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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
序章 『死の運命』
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第9話 永遠の別れ

 途方に暮れる要素が幾つも積み重なっている。

 そのどれから手を付けていけばいいのか。

 ――そんな事は分かりきっている。


 何が起こるか分かったものではないこの森を抜け、人里に降りる事が何よりも先決。


 丸腰の状態で、自然の迷宮ともいえる場所にいつまでも長居していたくはない。

 今はまだ幸いにして無事?だから言える事だが、この巫山戯た幸運?がまだ続くとは限らない。

 空想上の産物、不死賢者にすら出会ったのだ。

 獰猛な猛獣や異形の存在といった、所謂モンスターというありきたりな脅威に、俺はいつ出会ってもおかしくはない。


 そう、此処はダンジョンだ。

 不死賢者のいる森、ただそれだけでそう称するに相応しい。


 先程までは不死賢者のかけた《欲望解放》の呪いによって思考回路に支障をきたし、まともな思考が出来なかったためにふらふらと無謀に無防備に歩き回れたが、今は違う。

 どういう発想の転換なのか、新たに追加された呪い(ヽヽ)の効果によって、意識は以前のそれにかなり近い状態にある。

 出来れば《痛覚麻痺》の方はそのままにしておいて欲しかったが、とりあえずは理性を取り戻す事が出来たため、あの少女に心の中で感謝の言葉を贈っておく。


 ――まぁ、出来れば自分一人でそそくさと消えずに、俺も一緒に連れて行って欲しかったが。

 色々とおいた(ヽヽヽ)を致したため、それもやむをえぬか。


 最大限に警戒をしながら、森の中をゆっくりと進む。

 人の通った跡でもあれば恩の字、水の流れる音が聞こえてくれば上々、仄かに揺らめく火の光が見て取れれば行幸。

 されど人なる者との遭遇は、凶兆か。


 二度ある事は三度ある。

 困った事に、ほんの少し歩いただけで四度目が起こってしまった。


 偶然にしては出来すぎだろう。

 運命にしては、なんと安直な事か。

 ――イベントは四回もいらない、一回で十分だ。


 同姓であった事に喜ぶべきか、それとも残念に思うべきか。

 大木を背にして倒れている少年の姿が、そこにはあった。

 見るからに死体――になりかけている重傷者の胸は僅かにだが上下しており、まだ生きている事が見て取れる。

 だが、一見しただけで死体かとも思える様相。

 その身体はボロボロの雑巾状態であり、控えめに言っても生きているのが不思議だと言わざるをえない程に、血に塗れていた。

 血に塗れているといえば俺自身もそういう風体なのだが、少年の方は衣服のそれとも重なってなお見た目に酷い様となっている。

 そして決定的に違う点といえば、露出している肌の有様。

 何をどうしたらまだ生きていられるのか分からないぐらいに――凄かった。

 思わず目をそらしてしまう程に。


 強い吐き気に襲われ、少年の視界から隠れる様に身体を背けて嘔吐する。

 折角回復していた体力が急激に奪われていくのが分かる。

 胃液以外に出すものが腹にたまっていなかった事が、更に体力を削る事となった。

 吐きたいのに吐けない苦痛に、瞳に涙が若干滲む。

 無様だ……。



『誰か――いるのですか……?』



 まるで今にでも消えてしまいそうな高い音色の幻聴までが聞こえてくる。

 そこまで精神に支障をきたしているとは思わなかった。

 ――死線を彷徨っているあの少年には悪いが、今すぐにでもこの場を離れるべきだろう。


 いや、何を俺は考えている?

 見捨てるという選択肢を、何故に平然と俺は選択している?


