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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第肆章 『魔者の軍団』
86/115

第81話 瘴気

 迷宮第5階層。

 そこは当初、他の階層と同様に無骨な岩肌が露出した鍾乳洞窟といった様相をしていた。

 だが、ある時期より俺がせっせと手入れをしていったため、今では水と植物の多い湿地帯という有様となっている。


 事の発端は、例の森の精(アルセイデス)アルハントウィンティエーレ。

 通称アレーレ。

 彼女が発した"あそこは死ぬほど苦しい"という言葉からそれは始まった。


 元々の元凶は、当然の事ながら俺である。

 迷宮レベルが5にあがった事で手に入ったちょっと高位の魔者発生ポイントを設置したのが切っ掛け。


 1、非情に弱いながらも、永遠に無限にモンスターを発生させ続ける永久タイプ。

 2、限界値が有限だがある程度強く、但しモンスター発生に少し時間がかかる永久タイプ。

 3、それなりに強いが、数が少なくモンスター発生にかなり時間がかかる永久タイプ。

 4、一度限りモンスターを発生させるが、後は自動的に数が増えていく限定タイプ。

 5、それら1~4までの特徴を少し混ぜ合わせた様な、ちょっと特殊な限定タイプ。


 という5つのタイプの中で、5番に該当する魔者発生ポイント。

 その時に選んだ魔者発生ポイントの特徴というのは、以下のようなものだった。


 限界値が有限だがそれなりに強く、しかし数が少なくモンスター発生にかなり時間がかかる、それでいて条件さえ満たせば自動的にも数が増えていく半永久タイプ。


 そんなようなものであった。

 ほとんど逆のタイプで、無限だが弱く時間が掛からないし勝手に増える永久タイプだと、既に設置済みの子鬼(ゴブリン)が発生してくる。

 つまり、その魔者発生の特徴さえ見切れば、だいたいどんなタイプの魔者が発生するかある程度予想が出来る様だった。


 例えばタイプ1。

 非情に弱いながらも、永遠に無限にモンスターを発生させ続ける永久タイプ。

 これは下級ならば何でも該当する。

 一見すると自己増殖しない不死者などが該当しそうなものなのだが、基本的に生物全般、植物も含めて大抵が子孫を残すのが普通のため、わざわざ"条件を満たせば自動繁殖する"とかいう表現はされない様だった。

 栄養(経験値)さえあれば単細胞生物のように分裂という手段で自己増殖する水溶の粘体生物(アクアンスライム)も、どうやらこのタイプ1に属しているようだった。

 そして先程に例としてあげたゴブリンも、このタイプ1に属している。


 そういう意味で見ていくと、重要なのは『弱いか強いか』『有限が無限か』『単位時間あたりの発生数』そして『1度限りかどうか』となる。

 そして俺が今回設置したアルセイデスという魔者が発生するポイントで着目するべきなのは『有限』『それなりに強い』『時間が掛かる』そして『半永久』という言葉だった。

 この場合、『条件さえ満たせば自動的に数が増える』というのは、どうでも良い情報だったりする。


 『有限』であり『半永久』という事から、何らかの制約がある類の存在。

 アルセイデスという解答を得た上で考えると、彼女達は一応は自然精霊という存在なので、増えすぎるとこの迷宮にとって何らかの宜しくない状況を生み出す可能性があるだとか、基本的に瘴気の多い迷宮内では生きているのが難しくそのままではいられないだとか、そういう特殊な条件を持っている存在をその魔者発生ポイントでは発生させると言っているのだと俺は推測する。

 最初は単純にゲームらしく上限値が決められゲームバランスを崩さないようにしているのかと思っていたのだが、その辺を考えるとあの1億匹に(ヽヽヽヽ)達しかけていたアクアンスライム大量発生状況は、いくらなんでも本当にやばい。

