第74話 星に導かれし者
「ようやく繋がったか」
「なに!?」
突然に壁から出てきた謎の存在に、俺は再び同じ言葉で驚きをあげる。
「何だ御前は」
「なんだ、察しが悪いな。私の事が分からぬのか。一度、貴様を殺しかけたというのに」
「殺しかけた、だと?」
ウィチアとイリアが利用する謎の壁から出てきた人物を観察する。
観察スキルで取得出来る情報は予想通り何もなし。
ならばその見た目に何かしら見覚えがあるかというと、そういう訳でもない。
相当に大柄な体格。
髪が短く、どう見ても女性ではない。
筋肉質だというのは浴衣の様な衣服しか身に付けていなかったので、露出した腕の筋肉の張りや分厚い胸板からよく分かった。
そして、人のフォルムはしているが、手首から飛び出た爪の様なオプションや若干の鱗に覆われた頬の下、何より見え隠れしている胸の間に煌めく宝玉。
「あまりじろじろ見てくれるな。恥ずかしい」
などという言葉を笑みを浮かべた口から零す錆びた声すらも耳に記憶はない。
しかしその声はよく通る。
というよりも声量事態が圧倒的に大きいだけなのか。
兎に角、その重低音の声はまるで俺の事を威嚇するかの様によく室内へと響き渡った。
「何者だ」
「分からぬか。ならば再度、名乗るとしよう。私はファーヴニル。かつて北の地にて大空の一角を統べし者」
「ファーヴニル? 龍の類か」
「ほぅ? 私の姿は覚えておらぬのに、私の名を聞いただけで私が龍だと分かるのか。生きていた間に名乗った覚えはないのだがな」
記憶の中にあった言葉から目の前にいる人物が龍だと判明した訳だが。
やはりそこは龍。
実在していたとしても、神話や伝説の中でならその名を聞く事はあっても、そう容易く知る事の出来る名ではない。
しかもファーヴニルの言葉が確かならば、神話や伝説にすら残らない名だったという事になる。
これは……口にするべきではなかったか。
「いや……そうか。貴様は今、私の姿は同じ人の種として見えるのだったな。ならば、例えあの腐った身体が人の言葉でこの名を名乗っていたとしても、貴様の瞳に映る私の姿とはまるで繋がらないという事か」
「腐った、身体だと……?」
その言葉によって思い出すのは、かつて闘ったD級眷属不死魔者の彷徨う腐死者でも彷徨う腐狼犬でも、ましてやこの迷宮に解き放っている腐った死体――ではない。
それよりももっと遙かに強力な、そして大きな存在。
「まさか、あの時の死竜か?」
「思い出したようだな。そう、私は貴様があの時会った死竜の、あの身体の本来の持ち主だ」
「本来の持ち主? どういう事だ」
「見ての通りだ。私という存在は……私の魂は、今はあの身体より引き離され、こうしてここにいる。貴様のよく知る人物、不死賢者レビスなる者の手によってな」
そう言ったヴァーヴニルだが、残念ながら俺の瞳には、どこをどうみれば目の前にいる人物が魂だけの存在なのか分からなかった。
身体が透けている訳でもない、足が床から離れ浮いている訳でもない、ましてや丸い輪っかが頭の上にある訳でもない。
しかし、これでハッキリした。
「つまり、同類という事か」
このファーヴニルもまた、レビスの道楽によって捕らえられた犠牲者だという事。
しかも、最初に「繋がった」と言っていた事から、恐らく迷宮造りでも同業者の可能性が高い。
となると……。
「今、俺の迷宮内を進軍しているこの謎の軍団は、御前の手駒という訳だな?」
「そういう事だ。何だ、意外に察しが良いな、貴様は。楽で助かる」
ファーヴニルがこの部屋に現れる直前に、迷宮内の一角からゾロゾロと出てきた謎の魔者達。
それらは今、破竹の勢いで迷宮内を進軍し続けていた。
――迷宮内に仕掛けられた罠に、次々と引っかかりながら。
「とりあえず、茶でも出そう。ウィチア」
「はい。少々お待ち下さい」
「ほぅ……突然に姿を現した私を歓待するというのか。その辺も他の奴等とはまるで違うな」
「その他の奴等というのがいったい誰の事なのかは敢えてまだ聞かないが、御前も同類ならば……分かるだろう?」
「まぁな」
ウィチアが用意した茶を口に入れた瞬間、顔を妙な形へと変えたファーヴニルに、俺はしてやったりと心の中でほくそ笑む。
お茶が甘いのは、敵だ。
その別の意味でも同じ仲間の顔を見ながら、俺もお茶へと口を付ける。
……甘さが前よりも格段にあがっていたため、平静な顔を装うとしたのに思い切り顔に出てしまった。
「……こういう不意打ち気味の新鮮な刺激も、たまにはいいな」
「……そうだな。何しろ俺達は」
「暇、だからな……」
事の詳細を聞く前に、俺達は少しまったりとする。
なに、時間はいくらでもある。
そう急ぐ必要もないだろう。
ちなみに、真犯人はピクシー達である。
下手に出ても要求が通らないので、今度は上手に攻めてきている様だった。
ファーヴニルが見た目に反して意外に温厚だったので、少し助かった。
「では、頼んだよ」
店主が奥へと引っ込む。
店内には私だけが残される。
また、お仕事。
でもお店の中は閑古鳥。
このお店、本当に大丈夫なのだろうか。
摘み食い、本当に出来るのかな?
