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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第参章 『迷宮創世』
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第68話 希望者一人

 久しぶりに、迷宮内に侵入者達が現れた。

 しかし彼等はすぐに最初の罠に引っかかり、奈落の穴へと落ちて命を落としてしまう。

 あっという間の出来事だった。



「……今の、見ていたか?」

「キュプ!」



 問いかけると、俺の頭の上で寝そべり寛いでいたピクシーが、そう鳴いて言葉を返してきた。

 いや、俺が問いかけた相手は御前ではないのだが。



「え? いえ、すみません。何をでしょうか?」

「見ていないならいい。続けてくれ」

「はい」



 最初の頃は部屋にいる間はいつも一緒に迷宮画面を眺めていたのだが、最近ではイリアもウィチアも迷宮画面を見る事はあまりなくなっていた。

 その理由は分かっている。

 彼女達はピクシー達と戯れる事を喜びとし、仕事のない時にはいつもピクシー達と楽しい一時を過ごしていたからだ。


 その楽しい一時の中には、俺への悪戯も含まれる。

 先程も、俺が迷宮画面にじっと意識を向けているのをいいことに、俺の着ている服の端に飛び出ていた糸を引っ張って遊び、気が付けば半裸にされていた。

 勿論、その主犯はピクシー達。

 しかしウィチアも悪ノリしてその悪戯の片棒を担いでいたので、現在お仕置き中。


 それはそれとして、サクッと逝ってしまった侵入者達。

 数は6人とそれなりに多いので、少なくとも全員が奈落に落ちてしまうというのは、流石にどうかとも思う訳だが、それには一応理由があった。


 かつて、灼熱地獄と化した迷宮内部。

 それは例外を除いてあらゆる魔者達を死に追いやり、その中には当然、最下級の魔者である数千万匹(ヽヽヽヽ)水溶の粘体生物(アクアンスライム)達も含まれていた。

 ――というのは前にも語った通りなのだが、本題はそこではない。


 迷宮の灼熱化現象。

 それは、鍾乳洞窟だった迷宮内部の構造を根本的に変えてしまった。


 高熱で熱された迷宮内部は、溶けた物質が地面を平らにならし、通常の通路のほとんどをつるんつるんにしてしまう。

 それをした犯人は、ルーンピクシーのキュイ。

 灼熱地獄だった迷宮内部を僅かの間に極寒地獄へとキュイが変えてしまった影響で、本来ならば徐々に冷え固まる事でザラザラになる筈の溶解物質も、急速冷凍で綺麗に固めてしまったのだ。


 勿論、全ての通路がそういう事態に陥った訳ではない。

 場所によっては色々な鉱石が埋まっていたり、人工的に設置した石や岩などの異物が混じっていたり、草花の灰が邪魔をしたりしたので、以前よりも断然歩きやすくなった道もある。

