第77話 侵攻と防衛
翼人鬼部隊の斥候隊と子鬼部隊が戦闘を繰り広げている所に、また第2階層からやってきた豚鬼部隊が横槍で参戦する。
たまに腐った死体やら骨戦士やらが通り掛かり、ハルピュイア達に襲い掛かるが、ハルピュイア一匹を仕留めるのに結構な被害を出し続けていた。
同じC級のオークでも、先にゴブリンやらを倒してレベルの上がっていたハルピュイアには苦戦を強いられているらしい。
そんな迷宮の至る所で戦闘が繰り広げられているのを尻目に、ファーヴニルの迷宮へと送り込む第3陣の選抜を行っていく。
ファーヴニルの様に部隊をC級で固めたい所ではあるのだが、困った事に俺の迷宮ではC級はまだ数が少ない種が多い。
特に最近では正規の侵入者達に第1第2階層を突破し続けられているので、以前は数のいた人型物質魔者偽装人形体や飛ぶ糸虫みたいな魔者フライワームも、100匹を捻出するとなると少し苦しい数となっている。
その結果、第3階層以降に配置している魔者達を動員するしかない様だった。
今の所、第4階層以降は誰も足を踏み入れていないので問題ないのだが、あまりそういう事を続けていくと、いざ侵入者達がその階層に到達するともぬけの殻、という事態にも陥りかねない。
そしてその侵入者がファーヴニルが送り込んだ者達ならば、余計に困った事になるだろう。
正規の侵入者達が最奥まで到達しても俺には別に何の害もないが、ファーヴニルは違う。
俺の宝が十人も奪われてしまう可能性が高い。
それだけはなんとしてでも阻止したい事態だった。
その辺のテコ入れもまた検討しなければならないなと思いながら、部隊を編成していく。
今回送り出すのは、C級のゲル型粘体眷属魔者浮遊する強酸生物100体。
所謂スライムの親戚の一つで、空中に浮遊する液体魔者である。
このレイムの下位には、D級の浮遊する強酸物質がいるのだが、どちらも触れる物を溶かす強酸性の液体で身体を構成されており、溶かした物から得た栄養で分裂を繰り返して増えていく性質を持っている。
C級とD級で位が異なるのは、C級のレイムが生物の様に活動するためあらゆる場所に移動したり隠れて機を窺ったりするのに対して、D級のレビオスハーケンはただその場にじっと浮いているだけで、風などで運ばれない限りは基本的に移動する事はない。
それ故の脅威度の差だった。
つまり、D級のレビオスハーケンはファーヴニルの迷宮に送り込んでもただその場にじっとしているだけで狩られるのを待つだけだが、C級のレイムは獲物を捕食するために自ら動いて探したり物陰に隠れて奇襲を仕掛けたりしてくれる。
この差は大きい。
特に、種としての生存本能からくるだろう捕食行為には、覆いに期待が出来る。
但しその反面、分裂を行うためレベルがほぼ1で固定されてしまう。
最初は捕食行為を繰り返しつつ数を増やしてくれるが、迷宮の奥へと進んでいくと敵の強さも上がっていくと思われるので、このレイムは途中までしか進軍出来ないという弱点を抱えていた。
「と、ハーモニーさんは考えると思いますが、実はここにも迷宮侵略戦争のルールが少し関わってくるんですよ」
そう答えたのはハーフエルフのウィチア。
イリアと共にこの迷宮空間で俺の世話をしてくれる二人の内のもう片方。
普段は炊事に洗濯、掃除といった仕事を、俺だけでなく牢屋にいる者達にも行っているとても多忙な少女。
元はルーラストンの村の宿屋兼食事処で働いていたのだが、何故か故あってこの迷宮に捕らえられていた。
ウィチアはコーネリア教団に孤児として育てられたために教団を抜け出す事が出来ず、その恩を返すためという名目で、あの欲望に満ちた世界に身を置く羽目になったという。
それから一年間は何とかのらりくらりと男達の欲望をかわしていた様だが、幸運にも俺がその最初の相手となる事に成功した。
ウィチアにとっては恐らくそれがその後の不幸の始まりだったのかもしれない訳だが。
その数奇な運命に捕らわれてしまったハーフエルフの少女が、可愛らしく人差し指をたててスマイルしながら、言葉を続ける。
