表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第参章 『迷宮創世』
69/115

第65話 束の間の至福

 溶岩洞窟よりも遙かに温度の高い灼熱洞窟と化してしまった迷宮。

 その中で生き残っていられる者などいない――という俺の予想は、良くも悪くも裏切られた。


 その日、迷宮画面を確認すると、あらゆる魔者達の姿が迷宮から消えていた。

 かつて迷宮ボス扱いでもあったユー・イ・チリーも、運悪く迷宮の中へと引っ越していたキュイの下位眷属である一部のピクシー達も、あの兇悪な熱には抗えなかった。

 完全にまっさらとなってしまった迷宮。

 運良く俺のいるこの隔離空間だけは迷宮から影響を受ける事はなかったが、だからといってほっと出来る訳でもない。

 迷宮は全てを焼き尽くす世界となっているのだ。

 その状況をなんとかしない限り、新しい侵入者達も訪れず、俺は永遠にこの空間に閉じ込められる事となる。

 絶世の美女を大量に仕入れる事に成功した今となっては、それもまた良いかなとついつい思ってしまった訳だが、選択肢はやはり多い方が良い。

 18択+αもある時点で既に十分だとは思うが、欲望に際限はない。


 だからというべきなのか、キュイがあの迷宮の熱にも耐えられるという事はとても有り難い事だった。

 いつものようにパタパタと羽ばたいて迷宮内の散策へと出かけてしまったキュイ。

 おいおい、と言う暇もなく壁の向こう側へと消えていったキュイに、俺はその瞬間少しばかりキュイの身の案じてしまった訳なのだが、そこに愛などある筈もない。

 むしろこれでまた一匹、厄介払いが出来て少し喜んだぐらいだ。

 最近、ピクシー達がいるために、ウィチアとイリアの二人とかなり距離が出来てしまっていたために。


 諦めと喜びの境地で画面を見ていると、キュイを示す光点が現れる。

 さて、すぐに燃え尽きるか、それとも踵を返して逃げてくるかと思っていたのだが、キュイはまったく迷宮内温度を気にした様子なく、そのまま壁をすり抜けて一路迷宮2階層へと向かっていった。

 しかし、いつもと散歩の巡回路が違う。

 キュイが向かったのは、彼女達のために作り出した隠し花畑の園だった。


 ふむ……燃え尽きた仲間の弔いでもしにいったのだろうか?