 いくら弱点の火で簡単に蒸発するとはいえ、いつの時代も数の暴力は力である。

 まだアクアンスライムだから良かったものの、他の魔者が1億匹とかだとマジで洒落にならない。

 階層さえ増やせばかなりの量を迷宮内に格納できるので、そんな数の魔者が迷宮の外へと出かけて行ったら恐らく大惨事どころではないだろう。

 無限という設定も時には考え物である。


 他の特徴である『それなりに強い』と『時間が掛かる』というのは、基本セットで考える。

 もう少し分かりやすく言うなら、強さの程度とその発生速度で、その魔者がどの程度厄介な存在かを推し量る事が出来た。

 強くても発生速度が速ければ、ただ力が強いだけとかで絡め手がなく侵入者達にとってもあまり脅威とはならない魔者が発生する。

 基本、侵入者達は徒党を組んで行動するので、単体で相手にするならば非常に対処しやすい敵だろう。

 分断、個別撃破もしやすい、まさに格好の獲物である。

 勿論、数さえ揃えてしまえばそういう訳にもいかない訳だが、


 それが逆にアルセイデスのような搦め手を得意とする魔者の場合だと発生に時間がかかる。

 予め敵が何であるかを知っていれば侵入者達も事前の対策もしようがあるが、攻略されていない迷宮階層ではいったいどんな敵が現れるかは分からない。

 そして全ての状況に対して対処出来る訳もなく、対処できなかった時点でその侵入者達は高い死の危険が付きまとう。

 アルセイデスのような、見たら虜にされる、気が付いたら香っていた匂いを嗅いでしまっても理性を奪われる、直接触れると高い魅了効果で一発アウト、という存在に何の事前情報も対策もなく出会ってしまえば、その先の未来に待っているのは精気を全て吸われ尽くして干涸らびた後、更に土壌の養分とされるという死だけだろう。

 侵入者達が何人で組んでいようとも、搦め手が得意な者にはまるで意味がない。

 むしろ同士討ちさせられる危険性が伴うため、厄介な事この上なかった。


 そんなアレーレの住処が、まるで生命の息吹が感じられないゴツゴツした洞窟の中。

 しかも、下層の方に位置しているので瘴気の濃度も高いので、まるで拷問のような世界だった。


 発生したのがコミュニケーションをとれそうなアルセイデスだったので、俺は早速牢屋に捕らえて会話を行う。

 現在ファーヴニルとの間に繰り広げている迷宮侵略戦争なるものに対処するためである。


 状況的にはほぼ膠着状態。

 防衛の方は2階層後半にいるピクシー達に任せておけば今の所問題がないみたいなので、何故か張り切っている彼女達に任せきりになっていた。

 何だか自分達のレベル上げやら討伐数やらタイムアタックやらで競っているような雰囲気で、面白い遊びを見つけたノリで楽しんでいるようだった。

 とても残虐な遊びではあるが。

 そんなピクシー達のやる気を煽るために、たまに褒美としてウィチアにお菓子を用意させたり、遊んでいるためたまにやられてしまうピクシーの補充として限定的に魔者発生ポイントを復活させてみたりする俺は、果たして策士なのか同じ穴のムジナなだけなのか。

 まぁ、どちらでも良いか。


 そんな感じで防御の面に関して言えばファーヴニルが何か新しい進軍方法を取ってこない限りは問題ない状況だった。

 侵入者達に関しても、ファーヴニル軍の進路を序盤は新たに作った通路だけを使用させ、既存通路とは『一方通行路』の罠で繋げる事で侵入者達とファーヴニル軍の間での遭遇率を下げている。