「迷宮侵略戦争ルールブック。相手の迷宮に送り込める魔者の数は、指揮官を含めて101体まで。それ以上増やす事は出来ない。増える事も出来ない」
「という事は、レイムは100体である限りはレベルが上がり続け分裂も出来ない。と同時に、数が減ったらすぐに分裂して100体になる、という事か」
「そういう事ですね。はーい、キュラちゃん拍手~」
パチパチパチパチっと、ウィチアの肩に座っていたピクシーが拍手をする。
但し嫌そうな顔をしながら。
すぐ真横にあるウィチアの顔からは見えない事を良い事に、やはり反抗的な態度は崩すつもりはないらしい。
早くファントムガイスト=ユー・イ・ムオーカによって全滅してくれないものかな。
「問題は、指揮官をいったいどの魔者にするか、ですけど。レイムは自意識がないですから、敵味方関係なく襲い掛かってしまいますよ?」
「相性を考えるならば、溶かされる心配のない霊体だろう」
「あ、その手がありましたね」
早速、C級の不死霊体魔者である死魂の精霊を指揮官に任命し、ファーヴニルの迷宮へと送り出す。
あまり活動的ではない魔者ではあるが、その分ゆっくりとレベルを上げながら下の階層を目指してくれる事だろう。
「あれ? もっと強い霊体魔者がいるのに、なんでウトゥックを選んだんですか?」
「特に深い意味はない。レイムが常に100体いてくれるのなら、あまり前戦に立とうとしない控えめな霊の方が良いと思っただけだ」
「逆にレイムがすぐに数を減らされて部隊が壊滅するなら、惜しくない魔者を選んだ訳ですね」
「霊体でB級はまだ貴重だからな。温存しておくべきだろう」
ファーヴニルに、あまり俺を警戒させないためにも。
俺の迷宮内では、生き残っているハルピュイア達が安全地帯へと潜り込み、何匹かが職持ちへと昇格している所だった。
そんなに早く職持ちへと昇格する訳がない、という甘い考えはしていなかったが、まさか第1階層で早くもクラスチェンジするとは。
どうやらファーヴニルはクラスチェンジしそうな個体ばかりを選んで俺の迷宮へと送り込んできた様だ。
逆に、第1陣として送り込まれた蜥蜴鬼達は、恐らく混成。
レベルを階段上にする事で、俺の迷宮に送り込んでからどれぐらいの時間でどの規模クラスチェンジするか探っていた可能性がある。
幸いにして、そうなる前に正規の侵入者達が退治してくれた。
だからといって安心出来る訳でもない。
そういう目論見が本当にあったとしても、クラスチェンジする前に全滅させてしまったので、ファーヴニルにいらぬ警戒感を与えてしまった可能性もある。
現状の侵略先の迷宮動向が見えないというのは、この場合悪い方向へと進んでしまう事もある様だった。
見えない故に、正規の侵入者が倒してしまったという事も分からない。
早く見える様になって欲しいものだ。
「ハルピュイアさん達への対処はしないんですか? このままですと、正規の侵入者さん達が素通りしてしまいますけど」
「俺が経験値を得るためなら、むしろその方が好都合だろう」
と思っていた矢先に、その正規の侵入者達が件の安全地帯へ続く道へと進路を変えた。
迷宮を出る前に、一休憩をしようと思ったらしい。
その後を追って、三階層から遠征してきた犬鬼達が続く。
コボルト達は恐らく嗅覚を頼りに獲物を追っていただけだろう。
その結果。
安全地帯である筈の場所では、ファーヴニルのハルピュイア部隊、正規の侵入者PT、そして俺のコボルト部隊という三つ巴の戦闘が繰り広げられる事となった。
そして不運な事に、侵入者PTは挟撃される形となったため大苦戦を強いられる事となる。
前門の鳥、後門の犬。
虎や狼でなかった分、まだマシではあった様だが。
「私は当然、正規の侵入者さん達が勝つ方に賭けますね」
「この迷宮に住む者として、そこは俺の迷宮魔者達を応援するのが普通ではないのか?」
「大穴はちょっと……」
ピクシーのキュラは、一番確率の高そうなハルピュイアに賭けるらしい。
バシバシと迷宮画面を叩いて教えてくれた。
別に賭けで勝っても何もやらんぞ?
