第86話 鬼軍
まずは敵のターンを終わらせる。
懲りずにやってきた蜥蜴鬼部隊を、いつもの場所でピクシー達に片付けられるのを待つ。
敵の迷宮内で最も戦力が低下するのは、新しく部隊を送り込んだ瞬間。
ファーヴニル迷宮が何十階層あるのか分からないが、例え気休めでも迎撃出来る部隊の数が少ない方がこちらにとっては好都合である。
また、戦力を送り込んだ瞬間というのは実は暇になる時でもある。
撃破されるのは必ずピクシー達がいるエリアまで到達してから。
それまではずっと長い迷宮路を歩き回っているだけなので、これまで何度も繰り返されてきたその状況を眺めている気にはなれない筈である。
そんなタイミングを狙って最強部隊を送り込む。
結果は上々、暫く見ているとほとんど被害もなく、次々と昇格して職業持ち亜鬼となっていく。
しかも元が蠱毒で作りだした個体ばかりなので、いきなり上級職らしき職業を持った魔者までもが現れた。
下手をすればA級魔者ぐらいの実力を持っている可能性すらある。
――勿論、確認する術はないが。
ただ、やはり見れる情報が送り込んだ魔者の名前とレベルぐらいしか分からないのは結構詰まらなかった。
森の精のアレーレを通じてファーヴニル迷宮内の情報は入ってくるのだが、真っ直ぐ進んでますとか分岐路を右に進みましただとか敵を見かけたので倒しましただとか、そんな情報ばかりなので聞いていても仕方がない。
それに、思っていた以上に内部構造は単純化されており、1階層はマッピングなど必要がない一本道と広場が数回続くだけのエリア状況だった。
2階層は数回ほど分岐路はあったが、ちょっと先の行き止まりに宝箱が置いてあるだけだったりと、意外と初心者向けのダンジョン仕様。
3階層も同じ様な構造で、ハイクラスのダンジョンを想定していた俺にとっては何とも攻略しがいのない迷宮の造りになっている。
なので、何となくやる気が失せた。
5階層の半ばまで進んだ所で俺は撤退命令を出し、撤退が無事完了するのを確認しないまま部屋を出る。
そして各部屋を順番に巡って八つ当たり気味に激しい運動を繰り返していった。
但し。
最後にメインディッシュとして選んだ新入りの部屋を訪れた際に返り討ちにあい、そのまま熟睡する事になる。
そういえば枷を外したままだった事を忘れていた。
まぁ、枷を付けていた時ですら柔術か合気術で軽くあしらわれていたので、枷があろうがなかろうがあまり関係ない気はするが。
幸いにして殺される様な事は無かったらしく、目が覚めるとそこはいつもの部屋のいつものベッドの上だった。
足はちゃんとある。
自由に浮く事も出来ない。
つねったらいた……くないな。
これは《痛覚麻痺》の呪いの影響か。
なので、ステータスを確認して不死者になっていない事を確認する。
死んだら不死者化して復活する呪いを不死賢者レビスにかけられているので、ステータスを見れば一目瞭然だ。
とりあえず。
昨日は結局満足しないまま終わったので、もう一度最初からスタート。
勿論、例の部屋は回避。
メインディッシュをアレーレに変えて、これまでの礼も兼ねて彼女の体力が続く限り相手をしてもらう。
でもちょっと物足りなかったので、もう一度ファムシェを虐めて遊ぶ。
そんな事をして二日間も迷宮画面から遠ざかっていたら、いつの間にか大変な事になっていた。
まず一つ。
ファーヴニルが俺の迷宮に送り込んでいた侵略部隊が下級竜人鬼と小飛竜に変わっていた。
迷宮侵略戦争のルールから、前者がB級で後者がC級の魔者である事は間違いないだろうが、どう考えてもリザードマンや翼人鬼よりも基本能力/成長力/潜在能力は格上である。
それをハッキリと証明するかの様に、昇級して職業持ちとなったその部隊はそれまで鉄壁の守りを見せていたピクシーを退け、それどころか既に第四階層の超々距離一本道エリアで猛威を奮い続けていた。
というか、ピクシーの数が全然減っていない。
あいつら絶対に闘っていないな。
まぁ、それはそれ。
