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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第肆章 『魔者の軍団』
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第90話 理由になっていない理由

「アレーレさんは御存知ないかもしれませんが、アリエスちゃんはものすご~く御飯を食べるんです。もうこれでもかというぐらいにです。いったいどこに消えてるんだろうって思う事すらも馬鹿馬鹿しくなるぐらい食べるんです。具体的に言うと底なしです」



 全然具体的ではない気がするが、今はつっこむのはやめておくとしよう。



「それで? あの子が今お腹を空かしている事と何が関係しているのかしら?」

「いや、分かった。つまりそういう事か」



 ウィチアのちょっと遠回し気味な言葉に少し苛立ち始めたアレーレが触手を動かしてしまう前に、話を俺の方で取り込む。

 なるほど、今思えば確かにその可能性は否定出来ない。

 むしろそういう事情があったからこそ、今になってアリエスはを牢を出てきたという事か。


 そしてその事は、イリアが出した案の根拠ともなる。



「どういう事かしら?」

「そのまんまだな。大食らいのアリエスにとって食糧問題は死活問題だ。逆を言えば、食糧問題が発生しない限り、アリエスは大人しくしてくれるという事だ」

「でも今は食糧が尽きてしまったのでしょう? ならあの子は全然大人しくしてくれないという事になるんじゃないのかしら?」

「そうだな。その点は何か手を打つ必要はあるだろう」

「それで? もし御飯が用意出来たとして、あの子が私を襲わないという理由にはなっていないわよね。私、折角御飯を用意してあげたのに燃やされちゃうなんて嫌よ」



 餌付け出来る出来ないというのはこの場合問題ではない。

 問題は、アリエスが何故今になって牢を抜け出す事が出来たのか、である。


 ウィチアはアリエスが何故今になって牢を抜け出したのかを問題にしていた。

 しかし、その理由だけを説明してもアレーレは納得しないだろう。

 出てきた理由と、出てこない理由は、必ずしも同じではない。

 牢から出てきた理由がお腹が空いたからだとしても、お腹が空いていないから牢から出てこなかったでは理由になっていない。



「ウィチア、二つ確認しておく。食糧が尽きた事をアリエスに伝えたか?」

「えっと……食材は常に補充していますので伝えていません」

「もう一つ。食事の用意は定期的だったか?」

「それが無理な事はハーモニーさんがよく知っているじゃないですか。それに食事を作る以外の仕事もありますので、いつも同じ時間にというのはどうしても無理です。最近は人も多いですし、やることいっぱいです」



 やはりそうか。

 アリエスはお腹を空かせたから牢から出てきたのは間違いない。

 食事の時間が不定期だとは分かっていても、お腹を空かせたら普通は何か食べる物がないかと自分で探す。

 現に、アリエスはこの部屋で俺にまず、何か食べる物がないかと聞いてきた。

 それはごく自然な行動と言える。

 そこに思い至らなかったのは、なまじこの隔離空間という場所に捕らえているという状況が、俺達の目を曇らせていたからだろう。


 アリエスはただ純粋に行動しただけだ。


 しかしアリエスが牢から出られたのは、出るだけの力を取り戻していたからである。

 でなければ、今頃になってアリエスは牢から出てくる訳がない。

 もっと早くに牢を抜け出してきて、食べ物を求めてウロチョロした筈だ。


 つまり。

 アリエスのお腹を適度に満足させつつ、しかし弱らせておけばいいという事だ。

 具体的には、定期的に食事は与えるが、その量を減らして牢から抜け出る力を奪っておく。

 牢を出る必要性を感じさせず、牢を出る能力も持たせず。



「という訳なんだが、どうだ? あの枷を外すのは牢に入れた後でも問題ない」



 以上の事を説明し終えて、俺はアレーレを見る。

 あまりうまい説明ではなかったが、伝えたい事は伝えられた筈だ。

 あとはもう、アレーレがどう思うかでしかない。



「あなた、言ってる事がただそこの二人の話を足してるだけだって事に気付いてる? 根拠もない上にただの推測じゃない」



 む?

