第70話 階層追加
名前を付けるのが面倒なので、適当にアインス、ツヴァイ、ドライ、フィーアとしようとしたら、フォーチュラを含む全員に怒られた。
なら御前らが勝手に名付けろと言ってから別室で鬱憤を晴らした後、部屋に戻ると子供達の名前は以下の通りになっていた。
最初に産まれた長女が、ゴブリアーナ。
一日遅れで産まれた一人子が、次女のゴブサンヌ。
そして身体の小さな双子の女の子は、それぞれゴブフィーヌとゴブフィーネ。
――却下した。
気持ちは分かるが、名前の最初にゴブを付けると明らかにハーフですと言っているようなものなので、教育上よろしくない。
そんな訳で、却下した手前、仕方なく腹違いの四姉妹の名前を考える。
尚、父親が一緒であるとは到底思えないが、それこそ教育上宜しくないので、便宜上はフォーチュラ同様に俺を父としておく。
ああ……頭が痛い。
「父親になられたのですね。おめでとうございます」
知ってはならない事を何故か知っていたファムシェに、一月前からずっと約束していたお仕置きを実行してから本題へと戻る。
ルリアルヴァの美女達が個々に牢屋の外で知り得た情報は、何人たりとも他の者には教えてはならない。
それは今でも有効だ。
「うう……私はただ、研究室の外から聞き慣れない鳴き声を聞いたので、そう思っただけなのですが……」
――ああ、そういえば三人の子供を母親の胎内から取り出す際は、ずっと牢屋の扉を開けっ放しにしていたか……等と口に出して言うつもりはない。
それは嘘だ。
ファムシェのいる研究室も、ターチェユ達の住まう部屋も、完全防音となっているので中からも外からも音は聞こえてこない。
湯浴み場にしても炊事場にしても同様。
例外は迷宮画面のある俺の部屋ぐらいなものか。
一応は扉を付けているが、元々あそこだけは扉がなかったので、各部屋を開け閉めする際にピクシー達の声が聞こえてしまう可能性が若干ある。
今の所、その声に対する質問を受けた事はないが。
「……すみません。ブラックス様の日頃の行いから、そういう事があってもおかしくないと思いましたのでカマをかけました」
正直に言った所で許すつもりはない。
また本題に入るのが盛大に遅れた。
が、時間だけならいくらでもあるので別に気にしない。
「それで、迷宮第3階層の試作案は出来たのか?」
「一応、5階層まで全て出来ています。こんな感じでどうでしょう?」
それなりに頑張って虐めたのにケロッとしているファムシェに、ルリアルヴァという種の底の深さを改めて思い知らされる。
本当にタフだよな、御前ら。
「随分と細かいな。しかも立体か。作る方も混乱してしまいそうだな」
「侵入者達は地図を持参しているとの事でしたので、例え地図があっても道を間違ってしまう様に工夫致しました
「こっちの魔者は3すくみか?」
「いえ。相性が悪い対の魔者同士を2グループ対角線上に配置していますので、条件付きの4すくみと言った所です」
「普段は対となる魔者同士でしか争わないが、数が増えすぎると3対1の関係となって数を減らされる様になってるのか」
「分かるのですか!?」
「何をそんなに意外そうな目で見ている。個々の魔者についての知識がないからただの勘だ。その様子だと、大方は正解といった事か」
「いえ、全く違います。ただブラックス様を持ち上げてみただけです」
また本題から暫くそれる事となった。
というか、実はそれを狙って発言している様な気が……。
まぁ、楽しいから別に良いが。
「相性が悪くなくても食物連鎖には上下関係がありますので、それぞれに天敵が混じっているとお考え下さい」
「戦争相手と食料の関係か」
数が増えすぎれば天敵も食料豊富で増えてしまう。
逆に数が減れば、戦争相手が自身の天敵を食料とし、その天敵の戦争相手の数が増えてしまい、自身の戦争相手の天敵を増やす結果となる。
この関係が、恐らく4種いる場合の正式な4すくみの形か。
3すくみの様にただ円上になってる関係では、4種いる場合は2種が生き残るだけで終わるだけだ。
ならば、条件付きというのはなんだろうか。
「それは、まぁ見てのお楽しみという事で」
そういう仕掛けまで簡単に組み込んでしまうのが、天才の天才たる所以なのか。
それは兎も角として。
ようやく、俺は迷宮第3階層の製作へと着手し始めた。
丁度、迷宮の方でもチラホラと侵入者達が現れ始め、賑やかになり始めた所である。
職持ち子鬼達の半数が早くも新入りゴブリン達を率いて再度遠征に出かけようとした所、迷宮に侵入してきた侵入者達にサクッと殺されたのは記憶に新しい出来事。