 例え少年の命が助からなくとも、その最後を看取るぐらいの事は出来る筈だ。

 ――そしてその後は身ぐるみをはいで自分の物にする。


 その選択肢も当然あるが、選択肢があればいいという訳ではない。

 人の道を好んで外れる気はない。

 まだ……俺は、人だ。


 念のため、自身のステータスをちらっと確認して、自身がまだ不死者化していない事を確認する。

 《死の宣告》《死後蘇生(不死者化)》などという、死刑宣告/ゾンビ確定の呪いを受けていては心休まる筈が訳がない。

 いつ俺はそういう存在になってもおかしくはない。

 理性を取り戻した所で、所詮は気休めか。


 現実を再認識した所で、口元を拭う。

 俺の身体がどれだけ汚れているのかは分からなかったが、過敏な口元に(よだれ)を垂れ流しにし続けるという不愉快に比べれば、汚れた腕で拭う方が幾分かましである。

 胃酸の影響で肌が焼かれるかも、という怖ろしく小心な思考が浮かぶが、あまりにも気にしすぎだと考えて一笑にふす。

 馬鹿な事に気をかけている場合ではない。


 気を持ち直して、もう一度それを見る。

 今度は事前に心構えをしていたため、強い吐き気に襲われる事はなかった。


 少年に意識はない。

 気を失っているためか、苦痛の表情を浮かべていない可愛い顔立ちにはまだ幼さが十二分に残っており、身長に対して分相応の年齢だと俺は判断する。

 身に着けている物はボロボロだが、見た目からして後衛職といった所か。

 無骨な鎧や聖職の法衣には見えなかったので、第一候補に魔法使い系の職との当たりを付けて、もう少しよく観察してみる。

 杖の様な武器は持っていない。

 上衣、下衣、靴、それとマント。

 どれももう使い物にはなりそうになかったが、後衛職に共通しやすい軽装だという事は確かな様だった。


 次に意識を少年に集中させて、その情報を読み取ってみる。

 案の定、すべて?に満たされていて何の情報も得る事が出来ない。

 不死賢者レビスの情報を読み取った時と比べて考えるに、知らない情報は分からないという事だろうか。

 意外と使えない能力だ。


 他に何か特徴がないか調べてみる。

 少年の腕を手にとって袖をまくる。

 脈を測ってみるつもりだったが、その前に綺麗な腕輪が現れた。

 戦利品の候補にあげておく。


 ――いや、だから盗みをするつもりはないと自分に言い聞かせた。



『……やはり、誰かいるのですね』

「!?」



 刹那、心臓が急激に跳ね上がった。

 突然の声に、腕輪を手に取り確認をしていた俺の思考が固まる。



『お願いします……この子を……この子を助けて下さい……』



 幻聴ではなかった。

 最初に聞いた声と同じ小さな音色で耳に響いてきた女性の声。

 邪なる思いすら浮かべていた俺の思考に真っ直ぐと入ってくる純粋で透き通った音色が、俺の心奥深くに響き渡ってくる。

 それが救いを求める言葉だとは、俺はすぐには気付く事が出来なかった。


 一瞬にして白く霞んだ思考を何とか現実に引き戻し、それから投げかけられてきた言葉を何度も頭の中で反復させる。



『お願い……私にはもう、この子の命を繋ぎ止めておく力しか残っていません。それすらももう尽きようとしています。この子の身を外敵から排除する事も、村まで連れて行く事も、もはや出来ません』



