別に好きじゃない
ようやくシリーズ更新です。
一応『お前らいい加減にしろ』の翌日ですが、内容的にはあんまり関係ありません。
俺の名は雅居弥人。
ごく普通の高校に通う、ごく普通の高校生だ。
この日、俺はいつも通り高校への道を歩いていた。
「おーい!弥人!」
と、後ろから男の声が聞こえてきた。
声だけで判別はできていたが、一応振り向き、姿を確認する。
「おう、歴。土戸も」
「おっす!」
「おはよ、雅居くん」
2人の男女とにこやかにあいさつを交わす。
男の名前は出田歴。小学校から付き合いのある、俺の親友だ。
女の名前は土戸菜緒。こちらは中学校からの付き合いだ。
まぁ、この2人はいわゆる恋人同士なんだけど……。
「聞いてよ雅居くん、歴ったら待ち合わせに15分も遅刻してきたんだよ?」
「お、おい菜緒!」
「昨日も遅刻して、しかもその時、もう遅刻しないって言ったのに」
「わ、悪かったって!っていうか、もう謝っただろ!」
「本当に反省してるなら、2日連続で遅刻したりしないでしょ!」
「うぐっ……」
いつも通りの口喧嘩……だけど、歴の方が劣勢だな。
まぁ、明らかに歴の方が悪いみたいだし……っていうか。
「やっぱり待ち合わせしてるのか」
『っ!?』
俺の言葉を聞いた瞬間、2人の顔が真っ赤に……。
あれ、なんかデジャブ。
「ち、ちちち違うんだからね雅居くん!!」
「そ、そそそそうだぞ弥人!!」
途端に口を揃えて反論してくる2人。
……いや、何が違うんだ。
「今さっき、待ち合わせって言っ……」
「た、たまたまだよ!!たまたま途中で一緒になっただけなんだからっ!!」
「そ、そうだぞ弥人!!お、俺は菜緒と一緒に登校したいだなんて思ってないんだからなっ!!」
「なっ、何よそれ!!私だって、歴と一緒に登校したいだなんて、全っ然思ってないんだからっ!!」
「なにぃっ!?」
うわぁ、また面倒な感じになってるな。
……仕方ない。
「2人とも、あんまり長話してると遅刻するぞ」
『えっ!?』
2人は慌てて携帯で時間を確認する。
始業10分前、走らなくても大丈夫だけど、のんびり歩いてると遅刻しかねない時間だ。
「うわっ!いつの間にこんな時間に!?」
「歴が遅れて来るからでしょ!!」
「な、菜緒だって花屋とかペットショップで立ち止まってただろ!!」
また喧嘩になりそうだな……っていうか、2人でそんなことしてたのか。
下校デートとか聞いたことあるけど、この場合は……登校デート?
「おい何してんだ弥人!急ぐぞ!!」
「ちょっ!待ってよ歴!!」
「え、2人とも。別に走らなくても……」
いいんだけど……と言う前に、もう2人は走り出していた。
……まぁ、いいか。早く着くに越したことはないし。
そんなことを考えながら、俺は小走りで2人の後を追った。
「ふー、間に合ったな」
「良かったぁ……」
「……いや、走らなくても間に合ったと思うけどな」
走ったおかげで、教室に着いたのは始業5分前だった。
全力で走ったわけじゃないし、時間もたった5分だから、それほど疲れてもいない。
「あれ、みんなおはよー。遅かったね」
「あ、奈美。おはよう」
教室に入った俺達に、最初に声を掛けたのは谷井さんだった。
谷井奈美。俺の数少ない女友達の1人だ。
土戸の中学からの友達で、俺と歴もその縁で付き合いがある。
いつも早めに教室に来ている俺達が、始業5分前に来たため、不思議に思ったんだろう。
「おっす谷井」
「おはよう谷井さん」
とりあえず俺と歴も谷井さんに挨拶を返す。
と、最初に話し始めたのは、やはり土戸だった。
「聞いてよ奈美!歴ったら今日も遅刻してきたんだよ!」
「えー?」
「っておい!谷井にも言うのかよ!!」
歴の失態を谷井さんにも報告する土戸。
しかも、言い方からして、昨日のことは既に報告済みらしいな。
「なるほど、それで遅かったんだね……って、雅居くんは?」
「雅居くんとは登校途中で会ったんだけど……」
「そういや今日は遅かったんだな、弥人」
と、何故か話が俺の方に来た。
別に隠す必要もないので、簡潔に説明する。
「少し寝坊したんだ」
「そうなんだ」
「そっか」
「弥人らしい普通の理由だな」
「リアクション薄いな、おい」
いやまぁ、少し寝坊したと言われて、濃いリアクションをしろっていう方が無理だろうけど。
「あはは、まぁ、個性が薄いってことが、雅居くんの個性だもんね」
「谷井さん、それ結構傷つくんだけど」
確かに俺は成績、運動、容姿全て平々凡々だけど……あれ、反論できない。
「で、出田くんが遅刻して、こんな時間になっちゃったと」
「そう!15分も遅れてきたんだよ?」
「うわ、登校の待ち合わせでそれはちょっとキツイね」
話の内容が歴の失態に戻る。
っていうか、15分も遅れたのによく間に合ったな。
……まぁ、俺もだけど。
「先に行っちゃおうとは思わなかったの?」
「えっ!?まぁ……べ、別にまだ遅刻する時間じゃなかったし、約束破るわけにもいかないし……」
小さい声で言い訳をするように喋る土戸。
それを見て、谷井さんはニヤッと笑みを浮かべた。
「ふーんそっか、そんなに出田くんと一緒に登校したかったんだね」
『なっ!?』
うわ躊躇なく爆弾に火をつけた!