 などと思っていると、キュイは花畑に辿り着くと暫くとある一点に滞在し続けた。

 絶望に打ちひしがれているのか、それとも彼女なりの弔いの儀式を行っているのか。

 兎も角として、時間だけが流れていく。


 ――と、暫く画面を眺めていると、それは起こり始めた。

 迷宮内のあちこちで、光が灯り始める。

 2階層は顕著だったが、1階層に画面を切り替えるとハッキリとそれが分かる。

 すぐに俺はそれが何であるのか理解した。



「キュイ」



 仕事を終えた手乗りサイズの妖精が部屋へと戻ってくる。

 鳴き声からしても、間違いなく最初の一匹目であるルーンピクシーのキュイだ。

 それ以外の妖精達ではない。



「ご苦労様です、キュイちゃん」

「キュイ」



 ウィチアの歓待を受けた後、キュイがその肩で羽根を休める。

 最近のお気に入り場所。

 かつては俺の頭上を好んで愛用していたというのに、数日もの間ほとんどこの部屋に姿を見せなくなった俺に愛想が尽きたのだろう。

 だからといって、俺の頭上がフリーになっている訳ではない。

 まだ数匹生き残っているピクシー達が、今も羽根休めのために利用している。


 それはそれとして。

 ここに一匹。

 未だどれだけの強さを秘めているのか分からない小さな妖精が、ウィチアと頬を擦り合わせてじゃれていた。

 彼女だけが、あの迷宮の中で唯一あの灼熱地獄の中を耐える事が出来る。

 だけでなく、その知能も結構侮れなさそうだった。


 キュイが迷宮の中でいったい何をしていたのか。

 そんなのは分かりきっている。

 花畑エリアにも設置していた『気温低下・微』を押しまくって迷宮の気温が下げていたのだ。

 有り難い話である。


 ただ、事はそれで終わる訳もなく。

 その事に気が付いたのは、また暫く後の事だった。









 迷宮のレベルが飛び級して5になってから暫く経ったある日の事。

 今日も絶世の美女の中から一人を選んで部屋から連れ出し、ねちねちと飴のような鞭を与えるという一仕事を終え、部屋に戻るとピクシー達の姿は消えていた。

 ようやく、花畑が復活したのだろう。

 これで暫くは静かに暮らせそうだ。



「少し寂しくなってしまいましたね」



 そんな事を言う口はとりあえず黙らせた。


 力尽きたイリアを背景に、最近まったく来訪者のいない迷宮画面の前へと腰を下ろす。

 やはりあの狩人3人を亡き者にした迷宮灼熱地獄化現象を警戒してなのだろう。

 迷宮入口付近にはたまに迷宮内を覗き込んでくる者はいたが、決して入口付近から奥に進もうとはしない。

 完全に枯れてしまったスライムプールの所まですらやってこない。

 故に、迷宮初期よりも収益が悪化した。


 ただ、俺は別に困っている訳ではない。

 あの頃に比べて、この俺のいる世界は格段に居心地がよくなっている。

 それは別に牢屋内にいる者達の御陰ではない。

 勿論、その恩恵はたっぷりと毎日堪能している訳だが、根本的な理由はそこにはなかった。


 迷宮がレベルアップをすれば、設置する事の出来るパーツが増える。

 それはいつも通りなのだが、迷宮レベルが5に上がった事で実はボーナスパーツも手に入った。


 かつて、この迷宮にて初めて侵入者を罠にはめて気絶させた際に手に入れた特殊パーツ。

