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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第参章 『迷宮創世』
68/115

第64話 ハーモニーの迷宮、レベル3

 毎日が楽しかった。

 一日一回、順に一人だけ部屋から連れ出し、親睦を深めていく。

 ――ほぼ一方的にだが。











 薬学の知識を得ようと、迷宮で採取出来る幾つかの草や茸を手に部屋を訪れた事があった。

 その際、一人の少女が恐る恐る手を挙げたので、その者に教えを請う。

 名を、リトューネと言った。


 リトューネは俺から一定の距離を取りつつも、丁寧に薬草の見分け方から煎じ方、各種効能を俺に教えてくれた。

 俺は彼女に言われるまま煎じていく。

 それによって出来た飲み薬には、かなり苦いが、体力回復と消化促進などの効能があるらしい。

 但し副作用もある。

 少しの間だけ、異常にちょっと元気になりすぎるのだとか。


 という訳で、出来た薬を早速使ってみる事にした。

 ……リトューネに。


 皆が見ている前で無理矢理に口をこじ開け、その薬を強引に飲み込ませる。

 すると、リトューネはすぐに泣いて叫び始めた。

 そして倒れ、苦しみ始める。


 リトューネ指導の下、実験として作った薬は、回復薬などではなく毒薬だった。

 まぁ、それも当然だろう。

 俺は無知な振りをして『痺れ草』『混乱茸』『毒麦』『毒水で育てた薬草』だけを手に部屋を訪れたのだから。

 この材料で簡単に回復薬が作れたら苦労はしない。


 というわけで、リトューネは麻痺、混乱、毒の状態異常となった。

 リトューネは必死に助けを求めるが、残念ながらこの部屋にいる者達は全員、法術を封じる枷を付けている。

 便利な回復法術は使えない状態になっている。

 俺は元より回復法術など使えない。

 ただそれ以前に、ここにいるメンバーは例外を除いて皆若いため、法術はほぼ誰も使えない様だった。


 一族の長であるカチューシャは、何でも不器用タイプ。

 その娘の二人は肉体系。

 苦しむリトューネを含めた他9名の新世代組は皆まだ未熟。


 結果、爪弾き者のターチェユだけが唯一の救いの女神だという事が発覚する。

 リトューネは当然酷くそれを嫌がったが、俺が聞く耳を持つ訳がない。

 目の前で苦しんでいる新鮮な美人を見殺しにするなどとんでもないだろう。


 よって、ターチェユの枷を一時的に外して、リトューネを法術で治療させる。

 カチューシャの手によって押さえつけられたリトューネ。

 それが長としての責務によるものなのか、それとも俺への忠誠の証なのかは分からないが、リトューネは見た目通り貧弱らしく、カチューシャでも難なく押さえ込めた様だ。

 そのリトューネに、娘のフォーチュラを人質に取られて俺に逆らう事の出来ないターチェユが、一切の迷いなく近づいていく。

 そしてターチェユが手を翳すと、ほんの一瞬で治療は終わった。


 忌むべき女性の手によって無理矢理に状態異常を回復させられた少女は、涙を流してそのまま床にぐったりとする。

 だが、当然の事ながらそれで終わる訳がない。

 あわよくば俺を殺そうとしたのだ。

 リトューネには、しっかりと罰を与えなければならないだろう。


 嬉々として部屋から連れ出し、お仕置きを行った。

 お仕置きを行った。

 行った。


 次の日。

 ターチェユの隣にはリトューネの姿があった。


 ちなみに、リトューネの名の由来は、風の声、と言うらしい。

 囁いたのは風ではなく、悪魔だった様だが。









 新世代組の9人は皆、大樹カーランの加護によって産まれた神秘の娘らしい。

 らしいというのは、わざわざそうではないという確認をしなかったからだという。


 大樹カーランの加護で子供が出来る場合は、大抵が数年の間に一気に産まれる。

 そして、加護で産まれたからといって、交配によって産まれた者達と別に何が違うという訳でもないため、基本的にその数年の間に産まれた子供は全て一括りにするらしい。

 区別をすると、仲間はずれや虐めが発生しやすいため。

 勿論、男性が産まれた場合は別だが。


 兎も角として、ここにいる新世代組9人は全員が生娘だ。

 そういう趣味を持つらしい双子が人選したのだから、それは確かなのだろう。


 しかしこの場合、戦力的にどうなのだろうという疑問が沸く。

 法術が未熟だった事からも分かる通り、彼女達はあまり強くない。

 というか弱い。

 《鑑定》スキルを使用して確認したので、それは間違いない様だった。


 ただ、それを補ってあまりあるぐらい、他4名のレベルがやたらと高い。

 まさかの3桁だ。

 しかも百台ですらない。

 これまで俺が出会ってきた者達と比べても、圧倒的だった。


 ――しかし。

 何というか、長く生きているためにレベルだけが高くなっている、という感じがしないでもなかった。

 特に、長であるカチューシャ。

 花飾りのプリンちゃん。

 一回りもレベルの低い双子の娘に力では圧倒され、またターチェユの様に優れた法術を使える訳でもない。

 本当に、何でこんなのが長なんだろうな。

 ……人気がなくて売れ残り続け、一番の年長者だったからなのか?


