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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第肆章 『魔者の軍団』
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第79話 たまにはそういう事も……

 クルト伯家次男ユイリスが父に嘆願し、その地に残る事を許されてから既に一ヶ月以上が経っていた。

 その間、ユイリスは毎日迷宮に潜っていた。


 その目的は、小銭稼ぎ。

 あの日、生まれて始めて極楽を体験したユイリスは、完全に虜となってしまっていた。

 そのあまりの熱中ぶりに父であるクルト伯は呆れ果て、兄は蔑んだ。

 そして元々ユイリスは家に必要とされていなかったため、一切の援助なしという条件でクルト伯はユイリスをその場に放り捨てた。


 それからの毎日は、ただ己の欲を満たすためだけにユイリスは心血を注ぎ続けた。



「換金、お願いします!」

「はいはーい。や~、相変わらず頑張るね~。そんなに此処を気に入ってくれたんだー」

「はい! いつか貴女にも相手をして貰えるように頑張ります!」

「ま~、期待せずに待ってるよー。私は安くないからね~」



 ユイリスの言葉をヒラヒラと掌を振って、それは絶対に回避しますよーと少女はアピールする。

 その手にユイリスの注意が奪われている間に、少女はユイリスがカウンターの上に乱雑に広げた各種アイテムの中から高値がつきそうなものだけをコッソリと盗んでカウンターの下へと隠す。

 そんな事をしなくてもユイリスには物の価値などまるで分からないためいくらでも誤魔化しはきくのだが、用心のためと自身のお小遣い稼ぎのためという理由で少女は毎回同じ様な事をしていた。


 もしその行為をユイリスが発見して指摘出来るようになったのであれば、少女はそれを理由に一回ぐらいは相手をしてやっても良いと思っている。

 それぐらいには、最近のユイリスの頑張りは評価出来るものだった。

 結果は兎も角として。



「いつもと同じで粗悪なアイテムばっかりだねー。少しは魔者を狩ったら~?」

「そんな力があれば誰も苦労しません。僕に出来るのは、コソコソと逃げ回ってこういうのを採取するぐらいしか出来ませんから」

「それでも最初の頃よりは一応成長してるのが救いだよねー。何せ最初の頃は、その辺でいくらでも採れる石とか雑草とか持ち込んでたぐらいだからねー。むしろ捨てるのに手数料を取りたいぐらいだったよー?」

「返す言葉もありません……」

「ま、最近はちゃんと薬草とか鉱石とか採ってきてくれるから、ほんの少しぐらいは助かってるけどね。売り物には絶対にならないけど、ちゃんと丁寧に処理すれば使えない事はないから」

「すみません。僕が行ける所には、そんなのしか採れなくて……」

「だからもっと力を付ければ~って言ってるんだけどねー。迷宮に入ってすぐ先にいるデューンバットでも狩れるようになれば、稼ぎはぐ~んとあがると思うよ~?」

「逃げるのが精一杯です」

「D級の下だから、全力で石でも投げてれば運次第で倒せる筈なんだけどねー。試してみたのー?」

「え!? そんな事で倒せるのですか?」

「ああ……処置無しだ、君」



 少女が言った方法は、ほとんど嘘だった。

 ただ石を投げた所でデューンバットに当たる事はない。

 デューンバーットは蝙蝠の一種なので、広範囲におよぶ超音波で周囲を常に索敵している。

 そのため、ユイリスが近づいた時点で警戒をしているので、普通に石を投げた程度では簡単に躱されるのがオチだった。


 それでも、投擲速度が高ければ当たる。

 しかし、まるで力のないユイリスの投擲では、本当に運が良くない限りは倒す事が出来ないだろう事を少女は見抜いていた。

 だからこそ、ユイリスが自分の言った言葉を簡単に信じてしまった事に、少女は処置無しの烙印を押す。


 返答次第では換金額に少し色を付けようと少女は思っていたのだが、今日もその色が付く事はなかった。



「はい、今日の稼ぎねー。そして、今日の宿代分を差し引くと……もう一頑張りいってらっしゃ~い」

「……はい」



 一度は目の前に出されたお金が、次の瞬間には元に戻っていくという見慣れた光景。

 午前中の稼ぎは、いつもそうなるのが普通だった。



「お昼はどうする~? 今日もツケとく~?」

「お願いします……」



 命懸けで迷宮の中を逃げ回って採集しているため、お腹を空かせる事は命に直結してしまう。

 そのため、午後の稼ぎの一部を信用貸しで借りるという行為も日課となっていた。

 そして午後の稼ぎを持ってくると、今度は夕食の代金を徴収されてまたお金は受け取れない。

 更に頑張ってもう一稼ぎしても、それは翌日の朝食代に消え、各種サービス料金として消え――主に部屋の清掃や、洗濯物の洗濯である――手元にお金が残るのは、余程良い稼ぎをした時だけだった。