 あの時は今も多大にお世話になっている牢屋を手に入れた訳なのだが、今回は私生活面において役立つ特殊パーツを幾つか手に入れる事が出来た。


 一つは湯浴み場。

 一時は製作を諦めた訳なのだが、意外にも特殊パーツで手に入れる事が出来た。

 それが最初から設定されていたものなのか、それとも俺の願いを聞き入れてくれたからなのか。

 どちらにしても、俺はその極楽世界を手に入れた。


 設置場所に関しては、当然牢屋の隣にしておく。

 間違っても俺の寝所の隣には設置しない。

 牢屋から湯浴み場に行くのに俺の寝所を経由させてしまうと、牢屋の住人を誰も湯浴み場に連れて行けないからだ。

 迷宮操作を可能としている謎の画面がある俺の部屋は、迷宮で捕らえた者達を入れると魂を肉体から強制的に分離させてしまう。

 故に、最近では入口に扉を付けて錠前も付けて、そんな事にはならないように警戒を強めている。


 尚、扉の素材は迷宮内に設置出来る宝パーツから拝借した。

 錠前は宝箱を壊して再利用。

 制作者はルリアルヴァの天才少女ファムシェ。

 無駄にメルヘンチックなのはこの際我慢しておくとしよう。


 扉を設置した後は、外から丸見えな牢屋の外装を何とかしようと思った。

 耳長美少女達を部屋から連れ出す際、いちいち目隠しをするのが面倒だからだ。

 それでなくとも、行き先がすぐ近くなのだから、ほとんど目隠ししている意味がない。

 牢屋が外から透けている事を知らない彼女達にとっては、なのだが。


 しかし、その外装を何とかするにしても、外から透けているのは俺にとってもウィチア達にとってもとても便利な事である。

 何しろ、牢屋の中に入る際に無駄に警戒しなくても良いからだ。

 特に放し飼いにしているペットな幼女に関しては、お腹を空かしていると凶暴化するため死活問題になる。

 その他の面々に関しては拘束さえしておけば問題ないと思うが、やはり用心するにこしたことはない。


 さて、どうすればこの壁の問題を解決出来るのか。

 結論からいえば、やっぱりどうする事も出来なかった。


 従順になった者達ならば限定範囲内で自由にさせる事も考えた訳なのだが、どうしても完全に信頼する事は出来ない。

 一つの過ちが俺の死へと簡単に繋がってしまう。

 今は従順でも、いつまでも裏切らないという保証がないからだ。

 強制的に言う事を聞かせる奴隷システムのようなものでもない限り、彼女達を牢屋の中に縛っておくしかない。


 力や法術などを弱体化させる枷はあっても、完全に逆らえなくさせる枷は手元にはない。

 この枷を手に入れる事が出来たあの奴隷達は、やはりあまり価値のある奴隷ではなく捨て駒だったのだろう。

 だが、もしかしたらこの世には相手を完全に支配する枷があるかもしれない。

 奴隷紋のような従順化法術を使える者もいつか捕らえる事が出来るかもしれない。


 その点に関して、牢屋の住人を一人一人連れだし飴と鞭を駆使して吐かせてみるものの、残念ながら有効な情報もその手立ても見つからなかった。

 何故か俺との婚姻願望を密かに持ってしまったカチューシャが、やたらと自分と夫婦関係になればここにいるルリアルヴァの美女達は全員俺に従わざるをえなくなる筈だと忌々しげに何度も言ってくるのだが、信用するしない以前にその案は却下させてもらう。

