第88話 そこにいた者は……
さて、2階層だね。
ここからは確か分岐路が少しだけあるんだったか。
ええと、マップは何処だい?
ああ、リグルあんたが持ってたのかい。
よこしな。
え?
ご褒美が欲しいだって?
寝言は寝て言いな。
いや、ほんとに寝られても困るんだけどね。
ったく、しょうがないね。
ちょっとだけだよ。
「……またちょっとゆっくりしすぎたかねぇ。アンタたち、戦闘態勢に入りな!」
また現れた竜人鬼を倒してから、今度こそ本当に出発する。
まぁ良い武器防具が手に入ったし、良しとしようかね。
編成そのまま、堅い石像鬼どもを先頭に第二階層を進む。
別れ道に辿り着くと、敢えて間違った道を選んだ。
この先には宝箱があるみたいだからねぇ。
地図あるとほんと楽だよ。
よしよし、敵もいたよ。
「殺っちまいな」
その命令一つで戦闘が終わる。
壁役のガーゴイルのが敵さん達の攻撃を真っ向から受け止め、その間に猿鬼が上からふって打撃を与え、更に左右から栗鼠鬼と黒犬鬼が襲い掛かる。
それだけあちこちから連続した攻撃を受ければ一溜まりもないね。
と思ってたら、どうやらトラップが配置されていたみたいだ。
背後から追加の敵がやってきたよ。
さて、半蜥蜴鬼どもが耐えられるのかねぇ。
お守りに鳥鹿鬼どもがいるから大丈夫だとは思うが、数を減らされちゃかなわない。
「何浮かれてんだい! 後ろもちゃんと確認しな! 新手がやってきてるんだよ!」
と言って、馬鹿どもにちょっと判断をゆだねてみる。
あーあー、折角部隊ごとにまとまっていたのにほとんど総崩れじゃないか。
それじゃ烏合の衆と変わらないだろうに。
見かねて指示を出す。
「馬鹿、ガーゴイルどもはその場で待機して前方を警戒してな。後ろに真っ先に向かうのは、オロリン、アンタたちだよ。リカートとヘルハウンドはまず集まって固まりな。みんなが出揃ってから一斉に突撃する用意だ。合図したらオロリンどもは一度引いて体勢を立て直しなよ。次の合図でリカートとヘルハウンドが突撃だ!」
命令通り、オロリンどもがポンポン跳ねて味方を飛び越えていく。
全員が動いたらごちゃごちゃするだけだからね。
直線を走れないリカートとヘルハウンドは使い物にならないって事もこれで理解してくれると嬉しいんだけど、さてこの馬鹿達はそれに気が付いてくれるのか。
トカゲどもの防御が崩れかける前にオロリンどもが到着する。
正面から堅実に攻撃を加えてるペリュトンと、上からふってきたオロリンの二面攻撃を受けた敵の戦線が一気に瓦解し始めた。
そのままボカスカやってもいいけど、予定通り合図を出してオロリンは一度引かせる。
連戦はちょっと疲れるからねぇ。
あと、敵のど真ん中に居座り続けたら逆にピンチになるだけだしね。
次の合図でリカートとヘルハウンドが壁走りをして左右から敵へと突っ込む。
最後にペリュトンどもに全力突撃の指示を出して終わりだよ。
無事にその局面を乗り越えた。
さて、お宝お宝。
なんだい、しけてるねぇ。
ま、丁度怪我した馬鹿が出たばかりだし、たかが薬草でも十分に薬にたつんだけどね。
配置を元に戻し、進行方向だけを変えて来た道を戻る。
つまり先頭はトカゲども。
こいつらにも十分な戦闘経験を積ませておかないと、ガーゴイルの一枚岩だと心許ないしね。
だから道を戻る時はトカゲどもが矢面だ。
基本、左右を壁に挟まれた通路を進む場合には、やっぱり二枚の壁が欲しい。
早く成長しておくれよ。
そのまま順調に第二階層も隅々まで歩き回る。
手に入るアイテムはしけたものだけど、行ったり来たりを繰り返した事でそれなりに経験が積めたね。
それでもまったく安心出来ないのは何でだろうねぇ。
やっぱ頭が悪すぎるからかねぇ。