 しかし、こと迷宮入口に関して言えばそういう部分には該当せず、人工なのか天然なのか『滑床・狭』の罠よりも悪質な摩擦係数を持った通路となっていた。


 そして先に述べた、アクアンスライムのいなくなったスライムプール。

 迷宮初期には『ロープ』の罠を壁に設置して、段々となった壁を段階的に降りていく事で一番下まで降りる事が可能だった場所。

 落とし穴の成れの果て。

 かなり深い溝。

 その奈落の絶壁が、迷宮入口でつるんっと滑ってつつつーっと滑り進む事を余儀なくされた侵入者達を、容赦なく死に至らしめた。


 先程、迷宮へと侵入してきた6人は、きっとまるでジャンプ台の様に勢いよく飛び、真っ暗闇の奈落の底へと落ちていったのだろう。

 彼等の先に待っているのは、いつ地面にぶつかるのかも分からない恐怖のみ。

 木霊する悲鳴がここまで聞こえてきそうな程の絶叫、叫声。

 当然の事ながら、彼等6人には気絶という生易しい未来は待っていなかった。


 また、もし一命を取り留めて意識を保つ事が出来たとしても、上に上がる手段を俺は用意していない。

 故に、彼等の中に空を飛べる者や、恐らく凹凸のなくなった断崖の絶壁をよじ登れる者がいない限り、そのスライムプール跡地から抜け出す事は叶わない。

 だけでなく、その場所はファントムガイスト=ユー・イ・ムオーカが好んで徘徊する場所だったので、もたもたしているとすぐに魂を刈り取られてしまう事だろう。


 この罠は、ついこの間、迷宮外へと大遠征に出かけ帰ってきた子鬼(ゴブリン)達の何十体かも犠牲にしていた。

 行きは他の魔者達と一緒だったため気が付かなかったのだろう。

 連れていた捕虜も、二人が一緒に犠牲となり死の国へと旅立っていった。


 きっと彼女達はその方が幸せだったのかもしれない。

 何しろ、住処に連れて行かれた後は、死ぬ事も許されず絶えず攻め続けられる訳なのだから。

 職業持ちゴブリン達は、昼であろうと夜であろうと半数が常に捕虜3人の側に居続けていた。

 そして幸いにも、ファントムガイスト=ユー・イ・ムオーカもまだ彼等彼女達のいる場所を訪問していない。

 さて、これは果たして偶然なのか、それとも何か理由があるのか。


 尚、スライムプールの上に浮かべていた島に設置していた『人食い箱』の罠は、今も健在である。

 宝パーツなので、死亡しても暫くすれば復活してくれる。

 ――もっとも、奈落の底にいる限り、ほぼ誰も開けてくれない訳だが。


 それは兎も角として。

 この迷宮入口の危険な罠は、やはり取り除いておいた方が良いだろう。

 意外と迷宮に入った直後の方が侵入者達は油断が大きい可能性がある。

 滑る事を知っていたゴブリン達ですら多くの犠牲を出したのだ。


 よって、草関係を奈落の手前付近に茂らせておく。

 D級魔者の擬態草(ミミクリーグラス)も配置。

 ついでに、D級なのに2階層へと設置してしまっているウォーラビットの発生ポイントも設置しておく。

 ……む。

 沸いた先から迷宮の外へと出て行ってしまう。

 まぁ、良いか。


 後は、迷宮2階層前半の妖八陣に、暫く配置を見送っていたC級眷属魔者の豚鬼(オーク)を追加する。

 恐らく、オーク達もゴブリンと同様に迷宮外でも多少活躍してくれるだろう。

 彼等の迷宮外への遠征が、この迷宮に新たな侵入者達を招致してくれる事に少しばかり期待する。


 とはいえ、彼等の発生ポイント近くに迷宮入口付近への『一方通行路』を配置するというあくどい行為は行わない。

 それをしてしまえば、加害になる。

 あくまでこの迷宮は受け身。

 誰も訪れなかったが故に、結果的に魔者が溢れ、迷宮外へと遠征してしまうのはこの際仕方のない事である。


 久しぶりに迷宮を弄っていると、だんだんと興がのってきた。

 迷宮レベル5になった事で手に入れた各種パーツを一つ一つ吟味しつつ、製作を放棄していた第三階層以降の作成に着手する事にする。



「それで、何故私の所に来るのでしょうか?」

「勿論、意見を聞くためだ」

「はぁ……」



 気のない返事を返してきたのは、恐らくこの隔離空間内で最年少だと思われるルリアルヴァの少女ファムシェ。

 『水鏡夢』の天才少女。

 色々と頼りになる希代の発明家――たぶん。



「個室を一室、私の研究所にしてくれた事には感謝していますが、それはあくまで私自身の暇潰しのためであって、ブラックス様の悪の片棒を担ぐためではないのですが?」



 そう言う少女を膝の上に乗せて、頭を撫で撫でする事、十数分。



「……まぁ、別に良いですけど」



 心が折れるまでの間にいったいどのような心の葛藤があったのかは本人しか分からない。

 しかし、着実に飴の効果はファムシェにも良い影響を与えている事は確か。

 このまますくすくと俺の望み通りの成長をしてくれると嬉しいのだが。


 現在、俺とファムシェがいるのは、迷宮のレベルが5に上がった際に取得した特殊パーツの一つ、二種類あった個室の片方である。

 もう片方の生活臭の漂う家具が付属していた個室はターチェユとフォーチュラ親子の軟禁場所として使用している訳だが、その個室に比べるとこの個室は倍以上の広さがあった。

 その分、部屋の中には最初から何もなく、空気も少しヒンヤリと冷えている。

 そんな訳で、暫くは娯楽室として使用していたのだが、最近になって天才少女のファムシェが自身の功績に対して何か褒美をくれくれと五月蠅かったので、急遽この部屋を適当に片付けてファムシェへと宛がった。