 尚、その事をターチェユにそれとなく聞いてみると、途端に口が重くなった。

 意外と事実なのかも知れない。


 それは兎も角として、湯浴み場で過ごす時間が一気に増えたのは言うまでもない。

 これまで一度も牢屋の中から出したことのない赤髪ポニーも、晴れて牢屋の外に出す様になった。

 勿論、その時には大抵金髪ショートもセットだったが。

 風呂に入るのがとても嬉しいのか、それとも赤髪ポニーと大いにスキンシップ出来るのが嬉しいのか、金髪ショートは終始風呂場ではご機嫌だった。

 その分、体力が尽きるのも早かったがな。


 湯浴み場の他には、炊事場が増えた。

 と言っても、ウィチアとイリアは俺の行けない壁の向こう側に炊事場やら洗濯場やらを持っているみたいなので、主に使用するのはターチェユだけ。

 他の者達も連れ込んで色々してもいいのだが、あまり本来の用途以外で使うのは控えておく。

 一応、口に入る物を扱う場所なので。

 牢屋にいる住人の中でまともに食事を作れるのが天才小女とターチェユしかいないという理由もあった訳だが。

 天才少女はまだ信用出来ないため使わせない。


 食事のバリエーションが増えた事は喜ばしい事だろう。

 宿屋兼食事所で働いていたウィチアが作る料理はそれなりに美味しいのだが、どうしても味付けの濃い料理になってしまう事が多く、また素材に何を使っているのかも謎のまま。

 その点、ターチェユに料理をさせれば味付けの薄い山菜料理がメインで、素材問題は調理を見ていれば解決する。

 年長者故に料理のバリエーションもウィチアとはまるで比べものにならないし、何より牢屋の住人の数が増えたため、食事などの世話にかかる労力も大きく増えている。

 故に、フォーチュラという赤子を人質に取って無理矢理に言う事を聞かせているターチェユという雌奴隷(ヽヽヽ)は、それなりに重宝する事となった。


 ターチェユの代わりとなる爪弾き者の役も、俺に毒薬を飲まそうとしたリトゥーネが肩代わりしてくれる。

 よって、ターチェユには正式に一部屋を与えて、色々と奪ったものは多いがまだ五体満足なままのカチューシャ達のいるルリアルヴァの美女部屋から永久退室させた。

 彼女達には一切何も言わずに。


 いつまでも部屋に帰ってこないターチェユがいったいどうなったのか。

 ターチェユは大樹カーランの加護を失っているため、カチューシャ達にはその生存状態を確認する術はないらしい。

 逆を言えば、加護持ちであれば生存状況が分かるという事になる。

 また一つ、彼女達の心を弄ぶ方法を思いついたが、それはまた今度。


 兎に角、生存状態の分からない状況がまた恐怖を呼び、リトゥーネも含むルリアルヴァ12人全員の口がまた軽くなった様に思う。

 大樹カーランの加護を失うのも怖いが、その後に待ち構えている謎の運命も怖い。

 日々、元気のなくなっていくリトゥーネを見て、更に彼女達は恐怖する。

 ――リトゥーネのそれは、俺が命令した演技な訳だが。

 効果は絶大な様だった。


 湯浴み場、調理場。

 まるで迷宮には関わりのないその二つのボーナスパーツに加えて、個室も二つ増えている。

 一つはターチェユ親子に宛がった。

 勿論、例外を除いて活動範囲はその部屋の中に限定させ、外から鍵を閉めて軟禁。


 もう一つの個室は、牢屋の通路に並べられている拷問器具などを移し、現在は娯楽室として扱っている。

 それにより、臨時の尋問部屋として固定で使っていた牢屋の一室も自由に使用する事が出来るようになり、その結果ルリアルヴァ達は5つの選択肢が出来た。


 これまで目隠しされて連れられていく部屋は固定されていたのだが、これからは違う。

 近場にある松竹梅3コースの牢屋か、それとも極上の湯浴み場か、はたまた極悪の娯楽室へと連れていかれるのか。

 一人一人、ゆっくりとその5つのコースを順に体験して貰った結果。

 予想外にも彼女達の反応が分かれてしまった。


 まぁ、その辺は趣味嗜好の差だろう。

 風呂好きもいれば、縛られるだけならばまだ我慢できるという者もいる。

 緑と触れ合う機会のある部屋を希望する者、ワラワラと蠢めく何かを見る事を拒み目隠しを外さないでくれと懇願する者、他の者の目がないからか逆に俺を誘惑して何とか俺の好意を引き出し身の安全と生活の保障を約束させようと頑張る者、様々だ。

 但し一様にして、リトゥーネの様になる事だけは全員の意見が一致している。


 そのため、今の所、娯楽室を本格的に使用するのは、ルリアルヴァ達の中ではリトゥーネだけとなっていた。

 ターチェユは既にその部屋を使うまでもなく従順なので、その信用と信頼を損なわないために娯楽室には招待しない。

 逆に、最近触れ合う機会の減ってきたペットな幼女と赤髪ポニー、金髪ショートらには遠慮なくご招待。

 より効率の良いその娯楽室の使い方を模索するために、むしろその部屋以外では彼女達とはほとんど触れ合わない。

 湯浴み場は勿論別な訳だが。


 迷宮に侵入者達が現れてくれない以上、俺の思考はどんどんと内側へと向かっていく。

 身近にいる者達へと費やす時間ばかりが増えていく。

 5階層まで増やす事が可能になった迷宮な訳だが、ほとんど手を加えない。

 例の危険な罠を排除した以外では、ほとんど毎日迷宮内の様子をチェックしているだけだった。


 だからと言うべきなのか、最近その予感だけが脳裏に浮かび続ける。

 迷宮内で討伐される事なく、数ばかりを増やしていく魔者達。

 2階層以降の魔者達は元々増加量が少ないため、むしろまだまだ少ないと言える数なのだが、1階層はそろそろ危険域に達しかえている様に思える。


 隔離部屋内で増え続ける一刺蜂(ビー・スティンガー)

 入口付近の通路天井に居を構えるデューンバット。

 1階層中盤に広い範囲に分布する腐った死体(アドルゾンビ)骨戦士(ボーンソルジャー)黒い影(ブラックシャドウ)

 追加で設置した『小鬼』パーツから出てきた新入りの子鬼(ゴブリン)