「なんだ、またアンタかい。つまんないねぇ。だからといって、アンタたち分かってるだろうね? 油断するんじゃないよ!」
この階層のボスもドラゴニュートだったよ。
勿論、一階層の最後で見たボスよりはほんのちょこっとだけ大きかったし、持ってる武器も違うからね。
まんま同じ強さだとはアタイだって思っていない。
それを証明するかのように、そいつは法術を唱えはじめた。
「させないよ!」
この部隊で唯一、間接的に法術を阻害する事の出来るアタイがいなければ、今頃は屍の山ができてたかもしれないね。
感謝しな。
戦闘は一階層とほとんど同じ形で行った。
そんなに広くなかったし、敵が一体だけだと戦闘に参加出来る数は限られるからねぇ。
ガルゴ以外が前に出ると、石ころを投げる訳にもいかないし。
時折に法術を放とうとしてくるけど、その時にはアタイの出番だ。
濃厚な魅了の気を飛ばしてそいつの注意を強制的にそらして詠唱を中断させる。
そのまま頑張ればアタイの虜にも出来そうだったけど、今はまだやめておいた。
だってさ、今でもこの馬鹿どもの心を繋ぎ止めておくために色々小細工をしてるっていううのに、敵として現れた奴まで虜にしようとするとかなり疲れるんだよ。
そういうのはもっと戦力が減ってからだね。
「さぁ、勝ち鬨をあげな!」
今回のトドメはリグル。
壁を走って速度をあげて飛びかかったあと、口に咥えていた剣を空中で手に持ち替えてズバッとさ。
剣を手には持てないヘルガスには出来ない技だよ。
というか何で前足がそんなに発達してるのかねぇ。
同じ種のリカートを見ても、とても剣を持てるようには成長しそうにないというのに。
なんか別の種族になってやしないかい?
ま、死ぬ気になれば何でも出来る様になるってね。
以前アンタに何があったかしらないけどアタイはそんなの御免だよ。
ボスを倒した後はやっぱり宴だ。
これをしておかないと高い士気を保つのは大変だからねぇ。
それに御飯も食べておかないと力が出ないし。
んで、またボスが姿を現してまた戦闘っと。
今度は意図的だ。
暫く待てばボスがやってくるのを知ってしまったからね。
訓練には丁度良い。
ただ、また子鬼の奴が一匹死んじまったけど、もうアタイには何も言う事ないね。
所詮はゴブリンさ。
さてさて、残りは97体だ。
情報によれば、順調なのはここまでかもしれないね。
次の階層からは敵の強さは上がるみたいだし。
そろそろ捨て駒を決めないといけない頃合いかねぇ。
「あ、どうもお邪魔しています」
「二度言わなくても聞こえている」
「そうですか」
その少女は、ウィチアとイリアを後ろに従えて俺の部屋に立っていた。
「何か用か?」
「はい」
俺の質問に、当然の解答を少女は答える。
そこに迷いの間はない。
そもそも、何故この少女は俺の部屋にいるのだろうか。
いや、それを考える前に、どうしてそれが可能なのかを俺は考えなければならないだろう。
別にこの少女があの牢屋から外に出られた事にはそれほど不思議とは思っていない。
あの牢屋がどの程度の強度を持っているのかを実験した事もないし、ウィチア達から聞いた事もない。
初めての住人、今はペットと化している幼女があの牢屋に捕らえられた当初に暴れた事があったが、その程度の打撃ではビクともしなかった。
だがそれ以上の威力を持った攻撃を、他の誰も行った事はない。
だから、枷を外した瞬間に恐ろしい程の怪力を見せているこの少女が、その怪力か、もしくは枷が外れた事で使用が可能になった法術で牢屋を脱出してみせても俺は別段不思議とは思わなかった。
むしろ、いつそうなってもおかしくないと俺は思っていた。
故に、少女が牢屋を脱出したという現実を目の前にしても事前に予期していた俺は全く慌てる事はない。
