EX#07 運の無い人生
「あー、なんか面白い事でもないかな~」
少女は今日も暇を持て余していた。
カオス迷宮の入口に建てられた桃源郷『カオスの守衛館 第一門』。
そこで働いている自分達にとっては、さて何だろうねと少女は思う。
ダンジョンを求めてたまに冒険者がやってくるのだが、その数は微々たるもの。
先行投資のしすぎだと言わんばかりに集められた美男美女揃いの若者達の労働力がその程度の数では飽和する筈もなく。
最近では半分以上の者達が出稼ぎで館を留守にしている状況だった。
ならば少女も出稼ぎに出ればいいものなのだが、少女だけはそれを許されていない。
何故なら少女はその館の管理責任者なのだから。
奴隷商をしている父の子として産まれてしまったのが運の尽き。
商品であった奴隷の母から産まれてしまったのが複雑な運命の始まり。
少女は奴隷商の娘という肩書きを持っていながら奴隷とされてもいたため、その奇妙な立場に翻弄され続けていた。
「換金、お願いします!」
「今日はなんか働く気がしないからパス」
「ええっ!?」
また今日もやってきた貴族家次男坊のユイリスを適当にあしらう少女。
いつまで経ってもまともな稼ぎを出してくれない少年に、好い加減、少女は相手をするのが面倒になっていた。
ユイリスが裏ではコッソリ美味しい汁を吸っているのを少女は知っている。
それはどちらかというと館で働いている奴隷達の方から気まぐれで行われる行為なので、別にユイリスが悪いという訳ではなかった。
だが、この館の存在価値を真っ向から否定するその行為に、管理者である少女が良い感情を持つ訳がない。
そのため、最初の頃は世の中の厳しさを教えるための授業料としてユイリスが迷宮に潜って手に入れたアイテムをちょろまかしていたのだが、最近ではもうそれは八つ当たり行為となっていた。
それには流石にユイリスも薄々気付いているのだろうが、そもそもユイリスは少女の身体が目当てで迷宮に潜っているので指摘してくるような事はしてこない。
それがまた少女をイラッとさせる。
私の身体が欲しければ、ちゃんと指摘してお金を貯めれば良いだろうにと。
まぁ、その程度ではお高い少女は買えない訳だが。
例え本当の価値は低くても、無駄に高すぎる商品を店頭に並べておく事で客達に目標意識
を持たせてより一層に頑張らせる。
館の主人という事もあって、少女はまともな金額では買えないような値段が設定されていた。
「あの……リナリーさん?」
「私の名前を呼ぶの禁止。気安く呼ばないでねー」
さっさといけ、という風に少女はユイリスに向かって手をしっしっとふる。
仕方なくユイリスはトボトボとその場所を後にした。
と思われた瞬間。
「敵襲ー!」
「!?」
突然に響き渡ったその言葉に驚いてユイリスが立ち止まる。
しかしリナリーは違った。
その館の主人である少女は、すぐに自分の定位置であるカウンターから抜けだし声のした方へと駆け抜け始める。
「え? あ、あの……」
「あんたは早く逃げなさい!」
「ぼ、僕も戦います! 待って下さい!」
そんな無駄な勇気を振り絞って後を追い始めたユイリスを放って、リナリーはすぐに問題の場所へと辿り着く。
敵襲という言葉が聞こえた時点でリナリーが向かう先は2つに限られる。
それは館の屋上か。
それとも、迷宮の入口か。
「ちっ……全員に緊急避難勧告をだして! 命を最優先! それ以外には見向きしたらダメ!」
「はい!」
入口から出てきた連中の姿を見た瞬間、リナリーは即断即決でその命令を出していた。
あれはやばすぎる……。
見た目は普通の様に見えていても、どう考えても尋常じゃない気を放っていた。
それ以前に編成が滅茶苦茶だ。
犬猿の仲だと言える連中が仲良く並んで歩いている時点で異常すぎる。
アレは本当にヤバイ。
逃げなければ……。
殺されるか、捕獲されて残りの一生を慰み者にされてしまう。
そんなのは嫌だ。
「あ、あれは!?」
「逃げなさいと言ったでしょう!」
「で、でも……リナリーさんを置いては……僕は、逃げたくない……です……」
一瞬、頭に血がのぼって彼奴等の前に蹴飛ばしてやろうかとリナリーは思った。
だがそんな事をして自分にまで注意を引かせてしまっては元も子もない。
くだらない事を言い始めたユイリスをその場に捨て置いて、リナリーもすぐにそこから逃げ出した。
が……。
「もう回り込まれてる!?」
駆け出してすぐ、通路の先に見えた光景にリナリーは愕然とした。
捕らえた獲物に早速不埒な行いを始めていた大きな猿の様な化け物。
通常のサイズとは明らかに異なったそいつは、哀れにも捕らえられてしまった女の上に覆い被さり喜びの声をあげていた。
もはやあの女は助からないだろう。
殺される様な事はないかもしれないが、その未来はほぼ完全に閉ざされた。
次は我が身かもしれないので、リナリーは彼女の不運を嘆きつつ進路を曲げる。
しかしそこでも狂乱の宴が開始されていた。
「こっちもダメ!? なら一度来た道を戻って……」
何故、そんなにも早く回り込まれているのか。
考えたくない話だが、見張りがただ単にサボっていただけだとリナリーは推測する。
もしくは丁度今が引き継ぎの時間で、たまたま目が離れた隙を狙って先行部隊を送り込まれたのか。