 それはそれとして、戦力としては双子の娘とターチェユがいる事で、一応はバランスが取れているらしい。

 その三人は都合上、長であるカチューシャと離れる訳にはいかないので、バランスを取るためにはこれぐらいで丁度良いのだとか。

 勿論、他の部隊にも新世代組の者は何名か入っている。

 生娘か男性かどうかは別として。


 という様な事を、初日に恐る恐る俺へと質問を投げかけてきた少女から聞き出す事に成功する。

 その方法は勿論、鞭ではなく飴の方。

 別室に連れて行かれたカチューシャがほとんど何もされないまま部屋に戻された事と、歯向かったリトューネがボロボロにされて部屋に戻された事は既に知れ渡っていたので、じっくり紳士的に扱ってみたら、意外と素直に情報を差し出してくれた。


 その少女の名はファムシェ。

 水鏡夢という幻想的な名を持つ、最年少だが勇気ある自称天才少女。

 天才という肩書きは、その年齢にしてはというカチューシャの率直な感想の結果なのだと、後でターチェユの口から聞く。

 まぁどういう評価にしろ、本人はそれをいたく気に入っているのだから良しとしよう。

 ちょっとその辺を重点的に褒めて、飴をより甘くしておく。


 次の日。

 ファムシェは俺の事を、ブラックス兄様、と呼んできた。

 流石天才。

 恐らくというか、間違いなく打算的な行動だろう。


 まぁ悪い気はしないので、何も言わないままにしておく。

 ……そのうち、そういう遊びも出来そうだしな。









 カチューシャが連れてきた瑠璃森の民ルリアルヴァ。

 別名、ルリエルフ。

 そう、彼女達はあの有名なエルフの一氏族だった。

 耳が長くて美男美女揃いのエルフの民。

 その一氏族が、瑠璃森という場所に居を構えている事から、ルリエルフと言う。


 瑠璃森のエルフ。

 瑠璃色じゃない翡翠色の髪を持つエルフ氏族。

 ルリエルフ。


 アルヴァというのは、エルフという言葉の別の呼び名。

 彼女達の言葉ではアルヴァというのが正式な名らしい。

 他にもエルヴァやエルヴァヌ、エルヴァーン、エルフェン、アルフェン、アールヴ、アルゥ、アーヴ、アルフェウ、フェルフ、アルフ、アルヴァー等々、氏族や地方によってその呼び名は異なるらしく、意外とややこしい。


 ならば何故エルフという種族名が有名なのかと聞くと、エルフという言葉には森を出た者、繋がりを持たない者という意味も持っているらしい。

 家出した者、家なき者、はぐれ者だ。

 故に、ハーフのウィチアも必然的にハーフエルフという種族になる。

 何処の森に住んでいる氏族に連なっている者なのかを名乗る事は出来ない。


 ターチェユも、今では自分の事をエルフと言わなければならない様だった。

 但し、ターチェユの娘であるフォーチュラは異なる。

 フォーチュラは、ターチェユがまだ瑠璃森の村に住んでいた時に、大樹カーランの加護によって授かった子供。

 まだ汚れていないのでルリアルヴァである。


 しかしここで疑問が沸く。

 夫はどうしたんだと聞く。

 すると、恋する乙女?カチューシャの策略によって長く単身赴任にさせられていたらしい。

 その間はカチューシャがターチェユを独占。

 相思相愛だったので別に問題なかったのだとか。

 ここでもカチューシャは権力を悪用していた様だ。


 まぁ、フォーチュラがルリアルヴァであろうと、カチューシャ達がルリアルヴァであろうと、もう二度と彼女達は瑠璃森に戻る事は出来ないので、エルフと呼んでも差し支えないだろう。

