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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第肆章 『魔者の軍団』
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第91話 餌

 アレーレに自由を奪われてから、体感で5日以上の時が経った。

 朝も夜もない空間にいるため、どれだけの時間が経過したのか正確には分からない。

 だが食事をした回数から、だいたいそれぐらいだと予想する。


 眠る事をほぼ許されないまま、アレーレによって無尽蔵に搾り取られ続ける。

 一転して俺は餌と成り果てていた。


 不死賢者レビスによってかけられた《欲望解放》の呪い。

 星の聖者リーブラによってかけられた《欲望半減》《欲望減衰》《理性増幅》の呪い。

 この隔離空間にきてからは天国の様な効果を発揮してくれていたが、果たして今はそうだと言えるのか。


 地獄ではない。

 まだ、地獄ではない。

 ただそれがいつまで続くのか。

 四肢を拘束された状態で延々と一方的に行われる行為に、そろそろ精神がまいってしまいそうだった。



「ハーモニー様、お食事をお持ち致しました」



 まるで何事も行われていないかのように、淡々とした態度で接してくるイリア。

 手足の自由を奪われているため手ずから俺の口に食事を運んでくれるのは嬉しいのだが、感情の浮かんでいない顔と機械的な動作は、まるで俺の事を家畜か何かとして扱っているような印象すら感じていた。

 但し、何故かイリアは苦笑を誘う服装をして俺の前に現れる。

 今日はセーラー服姿だった。


 この世界にそんな服装は当然ない。

 しかし以前、カチューシャ達に面白半分で俺の知識の中にある色々な衣装デザインを伝えた事で、いつからか俺の知らない所で生産されていた。

 用途は限定されているため生産後は適当に倉庫へと納められているのだが、そこからイリアは引っ張り出してきて関係ない時でも好んで身に着けている。

 趣味と言われればそうとも言えなくもなかった。


 どうせなら笑顔でポーズを決めてくれるなどのサービスをしてくれれば、俺のこの陰鬱な気分が少しでも楽になるというのに。



「失礼致します」



 最後まで鉄面皮に徹したまま、イリアは部屋から出て行った。



「あの子、頭大丈夫なのかしら。それともあなたの教育の賜?」



 いつ終わるともしれない行為に耐え続けるだけの俺にはそんなアレーレの質問に答える気すら沸かず。

 瞳すら向けず、ただ四肢を拘束しているアレーレの触手からぶら下がっているだけだった。


 身体はまだ喜びを感じている。

 だが心はもう限界だろう。

 ――と、そろそろアレーレに思わさなければ、本当にヤバいかもしれない。

 そんな思考をするだけの気力があるならまだまだ限界には程遠いと言えるのだが、だからといってそこまで待っていられる訳もない。


 しかし現実は残酷で、その状態を数時間に渡って演じていても、アレーレは一向に俺を解放してくれるような事はなかった。

 もしかしたらアレーレにとって俺から力を搾り取る行為は、既に日常の一部として昇華してしまったのかもしれない。

 だとしたら俺のこの演技は無意味にも等しい。


 アレーレは森の精霊の一種である。

 つまり俺達の様な人の種とは違って、ただじっとしている事に何の苦痛も感じないのかもしれない。

 まるで木のように、ただ養分を吸って生きるだけ。

 あまり多くの事は望まず、美味しい養分が吸えるのであればそこだけで満足する事が出来るそんな存在だとしたら?


