第76話 小手調べ
陣形も何もなしの不死者の軍団がファーヴニルの迷宮内を闊歩する。
その光景を、例え間接的であっても、残念ながら俺はまだ侵略値が低い事から確認する事は出来ない。
一回や二回程度の侵略では、現在戦力の情報ぐらいしか俺は取得する事は出来なかった。
代わりに、早速第二陣を送り込んできたファーヴニル軍の動向を観察し続ける。
恐らくファーヴニルもこちらの迷宮の様子は見えないだろうが、送られてきた戦力の傾向からして、無策ではない事が窺い知れた。
第一陣が地に足がしっかり着いた肉弾系の物理戦力だったのに対して、今度は浮遊も可能とする特殊戦力を送り込んできている。
探りを入れている事は明確だった。
第二陣として送り込まれてきたのは、翼人鬼100体。
所謂ハーピィだ。
見た目には他の鬼種の魔者達同様に人に近い姿をしているが、腕は翼になっていたり、足が恐ろしく細長かったりと、かなり特徴的な姿をしている事だろう。
空を飛びながら、しかも法術まで使ってきそうな奴等なので、間違いなくC級に部類される。
但し迷宮内なので、自由に飛んで闘う事は難しい。
そのため、ハルピュイア達の迷宮内での能力は著しく減少している可能性もある。
接触型の罠を回避出来るのが利点か。
後、全員が雌だろう。
一匹ぐらい捕まえて飼ってみたいと思うのは少し不謹慎だと思わなくもない。
その彼女達を指揮しているのは、職持ちの翼人鬼魔法士。
但し見た目には他のハルピュイアと変わらない筈なので、俺の様に観察スキルにて名前を確認しない限りは、実際に闘ってみない限り誰もその魔者が魔法に特化しているとは気が付かないだろう。
第一陣を指揮していた蜥蜴鬼騎士も、別に騎士甲冑を着込んでいる訳でもない筈なので、見た目にはあまり分からない。
やはり実際にこの眼で見て確かめたいものだ。
このハルピュイアも蜥蜴鬼も、一応は竜族の一種に該当する。
間違いなく亞竜の部類だとは思うが、また別としてハルピュイアは鳥類、リザードマンは爬虫類にも属している。
混血ハーフというよりも進化の過程でそうなったのか、それとも他に何か別の理由があるのか。
兎も角として、龍であるファーヴニルが使役する魔者としては、少し納得がいく魔者だった。
逆に俺の方はというと……不死者を送り込んでしまった事から、ファーヴニルには不死者使いとして見られ始めている可能性もある。
敢えてその傾向で攻めてみるのも少し面白いかも知れないな。
「ハルピュイアの一部が分かれました。どうやら斥候偵察を行う模様です」
「だからといって、俺からは何もする事はないんだがな」
「実はそうでもありません。他の迷宮から侵略を受けている場合に限り、意図的に魔者発生ポイントの稼働率を通常よりも多く変動させる事が可能となっています」
「稼働率? そんな仕様があったのか?」
「はい。ハーモニー様は侵入者達に対してリアルタイムで意図的に迷宮を操作するつもりがないとおっしゃられていましたのでこれまで説明する機会がありませんでした。が、本件はハーモニー様が忌避するようなものではないと思いましたので」
そんな便利なものがあったのか。
「もしかして、その機能を使えば迷宮内の魔者発生数を抑制して、迷宮外に出て行くような数になる事もなかったのか?」
「それはどうでしょうか。そもそも、水溶の粘体生物や他の不死魔者が大量に発生した起因は、ハーモニー様が迷宮内に仕掛けた自動自殺システムによる瘴気濃度の増加が原因ですので」
「……ああ、そういえばそういう事もあったな。自動自殺システム、本当に予想通りの効果を出していたのか」
その仕掛けは簡単に言えば、物理的なダメージで死ぬ魔者の発生ポイントを高空に設置するとか、呼吸出来ない水の中に設置するとか、色々である。
アクアンスライムであれば弱点の火で囲んでおき、一刺蜂であれば閉じられた穴の中に湧き水を満たしておけば良いし、同じ様に閉鎖空間に魔者発生ポイントを設置すれば最終的にミッチリとその空間内を埋め尽くし圧死する。
実験として幾つか作っていたのだが、やはり効果があったのか。
ちなみに、今でもそれらの幾つかは機能し続けている。
「魔者が死ねば瘴気が若干ずつ増えていきますし、瘴気濃度が上がれば魔者達も沸きやすくなります。その強さも僅かながら上昇しますし、また同時に死亡時に発生する瘴気も増える事になります。だんだんと上位派生種が沸きやすくなっているのは、それが理由でしょう」
