第72話 カオスのお店は今日も開店休業中
流石にもう耐えきれないので、カチューシャも堕とした。
涙に濡れ絶望した後に気を失ったカチューシャを前に、随分と心が軽くなったのを実感しながらも俺は暫く作業を続ける。
そのためか、その事に気が付くのが少し遅れた。
カチューシャが大樹カーランの加護を失った事で、ルリアルヴァ全員が大樹カーランの加護を失い、ただのエルフへと変化してしまった。
その変化は劇的であり、あの美しい翡翠色の髪の色が、まるで異なる色へと変化した。
それもターチェユやファムシェ、リトゥーネを含む全員が。
しかも全員がバラバラの色という。
例外は、親子であるターチェユとフォーチュラが同じ髪の色だった事ぐらいだろう。
ターチェユは大樹カーランの加護を失っていたためか、元は薄い黄緑色の髪をしていたのだが、今では薄い白銀色の髪。
白銀色で薄いという表現はどうかとは思うが、純正ルリアルヴァだったフォーチュラの髪の色がハッキリと濃い白銀色をしていたので、二人を並べて比べて見るとその違いがハッキリと見て取れた。
そのターチェユは、この未来は既に十分に予想していた事態だったので、取り乱している様子はまるでない。
むしろ安心している様な、そんな素振りだった。
対して、激情し憤怒し、その後に悲壮し絶望して崩れ落ちたチェーシア。
彼女の髪の色は、黒。
チェーシアの心は真っ黒だったので、ある意味においては納得できる色合いだろう。
しかし彼女の美貌によく似合っている色でもあったので、慰めついでに褒めておく。
反応は全く返ってこなかった。
明るく元気な性格をしていた者は明るい色になった者が多い。
ピンクだったり、ゴールドだったり、瑠璃の名に相応しき深くて濃い青だったり。
そういえば、瑠璃森の民だというのに、髪の色は瑠璃色ではなく翡翠色だったのは何故だろうか。
まぁ、そんな事は今はどうでもいいか。
ちなみに、カチューシャは情熱の赤。
ファムシェは空を思わせるスカイブルー。
リトゥーネはちょっと最初に黒い部分を見せていたのか、黒に近い薄い茶髪。
何故かティナシィカだけは元の髪の色にかなり近い翡翠色のままだった。
この分だと、瑠璃森に残っているルリアルヴァ達もどうなっているか分からないだろう。
カチューシャは森を出る際に継承の儀式を行い、もし自身に何かがあったらその者へと自動的に長の座が継承されると言っていたのだが。
どうやら、その何かの中に、大樹カーランの加護を失うという事は含まれていない様だ。
これはちょっと悪い事をしてしまったな。
とりあえず。
起こってしまった事は仕方がない。
彼女達を元気づけるために、一人一人じっくりと相手をしていく。
もう気兼ねする事もない。
今日はまず、二巡ほど頑張った。
疲れ切った身体を引き摺りながら部屋へと戻ると、それまでずっと裸だったピクシー達が服を着て、しかもパタパタと羽ばたきながら空中で土下座をしていた。
随分と頭が高い土下座だな。
「もうそろそろ許してあげてくれませんか? キュルちゃん達がとても可哀想です」
そのウィチアの懇願にも応じずに、妖蘭綿と紫蘭綿によってバージョンアップした元電気椅子に腰掛け……ようとしたら、ルーンピクシーのキュイがその椅子の上でスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てているのに気付く。
既に以前の面影がまったくない元電気椅子。
ターチェユに宛がったあの個室には最初から備え付けの椅子が何個かあったが、どういう訳かそれらの椅子はあの個室の外には持ち出せず、仕方なく今もこの椅子を使用している訳なのだが……。
何故かいつも座ろうとするとキュイが占領していやがった。
そのキュイを無理矢理どかそうとするとキュイから手痛い反撃を受けるため、結局俺はいつもファムシェに片手間に作ってもらった堅い座り心地の椅子もどきを使用している。
元は尖った針が座った者を突き刺し痛めつけるという拷問器具だったか。
