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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第肆章 『魔者の軍団』
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第83話 暴走するブラックホール

 満身創痍となりながらも懸命に腕を動かし続ける少女。

 その腕から枷を取り外そうと俺が手を伸ばした瞬間。



「熱っ!?」



 彼女の全身から発せられるあまりの高熱に、俺は反射的に伸ばした手を引っ込めた。

 そして気付く。

 遠目には分からなかったが、少女は全身にビッシリと汗をかいてずぶ濡れ状態だった。

 薄い肌着は完全に透けて彼女の身体に張り付き、まるで膨らみのない胸の姿すらくっきりと見えている。

 履いている下着もやはり濡れており、膝立ち姿勢で食事を続けているせいなのか、重みでズレ落ちほとんど半脱ぎ状態にも近い状態にあった。


 その少女が食料を求めて一歩前に出る。

 僅かに浮いた膝が再び床に着いた時、ピチャリという音が鳴る。

 床にはとっくに水たまりならぬ汗だまりとなっていた。


 その汗だまりもほとんど熱湯に近い温度。

 消化/吸収という過程を経てエネルギーに変換された端からそれ以上の消費速度でエネルギーを燃やしているのだから、そこから発生する熱量というのは尋常ではない。

 最初の頃はまだ身体は常温だったとは思うが、時間の経過と共に発生した熱が徐々に体内で蓄積されていき、肉体の防衛本能から発汗という汗の蒸発で潜熱による冷却効果で体温調節をしてもまったく追いつかなくなっているのだろう。

 もはや死んでいてもおかしくない状態だった。


 ただ、俺の知識で知る事の出来る常識は、この世界では常識とは限らない。

 明らかに体温が長時間42度を軽く超えていそうな状況でも、少女はまだ確かに俺の目の前で生きていた。


 その少女の命を助けるべく、俺はもう一度手を伸ばす。

 少女の命を蝕んでいる枷。

 それを取り外すために。


 少女の身体に取り付けられている枷は、全部で5つ。

 両手首と両足首、そして首。

 そのすべてに鎖が付いており、反対側は部屋の壁まで続いている。

 但し、鎖の長さは俺やイリア達で自由に調整出来るようになっているので、その時々によって長さは異なっている。

 鎖の長さを調節して四肢を引っ張って宙づりにする事も出来るし、行動範囲を部屋の左端や右端のみに限定する事も出来る。

 今現在、少女の身体は部屋にめいいっぱい積まれた食料を食べさせるために、鎖の長さは完全にフリーとなっていた。


 その鎖が、少女が手を動かす度にぶんぶんと動いてとても危ない。

 いくら鎖が壁に引っ張られていないからといっても、ただ黙々と御飯を食べ続ける少女の腕はひたすらに前後へと動き続けるため、鎖の角度もあって俺は何度も手を引っ込める事となっていた。