「迷宮入口から瘴気が漏れ出るから、そこまで濃くならないんじゃないのか?」
「瘴気は下に行くほど濃くなっていく特性を持っていますので、この迷宮では一番高い位置にある入口からはあまり漏れ出ていかないと私は思います」
かつては2階層までしかなかったので瘴気濃度がかなり高くなり、たった一月であそこまで魔者達が増えてしまったという理由なのだろう。
逆に今では以前より迷宮は広くなったし、その瘴気を使用して沸くと思われる魔者達がより上位のタイプが増えているので、1階層の魔者達はそこまで多く沸く様な事はない。
その分、瘴気の濃さよりも質が上がったためなのか、上位派生種が少しばかり発生しやすくなっている。
流石に変異種に関しては、黒い影の変異種影鬼以来まだ一度も沸いていない訳だが。
この迷宮侵略戦争が始まった事からして、それも遠い日の事ではないだろう。
「参考までに、稼働率を変動させる場合のルールはあるのか?」
「稼働率を増やす前に、まず稼働率を減らさなければなりません。また稼働率の総量は一定となっていますので、どこかの魔者発生ポイントを減らしたまま、という事も出来ません。必ず総量は調整前と調整後で同じにして下さい」
「総量は、全ての魔者発生ポイントの稼働率を足した数値となっている訳か」
「はい。その通りです」
「そのルールを使えば、自動自殺システムをより効率に運用する事が出来そうだな……」
自殺が増えれば瘴気も増え、それに伴い稼働率を減らした筈の魔者発生ポイントの魔者発生率も高まる事になる。
元の稼働率と同様のレベルになるとは思わないが、最初から魔者の発生を期待していない幾つかのポイントを捨て石にして、他の発生効率をあげる事は出来る。
また、瘴気に質というパラメーターがあるのならば、自動自殺システムに上位の魔者を使用する事で、全体の上位派生種の発生率を上げる事も可能となる。
但しこちらに関しては、そもそも上位の魔者になるほど魔者発生率は低下するので、自動自殺システムによる瘴気濃度の上昇自体が見込めなくなる可能性もある訳だが。
現在、上位派生が発生しやすくなっている理由は、もともと迷宮全体の瘴気濃度が濃い所に、質の良い瘴気が混じっているからなのだろう。
瘴気の質が良いだけでは上位派生種は生まれやすくならないという事も考慮しておかなければならない。
「それはどうでしょうか。そもそも、自動自殺システムを行っている場所は、その自殺故に瘴気濃度が常に飽和しています。ですので、稼働率をあげたとしても既に魔者発生速度は上限へと達している可能性があり、効果がないかもしれません」
「となると、むしろ下げた方が良いのか」
「それも効果はないと思います。稼働率を下げると、瘴気濃度に関わらず魔者の発生速度が落ちる筈ですので。稼働率が下がると、それによって生産される上限も下がると思って下さい」
「つまり、そういうバランスを崩してしまいそうな使い方に対する対策は既にシステム自体に施されているという訳か」
「そう思って頂いて良いかと思います」
あくまでも、瘴気濃度の低さから魔者発生速度の上限に達していない状況を一時的にブーストさせるだけか。
「ん? その仕様だと、自動自殺システムの稼働率さえ下げれば、瘴気濃度の上昇を抑制でき、迷宮内に溢れるほど魔者が発生する様な事にはならなかったと思うが」
「それ以前に、魔者発生ポイントを撤去して頂ければ済む話です。ハーモニー様は、迷宮内に魔者が増え続けていても、何も処置を致しませんでしたよね?」
結局、弄るという意味ではどちらも同じ事になる。
既に迷宮内へと設置済のものは、極力取り除かない様にしていたので、稼働率が変更出来ようが弄らなかった可能性が高いか。
むしろ逆に、テコ入れをする際に稼働率を弄って、より魔者をバランスよく発生させようと努めたかもしれない。
迷宮の外に出て行かないアクアンスライムの増加速度を減らし、逆に不死者達を増やしていた可能性がないとは全く言い切れなかった。
「とりあえず、済んだ事はどうでもいい。それよりも、今はこのハルピュイア部隊に対する処置を取るかどうかか」
「尚、お忘れになっていないとは思いますが、現在も迷宮内には正規の侵入者達がいらっしゃいます。稼働率を変更するという事は、その方達にも影響が出てくるとお考え下さい」
「分かっている。リザードマン部隊を最終的に壊滅させたのも、その正規の侵入者達だったしな」
犬鬼を軽く圧倒できる侵入者達だったので、それは簡単に予想出来た。
ランク付けで考えると、そのPTの強さはB級。