針は当然折っているが、妖蘭綿と紫蘭綿およびそれを包み込む布や針糸が不足しているためまだバージョンアップ計画は実行に移されていない。
そろそろ本格的に考え始めるべきか。
少しばかりお尻がチクチクするそんな椅子に座り、迷宮画面へと瞳を移す。
ツボを刺激して色々活性……する効果でもあればいいのだが。
偽健康グッズ感が否めない。
それはそれとして、本当はベッドにダイブして寝てしまいたかったが、最近の迷宮外の動向が気になってしまい、つい寝る前にチェックしてしまう。
迷宮の入口は、いつの間にかとても大きな建物によって囲い込まれていた。
「どうもー、いらっしゃいませー!」
「え……」
入口を抜けた瞬間、快活な声が四方八方からその侵入者達へと向けて一斉に浴びせかけられる。
それをした彼、彼女達の服装は、しかしおよそ商売人というにはとても相応しくなく、むしろこの建物がいったい何なのかを却って分からなくさせる程に奇抜な衣装だった。
左には給仕服や執事服を着た者達が並び、しかし右側には娼館を思わせるやたらと露出の多い服を着た者達が並んでいる。
まるでそこは己の趣味に走った貴族の屋敷の如く、目的のためにはその建物を通らざるをえなかった一般人の彼等にとって、あまりにも場違いな光景だった。
「お風呂になさいますかー? それともご休憩なさりますかー?」
未だ戸惑っているばかりの青年達に向けて、給仕服を着た少女の一人が語尾を間延びさせながら質問する。
しかしその内容も含めて青年達は益々混乱するばかりだった。
「あ、それともすぐに迷宮にお入りになりますかー? その場合ですとー、既にグランティースの街でお聞きになっているかと思いますがー、心ばかりの通行料を寄付して頂く事になりますー。また同時にー、お荷物のお預かりや素材収集の依頼受理、迷宮内でのヘルプ等の各種サービスも受けられなくなりますー。勿論それら各種サービスはー、一度迷宮に入った後で改めて当館をご利用して頂ければ受ける事が出来ますー。あ、迷宮でお役立ちの各種アイテムの販売や、その反対の買い取りサービスは行っていますよー。他に何かお聞きになりたい事はありますでしょうかー?」
営業スマイルをしたまま少女はゆっくりとした口調なのにまるでまくし立てるようにそう言う。
その少女の言葉にようやく合点がいったのか、青年一行の一人が麻痺の呪縛から抜け出す事に成功し、周囲にいる者達をざっと見渡す。
その首や腕、足には鎖の付いた枷が付けられ、どう見ても彼等彼女達が全員奴隷である事を物語っていた。
なればこそ。
「え~と……まだちょっと持ち合わせがないので」
青年は、少女が言った"お風呂"と"ご休憩"という言葉がいったい何を意味するのかをなんとなく察しながらも、それを断らなければならない現状に悔やみながら、懐からお金を取り出した。
その瞬間、右側の列にいた女性の一人が前へと出て、ゆっくりと膝を曲げて地面に片膝を着く。
その意図が分からず青年が固まっていると、お金を握っているその青年の腕を少女が取り、その場所へと誘導していく。
まるでその場所を強調する様に、立ちつくしたままの青年の瞳がじっくりと見下ろせる位置へと向けてぐいっと前へとつきだしてきたその女性のふくよかな胸という寄付箱へと。
青年は、人生初めての賽銭を経験した。
――間違った意味で。
「それでは、はりきって行ってらっしゃいませー。三名様、迷宮にごあんなーい」
少女がパンパンっと手を叩くと、奥にあった扉がゆっくりと開かれ、そこにぽっかりと空いた穴が姿を現す。
青年達は、左右にいる美女達にほぼ無理矢理に促されるまま、その迷宮への入口へと向けて足を運ぶのだった。
――買い物をするのも忘れて。
「あー、かったる」
青年達がいなくなると、途端に少女が営業スマイルを崩し、そしてその場に座り込む。
「お仕事とはいえ、なーんで私がこんな事しなきゃなんないんだろうねー」
「お疲れ様です」