 宛がっただけで、別に研究所とした訳ではない。

 一時的に貸し与えただけだ。


 このファムシェという天才少女にこの部屋を使わせるに至った経緯については、なにも功績に対する褒美だけが理由ではない。

 例のファムシェの親友だった年の近い少女が俺から受ける鞭と情報の影響で段々とやつれ始め、そこを狙ったチェーシアの甘言に魅了されてしまい、遂にファムシェの側から離れてしまったからだった。


 俺がお願いした無理難題の仕事に没頭するあまり、一人ルリアルヴァの群れから離れがちだったファムシェだが、それまではカチューシャと親友の御陰でまだファムシェはあの牢屋の中で完全に孤立となる事はなかったのだが。

 親友の心が離れてしまった事で、ファムシェは完全に孤立した。

 それはもう、牢屋の外から透ける壁越しに見てもハッキリと分かる様に。

 最年少の天才少女は、第二の人生感を宿し始めたルリアルヴァ達の群れから離れ、俺からお呼びが掛かるまで部屋の隅っこでポツンと一人居続けた。

 その顔は常に平静を装っていたが、心の中ではきっとメソメソと泣いていた事だろう。


 ターチェユから聞いた話だが、ルリアルヴァの民は基本的に幼少時の成長がとても早いのだという。

 反面、少女だと呼べる外見は非常に長く続き、大人の容姿になるまでかなりの時を要する。

 新世代組9人の容姿が、それなりに長く生きているらしき双子のティナシィカ、チェーシアと比べてほとんど代わり映えしないのは、そういう理由なのだとか。

 その見た目まだまだ幼い少女達である新世代組9人の中で最も幼いファムシェは、年齢的にもまだまだ幼い時期。

 実年齢は例によって教えてくれなかったが、人の種族でいえば、もしかしたらファムシェはまだ実は10歳にも満たないのではないだろうか。

 ――ちょっとだけ罪悪感が芽生えてくる。


 流石にそんな子供に辛い思いをさせるのは忍びなかったので、俺はファムシェを功績に対する褒美の名目で、その個室へと保護した。

 ただ、保護する時にファムシェはもう一つ俺へと追加の要望をしてくる。

 その要望とは、大樹カーランの加護の喪失。


 世にエルフと名乗っている者達がそれなりにいる理由は、彼女達の大半が自ら外の世界へと旅立っていったからだという。

 その際、彼女達はその代償として――もしくは故郷と決別するために、様々な方法を用いて故郷の世界に君臨する大樹カーランの様な象徴の加護を自ら喪失させる。

 一般的なのは呪いの儀式とも呼ばれる、解護の儀式。

 夫や思い人が森にいた場合は、契り断ちの儀を行ってもらい、逆に森の外に思い人がいた場合は契りを交わす。

 中には耳を切るという行為で加護を断つ方法もあった。


 意外に方法の多い加護喪失手段の中で、ファムシェが選んだのは……言わずとも分かるだろう。

 その日から、ルリアルヴァのファムシェは、エルフのファムシェとなった。


 ちなみに長としての責務から分け隔てなくファムシェにも接していたカチューシャはどうしたんだと思う訳だが、カチューシャはファムシェのいない間に全会一致で長の座を追われ、現在はご意見番の長老という地位に就いている。