その後、更に間の悪い事に、残ったゴブリン全員で食料の補充に出かけた所を階下からやってきた豚鬼の一団に攻撃を受け、散り散りに。
後は罠に掛かって死ぬなり、侵入者達に遭遇して殺されたりと、呆気なかったらしい。
らしいというのは、その情報は部屋にずっといるピクシー達から得た情報だからだ。
何故かある程度の意思疎通が出来る様になったウィチアとイリアを間に挟み、聞いてもいないのに身振り手振りでその事を伝え様としてきたピクシー一行。
恐らく、撤去されてしまったピクシー発生地点を取り戻すべく、点数稼ぎを始めたのだろう。
そんな事をしても、失ってしまった武器の数々はもう戻らないんだがな。
あの第二次大遠征の日。
迷宮から旅立っていった魔者達の手には、俺がこの迷宮で手に入れた武器がいくつも握られていたのだという。
勿論、その情報源はピクシー達。
犯人もピクシー達。
そんな訳で、本来持っていない筈の種々様々武器を手に、恐らく迷宮の近くに出来上がっているらしき新しい街へと襲い掛かった魔者達一行。
彼等が手にする武器の中には、カチューシャ達が所持していたらしきやたらと高威力の弓や剣も含まれていた。
そんな分不相応な武器を手にした雑魚魔者達が迷宮のある方角からやってくれば、街の者達はどう思うのか。
それだけでなく、ゴブリン達によって街に住む女性達が浚われれば、助け出そうとするのが人の情。
ついでに宝も手に入れて一石二鳥という考えに至るのは想像に難くないだろう。
またこのタイミングでオーク部隊が遠征に出かけ、戦利品を手にして帰ってきたのは十分に想定内である。
但しこちらは帰り道にて、迷宮の奥から引き返してきた侵入者達と鉢合わせしてしまい、戦利品とされていた者達は無事に解放され……るかと思ったら、その侵入者達の手によってかつて職持ちゴブリン達が拠点としていた安全地帯へと連れ込まれ、存分に楽しまれた。
後、不幸にも処分された。
さてはて、いったいどっちの未来がマシだったのか。
勇者とか英雄とかいった輩はまだこの迷宮には挑んでくれないようである。
この分だと、迷宮の近くに出来た街も、随分と治安が悪そうだ。
そういう訳なので、徐々に侵入者達が増えてくる要因が出来はじめている。
雑魚魔者が所持していた分不相応な高級武器、ゴブリンやオークによる人浚い被害。
今はまだ噂が広がっていないためあまり多くはやってこないが、そのうちきっと現在の迷宮2階層程度なら軽く攻略してしまうレベルの侵入者達がやってくるのは目に見えている。
そういう強者達を飽きさせないために。
一攫千金を狙う冒険者達の夢を壊さないために。
ついでに俺の欲望を満たすために。
ファムシェが暇潰しがてら造り出した迷宮構造を元に、敢えて難易度を下げた全く別の迷宮を造っていく。
難易度を下げるのは、侵入者達を殺してしまわないため。
また、ファムシェが提出してきた迷宮案は、迷宮1階層と2階層を意識するあまり、あまりにも似通っていて凝りすぎているため、新鮮みが足りない。
ファムシェ案にヒントを貰いながら、全く新規で迷宮を作り始める。
ずるをするのは6階層からで良いだろう。
5階層までは俺が造る。
完全オリジナルのファムシェ迷宮は6~10階層に使用するとしよう。
2階層から続く二つの道を3階層で合流させた後、一本道に変える。
そこから一気に扇状に道を無数に広げていく。
盛大に分岐する別れ道は、しかしすぐに隣の道から分岐してきた道に繋がり、また盛大に分岐していく。
故に、進む道を間違えても戻る必要なく、進行方向さえ変えれば3階層中盤へと至る事が出来る。
しかし、扇状に広がった道の至る所には宝箱が設置されており、ついつい回収に回ってしまう。
それは実は罠だった。
勿論、宝箱のほとんどは『人食い箱』の罠ではなく、きちんと何かしらのアイテムが入っている。
罠としているのは、宝箱を開けた個数と、そのエリアの突破に費やした時間。
その数と時間に比例して、扇状エリアの先に閉じていた『スイッチ扉』『時間経過扉』が開き続け、そのエリアを魔者で満たしていく。
当然、来た道へと戻る事が出来ない様に、2階層から続いた1本道は『一方通行路』にしている。
2階層へと戻るには、そのエリアを突破した先にある『一方通行路』を通る必要があった。
そのエリアは扇状に広がっているため、最低でも180度以上の方向から攻撃を受け続ける事になる。
最悪は当然、四方八方から。
別れ道が無数にあるので、方向感覚も失いやすくなっている。
欲張ればそれ相応の酬いを受ける事になる一例を造り上げてみた。
それとは一風変わって、3階層中盤は巨大な空間が侵入者達を足止めする。