 話し掛けてくるというのはただの独り言で、別に俺が応えなくともアレーレは全く気にしている様には思えなかった。

 風が囁き、枝葉が揺れる。

 揺らされようが揺れようが、どちらでも構わない。

 何も変わらないのだから、会話が成立しようと独り言になろうと、俺が無尽蔵に力を搾り取る事の出来る餌である事は変わらない。


 そんな思考はこれまで何度も繰り返してきた。

 そしてこの状態はいつか終わるものだとして、ずっと耐え続けてきた。

 アレーレは話が通じる相手であり、決して鬼ではない。

 だからもうすぐ解放される。

 そう思っていた。


 だが、いつまで経っても俺は解放されない。

 俺が反応を返さなくなっても、アレーレの態度は変わらなかった。

 力を搾り取る方法は変わっても、行為自体は延々と続けられ終わらない。

 イリアはウィチアが作った食事を俺の口へとただ運び続けるだけ。


 時間だけが過ぎていく。

 俺の精神だけがすり減っていく。

 いつまでも。

 どこまでも。



「……アレーレ」

「なぁに?」

「少しは休ませてくれ」



 そして遂に耐えきれなくなり、そんな些細な要望を俺は口走っていた。



「良いわよ」



 しかし返ってきた答えは、予想通り無慈悲な言葉であり。

 俺は自分が本当にただの餌に成り下がっている事を自覚し……。



「……良いのか?」



 やばい、危うく自滅する所だった。

 思い込みすぎて、アレーレの言葉を別の言葉に変換して解釈する所だった。

 本当に精神がまいっていたのだろう。



「別に良いわよ。そろそろ他の子達で気分転換したいのでしょう? 前にも言ったけど、別にあなたは私だけのものにならなくても良いの。私はとっくに満足してるから、暫く好きにして良いわよ」



 アレーレの言葉は実にアッサリしたものだった。


 何の事はない。

 勝手な期待をして、勝手に自分に制限をかけて、勝手に自爆していただけの話だった。

 約十日間もの間、俺はずっとその要望を口にせず、ただ馬鹿をやっていただけという事か。


 そう思ったら、一気に疲れが襲ってきた。



「そのまま寝るの?」



 その質問にはもう答える事が出来ず。

 俺は、急速に眠りへと落ちていった。









 とりあえず。

 気分転換に、暫くご無沙汰していた面々の相手をする……という行動は、流石に俺は取れなかった。

 延々と約十日間も行為を続けていたのだ。

 すぐにその気になれる訳がない。


 そんな訳で、俺はまず十日前に一番疑問に思っていた事に関して取りかかる事にした。



「お腹が空きました……」



 訪れたのはアリエスのいる牢。

 他の牢はすべて扉が壊され、自由に開閉可能な新しい扉が付けられ自由に行き来が出来るようになっていたが、アリエスのいるその牢だけは以前同様に入室制限がかけられていた。