「あ、冷たいお水ちょうだい。それとお手ふきね。手が汚れちゃった」
「はい。少々お待ち下さい」
「なーにー? 事前に用意してなかったのー? ほんと使えない奴隷達ねー。それぐらいちゃんと用意しておきなさいよー」
「申し訳御座いません」
本当は、青年達の姿を遠くから発見した瞬間に、少女の指示で全員がこの場に集められてしまい、誰もその準備を行えなかった訳なのだが。
ここでその事を告げて逆らっても、自身の境遇が悪くなるだけなので彼等彼女達は誰も文句は言わない。
現在この店の試験運用を任されている主……奴隷でありながら、奴隷商の娘という複雑な地位を持った少女に逆らう様な事はしない。
「それにしても、あの貴族様はいったい何を考えてこんなお店を作ったんだろうねー。こんな人気のない所にこんな大層なお店を作って、儲かる訳ないじゃん」
「今はそうですね。ですが徐々にグランティースの街は発展し始めていますので、もう暫くの辛抱ではないでしょうか?」
「もう暫くっていつよー? ここが出来てもう半年以上経つけど、一向に黒字になる気配がないじゃなーい」
「出資者は貴族様ですので、そこはあまり気にしなくても良いかと思います」
「そんな訳ないじゃん。いくらあの貴族様がとってもお金持ちだったとしても、赤字しかださない物件なんていつ放り出してもおかしくないんだからねー。お父様だって、いつ処理されるか分かったものじゃないんだから」
「……」
どう転んだところで、奴隷である彼等彼女達の境遇が変わる事はない。
しかし、ここの生活はかなり不便でも、街中で仕事をするよりは何倍も快適な空間だった。
故に、少女も含めて、ここがなくなる事は誰も望んでいない。
叶う事ならば、ほとんどお客の来ないこの生活がいつまでも続けば良いとすら思っている。
「ただまぁ、今の所は別荘扱いという事で、本来の目的とは違った意味で上客がわざわざ足を運んでくれるって事だけは幸いよねー。次はいつだっけ?」
「三日後に、クルト伯が息子を連れてお忍びで来られる予定です」
「三日後かー。だんだんと噂が広まってるみたいねー……悪い方の客達ばかり。そん時は代理お願いねー」
「……はい」
その予想外の命令に、その投げやりな命令をされた女性は、少しばかりその少女と仲良くしていた事を少し後悔した。
少女の父親は奴隷商だが、母親は違う。
奴隷商である父が大層気にいった奴隷に手を出して私物化した結果、産まれたのが彼女とう存在だった。
そして父は奴隷商であっても、奴隷であった母親から産まれた少女自身は、産まれた時から奴隷としての運命を余儀なくされてもいた。
むしろ殺されずに今まで生かされた事が不思議なぐらいに。
少女の存在は、奴隷達の中でもかなり特殊で希有な存在だった。
違うようで同じ、同じ様で違う存在。
同じ奴隷という立場なのに、奴隷という人生の流さではこの少女に敵う者はこの中にはいない。
その人生の半分すら届かない者がほとんど。
理不尽な命令をされた女性もまた同様。
彼女は数年前まで普通に暮らしていたただの村娘だったのに、運の悪い事に人攫いに会い、気が付いたら奴隷へと身をやつしていた。
それに比べたら、産まれる前から奴隷を宿命付けられていたというのは、あまりにも悲惨な事である。
奴隷が子供を身籠もっても、普通は産まれる前におろされるか、産まれた後ですぐに殺されるのがほとんど。
成長がとても早い種族や、成長すればとても高値で売れる種族ならば兎も角、売り物になるまでに何年も根気よく待たなければならない赤子は処分されるのが普通。
王族や貴族など権力が絡む者達の子であれば尚更、奴隷との間に出来た子供を生かしておく道理はない。
「あー、早くもっと情熱とか欲望とかをぎんぎんにたぎらせた若い子達が毎日どぱっと来る様にならないかなー」
だからこそ、奴隷達はその少女の存在は理解する事が出来なかった。
理解する事は出来ないが、しかし同じ奴隷である事には共感は覚えている。