以前は増えすぎたアクアンスライムを貯めていたスライムプールは、今では奈落の底を見せている大きな溝。
但し1階層にある縦型プールと違って、こちらは横型プール。
つまり対岸が見える様になっていた。
では、いったいどうやって渡ればいいのか。
それは迷路の様に入り組んだ細い通路や足場によって可能にしている。
道はおおよそ目に見えているが、あまりにも横に広い溝の上を渡らなければいけないので、当然その進行速度は落ちる事となる。
また、道中には宝箱も設置しているため、欲張る者は道を引き返して取りに向かうだろう。
だが、そこにも凝った罠が張ってある。
見えている細い道のいくつかは『一方通行路』であったり『移動床』であったり『時間制限床』であったりする。
『一方通行路』は戻る事が出来ないだけでちゃんと先に道が続いているので問題はない。
戻ろうとしてそこに道がない事に気が付かないまま踏み外してしまい奈落の底に落ちる危険性があるだけだ。
『移動床』の場合は、そうとは知らずに足をかけてしまうと、突然の移動でバランスを崩してしまい奈落の底へと、という可能性がある。
その分、移動した先に待っているのは宝箱だったりする訳なのだが。
そして『時間制限床』だが、これにも幾つか種類があった。
徐々に沈んでいくタイプ。
一定時間後に落下するタイプ。
指定された床を踏むと、それがカウント開始の合図となって連続している床が一定時間後に次々と消えてしまうタイプ。
リスクがない場所なら色々と凝った作りで侵入者達を楽しませる事が出来るのだが、敢えて俺はリスクの高い場所でそれを設置してみた。
しかしここで一つ、補足しておく。
あくまで俺は侵入者達を殺すのではなく、気絶させるなりして捕らえるもしくは追い返す事を目的に迷宮を作っている。
よって、このエリアの奈落の底には『痺れ草』などの草を敷き詰めていたり、クッション剤としての役割を果たしてくれそうな『人面樹』などを配置した。
実際にその効果があるのかは分からないが、ないよりはマシだろう。
あと、長い長い上り階段も。
それと、空を飛んで渡るのを制限するため、『飛翔禁止区域』の罠も設置している。
勿論、あまり強い結界ではないので、それなりに強い力を持った者ならば強引に飛ぶことが出来ると思われる。
また、元々翼を持っている者にはこの罠は効果がない。
あくまで法術対策。
故に、迷宮の最初に出会う事となるデューンバットをこのエリアにも配置しておく。
嫌がらせとして。
3階層後半は魔者の巣窟にしておく。
前半は地図や攻略法が出回ってしまえば戦闘そのものを回避出来てしまうし、中盤はそもそも危険が多いためデューンバット以外の魔者は配置していない。
まぁ中盤エリアの場合、ファントムガイスト=ユー・イ・ムオーカが現れた時点で大ピンチになる訳だが。
空間が広い分、そのリスクも高まっている。
魔者の配置に関してはファムシェが提案した4すくみの原理を採用……した訳ではない。
あの仕組みはそもそも魔者の発生に十分な時間をかけないと成り立たない。
3階層程度では侵入者達の数もまだ多い筈なので、やはり6階層以降のファムシェ迷宮にて配置して貰う事にする。
魔者の巣窟の最後に待ち受けさせるのは、C級眷属の犬鬼一行。
ワンワン五月蠅いのかガウガウ五月蠅いのか分からないが、ゴブリンやオークの様に集団戦闘もこなす、ある意味厄介な魔者。
ゴブリンが数攻め、オークが力攻めならば、動きが少し早いコボルトは翻弄攻めといった所か。
真正面からではなく、左右に疾走しながら急に方向転換して飛びかかってくる様を思い浮かべれば分かりやすいだろう。
ちなみに、同名で邪精霊というのも存在するらしいが、それとは全く異なる種である。
ゴブリンにしても邪妖精という種が存在するらしいので、その辺は彼等の名を命名した地域による名の重複か、それとも何か意味があっての理由か。
邪妖精という言葉には邪妖精という呼び名も当て嵌まってしまう訳だし。
言い忘れていたが、3階層中盤の大きな溝には、進む際には大変だが帰る際には楽な『一方通行路』を設置している。
これにより、コボルト達も頑張って残りの迷宮を抜ければ、はれて迷宮外へと遠征に出かけられる様になっている。
その選択肢を選ぶかどうかはコボルト次第。
そのうち、迷宮1階層にある各種安全地帯がゴブリン、オーク、コボルトの縄張り争いの火種になりそうだが、もしそうなってもきっと侵入者達が第4勢力として頑張ってくれる事だろう。
といっても、迷宮4階層では第5勢力となりそうな魔者をまた配置する訳だが。
2014.02.15校正




