第73話 死の道筋
迷宮の入口をぐるっと塞ぐ様に建てられた大きな建物。
規模からいってまだそれほど大きいという訳ではなさそうだが、時間の経過と共に少しずつ井戸やら畑やら家畜小屋の様なものが増えているため、間違いなく人工的に造られた建物である事は確かだった。
しかし、建物はそれ一件だけであり、他の建物が近くに建つ様な事はない。
その事から、迷宮から湧き出てくる魔者達を外へと出さないための守衛場所もしくは監視所といった所か。
同時に、迷宮へと入る者達を少なからずサポートする機能も備えられていると思われる。
「この分ですと、本当に近くに新しい街が出来ているかもしれませんね」
「そうだな。ここに常駐している者達の数もかなりいる様だし、ようやく知名度が上がってきたという事だろう」
「これでまた一歩、目標に近づきましたね。おめでとうございます、ハーモニー様」
さて、その事に喜んで良いのか、実は最近分からなくなってきていたりもする。
それだけ俺はこの生活を気に入っているという事なのだろう。
「また侵入者が入ってきたか。今度は三人だな」
「早速、盛大に滑って崖前の茂みに助けられていますね」
「迷宮攻略地図を買わなかったか、それとも攻略情報の載っていない安い地図を買ったのか。どちらにしても懐にあまり余裕がない者達だとすれば、夜になる前にすぐに出て行くだろう」
「ですが、以前でしたらそのまま帰ってしまいましたけど、入口の建物が出来てからは次の日にまたすぐに再チャレンジしてくれる様になりましたので、助かりますね」
「だからなのか、この迷宮で運悪く命を落としてしまう者も増えてしまった訳だが」
「喜ばしい事です」
「悲しい事だ」
この意見の不一致はいつもの事。
ただ、イリアは別に早く俺に目標を達成してもらいたいと思っている訳ではない。
淡々とそれを口にしている事から考えても、事務的に口に出しているだけである事は明白だった。
そのイリアは今、俺の横で座り心地が更に良くなっている元は電気椅子だった椅子に腰を下ろしている。
膝元にはこの部屋で一番の権力者たるキュイの姿。
反面、俺は相変わらずに尻が少しチクチクする元は針椅子だった物体に座っている。
下克上――という言葉を、俺は何故か思い出していた。
「ハーモニーさん。ファムシェさんが何かお話があるそうです」
「ん?」
意外な呼び出しに少し俺は驚く。
ファムシェは折角造った迷宮案を使わなかった事で機嫌を損ね、それからずっと今まで俺と口を聞いてくれていない。
髪の色がスカイブルーに変わった時も、物言わぬ人形の如くただ口を閉ざしているばかりで、頑なに俺とは話そうとしない。
それはそれでまた一風変わった楽しい一時になった訳だが。
そのファムシェからの、この呼び出し。
さて、何か心境の変化でもあったのか。
全員が同じ境遇になったので、過去はどうあれ今ならば話し相手には困らないと思うんだがな。
「気が向いたら行く、と言っておいてくれ」
「分かりました」
とりあえず、放置プレイしておく。
無視プレイに対しては人形プレイで返したが、俺とファムシェは対等の関係では決してない。
その事をもう少し理解してもらわなければ。
天才少女の事は放っておいて、また迷宮内へと意識を移す。
迷宮内では、先程入ってきた3人の他に、もう1PTほど迷宮攻略に勤しんでいた。
こちらはちゃんと迷宮攻略地図を持参したのだろう。
攻略済みの2階層までは順調にほぼ最短で踏破し、現在は3階層中盤の絶壁上の細道エリア……から落ちてしまい、崖下でウロウロしている所だった。
彼等彼女達のすぐ近くには上への道があるのだが、その道を登る様な事はせず、崖下をずっと徘徊している。
恐らく、そのエリアを散策して、街に戻ったら情報として売るつもりなのだろう。
もしくは、そこで採取出来るものに少し夢中になっているか。
その彼等彼女達のいる場所とは異なる位置に、魔者達が上から落ちてくる。
絶壁エリア上の一方通行路を使って反対側へと渡ろうとした犬鬼達だ。