 が、敢えて俺はルリアルヴァと呼び続ける。

 ターチェユもリトューネも等しくルリアルヴァと呼ぶ。

 双子のチェーシアとティナシィカは酷く気にしていたが、それもいつまで続く事やら。

 とても仲の良い彼女達のどちらに飴を与え、鞭を与えようかまだ少し悩んでいる。

 果たして鞭を与えた方を俺がルリアルヴァと呼んで、飴を与えた方はどんな表情をしてくれるのだろうか。


 その彼女達に続く新しい住人達の入居は、残念ながら無期限で予約キャンセルになった。

 折角、わざわざ赤髪ポニーと金髪ショートを相部屋にして、部屋を一つ空けたというのに。

 計算違いというのは別に珍しくない。

 珍しくない訳なのだが……。


 流石に、今回の計算違いはちょっと反省する事にした。


 ここから先の話は、迷宮1階層中頃でカチューシャ達が4チームに分かれた後、彼等彼女達がどうなったかという話である。


 既に語ったとは思うが、Cチームは狩人3人に狩られてリタイアした。

 それよりも先にリタイアする事となったカチューシャ率いるDチームの話は……また今度にするとしよう。

 一方通行路からスタート地点近くに戻ってしまった後、彼女達の身にいったい何が起きたのか。

 まぁ詰まらない話だ。


 迷宮1階層後半部の迷路を楽々と突破したAチーム。

 それに遅れて、その迷路を堅実にクリアしたBチーム。

 二つのチームは迷宮2階層前半で合流し、以後は共に行動を開始した。


 都合、20人を越える集団。

 折角カチューシャが小分けにして動きやすいようにしたというのに、勝手にくっついた彼等の進軍速度はやはりというか随分と遅くなった。

 狭い通路をゾロゾロと歩く美男美女集団。

 その行く手を阻むのは飛行系の魔者フライワーム。

 飛行系の虫には森の民達が振るう弓矢は相性がやたらと良さそうだ。

 全てクリティカル扱い……かどうかは分からないが、これまでと同様に遠距離一射でバッタバッタと射殺していく。

 主に先頭にいる者達が。

 先頭が戦闘する。

 それ以外の面々は非常に暇そうだ。


 迷宮2階層前半の道程は、とりあえず苦しめと言わんばかりのほぼ一本道の長い通路が続く。

 但し、たまにある分岐路の選択を間違えると、これまた長い一本道が続き、最後に行き止まりへとぶつかってしまう。

 そしてまた長い一本道を戻る事となる。


 しかしそこにいやらしい仕掛けが一つ。


 行き止まりにぶつかり、振り返った先に見える道は、実は今来た道ではないという罠を仕掛けていた。

 うんざりするような長い通路。

 しかしその道は長い一方通行路であり、抜けた瞬間にその道は姿を消してしまう。

 代わりに見えるのは、その一方通行路の真横を真っ直ぐに並行していた道。


 行き止まりにぶつかった時に注意力がまだ残っていればその罠には気が付くだろうが、気付かなければ大変な事態が待っている。

 そう……違う道を戻るのだから、その先にある分岐路も通った事のある道ではない。

 通った事のある分岐路だと思い込み、もう一つの道を選択して進むと、また行き止まり。

 そして振り返った先に見える通路は、一方通行路の罠によって別の道が映される。


 後は、無限地獄の罠へと陥ってしまうだけ。

 本来は錯覚や構造的仕掛けを使い人を惑わせる妖八陣という罠。

 それを、長い一本道と一方通行路の罠を巧みに使う事によって、同様の効果を持つ仕掛けを作り出した。


 結果は上々。

 これにより、最初の分岐路で道の選択を間違えた者達は、ほぼ間違いなくリタイアしていった。

 そして、道の選択で正解を引いた者は、次に現れる分岐路でまた選択を迫られる。

 今度は三択。

 正解は一つ。

 運良く正解を選んでも、次は四択の分岐路。

 そこが、この迷宮へと足を踏み入れた者達の、その日までの最高踏破点だった。


 だった……つまり、過去形だ。

 ルリアルヴァは、意外と体力精神力ともにタフらしい。

 それはターチェユやリトューネという二人を相手にしてみて良く分かった。

 分からされた。


 AB混合チームは約2日にも及ぶ迷走にも挫けず、最後には根気という武器でその難関をクリアした。

 大所帯故に焦らずじっくり休憩を程良く取りながら進んでいたのが案外良かったのかもしれない。

 それとも、不思議には思いつつもあまり気にせず進み続けた無知無思考の結果なのだろうか。

 兎も角として、晴れて彼等彼女達はその無限地獄から脱する事が出来たのだった。


 その先もルリアルヴァの快進撃と苦悩は続く。

 初めて侵入者達とこんにちはしたウォーラビット達。

 その柔らかい肉にルリアルヴァ達の矢が刺さらない訳がなく、やはりというべきかバッタバッタと射殺されていく。

 但し、今度は必中という訳ではなかった。


 どうやらまだ腕の未熟な若者達を前面に押し出して働かせ始めた様だ。

 好い加減、年配の方々も疲れたのだろう。

 それともこの迷宮生活に慣れてきた故の余裕の表れか。


 兎も角として、彼等彼女達の進軍速度はまたガクッと落ちた。

 勿論、その理由は若者達を先頭に出したために……だけではない。

 迷宮2階層中盤に施した仕掛けによる効果だろう。


 2階層前半では妖八陣を参考に罠を仕掛けた。

 故に、2階層中盤では石兵八陣を参考に迷宮を造り上げてみた。

 休、生、傷、杜、景、死、驚、開の八門からなる陣。

 ……らしいのだが、まぁその辺りの事は良く分からないので無視して迷路を造る。


 通路を石や岩で隠しつつ、黒い影(ブラックシャドウ)偽装人形体(カデュアズ)という魔者を配置。

 また、迷路中を種々様々な草を覆い茂らせ視界も悪くし、容易に隠された通路を見つけにくくする。

 但しここでは『一方通行路』や『隠し扉』などは設置しない。

 という様相が、当初の状況だった。


 迷宮レベルが3に上がった事で更に一癖も二癖も付け加えられた迷路を、ルリアルヴァ達は進んでいく。

 時々、生い茂る草に視界を奪われて、魔者の接近を許してしまう事が多々あった。

 その際にはあの双子と同様のタイプと思われる肉体系の者達が活躍し事なきを得る訳だが、生命力を表しているらしき光点の輝きがたまに弱くなるので、少なからずダメージは受けている様だ。

 特に襲ってきた者がクロウタートルだった場合にその傾向が強い。

 堅い甲羅に阻まれてきっと刃が通りにくいのだろう。

 瑠璃森には亀はいそうにないしな。


 しかしそれよりも厄介な敵は、その石兵八陣の迷路の中に存在する。

 それは、新たに追加した魔者『擬態草・弱』。

 名もそのまま擬態草(ミミクリーグラス)

