第62話 十三人の囚われし瑠璃色の美女
ノックもする事なくその牢屋の中に入ると、当然の事ながら一斉に悲鳴が返ってきた。
その数、実に12人分。
まぁそれも仕方がない。
彼女達は全員、牢屋に入れられた際に一度身包みを剥がされ、代わりに薄いシャツと下着だけを着させられているのだから。
そんな姿で男の俺が堂々と姿を表せば、悲鳴の一つでもあげたくなるだろう。
というか、最近悪者ぶりが板に付いてきた様に思える。
意識して人は殺さなくとも、それ以外の悪事には耐性が付いてしまったという事か。
細剣使いの赤髪ポニーと荷物持ちの金髪ショートで慣れすぎた。
「貴様! 何者だ!」
しかし一人だけ威勢の良い人物から別の言葉が返ってきた。
ロングヘアーに封緘を付けた切れ目の女性。
髪の色は他全員と同じ様にエメラルドグリーンの綺麗な色合いをしているが、本の少しだけ他の者達よりも濃い彩りをしている。
それ以外に特徴的なのは、まぁあれだな。
あれ以外にはない。
圧倒的だ。
「俺の事は、とりあえずブラックスと呼んでくれ。……いや、やっぱりゼイオンと呼んでもらう事にしようか」
「偽名前提か……巫山戯た奴だ。貴様、私達をいったいどうするつもりだ?」
「さて、どうするかな。実の所、まだ決めていない」
「それはつまり、私達に危害を加えるつもりがないという事でしょうか? ブラックス様」
勇ましく睨み付けてくる女性とは別の女性が会話に入ってくる。
落ち着いた雰囲気の女性。
しかし他の女性達とは距離を取り、一人で隅の方にいた。
一番近くにいる者でも部屋半分の距離は最低でも取っている。
その彼女の髪の色はかなり薄い黄緑色。
「……名は?」
「ターチェユと言います」
「不思議な響きを持った名だな。だが神秘的な感じがする綺麗な名だ。名前の由来はあるのか?」
「月のしずく、という言葉から名を頂きました」
「良い名だ」
「ありがとうございます」
ターチェユは、ここにいる者達の中では一番物腰が低そうだった。
自分の立場をよく理解している様だ。
「そんな事はどうでもいい! 貴様、私達をいったいどうするつもりだ!」
……逆に、まったく自分の立場を理解していない者が、尚も食いかかってくる。
今にも襲い掛かってきそうな様子。
拘束していなければ間違いなく掴みかかってきているだろう。
「少なくとも、殺すつもりはないな。多少不自由をさせるとは思うが、命の心配はしなくてもいい」
「解放するつもりもないという事でしょうか?」
「その未来は諦めてくれ。その点に関しては俺にはどうしようもない」
「ブラックス様が此処の主様ではないのですか?」
「なんだ、下っ端か」
「……逆に聞くが、御前達の中でのトップは誰なんだ?」
「私だ。私が長だ」
「名は?」
「カチューシャだ。花飾りという意味を持っている。どうだ、良い名だろう?」
何故か自信満々に胸を張って言う。
自分の事を長だと言い、カチューシャだと名乗った女性が自慢の胸の下で腕を組み、誇らしげに俺へと見せつけながらそう聞いてくる。
ただ、その態度は艶めかしいといよりは何とも勇ましいという光景だった。
「似合わない名だな。御前には過ぎた名の様に思える」
「なんだと!」
瞬間、カチューシャの後ろにいた二人が少し笑ったのを俺は見逃さない。
俺の方からはその二人の様子は見えるがカチューシャには見えない。
当然、カチューシャはその事には気付かなかった。
「貴様、どうやら命が惜しくない様だな」
「……少しは自分の立場を理解した方が良いんじゃないか? 御前の無礼が他の者に飛び火する可能性がないとでも思っているのか?」
「はっ、貴様の様な雑魚にいったい何ができ……ふぎゃ」
その言葉を言い終える前に、カチューシャは後ろにいた二人の手によって後ろ向きに倒された。
その拍子に自慢の胸が揺れ、あまり隠そうとはしていなかった下着が少し開かれた足の間から角度を変えて俺の瞳を楽しませる。