だが。
少女がこの部屋にいるという事は俺の予想の範囲外だった。
この部屋に入る事を許されているのは、俺かウィチアかイリアのみ。
それ以外の者は、部屋に入った瞬間に魂を肉体から解離させられて死に至る。
それを俺はペットな幼女で理解させられた。
一度強制的に魂を解離させられた幼女は、その後無理矢理に魂を肉体に戻しても完全には元に戻る事はなかった。
自我は完全に失われほとんど獣と化し、飼い慣らした今も彼女の記憶や性格は欠片も戻っていない。
それなのに今。
少女はその境界線を越えて、俺の部屋の中にいる。
このルールは絶対ではなかったというのだろうか。
「何か食べるものはありますでしょうか? あと、私は何でここにいるのでしょう?」
それを俺に聞くのか。
少女の後ろにいるイリアに視線を向けると、首を横へと振られた。
どうやら少女の問いに対する答えは既にイリアが答えた後の様だ。
それ以前に、何故二人はそちらにいる。
まさかこの期に及んで敵対するとでも言うのだろうか。
「その問いに答える前に、名前を聞いて良いか?」
「あ、はい。アリエスと言います」
「アリエス、だと?」
一瞬、リーブラの名前が思い出される。
黄道十二星座、トレミーの48星座の一つ、おひつじ座、白羊宮のアリエス。
リーブラという名前が天秤座、天秤宮を意味している事を考えれば、アリエスという名前は星の聖者リーブラに何らかの関係があるという事なのだろうかと少し勘ぐる。
「貴方には、星の聖者アリエスと言った方が宜しいでしょうか」
「!?」
疑念が少女自身の口から確信へと変えられる。
「そんな事よりも、私の質問に答えては頂けませんでしょうか? その解答によっては燃やしちゃいますよ?」
いや、俺にとっては全然そんなことという一言ですまされるような疑問ではないのだが。
それにもはや質問ではなく要求、要求というよりも脅迫となっている気がするのだが。
さて、俺はなんと答えるべきなのか。
……と、ほんのちょっとだけ思考した所で、俺のベッドがボッと燃え上がった。
「私、実はほんの少しだけ気が短いのです。直そうとは思っているのですが……」
全然ほんの少しではないだろうに。
「ここは、不死賢者レビスによって作られた隔離空間だ。御前は……」
「アリエスちゃん、とお呼び下さい」
言葉が遮られ、なんか妙な要求を聞いた気がする。
アリエス本人ではなく、その後ろに控えているイリアから。
「アリエスはこの隔離空間で管理されているとある迷宮の中で気を失ったため、ここに連れてこられた。そこにいるイリアの手によってな」
そう言った瞬間、イリアが思いっきり睨んできたけど無視しておく。
どうでもいいが、久しぶりにそういう感情をイリアから見た気がする。
「あ、そうなのですか。イリアさんにはいつもいつも御飯を頂き、とても感謝致しています。心の底からお礼を言わせて下さい」
「全て私が用意したものです。そこにいるハーモニー様は一切その食事には関わっていません」
「ちなみに、調理したのは私です。あ、ウィチアと言います。宜しく、アリエスちゃん」
「これはこれはご丁寧に。いつもお世話になっています」
気のせいか、二人が今目の前で敵に寝返ったような気がした。
きっと気のせいだろう。
「それで、何か食べるものはありますでしょうか?」
むしろそっちが本題だったのか、と思わせる真剣さをもってアリエスがまた質問してくる。
まぁ、あれだけ食うのだから彼女にとって食糧問題は何よりも重要な案件なのだろう。
「御飯ならそこにいる二人に聞いてくれ。それより、ここを抜け出したいとは思っていないのか?」
「はい? 何でです? 私はとってもここを気に入っていますよ?」
そうなのか?