 但し、実際にその姿をイリアに確認してもらうと、草ではなく人型だった。


 本来、石兵八陣は人型をした石像を並べて通路を隠す。

 が、俺の迷宮ではどうやらその人型をした草、ミミクリーグラスを並べる事で代用が出来る様だ。

 周囲には普通に各種の草が生い茂っているので、まぁあまり不審には思わないだろう。

 ……きっと。


 ついでにいやらしく『粘着エリア・狭』を配置しておく。

 『微風』も配置し、草がこすれあう音も演出しておいた。

 石兵八陣の完成度がより高くなる。


 そして最後の仕掛け。

 石兵八陣といえば、潮の満ち引きによって時間帯により水没してしまうというのが肝。

 それがなければ石兵八陣とは呼べない。


 しかし、迷宮の中でどうやってその仕掛けを作り出せばいいのか。

 海に繋がっていれば、そこから水を引けば楽々完成する訳なのだが、残念ながらこの迷宮は海には繋がっていない。

 川にも接していない。


 故に現在、その辺りの問題は解決していないまま。

 そのため、ルリアルヴァ達はたっぷりと時間を掛けてその迷路を攻略していった。

 一人の犠牲者も出す事なく。


 迷宮2階層後半。

 ここは既に説明した通り、一本道の先に3分岐路があり、その一つが当たり部屋へと続いている。

 残り二つの道は3階層へと一本道で続き、その途中に中ボス部屋。


 さて、ルリアルヴァ達はどの道を選ぶのかと少しばかりドキドキしながら画面を眺め続ける。

 彼等彼女達は少しばかり分岐路で迷った挙げ句、左の道を選んだ。

 ある意味、その道は正解。

 何故なら、その左の道の先にある中ボス部屋には、まだ中ボスが発生していなかったため。


 右の部屋には中ボスが発生し、中央の当たり部屋手前にはようやくというかピクシー達が数匹住み始めている。

 遭遇すればきっと一波乱あった事だろう。

 もしかしたらルリアルヴァ達は優れた感性によって、その二つの道の先に何かがいる事を察し、回避したのかもしれない。


 正解の道を選んだルリアルヴァ達は、中ボスのいない中ボス部屋で暫く休憩する。

 その間、部屋に設置してあった各種宝箱には一切手を付けない。

 まるでその全てがハズレだという事を予め知っていたかの様に。

 近づく素振りすら見せない。

 まさか興味がないのだろうか、とすら思ってしまう程に。


 そしてその後、運命の瞬間が遂に訪れる事となる。


 無事、迷宮3階層へと辿り着いた彼等彼女達20数名。

 迷宮3階層前半。

 そこまで辿り着く事に成功した侵入者達を待っているのは、その先を熱いエリアにするか寒いエリアにするかを決定づける、2つの道。


 片方には『気温上昇・微』の罠がびっしりと床に敷き詰められた、熱帯地化通路。

 片方には『気温低下・微』の罠がびっしりと床に敷き詰められた、寒冷地化通路。


 それが――。

 彼等彼女達の運命を奪い去る。

 壮大な失敗だった。


 簡単に言えば、燃え尽きた。

 その言葉から分かるように、ルリアルヴァ達が選んだのは『気温上昇・微』の熱帯地化通路。

 左側の通路から来たルリアルヴァ達は、再び運命の選択肢を迫られ、その三分岐路から一つの道を選択する。

 三つ目の道は、迷宮2階層へと戻る中ボスのいる道。


 さて、そこにどの様な理由があったかは分からない。

 だが、彼等彼女達は結果的に最悪のシナリオを選んでしまった。