彼等は数日この迷宮に潜った後の帰り道にリザードマン部隊と遭遇してしまったのは運が悪いとしか言いようがなかったが、それでも狭い通路を利用して一匹ずつ確実にリザードマン達を倒していった。
最後に生き残ったリザードマンナイトも暫くの間、死闘を繰り広げた後に討ち取っている。
その彼等だが、現在は迷宮2階層の安全地帯にて夜を明かしている所だった。
夜だと分かるのは、当然ファントムガイスト=ユー・イ・ムオーカがふらふらと彷徨いているからだ。
但し現在は迷宮5階層辺りをウロウロしているので、そのPTにもハルピュイア部隊にも遭遇する可能性は限りなく零に近い。
ひとまずは安心と言った所だろう。
俺も流石にファントムガイスト=ユー・イ・ムオーカを彼等にぶつけたいとは思わない。
正規の侵入者達にはあまりにも可哀想だし、逆にハルピュイア部隊とぶつかると一瞬で一掃されてしまう可能性があるため、ファーヴニルを酷く警戒させてしまう可能性があるからだ。
伊達に長く時間を掛けてレベルを上げた訳ではないのだと思わせてしまうと、本格的な侵攻部隊を送り込まれてしまい、迷宮最奥まで攻め込まれてしまう。
ちなみに、迷宮最奥まで攻め込まれてしまうと、相手が所持しているアイテムや捕虜などを、何でも十個奪う事が出来るという。
アイテムは別に惜しくはないが、捕虜が奪われるのだけは避けたい。
エルフの雌奴隷は男の宝だ。
「そういえば、迷宮に送り込んだ魔者が正規の侵入者達に倒された場合の経験値はどうなるんだ?」
「当然、これまで同様に、正規の侵入者達のものとなります」
「やはり、あくまでこの迷宮内の罠や魔者で、敵軍なり侵入者なりを撃退しなければならないという訳か」
「はい。ですので、リザードマン部隊で一番高い経験値を持っていた指揮官を正規の侵入者達に倒された事は、少し勿体なかったかと思います」
そうなると、ハルピュイア部隊の指揮官からも、経験値を貰えない可能性があるという事になる。
ハルピュイア部隊はリザードマン部隊が壊滅してすぐに投入されたので、まだ迷宮第一階層にいる。
十分に遭遇する可能性があった。
というよりも、斥候偵察を出している事からして、その可能性が高い。
「相手先の迷宮にいる正規の侵入者達を倒せば、当然こちらの経験値になるんだよな?」
「はい。但し、それも全てという訳ではなく、経験値の半分は相手先の迷宮へと流れ込みます」
「ふむ……そうなると、手強い侵入者が入ってきた場合、戦争相手に処理して貰うという手も使える訳か」
「送り込める魔者の強さに制限がありますので、流石にそれは難しいかと」
ああ……そういえばそうだったな。
「但し、送り込んだ部隊は迷宮内で相手先の魔者を倒しながら進軍しますので、著しく成長しながら迷宮の奥を目指す事になります。その成長の結果、倒してしまう可能性もあるかと」
「なるほど。送り込んだ時には子鬼だったのに、いつの間にかハイレベルのゴブリンエンペラーになっていた、という事はあるかもしれないのか」
「それはあまりにも極端かと思いますが……ない事もないと思います」
そんな会話を交わしている間に、早くも俺が送り込んだ魔者達はピンチに陥っている様だった。
腐った死体や骨戦士、黒い影は既に一体もおらず、死眼は残り2体。
但し、霊体系の魔者に有効な攻撃を持っていない魔者と交戦しているのか、堕ちた幽霊は全く数を減らしていない様だった。
後は、口なし腐喰鬼のレベルだけが上がっているのが特徴か。
デッドアイとフォーリンレイスのレベルは敵迷宮に送り込んだ時のままだったが、ポップしたてでレベル1だったガーデニアグールは、現在ではレベル13まで上がっている。
ほぼ単騎での奮闘中といった所か。
「そろそろ俺の方も第二陣の用意をしておく必要があるみたいだな」
「別に第一陣が壊滅しなくとも、個々に送り込む事は可能となっています」
「そうなのか?」
「はい。但し、敵迷宮に指揮官がまだ生き残っている場合には、新たに指揮官を送り込む事は出来ませんので、まるでまとまりのない部隊となってしまいますが」
「部隊と言うよりも、ただ集まっているというだけになるのか」
「そうですね。ですので、あまり部隊を混成してしまうと、送り込んだ瞬間に同士討ちを始めてしまうかもしれません。指揮官がいる場合は、一応は統率が取られる様です」
「指揮官がいる事で、一応はメリットが発生する訳だな」
「まぁ、指揮官によってはその限りでもない様ですが……」
……ん?