いや、そうなのか。
あれだけの大食らいでしかもあの燃費の悪さだ。
毎日の食費を賄うだけで物凄い出費となってしまう。
自然と満足のいく量を食べる事はなかなか出来なくなる。
それが毎日ただで大量の食事を、しかもウィチアがしっかりと調理したものを食べる事が出来る。
アリエスにとってここは天国にも近い場所なのかもしれない。
「質問を返すようで済まないが、何故御前は」
「アリエスちゃん」
やりづらいな……。
「アリエスは何故この部屋に入る事が出来たんだ? この部屋はレビスの呪いで特定の者しか無事に入る事は出来ない筈なんだが。無理に入ると死ぬ仕掛けがあった筈だ」
「その罠なら解除させて頂きました。解除する際、とってもお腹が減っちゃいましたけど、またすぐに補充できましたからその点に関しては問題ありません」
つまり食後という事か。
そういえば、よく見ると使い終わった食器の山が奥の方に転がっていた。
山と言っても、アリエスの食事量を見た後では小山にしか見えなかったが。
あれだけ食べた後でも御飯を求めるか。
しかし……あの呪いを解除してくれたのか。
となると、これからはこの部屋でも色々と楽しむ事が出来るという事だな。
いやいや、それよりもまずはファムシェを連れてきて迷宮についての論議を交わすべきだろう。
そんまま管理を押し付けてしまってもいい。
きっと天才児ファムシェならばファーヴニルの相手もそつなくこなしてくれる。
ただ流石にいきなりこの部屋に連れてくるのは怖い。
まずは一度死にかけているあのペットで試すべきだろう。
「何処へ行かれるのですか?」
「ちょっと試したい事が出来てな。とりあえず暫くゆっくりでもしていてくれ。俺はおま……アリエスを歓迎する」
そう言って振り返った瞬間。
「でもあたし達はあんたを歓迎していない。理由は分かるよね?」
俺は部屋の入口に立っていた大勢の美女達に色んな武器を突きつけられた。
「……何故、御前達がそこにいる」
「あんた、馬鹿ぁ? その子が外に出てるんだから、私達も外に出ていても変じゃないでしょう?」
「フン。そんな事にも頭が回らないとは見下げ果てた奴だ。まさかその程度の男だったとは。嘆かわしい」
ファムシェとカチューシャに続いて、次々と思い思いの言葉を吐いてくる美女軍団。
無能な母カチューシャの発言にチェーシアとティナシィカがこっそりカチューシャの悪口を含めていたり、無能な長であったカチューシャの事を揶揄する発言を他のエルフ達が言っていたのだが、まぁそれに気付くようなカチューシャではないか。
その彼女達の手には様々な武器が握られていた。
ファムシェは爪、カチューシャは短剣、チェーシアは細剣、ティナシィカは名に違わぬ弓を持ち、他にも槍、斧、鉈、鎌、棍棒といった武器を持っている。
その全ての切っ先が俺の急所へと向けられていた。
都合、十二個の武器。
そこに先程まで楽しませてもらっていたポニー達と新人は入っていない。
ペットな幼女も当然いない。
ターチェユ達の姿も当然なかった。
ターチェユ達のいる部屋の扉は俺の持っているカギでしか開ける事が出来ないからな。
アリエスの力ならば無理矢理開けられない事もないが、中には小さな子供が4人もいるので今は後回しにしたのだろう。
小さな子供と言っても、ゴブリンと人とのハーフの三はもはやファムシェの身長すら追い越している訳だが。
ちなみにアレーレの姿もない。
流石に危険だと判断したのだろう。
それよりもだ。
どうしても先に解決しておかなければならない事が目の前にあった。
勿論、突きつけられた切っ先も問題ではあるのだが。
「イリア、ウィチア。何故、御前達がそこにもいる?」
カチューシャ達の後ろにいた謎の存在に、俺は問いかけた。
2014.02.16校正