 それら6種の魔者が、互いをほとんど攻撃する事なく数ばかりを増やしていく。

 特にゴブリンは豊富な食事事情が関係しているためか、自己繁殖までして増える数が異常に早い。

 しかし迷宮内で取れるのは植物関連が多いため、肉を求めてゴブリン達は迷宮入口へと向けて徐々に迷宮内を攻略している様だった。


 これまで迷宮1階層にいた魔者達は、基本的に罠に掛からないタイプばかりだった。

 アドルゾンビ、ボーンソルジャー、ブラックシャドウは不死者/不死生物であるためか、何故か罠が発動した形跡はない。

 ビー・スティンガーとデューンバットはそもそも飛んでいるので、対人を想定した罠を発動させる事はまずない。

 既に発生地点を撤去してしまった水溶の粘体生物(アクアンスライム)も、粘体生物であるためか罠には掛からない。

 まぁ、アクアンスライムはもともと罠のある場所へはいけない様になっていた訳だが。


 しかし、ゴブリンは違った。

 彼等は普通に罠へと引っかかって死亡してしまう。

 それにより、最初は数が伸び悩んだ。

 しかし時が経つに連れて彼等も仲間が罠に掛かって死ぬ様を見て、徐々に頭を働かせ始めた。

 少しずつ罠の内容を理解し、その場所を覚えるか目印を付けるかして回避し始め、徐々に行動範囲を広げていく。

 数ばかりはどんどん増えていくので、新しい罠の発見にはほとんど事欠かないようだった。


 そうして今。

 彼等ゴブリンは2階層への道を通り、その先には彼等の力では絶対に抜ける事の出来ない強者がひしめいているのを理解し、反対側である入口のある道へと版図を広げている最中だった。

 それももう時間の問題だろう。

 2階層付近にいる敵は容赦なくゴブリン達へと襲い掛かって排除しようとするが、1階層にいる5種は、ゴブリン達には寛容だった。

 理由はやはり分からないが、ゴブリン達が攻撃しない限り、アドルゾンビ達は彼等に牙を剥かない。

 その事にようやく(ヽヽヽヽ)気が付いた今。

 後は無事に迷宮入口へと到達し、彼等と共に外の世界へと旅立っていくだけだった。


 かつて迷宮の周囲にある村々へと襲い掛かった大惨劇が再びやってくる。

 しかも今度は日が出ても消える事のないゴブリン達を大量に伴って。



「そうなれば、きっと大変な事になるのでしょうね」



 そう素っ気なく答えたのは、イリア――ではなく、ティナシィカ。

 母親より大樹カーランの幹で作られた至宝の弓の名を授かった『大樹の守手』。

 双子の片割れ。


 場所は湯浴み場の一室。

その肉付の良い肢体を後ろから拘束しつつ、俺は湯船の中で極楽気分を味わい続ける。



「他人事なんだな、ティナ。もしかしたら御前達の故郷にも被害が出るかもしれないんだがな」

「それはないでしょう。私達の村はこの世界には存在しません」

「大樹カーランが造り出した別世界にあるんだったか?」

「はい。それに、例えこの世界との間に道が繋がっていたとしても、カーランもしくは長の許可なくしては村に入る事は出来ません」



 まるでイリアのように、ティナシィカは淡々と言葉を紡ぐ。

 ただ、時折に身体をピクピクと反応させているので、その瞬間には少し言葉に感情の色が――艶が彩る。

 耐えているのは一目瞭然だった。



「ところで、質問を宜しいでしょうか?」

「許そう」

「ティナとは、私の事でしょうか?」

「それ以外に誰がいる」

「……」

「嫌か?」

「……」



 質問に答えなかったので、おしおきとしてティナシィカの耳を噛む。

 その瞬間、ティナシィカは咄嗟に口から出しかけた悲鳴をかみ殺し、必死に何かに耐え続けた。

 彼女の瞳からは涙が一つ零れ落ちる。

 滴は湯の中に溶けて消えていった。



「少し呼びにくかったんでな。この愛称で今後は呼びたいんだが、構わないか?」

「……」



 また答えが返ってこなかったため、もう一度ティナシィカの長い耳を噛む。

 今度は反対側の耳。

 反応は先程と全く同じだった。

 どちらの耳もティナシィカにとっては弱点らしい。

 双子のチェーシアはケロッとしていたというのに。



「――ゼイオン様は、何のためにあの迷宮をお造りになられたのでしょうか?」



 無理矢理に話題を変えようとしたティナシカをもう一度泣かせた後、俺は適当に答えを返す。

 その問いに対する明確な答えなど、俺の中にある筈もない。

 何しろ、俺もこの迷宮の呪縛に抗えない者の一人なのだから。



「では、その不死賢者レビスという方が、全ての元凶なのですか?」



 だからと言う訳ではないが、その日初めて俺は、これまで牢屋に捕らえた者達には決して喋らなかった秘密の一つをティナシィカに開示した。


 この一手が吉と出るか、それとも凶と出るか。


 暇潰しの賭けがどの様な形で俺に返ってくるのかを少し期待しながら、俺はティナシィカにその飴を与え続けた。

2014.02.15校正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