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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第参章 『迷宮創世』
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第66話 欲望と理性の狭間

 この情報を彼女達に与えるという選択肢は、彼女達を仲間に付けるために必要な行為――では決してない。

 飴と鞭。

 この二つを使い分けるためにただ利用しただけである。

 勿論、彼女達が心の底から俺の仲間になってくれるのであれば嬉しい事この上ない訳だが、そんな事は決してないだろう。


 捕らえた者と、捕らえられた者と。

 その出会いを果たしてしまった者同士が手を取り合う等という淡い期待を持つだけ無駄だ。

 現実はそんなに上手くいく訳がない。



「もう、お止め下さい……お願いします、ゼイオン様」

「断る」



 まったく害のない大きな虫が目隠しをしたままの少女の腕を這うの見ながら、俺は手に持ったロープを少しずつ緩めていく。

 それと同時に、徐々に高度を下げていく少女。

 綺麗な肌をあまり傷つけてしまわない様にロープは少女の全身を軽く締め上げ、力が分散される様になっている。

 だが、宙に吊り下げられているため痛いのには変わりない。


 まだ高度が高いため見上げる形となっているので少し首が痛かった。

 だが閉じる事を許されていない両足の間から見える縞模様の布地の光景が絶景だったため、見上げるのを止める事はしない。

 但しその絶景もすぐに終わる事となる。



「い、いやっ!?」



 少女の足の先端が地面に触れる。

 と同時に、その下でワラワラと蠢いている虫達が突然の来訪者たる少女の足に驚いて互いにぶつかりながら逃げていく。

 そのぶつかる相手には、少女の足も含まれていた。


 目には見えないが、足の先端に感じたその何かの肌触りに、少女が瞬時に膝を曲げて足を宙へと逃がす。

 それから暫くの間、少女は足が地面に着く高さなのに自ら体重をすべてロープに預け、低空でM字の姿勢を保ち続けた。



「私がいったい何をしたというのでしょうか? 知らず知らずの間に無礼を働いてしまったのであれば謝ります。ですので、虫だけは……虫だけはどうか!」



 その願いには応えず、また気配も暫く消して少女の身を観察し続ける。

 放置プレイ。

 しかしずっと待っていても、少女の瞳から涙が零れてくるという事はなかった。


 M字を維持し続ける少女の足を触る。

 ただ触るのではなく、まるで虫が這いずる様に手をワサワサとしながら触る。

 瞬間、少女は宙に吊られた姿勢なのにぴょんっと上に飛び跳ねた。

 器用な事をするものだ。


 だが……。



「――チェシー。実はあまり嫌がっていないだろう?」

「あ……ばれてしまいましたか。ゼイオン様はてっきりこういうのが好きなのかと思いまして」



 飛び跳ね方があまりにも綺麗すぎる。

 咄嗟の事とはいえ、そんな姿勢で簡単に飛び上がれるものではない。

 普通は全身に虫酸が走って震えるとか暴れるだろうに。



「虫が嫌いだと言ったのは嘘だった様だな」

「いえ、嫌いなのは本当です。ただ、別に耐えられない程という訳ではありません。そもそも私達は森の民ですので、一々先程の様に過敏に反応していてはとてもではありませんが森の中では暮らせません。強いて言えば、私は虫が嫌いといった所です」



