▼14-みんなと一緒に、光の中へ
▼14-みんなと一緒に、光の中へ
「――という夢を見たんです」
カーチャはそう話を締めくくった。
特務機関ラーズグリーズ本部。その三階にある談話室である。
いつもの茶飲み種から夢の話題が出て、カーチャが「ちょっと長いんですけど……」と前置きして話し始めた内容は、実に長大なスペクタクル巨編であった。
実はカーチャに長話をさせると、意外に語りが上手かったりする。学会でプレゼンテーションなどをする関係から自然と身についたのだ。だからだろうか、珍しくイオナもベルも茶々を入れることなく黙って最後まで話を聞いていた。
「すごいわ、カーチャちゃん。おもしろかったわぁ」
ぱちん、と両手を叩いたアイリスが良い笑顔で褒めてくれた。美人の彼女が笑うと、空間そのものが華やいだような気さえする。元が男だったとは未だに信じがたいカーチャだった。
「カーチャの夢にしちゃあ随分とハード過ぎる気もするけど、概ねボクも同意かなー? あ、でもボクが死んでるのは納得いかないなぁ」
人差し指を顎に当てて視線を宙に浮かせながら感想を述べたベルは、最後に唇を尖らせて不平をたれた。やはり他人の夢の中であっても、自分が殺されるという話は愉快なものではなかったのだろう。
「せやけど、カーチャちゃんは夢の中でも頑張り屋さんやってんな」
カーチャの隣に座っているサイラが、囁くような声ではあったがそう言ってくれた。最近のサイラはカーチャの前だけではなく、イオナ達がいる時でも彼女本来の話し方で喋ってくれるようになった。けれど、まだ恥ずかしさがあるのだろう。その声は限りなく小さいものだった。いつかサイラがどこででも大きな声で話せるようになればいいな、とカーチャは思う。
「ふふふふ……」
突然、イオナが不気味に笑い出した。腕と足を組んだ状態で俯いているため、どんな表情をしているのかは杳として知れない。
――イオナ大佐がおかしくなりました!? いえ、元々おかしい人でしたけど!
カーチャが驚愕してひどい思考をしていると、
「良い夢じゃないか」
とイオナが言った。そして面を上げた彼女は、とても幸せそうに笑っていた。まるで、神に全ての罪を浄化されて天上に昇っていく魂のような――ではなく、本能を剥き出しにして欲望のまま獲物にむしゃぶりついた野獣が束の間の満腹感に浸っているかのような、そんな顔をしている。
「特にあそこは良かったな。俺とカーチャが露天風呂で一糸まとわぬ姿のまま、くんずほぐれつ……くっふふっ! そして俺達は恋人となり、めくるめく快楽の渦へ……! いや、ナイス夢だ!」
「突っ込みどころ満載!?」
ぐっと親指を立てて最高の笑顔を見せるイオナに、カーチャの驚愕はもはやとどまる所を知らなかった。まるで話を聞いていないではないか、というかどんな耳をしているのだ、と様々な反論がカーチャの頭の中に溢れかえるが、たくさんありすぎて逆に言葉にならなかった。
なのでカーチャはその話題については諦め、ふぅ、と嘆息。
「でも……本当に夢でよかったです。目が醒めた直後は、まだ夢の続きみたいな気がして……私、本当にどうしようかと思いました……」
小さな両手で薄い胸を押さえながら言うと、にひ、とベルが笑った。
「あれ? あれあれあっれぇー? もしかしてカーチャ、夢の中でボク達がいなくなって寂しかったとか? ベッドの上で泣いちゃったとかー?」
「にゃっ!?」
図星を指されてカッと顔が熱くなった。その反応を見たベルがさらに嬉しそうに、にしし、といじめっ子の顔で笑い、
「ああもうカーチャちゃんったら! 可愛いんだからっ!」
「ムギュ!?」
アイリスが居ても立ってもいられない様子でカーチャをぬいぐるみのように抱き締め、
「ほんまやわ……」
サイラが目立たないようひっそりと、しかし楽しそうに口元に笑みを刻む。
そんな四人の様子をどこか満足げに眺めていたイオナが突然、椅子を蹴って立ち上がった。
「よし、そろそろ行くぞ!」
「――え?」
アイリスの豊満な胸に顔を埋もれさせられていたカーチャはイオナの台詞に疑問符をあげた。
「行くって……どこにですか? 今日は戦闘訓練の予定もなかったと思うのですが……」
「それは秘密だ」
にやり、と笑ってイオナはそう答えた。カーチャにはわけがわからない。
「さ、カーチャ、ほら早く」
「へ? え? えっ?」
ベルに右手を引かれてアイリスの抱擁から抜け出した。と思ったら、左手までもがサイラの大きな手に握られた。
「行こ、カーチャちゃん」
はにかみながらカーチャの名を呼んだサイラが、そのまま手を引いて歩き出す。ベルとサイラの両名に手を引かれる形となったカーチャは、まるで捕まった希少動物のような体で連れて行かれる。
「で、でも……」
行き先がわからなくては不安で仕方ない。渋るカーチャの背中を、アイリスの手と声がやんわりと押した。
「ほら、カーチャちゃん。カーチャちゃんのお父様も待っているわよ」
「お父様が?」
カーチャはほっと安心した。行き先に父がいるのなら大丈夫だろう。少なくともおかしな場所ではあるまい。
先行するイオナが談話室の扉を開いた。夕焼けが差しているのだろうか、途端に矩形の隙間から強い光が溢れてカーチャは目を細めた。
暖かい光だった。
それを浴びて、カーチャは不意に思う。そうだ、別に不安がることなんて何もなかったのだ、と。行き先に父がいようがいまいが関係ない。自分はみんなと一緒にいるのだ。普段はセクハラされたり意地悪されたりもするが、いざという時はみんな自分のことを精一杯守ってくれる人達ばかりなのだ。こんなに心強い人達をカーチャは他に知らない。
だから、大丈夫だ。どこへ行こうとも、みんながいるなら安心だ。
逆光の中、イオナがこちらを振り返った。
「行くぞ。あの世の果てまでついてこい!」
力強い声だった。ついてこい、ということは、一緒にいてくれる、ということだ。それが嬉しくて、カーチャは弾んだ声で返事をした。
「はい!」
イオナの姿が光の中へ消える。だからカーチャも足を前へ進めた。
ベルに右手を引かれ、サイラと左手を繋ぎ、アイリスに背中を押され、カーチャはイオナの背中を追いかける。
そして、みんなと一緒に、光の中へ飛び込んだ。
完