しかも明らかにわざとだ!!
「ち、ちちち違うんだからね奈美!!べ、別に歴と登校したかったわけじゃないんだからっ!!
歴のためなんかじゃないんだからっ!!」
「お、おおお俺だって菜緒と一緒に登校したかったわけじゃないからなっ!!
待ち合わせ場所まで走ったりしてないし、菜緒が待ってるのを見て安心したりなんてしてないんだぞっ!!」
「何よっ!!」
「何だよっ!!」
口喧嘩なのかノロケなのかよく分からない言い合いを始める2人。
その発端を作った谷井さんはといえば、それを見て楽しそうに笑っていた。
「あはは、2人とも相変わらずだね」
「谷井さん、あんまり煽らない方が……」
「そういう雅居くんだって、普段から結構煽ってるでしょ?」
「……そういえば」
意図的な訳ではないけど、昨日も今日も、登校中の口喧嘩は俺が発端だったな……。
「にしても、本当に変わらないよね、2人とも。
初めて会った時からこんな感じだったよね」
「そういえばそうだな……」
口喧嘩を続ける2人を見て、俺は歴と土戸の出会い……中学1年生の時のことを思い出した。
「よ、弥人!」
「……歴か」
中学1年生の初日、配属されたクラスで自分の席に座っていると、1人の男に話しかけられた。
小学校の時から交流があった、出田歴だ。
「相変わらず暗いなー、そんなんじゃ友達100人できねぇぞ!」
「小学生か。ほぼ学年全員だろ、それ」
「真面目に返すなよ。ったく」
歴は俺の後ろの席に腰を下ろす。
同じクラスってだけで驚いたんだけど、まさかこんな近くの席とは。
「けど、せっかく中学生になったんだし。恋に友情に、もっと積極的に行こうぜ!」
「……中学生に恋って、まだ早くないか?」
「そんなことないだろ。っていうかそれ中坊のセリフじゃねぇ」
そうか……?まぁ、そうか。
小学校でもそういう話は少しあったしな。
そんなことを思っていると、歴の隣の席に1人の女子が来た。
「ここかな?」
その子は鞄を机の上に下ろすと、俺達の方へと顔を向けた。
それにならって、俺と歴もその子の方を向く。
第一印象としては、結構可愛い子だ。
少し幼い風貌だけど、肩より少し伸びた綺麗な黒髪が似合っていて、十分器量が良いと言える子だろう。
まぁ、漫画やドラマじゃあるまいし、一目惚れしたりはしないけど。
……しかし。
「………あの?」
てっきり自己紹介でもされるのかと思いきや、その子は微動だにしない。
というか……固まってる?それも、歴の方を向いて。
そういえば歴も喋らないな……と思い、歴の方を向くと。
「………」
なんと、歴も固まっていた。
どうしたんだ、この2人。
「あ、いたいた。菜緒!」
そこに、また1人の女子が来る。
「あ、な、奈美」
「どしたの?なんか固まってたみたいだけど」
「えっ!?べ、別に……」
固まっていた子がはっと我に返り、今来た子の方へ顔を向ける。
奈美と呼ばれてた少女も、菜緒という子の様子を変に思ったみたいだ。
そんなことを思っていると、奈美と呼ばれた少女がこちらへ顔を向けた。
「どうも初めまして!私谷井奈美っていいます。同じクラスだよ。よろしくね!」
「どうも、雅居弥人です」
にっこり笑って挨拶してくれた谷井さんに、俺も簡潔に挨拶を返す。
この子も可愛いな。可愛いというより綺麗、かな?