 だから、あのお仕置きだけは止めてねと懇願する少女。

 双子の片割れ。

 母親より『森の恵み』という名を授かったもう一人の肉体系。

 少女と呼ぶには明らかに俺よりも年上の、しかし見た目は少女にしか見えない可愛らしい笑顔を乗せたルリアルヴァ。


 どちらが姉で、どちらが妹か。

 二人を並べて見れば、必ず誰もがティナシィカの方を指さすだろう。

 それぐらい、チェーシアの顔は幼かった。

 というよりも、ティナシィカの美貌が大人びていた。

 但し真実は誰にも分からない。

 彼女達双子の母親でもあるカチューシャですら何故か知らない。



「ところで、チェシーというのは私の事ですか?」



 それに、双子でも性格は全く違う。

 飴を与えていたティナシィカでも質問する前には一応断りを入れてきたが、鞭を与えている筈のチェーシアは未だどっちつかず。

 断りを入れてくる事もあれば、入れない事もある。

 どうも俺の反応を探っている感じがしてならない。


 いつだったか、彼女は確か業に入っては業に従えと言っていたのを思い出す。

 そういえばカチューシャを躊躇わず絞め落としたのもチェーシアだったな。

 となると、鞭の方に選んだのは一応は正解だったのか。

 まだその効果はまるで見えない様だが。



「少し呼びにくかったんでな。この愛称で今後は呼びたいんだが、構わないか?」

「はい。別に良いですよ」

「……意外と軽いな。嫌じゃないのか?」

「愛称と言ってくれましたらね。むしろちょっと嬉しく思ってます」

「ティナは沈黙を解答として返してきたんだがな」

「ティナ? ……ああ、ティナシィカの事ですね。彼女はまぁ、自分の名前に大きなコンプレックスを持ってるみたいですから。愛称でも何でも、ティナシィカはその名前以外で呼ばれるのが嫌いみたいです」

「なら、ティナとは呼ばない方が良いか」

「いえ、是非ティナと呼んで下さい。ちょうど良い機会ですし、あのコンプレックスを直してしまいましょうか」



 飴を与えようと決めたのに、逆に鞭を与えてどうする。

 チェーシアのその案は却下するとしよう。

 ついでに、チェシーという愛称も飴になっている様なので却下だな。



「チェーシアはティナシィカとふた……」

「チェシー」



 俺の言葉を遮ってチェーシアが強調して言う。



「二人は双子というはな……」

「ちぇーしーいー」



 またもや俺の言葉を遮ってチェーシアがその言葉を強調して言う。

 ロープを引っ張って、もう一度高空へと吊り上げてやる。

 M字の姿勢をしなくても良くなったので、却って楽になった気がしないでもないが、俺がこのロープを手放せば真っ逆さまに地面へ落下し激突という危険性が出来ているので、まぁ良しとしよう。