 部屋に入るにはアレーレの触手が邪魔をして、アレーレの許可を得た者しか入る事を許されていない。

 同時に以前の仕掛けもまだ有効になっているため、一度牢の中に入ると俺やイリア達でないと牢を出る事は出来ない様になっていた。



「予想以上に随分と弱っているな。食事はちゃんと定時間に運ばれてしっかり食べていると聞いたが?」



 燃費の悪い身体のエネルギー消費量を少しでも減らすためか、アリエスは床にベタッと寝たまま動こうとしない。

 ただ、ぱっと見た目には面倒臭いから動きたくないと言っているダメ人間にしか見えなかった。

 それでも容姿が良い分、何だか少し心が和む可愛らしい光景ではあったが。



「量が全然足りません。とっても美味しいですけど」



 試しに、この牢に来る前にくすねていたお菓子をアリエスの目の前に出してみる。



「痛い」



 俺の手ごとかぶりつかれた。

 しかもその傷口から血まで吸い始める始末。

 この場合、俺は手まで喰われなかった事に安堵するべきなのだろうか。


 口の力だけで俺の手にぶら下がっていたアリエスを無理矢理引き剥がす。

 アリエスの唾液がベッタリと俺の手に残る。



「このままでは餓死しそうな感じだな。生命を維持するためには一日にだいたいどれぐらいの量の食事が必要なんだ?」



 その境界線が分かれば、少しずつでもアリエスの体力を回復させる事が出来る。

 当然その先には、アリエスは牢から出れる様になり、アレーレの排除へと繋がってしまう。

 目の前で死人が出るのは嫌なのでその計画を実行に移す気はないが、代わりにアリエスが餓死するのも避けたいと思っている。


 少なくとも現状を見る限り、アリエスの死は濃厚だった。

 お菓子を無理矢理俺の手から奪ってからは、アリエスはうんともすんとも言わなくなる。

 さっき俺に反応したのは、実はお菓子を俺が持っている事を察知してなのか。

 それが本当なら、随分と嗅覚の優れた女の子である。


 だがそんな事はない。

 もう一個隠し持っていたお菓子を、目を閉じてしまったアリエスの近くへとそっと置く。

 一瞬アリエスの鼻がひくついたかと思うと、あっと言う間にお菓子はアリエスの口の中へと消えていった。



「まだありますか?」



 期待の眼差しで見てきたが、俺が首を横にふると再びアリエスは瞳を閉じて動かなくなった。

 どうやら最初の言葉は俺への挨拶ではなくただの要求だった様だ。

 食事以外には興味はないらしい。

 俺の質問に答えないのは、今はそんな事を気にしている余裕がないからだろう。


 試しに今度は悪戯をしてみる。

 予想通り、何をしてもアリエスは反応しなかった。

 まるで死体を相手にしている様な状況を思わせる。

 初物がそんなだと詰まらないので、適当なタイミングでやめた。


 一度牢を出てアレーレで処理を済ませたあと、またアリエスの牢を訪れる。

 勿論、また内緒でお菓子を懐に忍ばせて。

 今度もアリエスはお菓子以外の事にはまるで反応しなかった。


 俺のこの行為は恐らく量が足りなさすぎて餌付けになっていないだろう。

 三度目を行うと流石にアレーレに気付かれてしまうので、別の対策を考える。

 少なくとも現状では会話もままならないので、俺が聞きたい事も聞けない。


 さて、どうするべきか。

 そう思ってアリエスの目の前に座って考え込んでいると。



「なんでも良いのでください」



 アリエスの瞳が開いて、それをじっとみつめてきた。


 ……ああ、そういえばそういう手段もあったな。

 俺の知識の中には、無理矢理それを食事としてとらせるという拷問じみたプレイは当然あったが、まさかそれを本当に食事にするという発想は全く思い浮かばなかった。


 思い浮かばなかったのを俺は喜ぶべきだろう。

 俺はまだ正常だ。

 壊れてはいない。


 早速アリエスに食事をさせる。

 ただ、呪いの影響で何故か無尽蔵に湧き出る泉とはいえ常に湧き出す訳ではない。

 アリエスも餓死寸前のため動きも悪い。

 故に、かなり苦労した。


 それから暫くアレーレ以上に過酷な労働に勤しみ、アリエスがようやく自分でも働き始めた頃合いを見計らって、俺は一度休憩を取る。

 たっぷりと睡眠を取って英気を養った後だというのにまた随分と疲弊してしまったため、部屋に帰ってベッドに倒れるとすぐに眠りへと落ちた。

 そして目が覚めると、アレーレが寝ていた俺からまた力を搾り取っている最中だという。

 起床直後の運動を適当に切り上げて再びアリエスの牢を訪る。

 そしてまた過酷な労働を行ってアリエスに食事を与える。


 何だか前よりも自分が餌に近づいている様な気分だった。



「そろそろ満足したか?」

「いえ」



 もう1回ほど行き来した後で、ようやくアリエスは求めなくなった。



「正直、二度と食べたくありません」



 俺の知識の中には、そう言っていた者がいつか中毒となり自ら求める様になるという情報もあったが、アリエスが言ってる事とは全く意味が違うため頭の隅に追いやった。



「幾つか聞きたい事がある。アリエス、御前は自分の事を《星の聖者》と言ったな。それは間違いないか?」



 何のために苦労したのかと言えば、ただそれを聞きたかっただけという事になる。

 そこが何かの突破口になるという訳でもなく、純粋な知識欲からくる質問。

 現状ではそれを知った所で意味はなく、しかしやたらと狭いこの世界ではそんな事でも十分に価値ある情報となる。


 いわば、ただの暇潰しの種。



「はい。それよりもあなたは従者ですよね? なのに何故、飼い主から離れてこんな所にいるのですか?」



 飼い主と言ったか、この(あま)

 いや、問題にすべきはそこではないか。



「ここにいるのは俺の意思じゃない」

「なら何故帰らないのですか?」

「うん? 帰れないからだが?」

「帰れないのですか? ……ああ、見習いの方なんですね」

「見習い?」



 さて、いったい何の事だろうか。

 なんとなく気になったので自分のステータスを確認すると。



■ハーモニー 男 人

■《星の聖者》の従者見習い:Lv1

■HP:36/40

■MP:4/12

■欲望解放 痛覚麻痺 死の宣告 死後蘇生(不死者化) 迷宮の呪縛

■欲望半減 欲望減衰 理性増幅 痛覚10倍 感覚鋭敏化 生命共有化(隷属)



 職業がいつの間にか切り替わっていた。


 前に見た時は見習いという言葉はついていなかった筈なので、もしかしたらアリエスに見習いだと言われた瞬間に変化したのかもしれない。

 それと、HPもMPももう少し高かった筈だ。

 これは職業が変わった事による変動だろうか。

 まぁ、このステータスはあまりあてにしても仕方がないので、今は忘れる事にしよう。


 ちなみに、職業一覧の中には見習いという言葉がついていない職業がちゃんと残っていた。

 レベルも2のままだ。



「見習いでなければ、どこにいようとも主である《星の聖者》の元に移動できるのか?」

「はい。ただ、その方法を飼い主から教えてもらっていればの話ですが」

「聞いていないな」

「だから、あなたは見習いという事になります」

「ああ、なるほど」



 だったら最初から《星の聖者》の従者見習いとステータス表記していればいいものを。

 それとも何か別の理由でもあるのだろうか?