コボルト達は、俺が折角用意してやった親切を上手く渡る事が出来ず、いつも必ず崖下へと真っ逆さまに落ちていた。
真っ直ぐ歩けば良いだけなんだがな。
安定の四足歩行なのか、不安定な二足歩行なのかどうかは実際に見た事がないので分からないが、コボルト達は真っ直ぐ歩く事が苦手な様だった。
もしくは、コボルトという種族が全員、高所恐怖症なだけなのか。
どちらにしても、これで三度目となる戦いが両者の間に勃発する。
先制攻撃は、迷宮の侵入者達。
コボルト達が上から落ちてきた音を聞いたのだろう、侵入者達一行はすぐにサッと陣形を変えてコボルトへと襲い掛かった。
そして暫く奮戦した後、侵入者達は誰も失う事なくコボルトの一掃を終える。
なんというか、どっち悪者かよく分からないような戦闘の光景だった。
「ハーモニーさん。カチューシャさんが何かお話があるそうです」
「ん?」
意外な呼び出しに、また俺は少し驚く。
カチューシャは思い描いていた未来とは異なる結末へと陥った事に酷く狼狽し、それから暫くすると最初に出会った頃と同様に俺を見ると明確な敵意を持って接する様になった。
睨むのは当たり前。
ただ最初は罵詈雑言をたくさん吐き出していたものだが、最近では口を開かない方針へと変更されている。
何となく夫婦喧嘩の様相を思い浮かべてしまうのは、さて何でだろうな?
だからといって、俺の方針は変わらない訳だが。
睨まれながらというのは赤髪ポニーだけでなく色んな者達と散々繰り返してきたので、今更である。
そのカチューシャからの、この呼び出し。
さて、何か心境の変化でもあったのか。
まさか久しぶりに"本当の私"という姿を俺に見せて、そのギャップで俺に再びアタックをしようという訳ではないと思うが。
「気が向いたら行く、と言っておいてくれ」
「分かりました」
とりあえず、カチューシャも放置プレイしておく。
憎悪プレイに対してはいつも通り征服プレイで返したが、俺とカチューシャは対等の関係では決してない。
その事をもう少し理解してもらわなければ。
花飾りのプリンちゃんの事は放っておいて、また迷宮内へと意識を移す。
さっき迷宮へと入ってきた3人は、盛大に道に迷っている最中だった。
デューンバット達を何とか退ける事に成功した3人は、地獄への直行路一刺蜂の間への隠し扉入口に触れてしまう事なく、一本道の先にある分岐路を攻略できずグルグルと同じ場所を歩き続けている。
この分だと、目印をつけての移動は行っていない様だった。
初心者丸出しである。
その3人の横を、2階層から長い距離を旅してやってきた豚鬼の集団が通り過ぎる。
遭遇してしまったらきっと倒せないだろう規模のオーク達が、物陰に隠れた3人に気付く事なく迷宮の入口に向けて進んでいく。
……いや、見つかった。
それまで一定速度で進軍していたオーク達の一部が、急に進軍速度を変え、まだその事に気が付いていない侵入者3人の背後へと向けて移動していく。
そして……。
間一髪の所で気が付いた3人は、迷宮の奥へと向けて逃げていく。
恐らく脇目も振らず、ただ一心に。
それを追うオーク達。
迷宮内で鬼ごっこが始まった。
本物の鬼と人との、命をかけた壮絶な鬼ごっこが。
しかし、この罠だらけの第一階層でそんな事をすれば、いったいどうなるか。
それ以前に、バラバラに逃げた結果、通路を塞いでいた不死者達にも見つかってしまい、退路を断たれた者から順に殺されていった。
最後に生き残った一人も暫くは行き止まりの通路で孤軍奮闘していたが、遂に吹き飛ばされて強制的に後ろに下がらされた所を、そこにあったあの血吸幼虫部屋への落とし穴にはまり、その先で長時間血を吸われ続けた後、命を落とす。
貧血で気絶してからイリアが回収しに向かったが、様子を見ただけで引き返してきたので間違いなく男だった。
その死が確定付けられた瞬間。
「……なに?」
画面を操作もしていなにも関わらず、迷宮第1階層にある壁の一角が突然に崩れ……。