 奥の階層から引き返してきたというのに、1階層でファーヴニル軍と遭遇するのは流石に理不尽というものだろう。

 あの規模の軍隊と出会うなら、せめて2階層以降だ。

 あそこならば妖八陣/石兵八陣の迷路があるので、迷った挙げ句運悪く遭遇してしまったとして納得してくれるだろう。


 そして、ピクシー達の御陰もあって、侵入者達はまずその妖八陣/石兵八陣の迷路以外ではファーヴニル軍と遭遇する事はない。

 そのピクシー達も侵入者達は遊び対象には入っていないらしく、完全にスルーしていた。

 運良く隠し通路を見つけてピクシー達のいる花畑にやってきた者達も、基本的にピクシーは倒すべき対象と見ていないのか、両者の間に戦闘は勃発しない。

 そんなこんなで結果的に、ファーヴニル軍は侵入者達にとってこの迷宮の一部と認識されるように今ではなっていた。


 ただしそれも時間の問題だろう。

 いくら複雑な迷路でも、迷宮侵略値があがってくれば相手迷宮の姿が見えるようになってくるので、その迷路への対処も出来る様になってくる。

 そうなれば、ピクシー達も一筋縄ではファーヴニル軍を撃破する事は難しくなる筈だ。

 もしかすると、それを見越してレベル上げに精を出しているのかもしれない訳だが。


 防御面では心配する事がない。

 ならば攻撃面ではどうなのか。

 ハッキリ言って、手詰まりも良い所である。


 数の多い魔者――主に不死者を順に様子見として何度もファーヴニル迷宮に送り込んでいる訳なのだが、成果と呼べるものは何もなかった。

 たまにゴブリン、豚鬼(オーク)犬鬼(コボルト)なども送り込んで、迷宮内のバランス調整も行っている。

 奴等は放っておけば徒党を組んで迷宮の外へと出かけてしまうため。

 飽和したから出て行く不死者達とは行動指針が異なる。

 まぁ、あの一件以降は一度として帰ってこれた奴等はいない訳だが。

 無駄にまた変なの――ゴブリンと人との間に出来たハーフの少女達4人の事だが――を拾わなくても済んでいるので、少しほっとしていた。


 攻撃に関して、どうにも手詰まりな状況。

 というよりも、送り込んでもほとんど経験値を得られないまま排除されているみたいなので、無駄にこちらの手駒を減らしているだけという状態だった。

 ほとんど経験値献上状態とも言って良い。

 俺の迷宮にやってくるファーヴニル軍はピクシー達に排除されるまでの間にきっちりと戦果をあげているので、現状どちらに軍配が上がっているのかは考えるまでもないだろう。


 そんな訳なので、俺は現在、攻撃面に対してテコ入れを始めている。

 その手始めが、意思疎通出来るレベルの指揮官クラスの確保と育成。

 既存の魔者では意思疎通そのものが出来ないので、まだ見ぬ魔者へとその思いを託し、5階層に現状で高位となる魔者発生ポイントを幾つか設置した。

 結果、俺はアレーレという美女――もとい、アルセイデスを手に入れた。


 しかし……そのアルセイデス達が生まれる場所は、彼女達にとってとても住みにくい場所。

 そのままではアレーレの言葉通りに、新しく生まれてくるアルセイデス達は苦しみぬいた末に自殺という選択肢をとってすぐに死んでしまう。

 その命を永らえさせるにしても、俺が彼女達全員を相手にしては、流石に時間的にも体力的にも辛すぎる。

 アレーレ一体だけであれなので、何体も養えるとはとても思えなかった。


 そういう訳なので、俺は5階層を彼女達が住みやすい土地へと改造していった。


 まず大事なのが水回り。

 出来る限り清んでいる水を用意し、窪んだ土地を利用して幾つもの池を作り出す。

 水の濁りに関しては問題ないらしく――むしろ栄養にもなるため、濁っていて良いらしい――しかし瘴気が混じりにくいように手を打つ必要があった。


 瘴気は、放っておけばどんどんと増えていく。

 魔者が倒れれば瘴気を撒き散らし、人が死んでもその死体が瘴気の増幅装置みたいな役割を持つのであまり長く放置しておく訳にはいかない。

 また瘴気は魔者が多いと勝手に濃度が濃くなっていく特性も持っていた。

 そして、瘴気は下の方にいけばいくほど溜まりやすく濃くなりやすい。

 それだけを聞けば、この迷宮内で5階層という場所はほとんど致命的と言えるだろう。


 ただ、魔者発生ポイントから魔者が発生する度に瘴気は消費されるので、減らせない事もない。

 勿論、魔者が増える事によって瘴気も濃くなりやすくなるという特性があるので、魔者を発生させすぎても問題となる。

 つまり、あの1億匹近くにまで増えていたアクアンスライムは、実はもう恐ろしい状況だったと言える。

 あの迷宮の灼熱化事件がなければ、今頃いったいどうなっていた事やら。


 尚、瘴気は燃えるし凍るらしい。

 燃えるといってもかなりの高温にならなければ燃えないし、凍ると言っても単体で凍るのではなく周囲の物質と一緒にくっついて凍る。

 そして、どちらにしても瘴気は減る訳ではない。

 ならばいつか瘴気は飽和してしまいそうなものだが……どうやら瘴気はある一定以上の濃度になると結晶化し始め物質化する。

 物質化した後はその特性を色々と変化させ、気体(?)状態の時みたいに増える事はなくなるとの事だった。


 また、結晶化した瘴気ならば浄化も非常にやりやすく、浄化した後はそれなりに使える万能アイテムと化す。

 別名、聖晶石。

 浄化する前の魔晶石でもそれなりに使い道はあるらしいので、必ずしも瘴気は忌むべきものという訳ではないようだった。

 流石にそれらの価値ある水晶石種を人工的に作り出すにはリスクが高すぎるため、ほとんど自然に取れるものだけが市場に出回っているらしい。


 となれば、俺のこの迷宮はそんな価値ある水晶石種の産地となる可能性を秘めているという事になる。

 迷宮から大量の不死者などの魔者が溢れ、周囲の村々を襲うという災厄は、見る者によっては一攫千金だとか金蔓(かねづる)にも見えるのだろう。

 迷宮の入口付近に建った謎の建物も、もしかしたらそれを狙っての事なのかも知れない。

 ゆくゆくは魔晶石を主産とした鉱山都市か?