 ……いや、そう言われればそうだな。

 弱らせておけば牢から出てこれない。

 お腹を空かさなければ牢から出ようと思わない。


 どこにもその根拠はない、か……。



「でもまぁ、あの子意外と美味しいのよね。あなたの臭いがついていないというのも理由の一つだとは思うのだけど、持って生まれた資質なのかしら? こうして他の子達と一緒に吸って比べてみると、明らかに味が違うのよね。だから……気が進まないのだけど、条件付きで生かしてあげようかしら?」

「……本当か?」

「なぁに? 嘘にして欲しいのかしら? 私はそれでも別に構わないわよ?」

「それは困るな。気が変わらないうちにその条件を聞いておくとしよう」

「なら、奥にある部屋の扉を開放してちょうだい。あそこだけまだ中に何があるのか確認出来ていないの。この条件、のめるのかしら?」



 ここは無理難題をふっかけられなかっただけでも良しとするべきなのだろう。

 出来ればこのまま蚊帳の外にいさせたかったが、それは叶わぬ望みの様だ。



「問題ない。ただ、いきなり扉を開けてこの状況を見せると中にいる者達が吃驚すると思うので、事前に状況を説明しておきたい」

「それはだめよ。何のために私が奇襲を仕掛けたと思ってるの?」

「急に襲い掛かったら反撃される可能性も出てくると思うが?」

「あなたと仲良くしている姿でも見せてあげれば油断してくれるんじゃないかしら? それに私の本体はここにはないから、反撃されても死ぬ様な事にはならないわ。あなたを手に入れられなくなるのは惜しいけど、死ぬよりはマシね」

「本体は別にあるのか?」

「そうよ。今あなたの目の前にいる私はただの分体よ。それに今は本体と一時的に切り離してるからあの子達から吸い上げた力を送る事も出来ないの」

「そうなのか。念のいった事だな」

「あら、信じるの? 実は私が言ってる事は自分の身を守るための嘘かもしれないのよ?」

「何が本当で何が嘘かを見分ける事が出来ない以上、今は信じるしかないだろうな。主導権はアレーレが握ってるんだ」

「理解してくれて嬉しいわ」



 閉ざされた扉の向こう側にいたターチェユ達は、これといったトラブルもなく無事にアレーレの触手に捕縛された。

 子供達は何だか喜んではしゃいでいたが、まぁそれもすぐに落ち着くだろう。


 その五月蠅い声をアレーレも嫌ったのか、子供達はあっと言う間に力を吸い取られ、眠りに落ちていった。



「要望は叶えた。アリエスを解放してもらえるか?」

「いいわ、解放してあげる。あなたたち、その子を牢に入れてきなさい」

「はい」



 そう返事をしたイリアとウィチアがアレーレの命令に従って、触手から解放されたアリエスの身を持ち上げて牢へと消えていく。

 そのあまりの自然な動きに、まだ一つしか言っていなかった要望の残りを俺は思い出す。


 要望と言うよりも、質問に対する解答の希望と言った方が良いか。



「偽物のイリアとウィチアを作って俺に見せたのは、何の意味があったんだ?」

「あれはあなたに見せた訳じゃないわ。あの子に見せたのよ」

「アリエスにか? 一体何のためにだ?」

「決まってるじゃない。油断させるためよ」



 つまり、二人がアリエスに枷を着けたのは、予め計画されていた事だったという訳か。


 しかし二人がアレーレと共謀する理由が分からない。

 仲が良くなったからだとか、アリエスが気にくわないからだという訳ではないだろう。

 もっと分かりやすい理由でその行動を起こしたというになる。



「二人を魅了したな?」

「あら、気付かれちゃった? そうよ。アリエスって子が私の牢を開けてくれた後、私は真っ先にあの子達を支配下においたの。簡単だったわ。それから、あの子達がまるで複数人いるようにアリエスって子に見せてあげたの。そこまで言えば分かるかしら?」