「腕は後回しにするべきだな」



 動き続けている腕の枷ではなく、ほとんど止まっている足の枷から外せばいい。

 そんな簡単な事に気付かなかった俺も、やはり今は少し焦っているのだろう。

 こんな状況だからこそ気を落ち着けるために深呼吸を行う。



「……ぐっ!?」



 大きく息を吸うと、少女の身体から常に溢れ出しているとても甘くて濃い匂いが俺の鼻孔へと襲い掛かってきた。

 汗という嫌な匂いではなく、異性を引き付ける甘いフェロモンのような独特の香り。

 そのあまりにも濃いバージョン。

 一呼吸しただけで、俺は重度の目眩に見舞われた。



「人間兵器か、御前は……」



 立っていられずに膝を付いて手を床に付けると、更に強い香りがその床にたまっている汗だまりから香ってくる。

 思わず床に付けた方の手で鼻を押さえようとして、俺は間一髪それに気が付きその行動を制止する。

 汗だまりに浸かった手で鼻を押さえれば、間違いなく目眩以上のダメージを俺は負っていた事だろう。


 ただ、悪い事ばかりでもなかった。



「眺めが良い事が救いか……」



 少女の背後に俺はいたため、倒れた俺のすぐ近くには少女の両足があった。

 手を伸ばせばすぐにでもその足から枷は外せるだろう。

 ただ、それよりも先に俺の注意は眼前にある少女のお尻に意識を奪われていた。


 本能が暴走しそうになるのを必至に抑え、俺はそこから視線を外す。

 下着が下がり半分以上露わになっている小振りなそれがふるふると震える度に、顔ごとその部分に突っ込みそうだった。

 こんな時に《欲望解放》の呪いが全開状態になると、間違いなく理性が戻った時には少女の命は潰えている事だろう。


 気を取り直して、少女の足へと触れる。

 触れた瞬間、意外にも少女の身体がビクンっと飛び跳ねた。

 どうやら少女は現在、身体がとても敏感な状態にあるらしい。

 甘いフェロモンを出しまくっていたのである程度予想していたが、暴走状態にある少女の身体はあらゆる感覚が今現在研ぎ澄まされているようだった。



「待っていろ。今、解放してやる」



 触れるたびにビクビクと少女は跳ねるが、少女は俺の方へと振り向く事はない。

 先にも述べたように、それどころではないからだ。

 どれだけ感じていようとも少女の口は高速で動き続け、喉は無理矢理に水と食料を胃に流し込み、両腕は口に水と食料を運び続ける。

 性感帯から受ける強烈な電気信号は身体が反射で反応するが、生命の危機を優先させている少女の脳は決してその動きを阻害する事はなかった。


 とはいえ、少女の足は触れる度にビクビクと暴れるので、とてもやりにくい。

 感じているという事はどうでも良いのだが、俺はその足から枷を外そうとしているので、動かれると外しにくいのは当たり前だろう。

 それでも何とか、まずは少女の右足から枷を外す事に俺は成功した。



「!?」



 ただ……少女の右足から枷を外したその瞬間。

 俺は、その右足によって顎を蹴り飛ばされた。


 馬足のように蹴られるのではなく、すくい上げるように蹴り上げられた踵が、不意打ち気味に俺の顎をとらえて俺の首を強制的に真上へと向ける。

 だけでなく、そのままの勢いで俺は後ろに倒れ、盛大に頭を床に叩き付けた。



「う゛ぁぁぁ!」



 そのあまりの痛みに声にならない悲鳴を俺はあげ、打ち付けた頭を押さえる。

 と同時に大きく息を吸ってしまったので、強烈な目眩もまた俺に襲い掛かってきた。


 それでも俺は床にゴロゴロとのたうち回る。

 床に溜まっていた汗だまりがビチャビチャと俺の服を濡らすが、そんな事に構っていられるような生易しいダメージではなかった。

 そして強い刺激臭の影響で、次第に意識も朦朧とし始める。


 そんな時に聞こえてきた言葉。



「随分と楽しそうですね、ハーモニー様。まさかハーモニー様にそのようなご趣味があったとは……」

「そんな訳がないだろう!?」



 イリアが投げてきた蔑みの言葉に、気が付くと俺は思わず突っ込んでいた。

 その突っ込みによって一気に意識が現実へと覚醒する。

 嫌な覚醒の仕方だった。



「目が冷められましたか?」

「……ああ」



 何とも言えない感情を抱えたまま、俺はイリアに言葉を返す。

 そのまま暫く俺は体力の回復に努めてじっと床の上で寝続け……るのはどう考えても気分的に良い状況ではなかったので、すぐに上体を起こした。

 例え可愛い少女が流した汗とはいえ、それに浸かりながら寝るのは流石に気持ち悪い。

 いったいどこの変態だ。



「どうやら、枷を外した瞬間に右足が一瞬暴走したようですね」

「……みたいだな。油断していた」

「ぶるっと震えただけの動きに触れただけでしたので大した威力はありませんでしたが、本当の蹴りであったならばハーモニー様の頭部は今頃吹き飛んでしまっていた事でしょう」

「だから怖い事を言うな。気が滅入る」

「私としましては気が滅入って頂けた方が喜ばしいのですが。先程のは、本当に運が良かっただけだと思いますよ?」



 イリアが本当に俺の身を案じてくれているのは分かるが、やはり俺は少女の命を諦める気にはどうしてもなれなかった。


 再び少女の可愛いお尻をターゲットして手を伸ば……理性が足りない様だな、もっと気を強くしっかり持つとしよう……少女の可愛いお尻に視線が釘付けになるのは仕方ないとして、その位置を頼りに少女の左足へと近づいていく。

 全身が濡れてしまいかなり気持ち悪かったが、事が終わればすぐに風呂へと入れるので今は我慢するとしよう。

 慎重に少女のお尻の動きを追いながら……ダメだな、ダメージのせいで抵抗力が随分と下がっているようだ、早くケリを付けなければ本当に少女の命が危ない……少女の左足へと触れる。

 触れた瞬間、まだ少女の身体がビクビクと震える。

 焦らすように腕をつつつっと走らせると、それだけで少女は三度も達したようだった。


 幸いにして、枷を外れた少女の右足からは攻撃はやってこない。

 やはり先程の一撃は暴走による一時的なものだったようだ。

 枷があろうとなかろうと少女は別に足を自由に動かせないという訳ではないので、この時点で攻撃がやってこないという事は、やはり生命の危機に瀕したこの状況下では脳は生命の存続を優先させ、性感に反応する身体の方にはまるで意識を向けていないようだった。