顔立ちが整ってる感じだ。肩より短めの少し色の薄い髪もあって、ボーイッシュな印象だな。
「なんか固いなー、敬語なんていらないよ?」
「いや、別に固くなってるつもりはないけど……」
っていうか、そっちも微妙に敬語使ってたじゃん……と思ったが、それよりも。
「歴?どうしたんだ」
「えっ!?」
俺が声を掛けると、固まっていた歴がようやく動き出した。
本当にどうしたんだこいつ?初対面の相手とはいえ、挨拶ができないような奴じゃないはずだけど……。
「えーと、もう一回言った方がいいかな?初めまして、谷井奈美です。よろしく!」
「お、おう!俺は出田歴だ。よろしくな!」
谷井さんの挨拶に普段通りに応える歴。
いつも通り……だよな。さっきはどうしたんだか。
「それで、えーっと……」
谷井さんへの自己紹介を終えると、歴はまた微妙に挙動不審になりながら、もう1人の女子へと目を向ける。
「あ……」
その子も歴の方を見ていて、2人の視線が重なる。
『っ……!』
その瞬間、2人とも同時に視線を逸らす。心なしか、頬を紅潮させて。
………なんだこれ。
「菜緒?本当にどしたの?」
「べ、べべべっ、別に!?」
「おい歴、お前いつから挨拶もできなくなったんだ?」
「でっ、できるに決まってんだろそれぐらい!!」
歴は俺に、菜緒と呼ばれた少女は谷井さんに押され、正面で向き合う形になる。
「………」
「………」
立ち上がった状態で向き合った2人……いや、体は向き合ってるけど、目線はずっと逸らしてるな。
本当にどうしたのか……。
俺が心の中で疑問符を浮かべていると、谷井さんも怪訝そうな顔で、菜緒という子を見ていることに気づく。
試しに谷井さんへ顔を向けて、2人を指差してみる。と、それに気付いた谷井さんは、両手の平を上へ向けて、軽く首を傾げた。
どうやら、谷井さんも分からないらしい。
『あ、あの……』
そこで、2人が同時に言葉を発する。
そして、また沈黙する。
……もう一度言おう。なんだこれ。
『っ……!!』
そんなことを思っていると、2人がキッと、覚悟を決めた顔で相手の顔を見つめた。
……いや、挨拶するだけ……だよな?
「い、出田、歴、です。よ、よろしく……」
「つ、土戸、菜緒、です。よ、よろしく……」
緊張感たっぷりに、2人がようやく自己紹介を終える。
やれやれ、一体どうしたんだ……?
「そ、それで、その……」
「あ、あの……」
自己紹介は終わったのに、2人はまだ何か口にしようとしていた。
他に何か言うことなんてあるか……?
と、俺が疑問に思った、その時、2人は大きく口を開き、言葉を発した。
「べ、別にお前のことなんて好きじゃないんだからなっ!!」
「べ、別にあなたのことなんて好きじゃないんだからっ!!」
『………は?』
唐突な物言いに、俺と谷井さんの声が重なる。
「おい、歴?」
「ちょっと、菜緒さーん?」
声を掛けられると、2人ははっと我に返った。
「え、あ……な、なんでもねぇっ!!」
「な、なんでもない!!なんでもないからっ!!」
バッ!!と効果音がつきそうな程勢いよく顔を背ける2人。
そんな2人を見て、俺はあることを思う。
ただの予想……だけど、2人の様子からして、間違いなさそうだよな……。
後で知ったことだけど、谷井さんもこの時、同じことを思っていたらしい。
……まぁ、この2人の様子を見れば、よほど鈍い人じゃなければ、予想はつくだろう。
《………あぁ、惚れたのか》
「一目惚れとか……漫画か」
「う、うるせーっ!!」
それからしばらくして……とある放課後、俺は教室で、歴から相談を持ちかけられていた。
もちろん、内容は恋愛である。青春だなあ。
「達観した顔してんじゃねぇよ!!」
「いや、そんなこと言われてもな……っていうかお前、今日も土戸さんと喧嘩してただろ」
「うぐっ……!!」
「仲良くなりたいんじゃないのか?」
「う、うるせぇな……」
正論を述べると、歴はバツの悪い顔をして、顔を背ける。
あれからというもの、歴と土戸さんは毎日……比喩じゃなくて、平日は本当に毎日喧嘩をしている。
とりあえず、俺が知っている限り、喧嘩をしなかった日はない。1日も。
「なんか知らないけど、どうしても、喧嘩になっちまうんだよ……」
歴は顔を背けたまま、弱々しく告げる。
……そういえば、前にも似たようなことがあったな。
本当は仲良くなりたいのに、つい反抗してしまうっていう……何年生の時か忘れたけど、相手は教育実習の先生だったかな。
……でも、その時はここまでひどくなかったはずなんだけどな。精々少し棘のある言い方をしてしまう、ぐらいだったはずだ。
悪化か、悪化したのか。