よくよく見ると新ファーヴニル軍は、第三階層中盤の大穴や後半のパズルエリア内に計数十体が取り残されていた。
総数を数えてみるとまだ80体近くいるので全然安心出来ない状況ではあるが、指揮官は迷宮攻略を優先して、ついて来れなかった部下は見捨てたらしい。
もしくは部下を犠牲にして先を急いだのか。
兎も角、今度どうなっていくのか注意深く見ておく必要がありそうだ。
そして次に、ファーヴニル迷宮から撤退を指示した部隊なのだが。
困った事に、迷宮内のどこにも見当たらなかった。
アレーレに聞いても知らないという。
俺と戯れている間に何処かに行ってしまったらしい。
その何処かとは、いったい何処なのか。
あまり考えたくないのだが、もしかしなくても迷宮の外の世界だろう。
それを暗示するかのように、迷宮入口付近に建っていた建物らしきオブジェの形が若干奇妙に変化していた。
第一次遠征部隊、第二次遠征部隊はほとんど個々の能力は低く、数の暴力にて周囲を荒らし回っただけなのだが、今回はそれとは全く異なる。
数はそれほど多くないが、個体が最低でもB級以上の職業持ちであり、しかも全ての魔者が蠱毒呪法で強化された特殊個体。
その上でしかも、アレーレの話では彼等を操っていた指揮官アルセイデスもいなくなっているので、有象無象の部隊ではなく最悪だと統率された軍団のまま行動している可能性があった。
これは出奔なのか、それとも野に下ったと言うべきなのか。
どちらにしても、この迷宮から出てきた事が周囲に広まれば、折角安定しかけていた迷宮運営がまた変化してしまうだろう。
それが吉と出て人が集まってくるのか、それとも凶と出て封鎖でもされてしまうのか。
それはそれとして、甚大な被害が出る前に運良く力のある冒険者達に遭遇して討伐される事を切に願う。
あと、あまり関係ない事だが、貯蓄している食料の在庫が少しピンチらしい。
間違いなくあの新入りが原因だろう。
かといって、あの新入りを排除する手段が今の所思い浮かばない。
餓死させるのは論外。
さて、どうしたものか。
それは置いといて。
リアルタイムでファーヴニルが進軍部隊の指揮を執っている可能性を考えて、その意識を分散させるためにファーヴニル迷宮へと寄せ集め部隊を送り込む。
既に5階層までマッピングが済んでいるので、指揮官を蜘蛛鬼にする。
指揮官を変えたのは、その部隊が本当に寄せ集めの部隊であり、捨て駒となる可能性が高かったからである。
そんな部隊にアレーレの仲間を使ってしまうと、最悪彼女達が俺の言う事を聞かなくなる可能性があった。
故の人選……じゃないな、魔者選?
ただ、困った事にここでも予想外の出来事が起きてしまった。
なんと、その送り込んだ部隊はファーヴニル迷宮の奥へと向かわずに、迷宮の入口から外に出てしまったのだ。
ファーヴニル迷宮の一階層が一本道で、しかも地図を持たせた事が裏目に出た様だった。
「もう一度、八つ当たり致しますか?」
「流石にもうそんな場合ではないな。今は自重しておく」
「つまり後で八つ当たりするという事ですね。皆にはその様に伝えておきます」
余計な事をしようとするイリアに迷宮画面の前でお仕置きしつつ、新しい部隊の編成を組む。
かなり操作しづらかったが、まぁそれほど急いでいる訳でもないので問題ない。
部隊編成を行うとして、そもそも今回の目的を明確にしておかなければならない。
5層までのマッピング作業は終了している。
折角育てた最強部隊は迷宮の外に出てしまい不在。
残っている強力な魔者を使って大急ぎで寄せ集めた部隊もいなくなった。
つまり戦力は大幅に低下していると言っていい。
その上で部隊を組み、目標もしくは行動方針を立てるとしたら何が良いだろうか。
まぁ、単純にまずは6階層を目指せばいいだけなのだが、そもそもそれが可能かどうかが現在の問題点である。
戦力的に辿り着けるのか。
マップデータを渡しても大丈夫なのか。
この問題をクリアしておかなければ、また戦力の無駄遣いとなる。