ちょっと回想。
かつて、アフィリコの村だった場所に私は辿り着いた。
でも困った。
そこはもう、村ではなく廃村だった。
困った。
路銀が底をついていたのは言うまでもなく、食料も底をついた。
しかも私の我慢も限界に近づいていた。
それもこれも、全て私のせい。
美味しい食べ物の情報ばかり追いかけてた私のせい。
ちゃんと他の事も調べておけば、こんな事にはならなかった。
ちょっと反省。
また生き倒れるのはやだな。
幸いにして、その廃村には必要な物を取っては売り捌いている人達がいた。
最初は盗賊さんかと思って攻撃したのに。
よく見たら肉体労働ばかりさせられてる筋骨隆々な奴隷さん達だった。
ごめんなさい。
でも丁度良く犬鬼さん達が現れる。
コボルトさんはすばしっこいから、既にこの人は殺されてたという事にして。
逃がさないために、一緒に焼きましたという事にしておこう。
うん、そうしよう。
目撃者も他のコボルトさん達を倒すついでにこっそり攻撃。
今回は結構被害が大きいな、と後でここで責任者の奴隷使いさんが言っていました。
何ででしょうね。
たまたま通りかかった私に感謝の言葉をくれる奴隷使いさん。
お礼を下さい。
そう言ったら街へと案内してくれました。
でもちょっと顔をひくつかせていたのは何でだろう?
あ、もしかしてあなたも見てしまいましたね?
役目を終えたあなたも逝って良し、です。
そんな訳で、結局お礼も貰えずまた路頭に迷います。
そういう場合は、手慣れた事をしてお金を稼ぎましょう。
そして今に至ります。
回想終わり。
「ちわー。いつものやつお願いしまーす」
あ、お客さんだ。
いらっしゃいませ、ぺこり。
「ん? 何だ嬢ちゃん。この店の新しい奴隷かい?」
ちゃんと首や腕を見て下さい。
どこにそんな証があるのですか?
「おっと……これは珍しい。今度はちゃんとした人を雇ったのか」
「そんなにこの店、繁盛してたっけ?」
「ああ、奴隷だとすぐに使い物にならなくされるからか」
「残念。また暫く楽しめるかと思ったのに」
「嬢ちゃん、あっちの方はいける口?」
とりあえず、絞めちゃいましょう。
「すみませんでした! だから殺さないで!」
やだ。
うぎゃーって言いながらお客さんは走り去っていきました。
火達磨になりながら。
手加減しすぎちゃった、生焼け。
「客に何をやっとるんだ!」
ついでにあなたも燃やしちゃいます。
うん、私ってばかなり気が立ってたんだね。
折角見つけたアルバイトなのに、ほんの少しの間でダメにしちゃいました。
少し反省。
あ、奥から良い香りが。
摘み食い……いえ、この場合は痛む前に処分ですね。
いただきます♪
お腹の虫さんを駆逐したら、少し冷静になってきました。
あれ、ちょっと大事になってません?
お店の外に出ると、剣や槍を持った人達が取り囲んでいました。
「大人しくしろ! 大人しく投降するなら、話は聞いてやる!」
聞くだけですか?
「事情によっては、情状酌量の余地がある」
うーん、ちょっと困りましたね。
これでは私は悪者です。
いえ、やってしまった事を思えば思い切り悪者なんですけどね。
気が立ってたからやり過ぎた様です。
このままでは良くて縛り首かなぁ。
うーん、困りました。
ここは……少し上手に出てみましょうか。
こんな事を言ってみます。
この街を消し飛ばしても、私は一向に構いませんが?
小さな街ですからね。
たぶん今なら軽くいけるでしょう。
とりあえず、私の力を見せつけるために、お店を一軒、炭に変えてみました。
空間を隔離して超高熱で丸焼きです。
本当はじっくり時間をかけた方が良いのですが、今回は手抜きでパパッと。
「……」
あ、黙っちゃった。
ん~と、何か話してくれないと話が進まないんですけど。
消し飛ばしちゃって良いのかな?
「これはこれは、よくぞこの街にお越し下さいました。我々は貴女様を歓迎致します」
「何か不幸な行き違いがあった模様で。この街を代表して謝罪致します」
「その素晴らしいお力、さぞ名の知れた御方とお見受け致します」
「もし宜しければ、我が家でもてなしたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
美味しい御飯、出る?