 リーブラと出会った時、俺は彼女が《星の聖者》だとは知らなかった。

 にも関わらず、リーブラと出会った後に職業を見たら《星の聖者》の従者となっていた。


 知らない事、自覚していない事がステータスに表記される。

 今回は見習いという言葉を聞いた瞬間に切り替わった。

 その違いは何なのか。


 もしかしたらリーブラは俺を見習いにするつもりがなかったため、最初から従者だとして見ていたのではないだろうか。

 しかしアリエスは俺の事を見習いだと思った。

 普通ならメインとなっている職業は変わらないのだが、今回は同じ《星の聖者》が認識してしまった事で修正された、と。


 まぁ今はどうでもいいか。

 その認識でいくと、主であるリーブラに主の元へと移動する方法を聞けば元に戻りそうだしな。



「飼い主の元に戻りたいのであれば、お手伝い致しましょうか?」



 そのアリエスの突然の申し出に、俺は少し悩んでしまった。

 ここ最近の生活は少しやばかったが、この空間での生活は予想以上に良い。

 それを失ってまで俺はリーブラの元に戻りたいと思うのか。


 それは否だろう。



「というか、たぶんそのために私はここにいるのだと思うのですが。何となく星に導かれました」



 随分と好い加減な導きだな。

 むしろただのこじつけのように聞こえるのは何故だろうか。

 リーブラの言葉ならとても神秘的に聞こえて思わず信じてしまいそうになるが、目の前にいる少女からは全くそういう雰囲気が感じられない。



「具体的にはどうするんだ?」



 とりあえず、方法だけ聞いておく。

 そのまんま、ただお手伝いしますよという善意ならば、この空間にやってきた時点でアウトだろう。

 不死賢者レビスがしかけた魂解離の罠は解除する事が出来たとしても、この空間から自力で脱出するのは期待するだけ酷というものだ。



「えと……あなたは飼い主さんと何かで繋がっていますので、そこに無理矢理ねじ込みます」



 何かって何だ、何かって。

 恐らく《生命共有化(隷属)》の呪いに関係しているものだとは思うのだが、その方法が力尽くだったりとあまり現実味がない。


 それ以前に、それを行おうとするとほぼ必然的にアリエスは十分な食事を摂取して力を回復させなければならなくなる。

 餌である俺がいなくなる事にアレーレも嫌がる筈だ。

 つまり問題のレベルが更に高くなる。



「その後、アリエスはどうするんだ?」

「さて、どうしましょう?」



 考えなしか。


 俺はこの生活を気に入っているし、アレーレも気に入っている。

 アレーレと俺の私生活をもう少し改善する余地はあるが、少なくとも現状をそこまで悪いとは思っていない。

 意外とアリエスが異物だったりする。

 そのアリエスが自分にとって何が得になるのかを理解しないまま行動を起こせば、それは単なるトラブルだ。

 誰にとっても悪い結果が訪れる可能性が高い。


 やはりここは断っておくべきだろう。



「別に今すぐ戻りたいとは思っていないから、飛ばしてもらわなくていい」

「そうですか」



 断られた事に、アリエスはこれといって何も感じていない様だった。

 それが出来るから俺に伝えてきただけ。

 もしかしたらそれを理由にお腹いっぱいに食べる事が出来るかも知れないと思ったのかもしれないが。



「ところで、星の聖者って何なんだ?」

「御飯くれたら答えてあげます」



 いきなり守銭奴になった。

 さっきのはもしかしたら食事をくれた事に対するお礼だったのかもしれない。

 あれだけ頑張ったというのに、随分と見返りの少ないギブ・アンド・テイクだな。



「今度またお菓子を持ってきてやるから、先払いで教えてくれ」



 体力温存モードに入ったのか、再び横になって瞳を閉じたアリエスはその交渉には応じてくれなかった。


 仕方ない。

 そっちがその気ならば、こっちもその気になるとしよう。

 早いか遅いかの違いだしな。


 では、俺の食事を開始するとしようか。











 それから暫くして。

 十分にアリエスを堪能した俺が部屋に帰ると……。



「やっぱり気が変わったわ。あなたには悪いけど、あの子達は全員排除させてもらうわね」



 そう言ってアレーレは有無を言わさず俺の身体を触手で雁字搦めに拘束し、本格的に俺を餌として扱い始めた。

2014.02.16校正

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