 なるほど。

 あの時、偽物の二人は部屋の入口で武器の切っ先を俺に突きつけてきたカチューシャ達からは離れた位置にいた。

 つまりその二人は姿が見えていても、俺やアリエスからはハッキリと見える位置にはいなかった。


 恐らく、アレーレが事前にアリエスに見せた人物は、着ている服や髪型はかなり似ていたとしても、間近で見ればすぐに別人だと分かる偽物だったのだろう。

 しかし俺がその偽物の二人をイリアとウィチアだと断定し、何故そこにも二人がいるのかと聞いたため、アリエスは何かが変だと感じ咄嗟に攻撃態勢を取った。

 つまり、意識を完全に前方へと向けた。

 もしかしたらその瞬間にアレーレは偽物二人の位置からアリエスに対して魅了攻撃を仕掛けたのかもしれない。


 兎に角それでアリエスの注意は前へと向いた。


 後は事前に支配下においていた本物のイリアとウィチアにアリエスを背後から襲わせ、枷を着けさせる。

 同時に、コッソリと地面を這わせて展開していた触手で他全員を捕縛した、と言った所か。



「理解したようね。それほど難しい事じゃないでしょう?」



 だんだんと抵抗をしなくなってきたカチューシャ達を一人ずつ元いた牢に入れながら、アレーレは俺の耳元で囁いてくる。



「二人の魅了は解いてもらえるのか?」

「それはあなたの頑張り次第ね。また私を満足させてくれない?」

「満足させた後で必ず魅了を解いてくれる事を約束してくれるならば」

「約束してあげるわ。だってあの子達ならいつでも魅了出来るんですもの」



 邪魔者をすべて部屋から追い出した後、アレーレの触手が本格的に俺へと絡んでくる。

 恐らく本体との接続も復活させただろう。

 牢の方を見ると、アレーレが以前入っていた牢の中へ触手が伸びていた。


 その牢の入口はいつの間にか木の根がビッシリと埋め尽くしている。

 二度と閉じられないようにとの処置だろう。



「あと、安心して。別にあなたは私だけのものにならなくても良いの。私を満足させた後なら、あの子達の相手をしても別に構わないわ。色んな味があった方があなたも楽しいでしょう? それがまた私の満足に繋がるの。勿論、その時は私の分体も一緒に参加させてもらうけどね」



 そう言って、アレーレは俺の傷口を舐めて血の味を味わった。










 ――ああ、なんだろうねこの味は。

 アタイの口の中いっぱいに広がっているこれは、まさか血の味かい?