もしそうなら、それこそ尋常じゃない状況だった。
「あ、リナ……」
また自分の名前を呼ぼうとした世間知らずすぎる少年の身体を蹴飛ばして先を急ぐ。
何やら抗議の声が後ろから聞こえてきたが、完全に無視した。
幸いにして敵の数はあまり多くないのか、一気に館内が敵で溢れかえるような事にはなっていない。
また、どうやら先回りした敵の数の方が多く、迷宮から出てきた敵の数の方が少ないようだった。
それも当然だろう。
迷宮内には逃げ道などないのだから。
「だとすれば……もしかして、迷宮の中の方が今は安全?」
徐々に退路が脳内地図から消えているのを確認して、リナリーはカウンターの影に隠れて考える。
恐らくほとんどの者達が逃げ遅れていた。
あちこちから聞こえてくる悲痛な嬌声と歓喜の雄叫び。
そのほとんどは女達のものなのだが、中には男が歓喜する悲鳴も混じっていた。
理解出来ないその状況はこの際無視して、自分が無事に生き延びる事だけを考える。
だがいくら考えても良い案は浮かんでこなかった。
「し、失礼します……」
「あなた……ここは私専用のスペースです。入ってこないでください」
「そんなぁ」
蹴り出そうとするも意外にユイリスの身体は鍛え上げられているのか、少女の力では追い出す事が出来なかった。
「あの、出来れば最後に……」
しかもこんな状況下で、好機と言わんばかりに力尽くで襲い掛かってくる始末。
いや、こんな状況だからこその結論か。
しかしそんな男達を何度も返り討ちにしてきたリナリーが大人しくしている訳もなく。
「ぎゃっ!」
隠し持っていた小さな短剣で、ユイリスの肩を突き刺した。
そして怯んだ瞬間にもう一度蹴飛ばして追い出す。
「このっ……馬鹿!」
そして思わず叫んでしまったその一言に、慌ててリナリーは自分の口を手で塞ぐ。
やってしまった……。
リナリーのその声を聞いて、まだ獲物が残っていると理解した敵の足音が近づいてくる。
すぐにリナリーはカウンターを飛び出し、迷宮の方へと駆けだし始めた。
「ま、待って下さい!」
「大きな声をあげるな、馬鹿!」
もはや恐怖でまともな思考が出来なくなっていたリナリーは、また思わず大きな声で叫んでしまった事を悔やみながらも必至に駆ける。
左右から現れた化け物達をすんでで躱し、更に先を急ぐ。
後ろを振り返ると、道を塞がれたユイリスが器用にも隙間へと飛び込んでその化け物達をすり抜けていた。
化け物がふるった拳が館へと叩き付けられて盛大な音をたてる。
更にユイリスに回避された事に怒って、もっと暴れ始めた。
「私の館が……」
少女の物では決してないのだが、愛着が沸き始めていた現在の我が家にリナリーは思わずそんな言葉を呟いてしまう。
防衛ラインとして建てている見張りの木造館壁を過ぎる。
普通なら真っ先に壊される筈のそれは、しかしほとんど壊されていなかった。
それだけでもこの敵が如何に厄介なのかを物語っている。
有象無象の集団では決してありえなかった。
もはや生き残る術は無いにも等しい。
それでも最後の賭けとして、リナリーは迷宮の入口を潜る。
しかし――。
「え!?」
館の人間ならば誰でも知っている筈のトラップ。
それを、錯乱していたリナリーはすっかり忘れていた。
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
ほぼ全力で駆けていたために、突然につるっと滑ってそれまでの勢いのまま床の上を滑りっていくリナリー。
何とかしてとまろうと試みるも、通路のほぼ中央にいたために手を引っかける場所もなく、全く速度は落ちなかった。
「リナリーさぁぁぁぁぁん!」
そこに現れた救世主。
一瞬そんな事を思い浮かべてしまった自分を、その後すぐにリナリーは後悔した。
リナリーを助けるべく、滑る床手前で急加速して追いつこうとしたユイリスだったが。
そもそも止まる方法が存在しないため、追いついたユイリスに抱き付かれた瞬間、リナリーはその勢いに引き摺られて更に加速した。
「馬鹿ぁぁぁぁぁ! えっち、離してぇぇぇぇぇ!」
しかしその願いは、千載一遇のチャンスとばかりに抱き付いていたユイリスには受け入れられず。
二人はそのまま、滑る床の先に生い茂っていた草むらの中へと突っ込んだ。
だが、そのあまりの勢いに止まる事も出来ず。
「いぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
その先に何が待ち受けていたのかを当然知っていたリナリーは、そんな悲痛な声をあげながらユイリスと共に奈落の底へと落ちていった。
後になってリナリーはどうして自分が助かったのかを考えたが、それはあまり受け入れたくない事だったので途中で考える事を放棄してしまう。
自分に好意をよせていたユイリスが、最後の最後で自分の身をクッションにして命を助けてくれた。
それが最も可能性の高い理由だろう。
しかし例え命が助かっても、その後すぐにとんでもない目にあったために、リナリーは自分を助けたユイリスのことを暫く呪った。
「もう、お嫁にいけない……」
とっくにそういう身体になっていたというのに。
それとは別の意味でその言葉を使う羽目になった事に、リナリーはそれから暫くの間、絶望し続けたのであった。
2014.02.16校正