そして最終的にどうなったかと言うと。
「まさか第4者の総取りになるなんて……」
「キュラ!」
「……流石にこの乱入は俺も予想していなかった」
たまに思うんだが、意外に良い仕事をくれるよな、あいつは。
最初は当然ながら、正規の侵入者PTがハルピュイア部隊を圧倒していた。
そこに背後からのコボルト部隊の急襲。
戦力を分散せざるをえなくなった侵入者PTは、数のいる前門のハルピュイア部隊の殲滅速度が著しく落ち、徐々に追い込まれていく。
逆にコボルト部隊は実力の差から、侵入者PTの中でそちらを担当した者一人によって軽く蹴散らされている様だった。
弱い方に最高火力を投入して、まずは挟撃状態を何とかする事に努めたという事だな。
しかしコボルト部隊も黙って殺られている訳でもない。
ハルピュイア部隊が奥にいる事を理解してからは防戦に切り替え、侵入者PTが疲弊し共倒れする事を狙い始める。
きっと侵入者PTは舌打ちしていた事だろう。
と同時に、こうも思った筈だ。
ハルピュイア部隊とコボルト部隊は、同じ迷宮に住む者同士として連携しているのだと。
幸いにして、侵入者PTは安全地帯の部屋に入る前にハルピュイア部隊に見つかり狭い通路内で闘い始めたので、俺のコボルト部隊はファーヴニルのハルピュイア部隊と闘わなくても良い状況となっている。
その分、俺に入る経験値はずっとゼロのままとなってしまっている訳だが。
コボルト部隊がハルピュイアの一体でも倒す、もしくはハルピュイアかコボルトが侵入者PTの誰かでも倒してくれないと、ルールによって俺には経験値が入らない。
そんな膠着状態が暫く続いた後。
三者が疲弊しきった所に、ルーンピクシーのキュイが颯爽と現れ、全てを根絶やしにした。
まるで無人の野を進むかの如く。
ハルピュイア部隊の背後から現れたキュイは、安全地帯にいるハルピュイア達をほぼ一瞬で屠り、通路内で指揮していた翼人鬼魔法士もろとも残りのハルピュイア達をバシバシと消し去り、その先にいた侵入者PTも危なげなく殺し、ついでとばかりにコボルト部隊も一掃する。
まるで大洪水でも起こっている様な、光点の消え方だった。
やはり、真に恐るべきなのはファイントムガイスト=ユー・イ・ムオーカではなく、キュイなのかもしれない。
知能があり、制約にも縛られず、いつでも自由気ままに振る舞えるキュイは、相当に厄介な存在だった。
「――さて。ファーヴニルの迷宮に送り込んだ俺のレイム達はどうなっているかな」
「あ、現実逃避した……」
尚、真の勝利者はきっと俺なのだろう。
コボルトは兎も角、キュイが倒した者達の経験値は全て俺に入るので。
明日辺り、迷宮レベルがアップしてそうだな。
「うん? レベルがまるで上がっていない? しかし、数も減っていない?」
そんな事を考えならば第3陣の様子を確認してみると、少し意外な状況となっていた。
まさか、隔離でもされたか?