 再び俺はその質問を口に出す。



「チェーシアとティナシィカは双子という話だが、まるで似てないな。二卵性双生児だったのか?」

「……」



 まるで、つーんという擬音が聞こえてきそうな程、顔を明後日に向けるチェーシア。

 ――とりあえず、鞭の痛みが足りない様なので、極悪の娯楽室へと御案内した。

 但し散花させてしまうのは躊躇われたので、それ以外の場所を使用して盛大にお仕置きをする。

 内容だけで言えば、リトゥーネにしたのよりも更に過激なものをその身に刻み込む。



「え~と……ごめんなさい。もうしません。だから、もうあの部屋だけは止めて下さい」



 だが、チェーシアは予想を遙かに上回る程のタフだった。

 どうやら彼女にはあの極悪の鞭部屋でもまだ足りないらしい。

 一日過ぎればまたピンピンしてまるで落ち込んでいなかった。

 よって、そのチェーシアのお願いは却下した。








 現在、彼女達ルリアルヴァを使って行っている実験は、飴と鞭の使い分けによる心境変化の度合いの考察である。

 勿論、俺は別に心理学に詳しいとか軍隊式の拷問方法の多くを知っているとか、そういう訳ではない。

 鞭にしても、ヤスリでゴリゴリと指を削っていくだとか、生皮を綺麗に剥いだ後にアルコールを垂らしたり長時間微風にさらしたりもしない。

 本物の鞭を振るう訳でもない。

 そんな勿体ないことはしない。

 どちらかというと、道楽に近いものである。


 実験の方法としては、だいたい以下の通りである。

 12人いるルリアルヴァの内、半分に飴を与え、残り半分に鞭を与える。

 その各6人の中で、更に情報を与える者を半分、与えない者を半分に分ける。

 たったそれだけだ。


 もう少し補足するならば、全員に箝口令を敷く。

 俺と二人きりでいる時にあった事は、決して他の者達には喋ってはいけないと言う。

 もし他人に喋り、その事が発覚したならば、リトゥーネと同様の扱いをするぞと脅しておく。

 といっても、実験対象の12人の中に含まれてしまっているリトゥーネ自身が皆に話してしまったら、全員を同じ穴のムジナにしなければならなくなる訳だが。


 3人×4グループの実験観察。

 彼女達は、外に連れ出された者が何をされているのか知る事は出来ない。

 それを知るには、互いに情報交換をしなければならない。

 しかしそれは俺が禁じてしまった。

 故に、互いが互いを観察しあう事で、相手が今どの様な心情にあり苦しんでいるのかを推測するしかない。


 ただ、普通なら弱音を吐いたり元気なさそうにしていれば、だいたいは察する事が出来るだろう。

 しかし困った事に、彼女達は意外とタフだったり見栄っ張りだったりするので、あまりそういう負の態度を取る事はなかった。

 それがまた事態をややこしくする。


 飴だけを与え情報は与えていないカチューシャ。

 気丈に振る舞い長としての威厳を保とうと強がるのは良いのだが、裏表が激しくて既に誰も信頼を寄せていないというのに、彼女はどうもまだ気が付いていない様だった。


 飴を与えているのに以前よりも感情が薄くなってしまった双子の片割れティナシィカ。

 情報も一緒に与えているのだが、あまり会話を好まないのか彼女は口数も少なく黙している事が多い。

 却って他の者達と少し距離が出来ている様に思える。


 逆に鞭を与えているのに何故か前よりも明るく振る舞っている双子の片割れチェーシアは、名声が地に落ちたカチューシャに変わって徐々に人望を集め始めていた。

 彼女に情報を与えてしまうと益々増長しそうなので、やはりティナシィカとは対極にすると決めて良かったかもしれない。

 飴を与えていたらと思うと、少しゾッとする。


 既に最初から鞭が決定しているリトゥーネには、情報も与えている。

 しかしそもそも他の者達が彼女には決して近づかず、言葉を交わさないので、完全に虐め状態。

 一応、命令してそういう態度を取らせてもいる訳なのだが、部屋から連れ出した後でも暫くずっと暗いままなので、加減を間違えるとそのうち自殺でもしそうな雰囲気だった。

 ただ、長く構えば構うほど元気になっていくので、リトゥーネは一人でいる事が耐えられない寂しがり屋の兎タイプなのかもしれない。

 なので、たまに赤ん坊のフォーチュラの相手をさせてちょっと気分転換をさせる療法を試している。

 今の所、良好だった。


 天才少女ファムシェは飴のみを与える。

 彼女は手先が器用で色々と役に立つので、最初から飴以外を与えるつもりはなかった。

 派閥を形成し始めたチェーシアグループにもなびかず、かといってカチューシャをたてる訳でもなく、一人だけ独特の空気を作り始めている。


 そのファムシェと仲の良い少女は、逆に鞭と情報を与えてみた。

 これといって特に耐える必要のない天才と、常に耐え続けなければならない凡才。

 日に日に積み重なっていくすれ違いが、いつか二人の間にある友情を壊してしまうのか。

 もし籠絡するならば、その瞬間が狙い目だろう。


 その他の面々に関しても、少しずつ互いの関係を確認しつつ飴と鞭を順次与え続けている。

 扱いの差によって、彼女達が口にする情報の正確性が変わるのか。

 堅い口がより堅くなるのか、それとも柔らかくなってくれるのか。

 俺に対する感情の変化はあるのか。

 従順になっていくのか、逆に反抗的になっていくのか、要望が増えていくのか、全てを受け入れてしまう様になってしまうのか。

 今後も増え続けるだろう牢屋の住人達をより扱い易くするために、今という暇な時間を費やして検証を重ねていく。


 ――まぁ、素人の俺が与えている飴も鞭も、実はほとんど似たような事になっている気がしないでもないが。

 とりあえず、色々頑張って試してみた。



「ブラックス様、もっと仕事を下さい。暇で仕方がありません」



 ただ、その頑張る方向も少しずつ変化している様な気がしないでもない。

 12人のルリアルヴァの中で唯一、天才少女のファムシェだけが直球でいつもそんな要求を俺に突きつけてくる。



「なら、粗悪な銅鉱石を持ってくるので、インゴットを作って貰えるか?」

「機材や環境は用意して頂けるのでしょうか? それとも、機材の製作と環境整備も含めてのお仕事でしょうか?」

「……後者だ」

「……かなり難しいとは思いますが、出来る限りの事はやってみようかと思います」



 確かに俺は、そのうち何か俺の役に立つ事をしてくれるようになったら良いな、とは思っていた。

 しかしそれは望み薄だと考えていたのだが、意外にも彼女達は――特にカチューシャとファムシェは積極的に仕事を渇望してきた。

 まだたった数日しか経っていないにも関わらず。


 突然の不幸に見舞われて、以後の人生がほぼ絶望的になるというこの状況。

 普通、この様な状況下に陥ったら、赤髪ポニーの様に牙を剥き続けるか、暫くの間は放心するなり絶望するなりして落ち込み続けるかのほぼ2択だろう。

 盗賊や奴隷商に捕らえられその肉体を商品として扱われるだとか、豚鬼(オーク)等の魔者に捕らえられて種族繁栄の家畜にされるだとかに比べればまだマシな方だとは思うが、どちらにしてもあまり良いとはいえない身の上。