そこから俺の知らない魔者達が、俺の迷宮内へとゾロゾロと這い出てきた。
この新規開拓を行っている街グランティースの暫定統治責任者が毎日座って暖めている椅子がある建物の前には、雇われ傭兵団の見張りが立っていた。
見張りは何を守っているのでもない。
ただ箔付けのために立っている。
そう思わせる様な重装備で身を固め、顔すら覆い隠す鉄兜を被り、長大な斧槍を手にした彼等が、実は中身のない張りぼてである事を知っている者はほとんどいない。
何故なら、そもそもその建物のある通りには誰もやって来ず、誰も通りかからないからである。
売ればそれなりの金へと変わるだろう事間違いなしの金属鎧と斧槍。
しかしその置物は、略奪を防ぐためにある法術が施されていた。
そうとは知らず、偶然その中身のない見張りの事を知った者達は、手を出した瞬間にこっぴどい目にあう事になる。
辺境貴族の一人、クルト伯の下の息子もやはりその一人だった。
あるいは、父親は初めからそれを知っていたが、人生経験をつませるために敢えて息子に情報を与えず、息子が誠実に成長しているかどうかを試したのかもしれない。
結果は、見ての通りだったが。
「御前は、性根が腐っている様だな」
ただの好奇心でその張りぼての見張りへと手を伸ばしただけだという可能性もあったが、理由はどうあれ下手をすれば命を落としていたかもしれない事は変わりない。
命を失わなかったのは、そういう代物を堂々と門前に飾っているその建物の主が、そんな事で命を奪ってしまうような気の触れた者ではなかっただけの話。
守護者の鎧という召喚技術を持ち合わせているのは雇われ傭兵団ではあったが、触れようとする者へ軽い危害を加える様に命令を下したのはこの街の暫定統治責任者だった。
ここがもっと大規模な街で人材不足に陥っていなければ、より箔の付く生身の者を使っただろうが、そうではないにしてもガーディアン・アーマーを置くのは力がある証拠。
クルト伯は、触れると実際に殺されてしまう類の命令を出している幾人かの貴族の名を連ねながら、下の息子へとその軽率な行為の危険性を十分に分からしめる。
「……はい、父上」
まるで己の失態が我が家の恥だと説教を受けているかの様に聞きながら、それでいて一番の問題は真実を知っていて自分にその鎧へと触るように囁き仕向けた兄にあると思うのは、曲がった性根だけが原因ではない。
まるで弱者がいたぶられている光景を楽しんでいるかの様に、父の後ろでニヤニヤと笑っている兄もまた性根が曲がりきっている者の一人だった。
恐ろしくて酷く乱暴な、しかし父や一部の力ある者達に対してだけは面の皮が厚い兄。
普段の振る舞いは貴族然としていて隙が少ないのは勿論の事、その巧妙な甘言と根回しの巧さ、嘘の見事さに、変わり身の早さ等は、弟の目で見て到底真似したいと思うようなものではない。
その兄が、父の影に隠れて見下ろす形になっている。
曲がりたくなくても曲がってしまうのは当然だろう。
そんな性根の腐った兄が目の前にいるというだけで、どこの街に行っても弟は気の休まる時などなかった。
「遠路はるばる、よくぞおいでくださりました。ささ、その様な所で立ち話などせず、どうぞ屋敷の中にてゆっくりとおくつろぎ下さい」
「うむ。しばしの間、世話になる」
グランティースの街の中では権力を振りかざせる統治責任者。
されど辺境貴族とはいえ、この街一つなど力尽くで握りつぶせる程度には兵士を懐に抱える事を許されている者には、どうしても腰を低くせざるをえない。
例えバックに巨大な有名貴族がいようとも、気に入らなければ賄賂でも渡して首をすげ替える事など造作なきこと。
少なくとも、それが出来るぐらいにはクルト伯は歴史と広い顔を持つ、表には見えない権力を持った者の一人だった。
「宜しく」
だからこそ、クルト伯に少し遅れて屋敷に入ったクルト伯の長男から、そんな明らかに上から見下ろした言葉を投げかけられようとも、男はその時感じた感情を決して表情には浮かばせなかった。