 適当に欲望=本能を満足させたところで、今度こそ本当に少女の左足から枷を外す。

 その瞬間、やはりというべきかまた足が跳ね上がってきたが、今度は予想していたので俺は難なくその攻撃を躱す事に成功した。



「次は首だな。しかし……よくもまぁそんな小さな喉でそんな大量の食べ物を飲み込む事が出来るよな」

「それだけ喉が鍛えられているという事なのでしょう」

「……怖い喉だな。堅い骨とかでも、飲む込むだけでバキバキと砕かれそうだ」



 喉だけでなく、顎の方もかなり強力である。

 長時間の食事に耐えられるというのも勿論凄いが、先程から見ている限りでもどれだけ堅くても少女は口の中で容易く咀嚼していた。

 用意してある食べ物は野菜や香草を中心としてはいるが、たまにウォーラビットらしき姿をした大きな兎が丸ごと混じっていたりする。


 流石にそのまま食わせる訳にもいかないので皮を剥かれて程よく焼かれているのだが、間違いなく骨付き肉の状態だった。

 それが少女の口の中へと誘導されると、まるでシュレッダーのように飲み込まれて消えていく。

 遠目ならばまだ問題ないが、間近で見るとやはりあまり見ていたい光景ではなかった。


 そんな少女の背後に立ち、ゆっくりと両腕を伸ばす。

 膝立ち状態の方が作業はしやすかったが、突然に少女の足がまた跳ね上がってきた場合、危険な場所へと直撃しそうだったのでやめておいた。

 フラフラと動く少女の首に狙いを定めながら、ゆっくりと覆い被さっていくように俺の身体が倒れてい……建前はどうあれ抱き付く気満々であった事に気が付き、一度インターバルを入れる事にする。

 色んな意味で本当に危ないな、この呪いは。


 精神を落ち着けた所で、もう一度トライする。

 今度は余計な邪魔をされる事なく、少女の首から枷を外す事に成功した。



「ハーモニー様、一つ宜しいでしょうか?」

「……なんだ?」



 少し警戒しながら俺はイリアの言葉を待つ。



「言い忘れていましたが、その枷は両腕以外はただの飾りとなっています。ですので、別に今外しても意味はありません」

「それを先に言え!」



 好い加減面倒になってので、俺はイリアのその言葉を聞いて、一気に勝負に出た。

 少女の腕の動きを一瞬で見切り、右手で右の枷を、左手で左の枷を同時に外す。


 一度目は失敗し、鎖にぶちあたった腕が弾き飛ばされて大きなダメージを負った。

 痛みを堪えて再度挑んだ二度目もやはり失敗する。

 枷ではなく少女の腕を掴む形になった瞬間に物凄い力で引っ張られ、でんぐり返しに投げられ食料の山の中へと背中から突っ込んだ。

 その時に少女の瞳に俺の姿は確かに映った筈なのだが、少女の瞳には既に光は灯されておらず、もはや命の灯火が本当に消える寸前である事が窺い知れた。


 それを見た瞬間、俺はすぐに起き上がって最後の賭に出る。

 もはや一刻の猶予もない。

 先程の俺の行動による妨害によってエネルギーの摂取量が落ちた事で、少女の腕も格段にその速度を落としてしまっている。


 俺は真正面から少女に襲い掛かり、その小さな身体を押し倒した。

 そんな時でも《欲望解放》の呪いは俺の身体の行動を阻害するのかと本当に嫌になる。

 押し倒す必要などまるでないというのに……俺の身体は本能に忠実に従い、少女の身体の色んな場所へと腕を這わせ、肌と肌の触れ合いを楽しみ、顔を埋め、更にその先へと進もうとする。


 そして――。



「私としましては、本当に不本意なのですが……」



 どれだけ四苦八苦しても呪いに打ち勝てなかった俺の代わりに、イリアが少女の両腕から枷を取り外した。


 ――刹那。

 俺は物凄い力によって天井へと向けて突き飛ばされ、その後に待っていた衝撃と共に気を失った。











 そして気が付くと、いつも寝ている寝台の上だった。



「あ、ハーモニーさん。目が冷めましたか」



 今度は気を失う前の記憶を持ったまま俺は目覚めた。

 但しその分、前回に比べて非常に気分が悪い目覚めではあったが。



「……ウィチア、風呂に入るぞ」

「寝ている間に身体は拭いておきましたし、汚れていた服も取り換えておきました。なので、別にお風呂に入る必要はないと思いますけど?」

「気分の問題だ。それと、ウィチアと風呂に入るのはそう言えばまだだったのを思い出した」

「別にそんな事は思い出さなくても良いんですけど……」



 有無を言わさず俺はウィチアを抱きかかえて風呂場へと突撃した。

 その後は言うまでもない。


 サッパリスッキリした後、部屋へと帰る際に例の牢屋の中を確認する。

 そこでは、昨日と変わらぬ光景が繰り広げられていた。



「あいつの胃袋はやはり底なしか……」



 その少女の顔が至福の喜びに染まっていたのを確認し、俺は満足しながら部屋へと戻っていった。

2014.02.15校正

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