 そうかい。

 アタイ、もしかしなくてもやられてしまったんだねぇ。


 まったく、ままならないものだよ。

 まさか味方にやられるなんて思ってもみなかった。

 これは完全にアタイの油断だね。


 イタタ。

 起き上がるのはやっぱ無茶だったか。

 でも早いとこ戦線に復帰して対処しないと、あいつらだけじゃヤバイ相手だからねぇ。

 アタイ自身が生き残るためにも、無茶を承知で頑張らないと。



「ガルゴ、リザルフ、それにあんた達、よく持ちこたえてくれたね。感謝するよ。でももうちょっとばかし耐えてくれないかい? すぐにあの馬鹿を始末するからさ」



 壁までぶっとばされたアタイを守るために、防御に秀でた石像鬼(ガーゴイル)半蜥蜴鬼(トカゲもどき)達が半円に展開して敵の攻撃を防いでいた。

 栗鼠鬼(リカート)鳥鹿鬼(ペリュトン)達もアタイの方にいるみたいだね。

 でも、それ以外の下っ端は全員、敵に寝返ってしまっている。

 いや、アタイの魅了に魅了を上書きされて操られていると言った所かね。


 第四階層のボス戦も無事に突破したアタイ達だったけど、第5階層のボス戦は一筋縄ではいかなかった。

 これが最後の関門だというのに、最悪の敵がアタイ達の前に立ちはだかってくれたよ。

 いいや、アタイにとって相性の悪い敵が、と言うべきだろうね。


 敵は、アタイと同じ自然精霊系の魔者(ましゃ)だった。



「オロダロス! アタイに逆らった事、後悔させてやるよ!」



 同じ魅了持ち同士がぶつかれば、その力の優劣だけでなく魅了される側の思いの差も結果に反映されていく。

 力の優劣だけならばアタイと敵の間にはほとんど差がないため、アタイが連れていた奴等の半数は敵の手に落ちる事になる。

 それはほとんどどうしようもない事なんだ。


 なら、いったいどいつから魅了されていくのか。

 それは、耐性の弱い奴か、もしくは先に魅了しているアタイに対して負の感情を抱いている奴からだ。

 それでね、オロダロスったらさ、真っ先に魅了されちまったんだよ。

 あれだけの強さを持ってるんだ、耐性がない訳がないんだけどねぇ。


 たぶんオロダロスの奴は寂しかったんだろうさ。

 なんたって、ここまでくる間に猿鬼(オロリン)は全滅しちまったからね。

 常に最前線で戦わせていたのも理由だろうけど、防御を考えずポンポンと跳ねて敵のど真ん中に突っ込んでいくってのもその理由だろうね。

 勿論そう命令をしたのはアタイだけど、その対策にきちんと防具を与えて何度も口すっぱく防御を忘れるんじゃないよとも言ってたんだよ?


 ま、どんな言い訳を重ねた所で、オロリンが全滅したのは紛れもない事実なんだ。

 唯一生き残ったオロダロスはその事に寂しさを感じるのと同時にアタイに対しての憤りも感じていたんだろうね。

 敵に寝返るや否や、アタイの事を思いっきり殴り飛ばしやがったのさ。


 それでだ。

 寝返るのは仕方がない事だからまだ許せるんだけどね。

 いくら魅了されたからといっても、本気でアタイに手をあげてきたってのは、流石にアタイも許せそうにない。

 魅了されたから殴ってきたのは分かってるんだけど、真っ先に魅了されるってのにも納得出来ないしね。

 ほんと、凄く痛かった。


 だからさ。

 それが例えどれだけ大きな損失になろうとも、あの馬鹿だけは殺す。

 アタイに逆らった事を後悔させてやるよ。


 アタイ達の持ってる力ってのはさ。

 ただ虜にして支配下におくだけが全てじゃないのさ。

 相手の脳に盛大な勘違いを起こして恋だとか愛だとかを思わせるってのは、実は優しい使い方なんだ。

 その優しい使い方をした場合の事を、みんなは魅了って呼んでるんだよ。


 でもね、アタイ達の持ってる力ってのは実はもっとえげつないものでね。

 本来は相手の頭の中を壊すために使うものなんだよ。

 その方法は種族によって違うけど、本質は同じ。

 元々か弱い自分達の身を守るために編み出した攻撃方法なんだ。


 つまり、アタイはオロダロスを殺す力を実は持っている。

 攻撃力も速度も明らかにオロダロスより劣っているアタイだけど、その差には関係なくアタイはオロダロスを殺す事が出来る。

 ただ、この力を使ったからといってそう簡単に殺せる訳じゃない。

 殺したい相手と接近する必要がない代わりに、ちょいとばかり時間が掛かるんだ。


 ただ、その時間はアタイの仲間達が作ってくれる。

 元々耐性の高いガーゴイルやリカート、一度仕えた相手に忠義を尽くす傾向のあるトカゲもどきやペリュトン。

 アタイもここまでの道程で随分と疲れてたから敵に寝返ってしまった奴等の方が多かったけど、防御に秀でたガルゴ達がアタイ側に残ってくれてたのは本当に幸運だったよ。


 それにしても、アタイ達よりも先にここへ来た連中は運が良かったのかねぇ。

 この階層のボスと戦う羽目になる前に撤退命令が来るなんて、ちょっと出来すぎだと思ってしまうよ。

 実はそうなるように仕向けたんじゃないのかねぇ?


 さて、アタイの復讐も無事に済んだ事だし。

 そろそろあのいけ好かない笑みを浮かべてるこの階層のボスの顔を潰してしまおうかね。

 いや……オロダロスをアタイに殺させた礼を、キッチリさせてもらおうかね。



「ゴブロース、オーグル、コボラン、リグル、ヘルガス、ペルルギロス、ガルゴ、リザルフ! アンタたちの力、あいつに見せてやりな!」



 アタイはそう言って、9匹から8匹に変わったその化け物達に、魅了や破壊とは違うもう一つ使い方、一時的な力の増幅を施した。

2014.02.16校正

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