いつもならば感情のままに喜怒哀楽を浮かべる顔も、今日から暫くはまた笑顔の仮面を被り続ける事になる。
「例の湯治場へは、ここからどれぐらいで着くのだ?」
「歩きであれば湯治場へはここから一刻ほどかかります。ですが今、送迎の馬車を3台ほど用意させていますので、馬車の中で景色などを楽しまれている間にお着きになる事でしょう」
「?」
クルト伯とその長男は男の言葉に理解の色を示したが、今回が初めての旅である次男は、何故馬車が3台もあるのか、景色以外に何を楽しむのか分からず首を捻る。
何も知らされていない事は罪ではなくとも、望んでいなくとも勝手にもたらされる事がしごく当たり前ととらえ、自ら何かを知ろうとする行動をまったく起こさないのは罪に値する。
呆れるほど無知なままぬくぬくとした生活の中でただ身体の成長だけしてきた次男と、与えられるだけの生活を良しとせず自ら行動を起こし黒い頭角をちらほらと現し始めた長男と、その差によって生まれ始めた確執とによってこれから積み重なっていく次代への懸念。
当主の座を長男に譲る事は既に決まっている事ではあるが、家にとって害悪になりつつあるとはいえ次男にも親としては領土の一つでも与えたいと思っている。
だがその先にある未来は、下手をすれば兄弟間の抗争へと発展し、例え長男が圧勝すると分かっていても、少なからず家名は傷付くし力も失う事となるだろう。
クルト伯は、その未来が覗いている程度には既に姿を現し、このままでは本当にそれが現実になるのではという心証を、益々次男の様子から受けるのだった。
とても忙しい中をぬってこの休暇を作るというのは、並大抵の事ではなかった。
暮らしている所すら既に別々な息子達を無理矢理に連れ出し、今回の湯治旅行を強行したのは、勿論それだけが理由ではなかったが、今を逃せばきっともうチャンスは訪れないだろう。
それほどまでに、息子同士だけでなく親子としての絆もほとんどない。
ほとんど会話を交わさず、姿も見せず、服従を余儀なくされている家人達に全てを任せ、仕事に明け暮れてようやく手に入れた満足の中には、金や権力はあっても、次代を担う息子達は微塵も入っていなかった。
勿論、それに気が付いてからは、少しずつ息子達に目を向けるようになった。
時間を作り、一緒に食事を行い、会話を交わし続けた。
それがあるだけで、きっと息子達は少しずつ変わってくれると信じて。
しかし現実には、顔を合わせるたびに関係が酷くなっていく始末。
親の一人よがりな希望によって行われ続ける食事会だと思われるのはまだいい。
長男は表向きには仲良く見せてはいるが、裏で情報を集めると次男を見下し蔑む相手として不当に扱っているという事が発覚する。
それも会うたびに酷くなっていくと。
次男は次男で内に籠もるばかりで感情や思いを外へと吐き出す事はまるでせず、溜め続けるだけ溜め続けては突然何かにあたりちらす。
その過剰なストレスの原因は兄だけに限らず父親にもあるというのだから、なお質が悪い。
だからこそ。
そんな矮小な優越感も、下手なストレス発散も、どうでも良くなってしまう程の至福の一時があるという事を知ってもらい、互いに理解しあえる共通の認識で以て不和を和と変える方法を、クルト伯は選んだ。
「ちゃちな馬車ですね。急作り感が否めません。乗り心地はきっと最悪でしょう」
「それは実際に乗って確かめてから口にする言葉ですよ。乗りもしない内から見た目だけで判断するのは良くありません。そんな事だから、貴方には友という存在がまるで出来ないのです」
「口が過ぎるぞ。私は先に行く。御前達も自分の馬車が来たら、後からゆっくり来なさい。ここからは心の療養だ。羽目を外しすぎず、されど心から楽しんだ者勝ちだという事をしっかりと勉強しなさい」
「分かりました。父様の言われる通り、はりきって勉強させて頂きます」
「?」
父の意味不明な言葉に、次男は再び首を傾げる。
父の姿が消えてからは、ほんの一瞬だけ兄に向けて物言いたげな視線を向けただけで、それ以降は二人の間に会話はない。