 最近ではもう終始《欲望解放》の呪いが発動し続けている様な錯覚すら覚える俺に弄ばれ続けているのだから、彼女達はいつ絶望してもおかしくない筈だ。

 それに絶望を確定させる一線もルリアルヴァには確かに存在している。

 リトゥーネの例の様に。


 その筈なのに。

 大勢の仲間と一緒に投獄されているからなのか。

 それとも元々他者多種族との交流がなく平和な日常をずっと満喫してきた結果、一族全員が脅威に対してほとんど天然で無自覚/無防備なだけなのか。

 彼女達は、この異質な生活に慣れるのがやたらと早かった。


 一度、ドアを作成してくれという仕事を頼んでしまったのがいけないのかもしれない。

 一方的で一方向な行為ではなく、コミュニケーションという形で彼女達と接触し続けたのも悪かったのかもしれない。

 ギブ・アンド・テイク。

 少なくともそういう関係が成り立つ相手として俺は認識されたのだろう。

 毒薬の件があってからは誰も好んで俺に何かを教えるという事はしなくなったのだが、あくまでそれは皆が見ている場所ではという事であって、部屋から連れ出すと何人かはファムシェの様に何でも良いから仕事をくれと言い始めた。


 仕事でなくとも、身体を動かす時間と場所が欲しいという者もいる。

 それはチェーシア。


 編み物がしたいという者もいる。

 こっちはカチューシャ。

 誰のために編むんだ、とはちょっと聞きたくない。

 きっとフォーチュラのために編む筈だ。

 間違っても俺にではない、きっとない。


 誰々と二人きりの時が欲しいという者もいた。

 明らかに一方向の感情で、しかもそれをしたら無理矢理な感が否めない危険な要望。

 本当に今の状況を分かっているのだろうかと、少し不安になる。


 別々の部屋にして欲しいという希望もあった。

 長としての体面を気にするカチューシャと、仲間外れにされているリトゥーネを除く、他10人からほぼ一斉に。

 ここまでくると、やはり俺の事はあまり脅威には感じていないのだという事をハッキリ理解した。

 まぁ、別に良いがな。

 憎まれて兇行に走られるよりは、軽んじられてフレンドリーになるなりつい蛮行に走ってしまい後悔する羽目になってくれなりした方が何倍も良い。


 ただ、心に余裕が出来てしまった分、彼女達の要望に対しての対応を考えなければならない時間が増えた。

 ファムシェの様に仕事を渇望する者達に、いったい何をして貰おうかと考えると同時に、それをするための手段/環境の用意、問題点の抽出とその解決、結果に対する用心と対策、その利用方法と長期的な展望等々。


 例をあげるとすれば、リトゥーネが墓穴を掘った、傷を癒すための薬の生成に関して。

 素材の用意は勿論の事、煎じるための器具もどうにかして用意しなければならない。

 出来上がった薬は、果たして本当に傷薬なのかと疑わなければならないし、それを確認する方法も検討しなければならない。

 ではもし本当に傷薬が出来た場合、その傷薬をどこに保管するのか。

 他にも薬を作った場合の見分け方法の検討。

 大量生産するにしても定期的に素材を取ってこなければならないし、出来た物がすべて全部本当に傷薬なのかどうかも妖しまなければならない。

 生産するなら仕事の割り振りも考えないといけない。

 場合によっては、他に指示した仕事との兼ね合いで生産スペースがそもそも確保できない場合もある。


 先程、とりあえず的な意味でファムシェに暇潰しの種を与えた訳なのだが、もしそれが本当に可能だった場合、傷薬の生成よりももっと難易度の高い検討を本格的にしなければならなくなるだろう。

 そんな事にはならないだろうという希望的観測の元に仕事を与えた訳なのだが、何しろ相手は天才少女だ。

 本当にあの粗悪な銅鉱石からインゴットを作り出すための様々な手段を見出し、必要な物を色々と要求し始めてくる可能性は十分にある。

 少し早まったか……?


 何かと乗り気なカチューシャにしても。

 鞭がまったく効果のないチェーシアにしても。

 扱いの難しそうな天才少女ファムシェにしても。

 

 なんか最近、急に悩みが増えだしてきた気がするのは、何でだろうな?

2014.02.15校正

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