 姿のない声が、必死に嘆願している事はすぐに分かった。

 故に俺は――。



「……確約は出来ない」



 初めて返答を返した俺の言葉に、俺に救いの手を求めていた者が一瞬息をのんだのが分かった。

 それが喜びの間だったのか、それとも苦渋の間だったのかは分からない。



「村まで運ぶ事ぐらいは出来るかも知れないが、俺に出来るのはたったそれだけだ。それ以上の事は出来ない」



 現実を突きつける。

 同時に、俺も現実を思い出す。



『……構いません。それでも、この子が助かる可能性はあがる……』

「と、言いたい所なんだがな。運ぶ事は出来ても、肝心の村の場所が分からない」



 まさかさっきまでと同じ様に、当てずっぽうで森の中を歩き回る訳にはいかない。

 それに、人を背負って歩く等という重労働をしながら、森の中を彷徨いたくもない。

 荷物がなくとも一人で彷徨いたい訳ではないが、目的地の場所もしくは方角だけでも分かれば精神的にも非常に楽になる。



「分かるか?」

『はい』



 心の中でこっそりと喜ぶ。

 この四度目の出会いは……生の活路を開く、真の幸運だった。



『この森の風達が向かう先に、村があります』



 少し早計だった様だ。

 言葉の意味がまるで分からない。

 いや、分かるのだが、それを俺が実行出来るとは到底思えない。



「――すまないが、ハッキリした方角で指し示して欲しい。その説明では、俺は分からない」

『……』



 いや、ここで沈黙するのは非常に困るのだが……。



『……もう、私にはそれを知る力も残されていない模様です』



 少年を見捨てて立ち去る事を真剣に考え始めている俺がいる。

 選択肢の一つとして検討しているだけだ。

 実行する気はない。

 ……まだ。



『ですが……貴方が察するが出来る様には、なるかもしれません』

「――そうか」



 最悪の状況だけは回避出来るかもしれないという事にほっと胸をなで下ろし、一安心する。

 だが、まだ油断は出来ない。

 かもしれない……可能性の話しか彼女はしていない。



『この子が付けている腕輪を、身に着けて頂けますか?』

「分かった」



 力なく重力に引かれるままになっている少年の腕を取り、その細い手首からゆっくりと腕輪を取り外す。

 まさか抵抗されるとは思わなかったが、その腕輪を動かすには少し力が必要だった。

 何か特殊な力が働いているのだろう。

 他人の装備品は、容易には取り外せないという事だろうか。



『その腕輪は、貴方に差し上げます』



 合法的に腕輪を手に入れる事が出来た。

 これは盗んだ物ではないため、盗人のレベルは上がっていない筈だ。

 念のため、自身のステータスをちらっと確認してレベルが上がっていない事を確認する。

 代わりに、MPが1減っている。

 また、装備品欄を確認してみた所、予想通りその腕輪は《???の腕輪》として表記されていた。



『ですが、来るべき時までその腕輪は決して外さないで下さい。いえ、もう普通には取り外す事は出来ないでしょう』



 ――呪いが増えた。

 今度は物理的に。

 呪い収集家という職業があったら、間違いなく覚えている事だろう。

 自身のステータスを、もう一度ちら見する。


 ……。


 気を取り直して、今は目の前の現実を何とかする事に専念する。



「何も変わらないが?」



 いや、実際に変わっているが。

 だが、何かしらの感覚が追加された様な感じは一切しない。

 彼女の言葉を信じるなら、風の向かう先もしくはそれに近い何かが分かる様になるとの事だったが、この腕輪を装備する前と後とでは何も変わっていない気がした。



『――少し、お待ち下さい』



 彼女は何かを覚悟した。

 そういう印象を俺は不思議と感じていた。



『フェイト……フェイト・ジーン=ロー。私の可愛い風の夢(フォード)西風の王(ゼピュロス)に愛されし《爽天の翼(フェザフィス)》。貴方とすごした時間を、私は忘れません』



 そしてそれは正しかった。


 風が……止んだ……。



『蒼き空の精霊《爽天の聖姫(ジーン・フィア)》、爽翼(アウスカート)天麗(イルヴェリア)聖なる風の精霊姫(ティアルフィスト)エルフィレスの名に於いて、フェイト・ジーン=ローを次代の【風】の継承者として承認します』