 そのなけなしのお金も、すぐにまた別の理由で徴収されてしまうのだが……ユイリスは、未だそのぼったくり行為にまるで気が付いていなかった。


 それでも、悪い事ばかりではなかった。


 本来ならばお金を払って買う必要のあるこの店の目玉商品達。

 彼等彼女達は客がほとんどいないこの店にいては稼ぎが出せないために、他の手段を用いて稼ぎを出す必要があった。

 町へと出稼ぎに行く者、自ら迷宮に潜って稼ぐ者、内職をして稼ぐ者などなど。

 その中で町へと出稼ぎに行く者は問題ないのだが、他の者達はある問題を抱えていた。


 それは、長く経験していないと技術が落ちてしまうという事と、強制的に肉体改造をされているためにそういう事を求める衝動が頻繁にやってくるという事であった。

 つまり、それらを解決するために、それをする必要があった。

 そしてその相手に、見た目の良いユイリスを極稀に使っていた。


 ハッキリ言えば、それはお店としてはNGである。

 だが、この店の一切を任されている少女は、それを黙認していた

 いや、正確に言えば借金扱いでチャッカリとお店の売り上げに計上していた。

 日々ユイリスの稼ぎをぼったくり気味レートで換金しているのは、そういった理由も含まれている。

 まるで足りていない訳なのだが、そこは少女の良心で大目に見られていた。


 まぁ、コッソリ盗んでいる高額アイテムの方が実は換金額が高く、それはその少女の良心と借金あれこれの手数料として、少女の懐に入っていた訳だが。

 ユイリスがまるで気が付いていないので、少女は世間の厳しさを教えるといった名目の授業料として考える事にしていた。


 少しずつ少しずつ成長し日々の稼ぎを増やしている筈なのに、それでも手元にお金が出来ない事にユイリスは気が付いていない。

 だがそんな事はどうでも良いと思えるぐらいに別途役得が発生しているので、今なおユイリスはその情熱を失う事無く迷宮に潜り続ける。

 その役得は、時に阿鼻叫喚の状況――店には男娼もいるため――が襲い掛かってくる訳なのだが、それでもユイリスはめげずに頑張り続けた。



「今日のお昼は何ですか?」

「塩のスープに特製サラダだよー」

「それ……塩水と雑草って言いません?」

「そうとも言うね~。でも、今そんなのぐらいしか出せないんだよー」

「塩水は兎も角として……雑草なんて食べたら食中毒を起こしてしまうじゃないですか。お金返して下さい」

「やー、ウソウソ。ちゃんと食べられる物は用意してあげるって。期待しないいで待っててよー」

「お金をちゃんと払ってるんですから、せめて期待させて下さいよ……」

「今はむーりー」

「急にいったいどうしたんです? もしかしてまた迷宮から出てきた魔者に襲われたんですか?」

「あ、そっちの方は大丈夫。ちゃんと処理されたから。ドカーンと一発ねー」

「迷宮の入口付近にあったあの焦げた痕はそういう理由だったんですか……新しい人が来たんですか?」

「ん~、新しい人と言えば新しい人だねー。どちらかというと、君の同業者だよー?」

「そうなのですか。でも、それとこれとにいったいどういう関係が?」

「足りないの」

「……はい?」

「足りないんだよ、君」

「だから何がです?」

「その新しい人がね……ものすっっっっっっっっっっごく! 御飯食べるんだよー」

「そうなのですか? でも、"達"じゃないですからお一人なんでしょう? そんなちょっとぐらい大食らいでも、僕の御飯が残念な事になる訳ないじゃないですか」

「ううん、君だけじゃないよ? 私達もピンチなの」

「はぁ……」

「あ、信じてないね君。お昼御飯抜きにしちゃうよ~?」

「何でですか……ちゃんとお金を払ったじゃないですか」

「じゃ、返してあげる。だからお昼御飯は自分で用意してねー」

「ちょちょちょ!? ちょっとちょっと、どうしてそうなるんですかっ!?」

「だからね、御飯ほとんどないの。ピンチなの」

「……本当に?」

「うん、マジでピンチ。お昼はまだ大丈夫だけど、夜はどうしようかとすっごく困ってたりするんだー。それこそ、君を食材として調理したいぐらいに大ピ~ンチ!」

「ははは。……冗談ですよね?」

「うんにゃ。それぐらい切実な問題」

「僕、食べても美味しくありませんけど……」

「あ、それ大丈夫。別に私達が食べる訳じゃないからねー。それに調理しちゃえば元の形なんて分からないから問題な~し」

「え、もしかして本気で言ってます!?」