 もっと鉱石系の宝パーツを設置しようかと思う今日この頃である。


 それは兎も角として、アルセイデス達の事だ。

 彼女達が住みやすい土地にするためには、水回りの充実だけでなく瘴気への対処も必要となる。


 一番簡単そうな手段として思い付きそうなのは、彼女達の住処を隔離するというものがあるのだが、残念ながら瘴気はそもそも物質ではないので地面をすり抜ける。

 そして大気のある場所――物質密度の低い場所を好んで滞留する。

 つまり、隔離してもまるで意味がなかった。

 同じ理由で、隔離空間に魔者発生ポイントを置いて飽和自殺させ、透過する特性を利用して周囲に瘴気を撒き散らす裏技も使える訳だが。

 その裏技で魔晶石も生み出しやすくする事が出来る訳だが。


 隔離という手段が取れない以上、他の手段を取る必要がある。

 一時的にであれば、魔者発生ポイントを4階層辺りに大量に設置して、その階層で消費させるという手段を取ればいい。

 ただそこで気になるのが、効率面となる。


 どの魔者が単位時間当たりにどれだけ瘴気を消費して発生するのか。

 また、どの魔者が存在しているだけで瘴気の濃度をどれだけ濃くしてしまうのか。

 それらを調べておく必要があった。


 最初は水回りを整備して適当に草でも植えておけば良いかなと思っていたのだが、実際によくよく話を聞いてみるととその瘴気が一番の問題点だという事が分かり、俺は頭を悩ませた。

 そして実験を行っていった。


 実験自体は意外と好きな性格をしているみたいなので、ほとんど抵抗はない。

 むしろ好き者のアルセイデス達の数を増やすためという事で、嬉々としてそういう実験を俺は行った。


 一番最初に分かったのは、不死者はいるだけでやたらと周囲の瘴気濃度を濃くさせる事。

 何となく予想していた結果だった。


 その実験の方法としては、4階層に色々な魔者発生ポイントを設置して暫定処理として5階層の瘴気濃度を下げた上で、隔離空間を点在させ、その一番奥の部屋で行うというものである。

 同階層ならば瘴気の拡散はしにくく、また物質密度の高い壁に阻まれているため、同階層の他の空間へも移動しにくい。

 そういう条件下の部屋を5階層の4隅に作って、それぞれ異なった種の魔者を詰め込んだ上で、一つ隣の部屋に同じ種類の魔者発生ポイントを設置する。

 後は待つだけである。

 結果は先に述べたように、不死者を詰め込んだ部屋の隣が、最も魔者の発生速度が速かった。


 ちなみに、最初の実験で選択したのは、不死魔者の腐った死体(アドルゾンビ)骨戦士(ボーンソルジャー)の二種、不死物質魔者の黒い影(ブラックシャドウ)、亜鬼魔者のゴブリンである。

 測定用の魔者は、発生速度の速いアクアンスライムである。

 実験終了後はピクシーにお駄賃のお菓子をあげて、全部焼却処分して貰った。

 こういう時、壁抜けスキルがあるピクシーは重宝する。

 最近、ピクシー達への認識を少し改め始めていた俺であった。



「そんなに悠長に実験してて大丈夫なんですか?」

「あのファーヴニルの気が短いとは思えないからな。むしろこの膠着状態が数年に渡って繰り返されても何も感じない可能性すらある。何しろ、1万年以上を生きていた龍だからな」

「気も長くなりますよね……」



 いったいどれだけの年月、不死賢者レビスに捕らえられているのかは知らないが、ドワーフ老ガルゴルから聞いたレビスの噂だけを聞く限りでは、長くても500年程度だろう。

 1万年のうち大半が眠っていたとしても、本当に気の長くなる話である。

 今更1年2年など誤差の範囲だろう。



「実験の結果はどうな感じだったんですか?」

「なんだ、ウィチア。普段はまるで関心がないのに、今日はやけに聞いてくるな。何かあったのか?」

「あったというか……むしろ危機感を覚えているというか」

「うん?」

「最近、だんだんと自分の存在意義を考えるようになりまして。私、何のためにここにいるんだろうって」

「俺の世話をさせるためじゃないのか? それと、娯楽処理か」

「それは分かるんですけど……最近ずっと牢屋にいる方々の世話だけをしている気がしまして」

「それは今も昔も同じだろう」

「全然違います。以前はもっとハーモニーさんのために御飯を作ったりお洗濯をしたり掃除したりベッドメイキングをしていました」

「……ああ、そういえば最近はターチェユ達が持ち回りで食事を作っているし、洗濯もしてくれるし、掃除はそもそもこの部屋自体を俺は汚さなくなっているよな。ベッドメイキングは……たまにだけか」