少女は正真正銘奴隷であるため、客に望まれればその身体を提供しなければならない。
蜜事の値段だけでなく、売り物としての値段もその少女は父である奴隷商によって直々につけられていた。
その額は、他の奴隷達とほぼ同様の価値基準によって定められている。
多少の色付けはあったが。
「ねぇ、さっき入ってった子達、ちゃんと帰ってこれるかなー?」
「帰ってきて頂けなければ、商売になりません」
「だから元々このお店は商売になっていないんだーって。あの天然温泉のお風呂もほとんど私達の貸し切りじゃん」
「技術向上のためにも使っていますので、毎日の掃除がとても大変ですけどね」
「井戸から水を汲まなくても良い分、とっーても楽してるくせに」
「流石に量が少ないので、井戸からもちゃんと汲んで使っていますよ? 特に、料理に使用する水は井戸から汲んだものだけを使用しています。流石に温泉水は多少濁っていますので」
「あ、そうなんだ」
「その井戸水も、料理に使用する前にはちゃんとろ過しています。まさかご存じなかったのですか?」
「そんな小さな事、私が知る訳ないじゃん。だって私、ここの主人だしー。てっぺんだしー。毎日の赤字をどうやって誤魔化しつつ、最低限必要不可欠な物を街から取り寄せようかと必死なんだからねー」
「そうなのですか?」
「うん、そうだよー。貴族様に色々お願いしたり、お父様に色々苦労かけたり、ほんと大変なんだからー。あんた達も今度、街に物資補給の任で行ってみるー? 何人相手にしなければならないか、社会勉強の一環として体験ツアーしてみたりしちゃうー?」
「それは……。では、まさかその任に着いてる者達が物資を運ぶだけで、いつもとても疲れているのは……」
「頼み込む相手は一人二人じゃないからねー。向こうも向こうで結構苦労してるみたいだし、そこから捻出させるのってすっごく大変なんだから」
「……」
「というのは、勿論嘘だけどね。あの貴族様、本当にかなりのやり手みたいだよー? 廃村とかをちゃっかり補給地点にしたりして、街を急ピッチで発展させるために物資は滞りなく行き渡らせてるし。ちゃんと十分な採算が取れる計算で動いてるみたい」
そして一番理解出来ないのは、奴隷なのに全く奴隷らしくない所だった。
自身の境遇に悲観する事もなく、むしろこの境遇下でどうやって身に付けたのか、奴隷商としての知識や能力まで持ち合わせてしまっている少女に、どう接すれば良いのか今でも時々分からなくなる。
貴族に飼われている奴隷の様に、一番奴隷や二番奴隷などの格差階級が付けられ多少の優遇差別が付けられるなら兎も角、少女はこの店を単身で任される程の地位を持ち合わせてしまっている。
最初は奴隷商の娘だからという理由で納得したものだが、長く付きあっている内にどうもそういう理由でその少女が今の地位を獲得している様には思えなかった。
どちらかというと、少女は根っからの奴隷であるために、他の奴隷達の事を良く理解でき上手に運用する事が出来るからこの店を任されている様に思える。
同じ奴隷という立場、商品としてはほぼ同じ待遇という事も、きっと他の奴隷達の心情に影響しているのだろう。
「という訳だから、あんた達もあまり今のこの楽な状況がいつまでも続くとは思わないでねー」
「先程、黒字になる気配がないと言っていませんでしたか?」
「あのねー。黒字にならないからといって、忙しくならないとは限らないじゃない。そもそも料金設定からして、そこで設ける気まるでないって事に気付いてよー」
「え、安いのですか? 私はこんな所ではないかと思っていましたが」
「あー、それはもっと大きな街中でのお話ねー。こんな辺鄙な所だと、物資を運ぶだけで結構な額になるんだから。全員が奴隷で無給とはいえ、ここに住んでる私達が生活していく分だけでもお父様が頭を悩ませる程度には随分と費用が掛かってるんだよー?」
「では、どの様にして儲けを出すつもりなのでしょうか」