 俺にとっても想定していなかったその最悪のシナリオを、その身を以て教えてくれた。


 『気温上昇・微』の罠は、踏む事によって発動する。

 1回当たりの気温上昇量は、恐らくその名の通り本当に微々たるものなのだろう。

 予想では約0.1度といった所か。

 いや、ちょっと高いな。

 気温上昇量は約0.01度としておくとしよう。


 しかし――。

 よくよく考えてみてほしい。

 思い出してみて欲しい。


 一歩で0.01度、気温が上昇するのだとしても。

 十歩で0.1度、気温が上昇するのだとしても。

 百歩で1度、気温が上昇してしまうのだとしても。

 3階層まで降りたのだ、いくら迷宮内の温度が10度以下だったとしても。


 総勢20名を越える集団が進めば、いったいどういう事になってしまうのか。

 言わずとも知れよう、気温の上昇速度はその人数分だけ跳ね上がる。


 20人全員のたった一歩で約0.2度。

 十歩進めば約2度、気温が上昇する。

 百歩進むと、気温は約20度も上昇してしまう。

 そして百歩も進んでしまうと……その事に気が付いて引き返したとしても、罠のない場所まで辿り着いた時には更に気温が20度も上がっている。


 気温がほんの少しの間に40度も跳ね上がれば、その急激な温度変化に身体は付いていかない。

 体調を崩して倒れてしまう者が続出するだろう。

 その際に数歩また歩いてしまう。

 倒れた者を支えるために、介抱するために近づく際にもまた歩く事になる。

 結果、また気温が上昇する。


 ただ……。

 問題点は更にもっとあった事を俺は知る。


 この世界には法術が存在する。

 それはつまり、気温が急上昇した事に対する対策を、すぐに打てるという事。

 その事が、更なる悲劇を生み出してしまった。


 突然の気温上昇にも負けず、法術によって寒を取り始めたルリアルヴァ達。

 それだけならまだ良かった。

 そのまま引き返してくれさえいれば、気温の上昇は途中で止まり、それ以上の被害の拡大は抑えられた。


 だが、ルリアルヴァ達は前に進む事を選んでしまった。

 選んでしまったのだが。

 それが、取り返しの付かない事態を引き起こすなどとは思いもよらず。


 彼等彼女達が踏んだ歩数が、いったいどれだけだったのかは今ではもう分からない。

 しかしその数は、迷宮全体を(ヽヽヽヽヽ)灼熱地獄へと優に変えてしまう程の歩数だった。


 俺が犯してしまった最大の過ち。

 それは、『気温上昇・微』という罠が、限定範囲内にのみ効果を及ぼすものだと思い込んでしまっていた事。


 ルリアルヴァ達が一歩進むごとに、迷宮内の気温が徐々に上がっていく。

 その急激な気温上昇は、迷宮内にある全ての植物、生物、死者、魔者へと容赦なく襲い掛かった。


 草花は燃え――。

 アクアンスライムは蒸発し――

 各種魔者達は死に――。

 死者ですら滅ぶ――。

 そんな世界がほんの数分の間に生み出されてしまう。


 ルリアルヴァ達を捕獲しようと迷宮内に侵入していた狩人3人も、その悪夢の様な灼熱地獄化現象に抗う事は出来なかった。

 法術によって暫くは寒を取っていたものの、すぐにそのあまりの高熱に法術の力が負けてしまい、ルリアルヴァ達もすぐに力尽きる事となる。


 その日。

 迷宮は一度終わりを迎えた。

2014.02.15校正

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