「どうすればいいと思う……?」
「俺に言われてもな」
机に突っ伏す歴を見て、正直なんとかしてやりたいとは思うけど……いや、それこそ両思いだぞって言ってやれば、それで解決するんだろうけど、こういうのはやっぱり、当人同士で解決するべきだよな。
「っていうか歴、お前今日、どっか部活の見学行くって言ってなかったか?」
「あ」
がばっと起き上がり、歴は鞄を持って立ち上がる。
「あっぶねー!忘れてた!ってか、弥人は行かねぇの?」
「俺は昨日もう行った。最初から決めてたから」
「そっか、今日は?」
「休み。ここの剣道部、そんなに活発じゃないみたいだな」
まぁ、俺も部活に青春を捧げるとかってタイプじゃないし、丁度良いと言えば丁度良い。
……他の学校の剣道部や、この学校の活発な運動部に言ったら、怒られそうだけど。
「そんじゃ、また明日な!」
「おう」
歴を見送り、帰ろうと荷物の整理を始める。
と、その時だった。
「あれ、雅居くん。1人?」
「谷井さん」
谷井さんに声を掛けられた。鞄を持っている所から見て、教室を出る所だろうか。
余談だけど、谷井さんとは初日に話して以降、あまり関わってない。
土戸さんとは席が近いのと、歴との関係でたまに話をすることがあるけど、谷井さんは微妙に席が離れてるし、土戸さんと話してるのをたまに見るぐらいだ。
「さっきまで歴がいたけど、今さっき部活の見学に行ったよ」
「そっか……ところでさ」
谷井さんは土戸さんの席に鞄を下ろして、話しかけてきた。
微妙に呆れたような顔をしながら。
「あの2人、どう思う?」
「……歴と土戸さん?」
「そう」
まぁ、谷井さんが俺と話をするとなれば、土戸さん関連だろうしな。
谷井さんは苦笑しながら、さらに続ける。
「最近、菜緒に相談受けるんだよね。出田くんと関わると、素直になれないって」
「……奇遇だな。俺もさっき、歴に同じ相談受けてたよ」
「あ、やっぱりそっちもそんな感じなんだね」
谷井さんは苦笑したまま、ため息を吐く。
「なんだろね、2人とも素直じゃないと言うか……ツンデレっていうんだっけ?」
「だな……たまに、なんとかした方がいいんじゃないかと思うけど」
「私も。でも、こういうのって当人達に任せた方が良いのかなって。告白とかさ」
どうやら、谷井さんも同じような考えだったみたいだ。
「ま、けど、そんなに心配してるわけじゃないけどね。そのうち仲良くなると思うよ?」
「そうかな……」
「そうでしょ。両想いなんだから」
「……それもそうか」
笑いながら話す谷井さんの言い分に傾く。
まぁ、しばらく時間はかかるかもしれないけど……それは当人達の問題だもんな。
両思いである限り、いつかは仲良くなるだろう……。
「で、今に至るんだよね」
「……まさか、高校生になるまでかかるなんて思ってなかったけど」
未だに口喧嘩を続ける2人を見て、呟く。
っていうか、交際始めても全然変わってないし。
「ま、結果オーライじゃない?こんなに仲良いしさ」
「仲良い……まぁ、良い、か?」
“喧嘩するほど仲が良い”の部類の“仲が良い”だけど。
「そういえば、雅居くんともあれからの付き合いだよね」
「……そういえば」
谷井さんと顔を見合わせ、思わず笑い合う。
「あの時から、雅居くんとは良い友達になれそうな気がしてたんだよね」
「友達……」
「うん?」
「いや、なんでもない」
目を瞬かせる谷井さんに、首を振る。
美人だとは思ってるけど、別に恋愛感情持ってるわけじゃないしな。
まぁ、全くそういう対象として見られてないっていうのは……男としては、ちょっと傷つくけど。
「おーいお前ら、席に座れー!」
そんな風に思っていると、始業のベルが鳴り、担任が入ってきた。
それに気付いているのかいないのか……たぶん気付いてない、2人は未だに口喧嘩中だ。
「おいこらそこの夫婦!さっさと座らんか!」
「夫婦じゃねぇ!!」
「夫婦じゃありません!!」
担任にすらからかわれた2人は、口を揃えて言い返す。
さっさと席に着いていた俺は、そんな様子をクラスの皆と一緒に、呆れながらも笑ってみていた。
そんなこんなで、今日も一日が始まるのだった。
過去話……のつもりなんですが、回想に入るまでが思った以上に長くなりました。
一応シリーズ化してますし、最初の紹介を兼ねた登校部分はいらないでしょうか……。
ちなみに、この時点ではまだ奈美は弥人に惚れてません。
奈美が弥人に惚れる話も考えてるんですが……ツンデレ成分をどうするかですね。
あと、恐らくすごく弥人らしい(平々凡々な)話になってしまうので……書くとしても、よく構想を練ってからになりそうです。