 その意味不明の言葉を聞いた時、美しい女性の姿が俺の前にはあった。

 理解出来ぬ言葉と、理解出来ない現象と、彼女の透き通った身体のあまりの美しさに、果たして今日何度目となるのか、俺の思考はその回転を再び止めていた。


 精霊。

 風の精霊。

 美しき風の精霊。


 その彼女がいったい何をしようとしているのか。

 今の俺に分かる訳がない。

 だが、事前に彼女から感じた覚悟は、俺にその予感をハッキリと告げている。


 即ち――。

 決死の、手段。


 フェイトと呼んだこの少年の命を助けるために、彼女は自らの身を投げ出そうとしている。

 それを俺はただ見ている事しか出来なかった。



『我が身に残る全ての力と、我が言葉を《蒼天の刃(フレースヴェルグ)》の腕輪へと封じる』



 嵐の様な暴風が腕輪へと流れ込んでいく……のを俺は想定していたが、それは杞憂だった。



『さよなら、フェイト……』



 霞んで消えていく精霊の姿に、いつの間にか俺の瞳から涙が零れ落ちている。

 そこにあったドラマがどの様なものなのかは俺に推し量れるものではなかったが、永遠の別れを告げた風の精霊と、それを意識ある内に受け取る事の出来なかった少年の二人の物語に、俺は感動を覚えていた。

 これは《感覚鋭敏化》の呪いの影響なのだろうか。

 俺という存在が感動に涙出来る存在だとは全く思っていなかった。

 そんな記憶など持っている訳がないのに、俺はその時、それは俺の脳が所持していた知識や記憶ではなく、俺の身体が覚えていた記憶だと直感する。

 感動の涙を永く流していなかった身体の、記憶――。


 ――すべてが終わった時。

 俺の身体は自然と少年の身を抱き抱えようとしていた。

 しかし意識のない少年をそのままの体勢で運ぶ事は困難を極めるという事に気が付いて、すぐに少年の身を背負う姿勢に変える。


 一歩ごとに失われていく体力に歯噛みしながらも、確実に前進を続ける。

 風の精霊が最後に残してくれた力を右腕に着けた腕輪から感じ取りながら、ゆっくりと慎重に風の流れを読む。

 風の流れが澱んでいるらしき辺りは避けて、安全な道を行く。

 その風が澱んでいる場所には何があるのか、すぐに予想が出来た。


 長い――長い――本当に長く感じたその道のり。


 追加一人分の重量を背負っているための低速と、邪魔者を避けるために真っ直ぐとは言い難い蛇行の果てにようやくそれを見つけた時には、当に一刻は過ぎていた事だろう。

 それでも歩き続ける事が出来たのは、何の御陰だろうか?



「だ、大丈夫ですか!?」



 二度ある事は三度あるという。


 三人目となる少女の、その悲鳴にも近い声を聞いた時。

 俺は、意識を自ら手放した。










 たとえば、星の数。


 幾万とも、幾億とも。

 数える事すら億劫になるだけの、人の感覚からして無限にも似た世界にも、しかしそれぞれに歴史を持っている。

 生誕から今この時までの時間を刻み、そして必ずやってくる滅びに向けて。


 その無限にも近い数の運命の一つ、この二本の足で立つ大地が刻んできた星の歴史の上には、数えられるだけの命がある。

 そしてその中のたった一つ、俺という存在。


そのちっぽけな存在が何を思おうとも世界は揺るがない。

 どのように生きようとも世界は変わらない。

 この世界という言葉が、幾億ともいえる星の全てを含めたあまりに広大な世界であるが故に。


 天幻一刀。


 天ねく全ては幻の如く、ただこの一振りにおいて刀す(形成す)。


 それは、ただの言葉。

 自身が呟く、意味なき語り。


 偶然の必然と、無知の悲劇と、不幸の出会いと、定められた道の。

 その4つの運命を経験した俺が、その終わり際に作り出した言葉。


 己の理。

 その始まりの言葉。


 これは、その物語。

 其れなる言葉を作り出した、一つの物語。


 一つの国が滅びることとなった運命の一欠片の――その前の、物語。

2013.04.13校正

2014.02.13校正

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