「そうです。最近私、全然ハーモニーさんに奉仕していません」



 奉仕と来たか……。

 別に言葉としては間違っていないのだが、ウィチアもイリアもここに無理矢理放り込まれた身なので、進んでやる仕事ではない筈である。

 だからこそイリアは時折に遊び心を交えたり、仕事と割り切って鉄面皮になってみたりしている訳なのだが。

 元々宿屋で働いていた事もあって、炊事洗濯掃除ベッドメイキングなどの仕事をする事に慣れていたウィチアなので、今頃になってその日常生活に疑問や不安を持ち始めたという事なのだろう。



「別に好きでやっていた事ではないんだろう?」

「それはそうですけど……なんか納得がいきません」



 さて、プライドというやつかな。

 別に俺の世話をするのが好きという訳ではないが、それでも自身の存在意義でもある仕事を他人に奪われるというのは納得がいかないという所か。

 それに最初の頃は暇さえ見つければ俺は彼女達に夢中になっていたのに、今ではその頻度もかなり減っている。

 むしろ義務感にも似たついで感すらもしかしたら彼女達は感じていたかもしれないだろう。


 選択肢が多いのは俺にとっては大いに喜ぶべき事だが、やはり問題も色々と出てくるのは避けられない、か……。



「ですので、少し開拓しようと思います」

「それは聞き捨てなりませんね」



 そう言いながら現れたのはイリアである。

 と言っても、言葉を喋れる者でこの迷宮画面のある俺の寝室兼仕事場に入れるのはウィチアとイリアしかいないので、ウィチアが俺のすぐ隣にいるという事を考えれば他に選択肢はない訳なのだが。


 そのイリアだが、今日はバニーガールの姿をしていた。

 いったい何処でそんな衣装の知識を身に付け誰に作成させたのかは知らないが、イリアはそのコスプレに味をしめてからは事あるごとに俺を驚かせてくれている。

 それも最近はその頻度が高く、むしろ以前のようなまったく花のない薄着姿は見かける事自体がなくなっていた。

 ……まぁ、味をしめてしまったのは、当然俺の過剰な反応が理由だとは思うが。

 思わず俺の食指が動きそうになっていたが、何とか今回は持ちこたえる事が出来た。



「……それは誰の知識だ?」

「元奴隷のお二方です。以前の主はなかなかの趣味人だったらしく、その時に着せられていたものを幾つか教えて頂きました」



 元奴隷の二人というと、赤髪ポニーと金髪ポニー(旧名、金髪ショート)の事だろう。

 なるほど、確かに彼女達の境遇から考えればそういう事があっても不思議ではない。

 むしろそれが普通の世界だっただろう。



「制作者は誰だ」

「裁縫がとても得意な方が率先し、面白がって他の方も喜んで協力してくれました」



 つまり、花飾りのプリンちゃんことカチューシャと、その部屋に一緒に閉じ込めているエルフ達全員という事か。

 娯楽がほとんどない場所なので、イリアが製作を依頼したその奇抜な衣装はさぞ暇潰しの種となった事だろう。

 ただ、バニーの耳がよく見ると俺の迷宮に解き放っているD級眷属魔者ウォーラビットの耳をそのまま付けているだけというのは、少し微妙な感想を抱いてしまった訳なのだが。

 出来れば普通に綿とかで作成して欲しかった。



「なお、今頃は全員がこの衣装を試着してみて着心地などの感想を出し合っている頃かと思います」

「さて、少し根を詰めすぎたか。少し気分転換に息抜きをしてくる」



 気が付けば全ての問題を棚上げして俺は長い長い息抜きに精を出していた。

 なかなかファーヴニル迷宮への攻略準備が整わないのは、きっと俺のせいではないだろう。


 尚、まだまだ幼い子供であるフォーチュラとハーフゴブリン4姉妹も揃ってバニー姿になってはしゃぎ回っていたが、彼女達の危機は無事に排除されたとだけ言っておく。

 最近捕まえたばかりの大食らいの少女もそうなのだが、実はターチェユもその気になれば体術だけで俺を軽く圧倒出来る様である。

2014.02.15校正

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