも、クウヤにはそうとしか思えない。


「……面倒だ」


 クウヤは呟く。

 今のところ、直接的な害はなさそうだが、つきまとわれるだけでも鬱陶しいものだ。人の視線を感じながらでは、食事もしづらい。

 

(しょうがねえ……やるか)


 そう思いながら、ちょうど差しかかった脇道へ進路を曲げた。

 それから回れ右して、路地の陰で〝ストーカー〟を待ち構える。


 五秒後、一人のプレイヤーが路地裏に駆け込んできたところを、


「ほい、いらっしゃいっと」


 出合い頭といった感じで、クウヤはそいつの頭をわしづかみにし、持ち上げた。


「ひょわっ、はわっ!?」


 クウヤに捕獲されたプレイヤーは、すっとん狂な声を上げた。

 じたばたと暴れるが、育成限界までLv.を上げたクウヤの、Daemons Mother Onlinでも屈指の筋力(STR)は、そう簡単には振りほどけない。


「……何だ、こいつ?」


 しつこく抵抗するそいつを、クウヤは胡乱な目で見つめる。

 灰色のローブを着て、フードまですっぽりかぶった小柄なアバターである。

 ぱっと見、それほどDaemons Mother Onlin歴が長いようには見えない。外見が、いかにも初心者っぽい。

 

 だが――初心者ということは、あり得ないだろう。

 この〝新生〟Daemons Mother Onlinの仮想空間にいるプレイヤーは、ほとんどが最低でもLv.90以上の腕に覚えがある者ばかりのはずなのだ。

 

〝新生〟Daemons Mother Onlinに閉じ込められた数千のプレイヤー。

 すなわち、魔塔パンディモニュウムの攻略を果たした猛者たち。


 Daemons Mother Onlinの最終ダンジョンをクリアーしたユーザーの仮想分身体(アバター)は、同ゲームの難易度を各段に上げた別の仮想空間に強制転送され、ログアウトできないように閉じ込められた。

 

 その牢獄こそが、『〝新生〟Daemons Mother Onlin』。


 つまり、初心者の低Lv.アバターでは、現実的に考えて魔塔パンディモニュウムの制覇おろか、入口までたどり着くのも不可能なのだ。


「ぎゃあああああ!? ギブギブっ!? マジこれムリだって!?」


 クウヤが指の力を込め、ギリギリとそいつの頭をしめ上げると、甲高い悲鳴が響いた。ローブのフードで顔が見えづらく、今までわからなかったが、どうやら女型のアバターらしい。


「ムリムリムリムリムリぃ――――――!!! やめてやめて頭が割れちゃうあたしが悪かったですだから許してくださいゴメンナサイお願いします痛い痛いだからやめろって言ってんだろがこんちきしょうッッ!!!??」


 激痛のせいか、女型のアバターが発狂した。


「……」


「ぐぎゃああああああああああ!!!!?!?! これ以上はダメだって絶対ダメだって出ちゃうって出ちゃいけないものが顔中の穴からぴゅるって出ちゃうってダメえええええええ!!!!!!」


「……」


「殺せよっ!! いっそ殺せぇっ!!! 殺せ殺せ殺せ殺せ殺してよおぉ――――――っっっ!!!!!!」


 いよいよ号泣し始め、クウヤは大きなため息を吐きだし、手を離した。

 どすんっ、と女型のアバターが尻餅をつき、へたり込む。


「ぐすん、ぐすん……」


 年端もいかない少女のように泣き声をもらし、さすがにクウヤも『……やりすぎたか?』と一抹の罪悪感を覚える。

 だが、女型のアバターでも中身が『男』ということは、よくある話だ。 


(……ったく、とことん面倒くせえな)


 プレイヤー本人の性別は、この際考えないことにした。

 問題は、なぜクウヤを尾行していたか、だ。


「おい、おまえ」


 クウヤが言うと、びくっ、と女型のアバターは肩を震わせる。


「……もうやんねえから、立て」


「うぅ……」


 女型のアバターは及び腰になりながら、立ち上がった。虐待された犬みたいに、おびえた様子でクウヤを見上げる。


(……これじゃ、俺のほうが悪いみたいじゃねえか)


 クウヤはがしがしと頭をかき、


「本当にもう何もしねえって言ってんだろ。えーと……」


 女型アバターの頭上の名前を確認すると――『Miuna』と表示されていた。


「ほら、ミウナ。ホールドアップだ」


 手出ししないという意思を伝えるため、クウヤは両腕を上げる。


「……」


 女型のアバター――ミウナはしばらく逡巡していたが、最終的に彼の台詞を信じたらしく、緊張を解くように小さく息を吐いた。


「……それで、おまえはどうして俺をつけてやがったんだ?」


 微妙に疲れを感じながら、クウヤがそう言った瞬間だ。


 ――くきゅるるるるるるるるるるるぅ。


 ミウナの腹の虫が、盛大に不満の音をたてた。ミウナは「~~~~~~~~~~っ!」と声にならない悲鳴を上げ、顔を伏せて黙りこくる。


 この反応を見て、クウヤは確信した。

 

 眼前の女型のアバターは、中身も『女』だ、と。


「……メシ、食いに行くか? 何なら、おごってやってもいいぞ?」


 恥ずかしそうに縮こまるミウナを見ていると、急に何もかもがどうでもよくなり、自然とそんな言葉が口をついていた。


「――っ!」


 一瞬後、はじかれたように面を上げたミウナが、ぱっと表情を輝かせたのは言うまでもない。

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