そんな事をされると、俺は追加人員も送り込めず、永遠にファーヴニルの迷宮から経験値を得られないようになるのだが。
そのまま暫く見ていても、レイム達のレベルも数もまるで変化する事はなかった。
「仕組まれたか……?」
「どうでしょう? ファーヴニルさんの迷宮はハーモニーさんの迷宮と比べて圧倒的にレベルが高いと思いますから、色々と出来る事も増えているんじゃないですか?」
「意図的に進路上の魔者を排除するとか、か?」
「はい。もしかしたら、基本的に迷宮内には魔者発生ポイントは設置してなくて、侵入者達が来たら必要に応じて設置しているのかもしれませんね」
「階層が多いなら、主要場所のみ罠と宝箱だけをそこそこ設置して、エンカウント自体は低めにしているというのもありか。その敵とのエンカウントも、階層が多いので気が付いた時にでも魔者を発生させて意図的にぶつけるという対処方法でも十分に間に合うな」
それならば、侵入者全員を全て狩り取るか、それとも大人しく帰るのを待つかを自身で自由に選択する事が出来る。
理想型の一つと言った所か。
「そうなると、この分裂タイプのレイム達の長所は役に立たないな。そのうち、突然に強敵をぶつけられて終わりか」
「この迷宮侵略戦争では、別に相手方の迷宮内で活動をしなくても経験値は貰える仕組みになってますから、侵略よりも防衛に力を注ぐというのも一つの手段ですよ?」
「ファーヴニルは両方とも心得があるみたいだしな。防衛に力を注いだ方が実は良いのかも知れない」
「迷宮力の差もありますしね。消耗戦になれば、間違いなくファーヴニルさんの迷宮の方が自力が大きいので、すぐにハーモニーさんの方が潰れちゃいます」
「自動自殺システムを使っているとはいえ、過信は禁物か」
もう一度確認するが、この迷宮侵略戦争での経験値の分配は以下の様になっている。
尚、敵を倒した時に得られる経験値の100%を、1として表記する。
経験値83の敵を倒した時、1だとそのまま83貰え、0.5だとその半分の42が貰える。
切り捨て/切り上げのどちらを採用しているのかは知らないが、ここでの例は切り上げで表記しておく。
①敵迷宮で、敵迷宮魔者を倒すと、自迷宮に1、魔者に1。
②敵迷宮で、侵入者を倒すと、自迷宮に0.5、敵迷宮に0.5、魔者に1。
③敵迷宮で、味方魔者を倒すと、敵迷宮に0.5、魔者に0.5。
④敵迷宮で、侵入者に倒されると、侵入者に1。
⑤敵迷宮で、敵迷宮魔者に倒されると、敵迷宮に1、敵迷宮魔者に1。
以上の事から、俺が経験値を得るためには、以下の手段となっている。
一つ、敵迷宮で、敵迷宮魔者を倒す。
一つ、敵迷宮で、侵入者を倒す。
一つ、自迷宮で、敵迷宮魔者を倒す。
一つ、自迷宮で、侵入者を敵迷宮魔者に倒して貰う。
一つ、自迷宮で、敵迷宮魔者が同士討ちして敵迷宮魔者を倒してくれる。
ちなみに、自迷宮で味方魔者が同士討ちをしても、自迷宮には経験値は入らない。
あくまで、自迷宮で敵迷宮魔者が同士討ちをした場合に限り、自迷宮に経験値が入る。
以上の事から、俺の迷宮が経験値を取得するする最も有効な手段は何か。
解答がでた事で、早速俺はその仕掛けを施すべく、迷宮内を弄り始める。
但し、既存の内容にはほぼ手を付け加えないで、新規に継ぎ足した通路に既存の道をくっつけたりして、ファーヴニルが送り込んできた魔者達の進路を誘導していく。
これにより、現在迷宮外で出回っている地図が少しダメージを受ける訳なのだが、まぁそれはこの際仕方がない。
ファーヴニルが俺の迷宮へと繋げた通路は、正規の侵入者達でも恐らく通る事が出来るので、そのせいだという事にしておくとしよう。
「お茶を煎れてきますね」
そのお茶が完成する前に、俺はファムシェのいる個室へと逃げ出した。
スカイブルーの髪に変わってしまったファムシェの部屋に避難した。
――しかし回り込まれてしまい、ファムシェと共に結局飲む羽目になったのは言うまでもない。
また一つ、ファムシェから恨まれる事が増えた訳なのだが。
ファーヴニルが来る前にファムシェの呼び出しに応じなかった事も含めて、溜まりに溜まった愚痴を零すために、まるで口を聞いてくれなかったファムシェの口が遂に開いたのだから、それは良しとする事にしよう。
2014.02.15校正