 勿論、それは形だけの形式であり、実際にはまだカチューシャがルリアルヴァの民の長な訳だが、チェーシアの策略によって形だけの権威を保ったまま余生を楽しんでいた。


 ――つい先程、ウィチア達に糸屑へと変えられた編み物等を、今もカチューシャは恍惚とした表情で粛々と編み込んでいる。

 カチューシャの意外な素顔を見た双子の娘達は微妙な顔でそれを見つめていたのは言うまでもない。



「たまには息抜きも良いでしょう。決してブラックス様のためではありませんので、あしからず」

「俺といる時は息抜きにはならないのか?」

「ただ疲れるだけです」



 その後、少し顔を背けて頬を赤らめて言う。



「……その後はよく眠れるようになりますが。目が覚めた後は妙にスッキリしていて頭が冴えている事が多いです」

「そうか。それは良かったな」

「よくありません。本当にとっても疲れるんですからね! 少しは自重して下さい」

「善処する気はないな」

「ああ、もう……言ってる側から」



 頭をスッキリさせた後、再び会話を再開する。



「私は迷宮内部では全く前に出してもらえませんでしたし、何より途中でリタイアしてしまいましたからブラックス様がお造りになられた迷宮の詳細が分かりません」

「前に言わなかったか?」

「聞いていません……。って、あれ? もしかして、他の方々には色々と情報を公開していたのですか?」



 まさか私だけ……という言葉だけは否定しておいて、その推測の真実は語らないでおく。

 まぁ別に語ってもいいのだが、一応まだファムシェはあの牢屋から住処を引っ越しした訳ではないので、ここは慎重に応対しておく。


 ファムシェを長期的にあの牢屋から引き剥がしておくために、現在は最大で2名を牢屋から連れ出していた。

 その内、一人は長期的に連れだし、あれこれした後は拘束して暫く放置。

 状況によってもう一人も長期間、別の牢屋内で待機。

 元は松竹梅コースの松の牢屋だった新生娯楽室で自動的に責め苦を味合わせるという手段も発見したので、それを活用する事もある。

 流石に娯楽室にてそれをするのは主に鞭を与えている面々だけだが。


 ファムシェを牢屋に帰す時は、就寝時間や思考に没頭させるべき時を選んで返している。

 当然、牢屋の中では同じ境遇のリトゥーネと一緒に肩を並べる事となった。

 寂しがり屋のリトゥーネもそれによりまた少し精神が安定したので、一石二鳥。



「……っと、こんな感じだ」

「一階層が罠主体、二階層が迷路主体ですか。とすれば、三階層は魔者主体で宜しいのでは?」

「迷宮内にあまり魔者を増やしても、狩る者達がいなければ延々と増え続けるだけでな。増えすぎた魔者は最終的に迷宮の外へと出て行ってしまい、周囲に多大な被害を出してしまう様だ」

「それは相性の良すぎる魔者ばかり配置するからでしょう。特に不死者は互いを攻撃するという習性はまずありませんし、何より手出しをしなければ他の魔者にも被害はほとんど出ません」

「みたいだな」

「配置の変更は出来ないのですか?」

「出来る。が、面倒なのと、出来れば既に作成済みのエリアはあまり変化させたくない。だから、弄るのは三階層以降だ」

「はぁ……分かりました。三階層を魔者主体にするかどうかはまだ決めかねますが、とりあえず今ある情報を全て下さい。検討してみます」

「全てか?」

「はい。出来ればこれまでブラックス様が検証した成果も全て頂けると助かります」

「断る」

「では、この話はなかった事に……」



 そう言う少女を再び膝の上に乗せて、頭を撫で撫でする事、十数分。



「と、とりあえず。ブラックス様が私に提供しても良いと思う情報だけで構いませんので、時間がある時にでも少しずつお願いします」



 そう言う少女の頭を再び撫で撫でする事、もう数分。



「……私も暇ではありませんので、用が済んだら出てって下さい」



 む……逆に機嫌が悪くなった。

 というか、暇だと言うから色々と仕事を与えている訳なんだがな。



「――なにか?」



 もう一度撫で撫でしてどうなるのか試そうとしたら睨まれた。

 仕方ないので、先程の条件でこれから製作を開始する迷宮三階層の原案作成をお願いして部屋を後にする。

 勿論、睨んだお礼にたっぷりとお仕置きをした後で。


 そして部屋に戻ると……。

 牢屋に新しい住人が増えたという報告を、珍しく不愉快な感情を露わにしたイリアから聞いた。


 新しい住人は、ゴブリンの子をそのお腹に身籠もっていた。

2014.02.15校正

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