「うん。君は別にここでは必要のない存在だからねー。迷宮潜ったっきり帰ってきませんでした~って言えば済む問題だから、実は誰も困らなかったり~」

「僕が困ります!」

「死人に口なし~♪ という訳で、さようなら~」

「……え?」

「次の瞬間、ユイリスの意識は永遠に失われたのだったー」

「怖い事言わないで下さいっ!?」

「というぐらいにね、切羽詰まってたりするんだよ~。理解してくれた~?」

「ええと……って、うわぁ!? ななな何ですか、その鉈はっ!?」

「いや、まだ理解してくれてないようだから、実際に身を以て知れば理解してくれるかな~っと」

「理解した時にはもう死んでるじゃないですか!」

「あ、そういえばそうだね。でもさっきも言ったように、問題は起きないから全然気にしなくて良いよ~」

「僕は気にしますって!」

「も~、我が儘だな~。君の親の顔が見てみたいよー」

「つい一月ちょっと前に、このお店に泊まっていましたけど……」

「知ってるよん。私も接客したからね~」

「……したんです?」

「お仕事だからね~。ほら、今もこうして君にせっせと接客してるじゃない」

「命を狙われてるようにも思うんですけど……」

「思うじゃなくて、実際に狙ってるんだけどー?」

「だから怖いですって!!」

「痛いのは最初だけだっていうから安心して♪」

「絶対に安心出来ません!」

「ま、そういう訳だからね。お昼御飯は自分で用意してね~」

「え? 本当に僕のお昼御飯が用意出来ないぐらい切実なんですか?」

「だからさっきからそう言ってるじゃない。私達なんて、今日のお昼は抜きなんだからねー」

「……いったい何者です? その人」

「うん、その人」

「え?」



 指さされた方をユイリスが振り向くと、小さな少女がちょこんと立っていた。

 その少女とユイリスの瞳が合う。

 そして一言。



「……食べて良い?」

「良いよ~」

「良くありませんって!!」

「その日のお昼、ユイリスはその少女にバリバリムシャムシャと食べられたのだったー」

「食べられません!」

「……食べられるよ?」

「ははは。……冗談ですよね?」



 少女がニコッと笑う。



「ひぃっ!?」

「まぁ、それは最終手段として~。どうしましたー、アリエスさん」

「お腹……空いた……」

「と言われましても……もうそこの非常食さんぐらいしか用意出来ませんが」

「……食べて良い?」

「どうぞどうぞ」

「ひぃぃっ!?」

「……いただきます」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」



 ユイリスは逃げ出した。



「あ、逃げた。ちょっとからかいすぎたかな~。って、ちょっとちょっと! なんで詠唱し始めてるんですか!?」

「?」

「えっと……そんな不思議そうな素振りをされましても困るんですけど……」

「……食べて良いって、言った」

「……(汗)」

「?」

「と、とりあえず……他に何かご用はありますでしょうか?」

「お腹……空いた……」

「えっと……(汗)」

「……もう無い?」

「はい……」

「そう……なら、仕方ない」



 少女はアリエスに怯えている。



「ちょっと御飯、食べてくる……」



 そう言ったアリエスが逃げたユイリスの方へと向かわなかった事を、その時少女は神に感謝した。



「い、いってらっしゃいませ~」



 少女は迷宮に入っていったアリエスを見送った後、次のように呟いた。



「そこ……食料庫じゃないんだけどな~。いったい何を食べるつもりなんだろ……」









 それから数時間後。



「……イリア。あれは何だ?」



 ハーモニーは、牢屋の中で大量の食べ物を一心不乱にガツガツと食べている少女を眺めていた。



「いつもの戦果ですが、何か?」

「いや、それは分かるんだが……ちなみに、迷宮内で気絶した理由は何だ?」

「どうやら迷宮に入ってすぐにある滑る床でつるんっと滑って盛大に頭を打ちつけてしまったようです。ハーモニー様の迷宮に入った侵入者達の中で最短記録になります。場所からして一分とかかっていないかと……」

「……気のせいか、俺の迷宮で捕まる連中はいつも斜め上をいく方法で捕まるよな」

「意外性には意外性で対抗しているのでしょう」

「どういう理屈だ……」



 その日、ハーモニーは牢屋に新しい住人を手に入れた。

2014.02.15校正

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