「え? あ、はい。勿論です」
なら、行きます。
「では、どうぞこちらへ」
良かった、話の通じる人がいてくれて。
この一発芸をしちゃうと、お腹がとっても空くんだよね。
それに、いくらなんでも流石に街を消し飛ばすのは無理だし。
ハッタリをかます時には出来る限り大きく。
これ、師匠の教えです。
「失礼ですが、名前を伺っても宜しいでしょうか?」
そんな事より、貴方はだーれ?
「大変申し遅れました。私はこの街の開拓を任されています×××という者です」
覚える気ないから、名前は聞き流しちゃう。
「そうですか。アリエス様というのですか」
「失礼ですが、ご出身はどちらになるのでしょうか?」
「いえ、すみません。言いたくなければ答えて頂かなくても結構です」
「つい癖でして。この辺りでは出身地が分かれば色々と分かる事も多いので」
「ところで、アリエス様のお師匠様のお名前は……いえ、すみませんでしたっ!!」
さっきの脅しはこの人にもちゃんと見てもらっていたみたいです。
杖を手にとって振り上げたらベラベラ喋る口を閉じてくれました。
うん、ハッタリって便利。
家に着いたら早速エネルギーの充填を開始。
さっき食べた分は、あの件で綺麗サッパリ消えちゃいました。
ぱくぱく、むしゃむしゃ。
あれ、あまり美味しくないよ?
「アリエス様は舌が肥えていらっしゃるのですね」
「女性の方でしたので、少々薄味で上品な味に仕上げさせたのですが」
「ああ、申し訳ありません。お酒は飲まないのですね」
「ま、まだ食べるのですか……?」
「……申し訳ありませんが、そろそろ。これ以上は備蓄の限界で」
「わ、私達に餓死をしろと言うのですかっ!?」
杖を振り上げても流石にこれ以上は無理みたい。
残念。
まだまだたんまり持ってるような気がしてたのにな。
「流石に辺境ですので……金や物なら兎も角、食べ物には限りがありまして」
「見ての通りこの街は開拓中なのです。人手が多い分、食べ物の消費も凄まじく」
「現地調達しようにも、最近では魔者達が頻繁に現れ始めまして」
「そうですか、あの二つの廃村にも立ち寄ったのですか」
「廃村になった理由は魔者の件もあるのですが、実はもう一つの方が問題でして」
「もし宜しければ、そのお力をお貸し頂けませんでしょうか?」
面倒だから、やだ。
それに、美味しい御飯、ここだといっぱい食べる事が出来なさそうだし。
「その点に関しては、恐らく何とかなるかと思います」
「十分な食事の用意の件に関しては、約5日ほどお待ち頂ければ」
あ、用意出来るんだ。
「はい。今から馬を走らせて、定期便で運ぶ物資の量を変更すれば良いだけですので」
「調達する方は大変だとは思いますが、元々、徐々に増やしていく計画でしたし」
お駄賃はどうなるの?
「報酬は完全出来高払いとなります。勿論、食事の方もですが」
この屋敷、よく燃えそうですね。
「お食事はサービスとさせて頂きますっ!!」
「それと、温泉付きの宿に、男娼の用意も……」
男娼はいりません。
あ、女の子が好きって訳でもないので、そっちもいりませんよ?
それより、お仕事ってなぁに?
「迷宮の攻略です」
私、素人なんだけど……。
「そうですか。ならばそのあたりのサポート人員はこちらで用意させて頂きます」
「実際には攻略よりも、迷宮内で採れる各種素材の調達がメインになります」
「勿論、迷宮内で倒した魔者から得られる素材の調達も含まれますので」
魔者退治なら良いけど、重い物は持ちたくない。
「荷物持ちの奴隷もこちらで用意させて頂きます」
「もしお望みでしたら、奴隷の販売も致しておりますが、いかがでしょうか?」
いらない。
それこそお荷物だし。
何より、私の食べる分が減っちゃうし……。
「分かりました」
「ところで、アリエス様は旅の導士様、で宜しいのでしょうか?」
うん、その認識で良いと思う。
でも魔法を得意としてるから、魔導士だけどね。
聖術も使えるけど、あんまり使ってません。
「魔導士アリエス様ですね。まさかそのお姿で、本当に導士様だとは……」
「さぞ、アリエス様のお師匠様は高名な方だったのでしょうね」
どうだろ?
それに魔法は全然関係ないお師匠様だったし。
まぁ、この辺の事情は話さなくても良いよね。
あと、本当は私、魔導士じゃないみたいだし。
そもそも魔法使いですらなかったし。
なんか知らないけど、ある日突然に力に目覚めちゃった。
こういうの、良くある話なのかなぁ?
あ、もう行くんですか。
ここで一泊出来ると思ったのに。
それに、今日はもう歩くのやだな。
「馬車を用意してありますので大丈夫です」
「それに、向こうにある宿の方が我が家よりも快適ですよ? 温泉もありますし」
「それでは、御案内致しますね」
「迷宮の名は、カオス迷宮です」
変な名前。
2014.02.15校正