――と、次男が思っていた矢先。
「父様も、たまには私達の事を気遣ってくれるらしい」
長男がおよそ相応しくない言葉を投げかけてきた事に、次男はぎょっとして驚いた。
「ああ、どうやら私用の馬車が来た様だね。では、先に失礼するよ」
「……はい」
御者が丁寧な仕草でお辞儀をし、扉を開けるのを待ってから、長男はゆっくりと足を前に出し始める。
馬車の中は外からはまったく見えないようになっていた。
だけでなく、景色を見るための窓もない。
今更ながら、あれ? と次男が訝っていると、長男が言った。
「言い忘れていたが、この中では何をしても良い訳だが、決してやり過ぎるなよ。特に御前は初めてだからな。臆しても相手がしっかり面倒見てくれると思うが、暴走するのまでは止められない。だから、最初はまず相手に任せてしっかり勉強しろ。なに、すぐにそれを活かす機会がやってくる。何しろ、これは心の療養だからな」
「はあ……?」
兄の言葉に、しかしやはり要領が得ず次男は首を傾げるばかり。
その次男の姿にまた満足感を感じたのか、もう一言、長男は続ける。
「まぁ、万年運動不足の御前には、ここではかなり身体を酷使する事になるとは思うが。これを機に、もう少し身体を鍛える様になると私は期待しているよ」
そのいつもの兄らしき物言いに、次男は危うく怒りの感情を顔に浮かべそうになる。
浮かべなかったのは、もちろん理由がある。
一緒に連れてきた父配下の家臣達への見栄――では決してない。
どちらか強者でどちらか弱者なのかを、既に何度も身を以て兄から躾けられているからだった。
「大変お待たせ致しました」
長男を乗せて走り始めた馬車に向けて感情を押し殺しながら視線を送っていると、横から控えめに掛けられてきた言葉に、次男はびくりと身体をすくませた。
「驚かせてしまい申し訳ありません。馬車の準備が出来ましたので、どうぞこちらに」
「……うむ」
精一杯の虚勢を張ってありもしない威厳を振りまきながら、次男はそう返事を返す。
そして兄がそうした様に、御者が馬車の扉を開けるまで待ってから、ゆっくりと足を動かし始めた。
見た目には急ごしらえを否めない木製の馬車。
しかし大きさはかなりのもので、2人~6人乗りが普通の一般的なそれよりも、かなり大きな空間が確保されている事に次男は気付く。
それなのに、一人一台というあまりにも無駄の大きい運用方法。
先程会ったこの街の統治責任者は、実は馬鹿なのだろうか――それとも、貴族である父を恐れての事か、はたまた親子間の不和を知っての対処なのだろうか。
疑問は山ほど出てくるが、それを全て解決してくれる気の知れた家人はここにはいない。
どころか、父と兄以外は全員見知らぬ者達ばかり。
心の安まる瞬間など何処にもないこの旅行に、そろそろ次男は暴発仕掛けるだけのストレスを溜め込んでいた。
しかし次の瞬間。
目の前に現れた絶景に、次男の頭は真っ白へと染まる。
と同時に赤く染まっていく顔。
「初めまして、ご主人様。さぁ、お手をどうぞ」
「ここからは私共が精一杯にご主人様をお持て成しをさせて頂きます」
「もし何かしら粗相がありましたら、どうか気兼ねなくお仕置き下さい、ご主人様」
次男は訳が分からないまま、馬車の中にいた見目麗しき女性達に手を引かれるままのろのろと馬車の中へと入っていく。
後ろでは女性の一人が扉を音もなく閉め退路を塞いだのだが、そんな些細な事に意識を向けられるほど次男に余裕はなかった。
肉質の椅子に座らされ、艶めかしい仕草で靴を剥ぎ取られる。
暖かく湿った布で足を丁寧に拭かれている間に手には飲み物が握らされ、それに口を付けるように甘い瞳で懇願してくる美女達。
その独特な彩りを持った微笑みは、今まで一度も見た事のないものだった。
「さぁ、共に極楽へと参りましょう、ご主人様」
後で兄がその時の感想を確認した所によると、弟はその瞬間――死を、覚悟したという。
極楽という言葉を、それ以外での意味で知らなかったために。
2014.02.15校正