これまでの情報から、ファーヴニル迷宮内にいる敵魔者は、ある程度の戦力を投入しないと突破する事は難しい。
D級やC級魔者をいくら投入しても戦果が得られなかった事に加えて、B級クラスの指揮官が一人いてもやはりあまり意味が無いぐらいの結果が出ていた。
ファーヴニル迷宮第1階層が寄り道のないダンジョンだった事からして、途中にある広場にはB級クラスの魔者が複数体設置されているのかもしれない。
そのような情報はあがってこなかったが、今は複数体が固まって行動しているとした上で検討を進める。
そうなると、生半可な戦力ではやはり突破が難しい事になる。
B級に近いC級魔者を複数体投入した上で統率された動きをさせないと、何度部隊を送り込んでも無駄に終わってしまうだろう。
十分な手札を揃えてからでないと話にならない。
相手が玄人だという事は初めから分かっていた。
手を抜かれているという事も分かっていた。
こちらが圧倒的不利だというのも分かっていた。
その上で勝たなければならない事も分かっていた。
結局、この勝負は最初から俺が負ける事が確定しているゲームだったという事だ。
それを覆すためには、早い話、臥龍か美周朗にでもなれと。
そんな存在に酒池肉林に溺れているだけの暴君がなれる訳がない。
あくまでそれは例えだが。
可能性があるとすればファムシェあたりか。
しかしファムシェはこの部屋に入る事が出来ないので盤上を見る事も出来ず、俺から間接的に情報を仕入れるしかない。
その制限下でいったいどこまでやれるというのか。
試してみても良いのだが……。
困った事に、今ファムシェはかなり機嫌が悪い筈なので、協力してくれるかどうか分からなかった。
むしろ感情的に拒否してくるだろう。
流石にちょっと虐めすぎた。
自分で自分の首を絞めてしまっている状況なので、やはり自分で何とかするしかないのだろうな。
結論として、まともな有効打がないという事が分かった。
すっかり反応のなくなったイリアをいつまでも弄んでいても仕方ないので相手をウィチアに変えて、適当にリフレッシュしながら思考を重ねていく。
まず軍団統率の面から考えて、今回の指揮官は魔の精にする。
友好関係が築けているアルセイデスは、やはりその関係を崩したくないために今回も投入しない。
アレーレとは今のままの関係でいたいからな。
軍団を指揮する百人長は決めた。
次はその下につける部下のうち、十人長を決める。
勿体ないが、蠱毒によって強化された魔者を9体指名する。
歩兵部隊隊長に子鬼、豚鬼、犬鬼の3体。
機動部隊隊長に猿鬼、栗鼠鬼、黒犬鬼、鳥鹿鬼の4体。
防壁部隊隊長に石像鬼、半蜥蜴鬼の2体。
その計9体の十人長の下に、各部隊隊長と同種の魔者を10体ずつ配置する。
勿論、全ての個体がアルセイデスによって魅了調教済。
但し、マギがそれを引き継いで上手く操れるかどうかは試してみなければ分からないという問題点を抱えたままの部隊編成だった。
尚、1体分の枠が余ったので、異端ではあるがそこには副官として死霊をとりあえず入れておく。
さて、どうなるか。
「あんたたち、分かってるんだろうね? これは戦だよ!」
アタイの言葉に、部下99体が一斉に咆える。
なかなか仕上がりが良いじゃないか。
最初はどうなる事かと思ったけど、これならいけそうだね。
アタイの魅力によって虜にした99体の雄魔者ども。
こいつらを使ってアタイがするべき事は、無事に生きて帰る事。
但しそれは目的の場所まで辿り着いてからだ。
なに、森の奴が出来たんだ。
なら私に出来ない道理はない。
戦力はちょっと心許ないかもしれないけど、そこはアタイの知恵でカバーだね。
生きて帰れば極上のご褒美が待ってるんだ。
やらない手はないよ。
それに、いつまでも森の奴だけに良い思いをさせておくのもシャクだし。
「さぁ、いくよ! アタイ達の力をここにいる奴等に見せつけてやりな!」
それじゃ、このウィルネルハアズラギリザベス様の力。
とくと見せてやるとしようかね!
2014.02.16校正