「そりゃ、この迷宮に挑んでくれる人達が盛大に落としてくれるお金とかー、その人達がこの迷宮で手に入れた色んなアイテムを安く買い叩いて、それを転売するかもっと価値あるものに変えて売るかしてに決まってるじゃないー」
「……つまり、私達はその人達をこの迷宮へと呼び込むための餌なのですか?」
「それも上等のねー。そこだけはちゃんと肝に銘じておいてねー。私達は決して安売りしてる訳じゃないんだから。質はかなり厳選して選んでるし、その管理も私が任されるぐらいだからねー。実は手を抜いてる要素はひとっつもないんだよー。最初からあの貴族様は真っ黒、本気モードなんだってお父様が言ってたし」
「それは……初耳です」
「うん。だって今私が考えた話だしー」
「……」
「てへっ」
その話は本当に本当なのか、それともやはり少女がそう締めくくった様に嘘なのかも分からないぐらいに、少女はいつも必ず最後にはお茶目に全ての話を濁した。
街に物資を受け取りに行く者達の境遇も、この店が実は黒字経営は目指していないという事も、その全てを裏で牛耳っている貴族が本気である事も、真であるかもしれないし、偽でもあるかもしれない。
ただ言える事は――。
「私達は奴隷らしく、私達に課せられた仕事をただ行うだけですね」
「そういう事。あんまり難しい事は考えずに、今ある平和を満喫してれば良いんだよー。実際、ここでのお仕事はあっちでのお仕事よりも何倍も楽だしねー。勿論その分、迷宮から沸いて出てくる魔者達に真っ先に襲われる危険がある訳だけどー」
「そうですね。不死者に殺されるだけならまだしも、子鬼や豚鬼、犬鬼といった魔者に捕まったら、あっちでのお仕事とは比べものにならないくらい絶望的な人生が待っていますからね」
「ま、ここにいるのはその程度の雑魚に囲まれても大丈夫な者達ばかりだけどね」
「ですが油断は禁物です。貴女だけは、その枠には入っていませんので」
「うん。その時はちゃんと助けに来てね?」
そのお願いに対して、女性は答えなかった。
少女もまた、それが出来ないお願いだと分かっているため、答えが返ってこなかった事に何の感情も持たない。
所詮、奴隷は奴隷。
真の主からの命令以外では、その命を投げ出すような行為は認められていない。
自身の身を守る行為は出来ても、他の奴隷達が窮地に陥ってもその身を危険に晒して助け出す様な真似は出来ない。
危険と判断されない程度の相応の実力を身に付けていれば別だが、残念ながら彼女にはそれだけの実力はなかった。
それだけでなく、彼女達が命じられている命令の中には、決して迷宮の中に入ってはいけないという内容も含まれていた。
その約束を破れば厳しい罰が待っている。
最悪が死。
その命令に反しない例外は、自らの意志以外で迷宮へと連れ込まれた場合のみ。
それが魔者であろうと盗賊であろうと、ましてや決して逆らってはならない貴族達の道楽であっても、その例外に該当してしまう。
その事をここにいる奴隷達は皆、理解していた。
三日後に訪れる貴族が、果たしてただの湯治で終わるかどうかは運でしかない。
息子を連れている事からして、迷宮へ共という名目で連れ込まれる可能性は大いにあるのだ。
そして散々利用され、帰ってこられない可能性も。
勿論、そういう場合には奴隷商はその貴族から相応の代金を貰う訳だが、そんな事は当事者たる奴隷達にはまるで関係がない。
「あー、かったる」
廃村となったローザ村とアフィリコ村の中間に位置する未来の迷宮都市グランティーヌ。
そこからやや南東に向かった先にあるカオスの迷宮入口に立てられた迷宮案内所、兼、温泉付休憩所『カオスの守衛館 第一門』。
宿屋でもあり、娼館でもあり、依頼斡旋所でもあり、物品売買所でもあり、そしてまた迷宮から出てくる魔者達を抑える第一の防衛ラインであるその何でも屋の総合店が、初めての黒字を出すのは……まだ、暫く先の事だった。
「なんか面白い事でも起きないかなー」
その頃には――そう呟いた少女は、もう……ここにはいない。
2014.02.15校正