「それはどういう事だ?」
「ガーデニアグールなのですが……ハーモニー様は気が付かれていないのですね。彼の魔者は、瘴気濃度がとても濃い場所にいる場合には、多少空腹感が満たされるのか、比較的安定した状態にあります。ですが、瘴気濃度が低い場所にいると、そのあまりの空腹感で手当たり次第に周囲を攻撃してしまう特性を持っています」
――つまり、この第一陣の惨状は、ガーデニアグールが暴走した結果という可能性もあるという事か。
「ハーモニー様の迷宮内でも、ガーデニアグールは発生時にどうしても周囲の瘴気濃度を下げてしまいますので、最初は暴走致します。勿論、その暴走行為と、元々ハーモニー様の迷宮内は瘴気濃度が濃いので、すぐに安定する訳なのですが」
「……敵迷宮内で味方魔者を倒した場合の経験値はいったいどうなるんだ?」
「相手先の迷宮と、味方を倒した魔者自身で折半ですね」
「となると、俺には全く利益は出ない訳か」
「尚、敵魔者を倒した際に得られる経験値は、折半ではなく倒した魔者と送り込んだ迷宮主に100%ずつ入ります」
「人選は、もう少し考えなければならない様だな」
「頑張って下さい、ハーモニー様。とりあえず応援しておきます」
とりあえず、というのは余計だろうに。
お仕置きをしたい所だが、今はイリアの膝元でキュイが寛いでいるため手出しは出来ない。
「後、既に察しているとは思いますが、ピクシー達はこの迷宮侵略戦争には投入できません」
「そんな事は微塵も察していないが? むしろ今から投入しようかと思っていた訳だが?」
捕獲しなくともこの空間へと遊びにやってこれるので、意思疎通も出来ない事もない。
C級とは思えないので部隊員としては無理だろうが、指揮官としてなら十分に送り込める余地はあるだろう。
それ以前に、100体も揃えるなど時間が掛かりすぎて現実的ではない。
発生ポイントも撤去してしまった訳だしな。
「私達が断固阻止します」
「キュイ」
御前達が理由か!?
折角、残っているピクシーの数も減らせて一石二鳥の案だというのに。
「全滅しました」
「分かっている」
イリアには迷宮画面は見る事は出来ても観察スキルの様な便利スキルは持っていないので、簡単な情報しか画面から得られない。
俺の迷宮内の情報も、光の色や強さの違いから、記憶と照らし合わせているに過ぎない筈だ。
なので、ファーヴニルの迷宮へと送り込んだ部隊の生存を意味する集まった光だけを見てイリアはその状況を判断した。
光が全て消えた、つまり全滅したと。
「指揮官は、部隊員と同じ魔者でもいいのか?」
「はい、構いません。但しその場合ですと、どれが指揮官か分からなくなりますので、追加人員を投入する際にいちいち敵迷宮に送り込んだ指揮官が生存しているのかどうかを調べる必要がありますが?」
「それも面倒だな。ならば、指揮官だけ違う個体にしておくか」
今度送り込むのはゴブリン部隊。
指揮官は……豚鬼でいいか。
「もう少し相性を考えるべきでは……いくら数がいるからといっても、最初から問題のある組み合わせでは、見ての通りの状況になります」
とイリアにダメだしされるぐらいに、その第二陣を敵迷宮に送り込んだ瞬間に問題が勃発した。
指揮官のオークが、部隊員であるゴブリン達を御しきれずに謀反にあい、数の暴力でサクッと殺されてしまう。
それで下克上でも起こっていてくれればまだ良かったのだが、指揮官オークを殺した後はゴブリン達はバラバラになって敵迷宮内を進んだのか、ほとんどが異なるタイミングで次々と殺されていった。
つまり、ただ単にファーヴニルへと経験値を献上した形となって終わりを迎えたと。
第一陣の件も、ガーデニアグールの暴走で味方を殺し回ったので、経験値を献上した事にほぼ変わらない。
そんな状況を見て、ファーヴニルはきっと笑い転げているか落胆しているかのどちらかだろう。
下手をすれば、才能がないと言われたハリオンよりも更に低い評価を付け始めているかもしれない。
これは……ルリアルヴァの天才少女ファムシェにまた知恵を貸して貰う必要があるかな?
2014.02.15校正