拘束されて身動きしにくいその状況でそれをした二人は、引き摺り倒したカチューシャの上に乗るなどして無理矢理にその口と動きを封じる事に成功する。
どうやらカチューシャが長という肩書きはここでは邪魔なだけだという事を理解した様だ。
「すみません、続きのお話は私達がお相手致します。私はティナシィカと申します。大樹の守手という意味です」
カチューシャの足の上に乗っているショートカットヘアーの女性がそう挨拶し、作り笑顔を向けてくる。
この中では一番健康的な肢体をした武闘派の女性。
恐らくは長であるカチューシャの護衛役の片割れといった所だろう。
元、がつくかもしれないが。
「長がご無礼を致しまして申し訳ありません。深くお詫び致します。あ、申し遅れましたが、私はチェーシアと言います。ティナシィカの双子の姉になります。名の由来は、森の恵みから頂いております」
そしてもう一人の護衛役だと思われる女性が、カチューシャの口を手で塞ぎながら口を開いた。
その美貌は、しかし双子だというのにティナシィカのそれとは明らかに異なっている。
むしろ似ているとは言い難い顔の作りだった。
似ているのは髪型と髪の色ぐらいなものだろう。
あとは護衛役らしく武闘派っぽい健康的な肢体をしている事ぐらいか。
そのチェーシアの腕を、カチューシャが自由なままの腕でのけようとするがビクとも動かない。
力の差は歴然な様だ。
あの細い腕のいったいどこにそんな力があるのか……不思議だ。
「二人とも良い名だな。よく似合っている。ティナシィカとチェーシアだけ他の者達とは明らかに体付きが違う様に思うのだが、それは表立って闘うのがこの中では二人だけだという事なのか?」
「いいえ。皆、闘う力は持っています。ただほとんどがまだ年若い子でして、身体が成長しきっていないのです」
言われてみれば、確かに線が細くて背が低そうな者が多い様に見受けられた。
彼女達は皆、床の上に座っているのでその正確な身長は分からない。
いや、座高がティナシィカとチェーシアとほぼ同じだったので、実は身長はそれでほぼストップなのかもしれないな。
しかし……。
「……若いのか?」
どうしても若くは見えないカチューシャを見ながら俺は二人に質問する。
瞬間、カチューシャがちょっと暴れたがチェーシアの腕はやはりまったく動く気配はなかった。
見た目にはそんなに筋肉が付いている様な腕には全然見えないのだが。
あまり見た目で判断をするのは止めた方が良さそうだ。
「長と、あそこにおりますターチェユは別です。二人は私達よりも遙かに年上ですので」
「遙かに、なのか? ターチェユ、参考までに年齢を聞いて良いか?」
「……お答えしたいのは山々なのですが、既に忘れてしまいまして。申し訳ありません」
遠回しに拒否された。
一瞬だけ間があったのが何よりの証拠だろう。
ターチェユが浮かべた笑みがちょっと怖い。
この分だとカチューシャも答えてはくれないだろう。
ティナシィカとチェーシアはおろか、他の女性達も同様。
無言の圧力がそれを在り在りと物語っていた。
年齢の話は何処に行っても鬼門という訳か。
「あの……質問しても宜しいでしょうか?」
まだ名前を聞いていない者の一人が恐る恐る手を挙げながら聞いてくる。
ちょっと虐めたくなる様な反応だ。
そう思い、つい笑みを浮かべてしまった。
ビクッと震えて小さな悲鳴をあがる。
「何だ?」
気にせず先を促す。
「えっと、此処は……いったい何処なのでしょうか?」
やはりというべきか、予想していた質問内容。
捕らえられた者達はだいたい最初の方にその質問を問いかけてくる。
「御前達が潜っていた迷宮の中だ。その最奥に位置している」
「という事は、私達はブラックス様に捕らえられたという事になるのですね?」
「その認識で問題ない」
この事実を俺の口から直接聞いて、若干一命を除いて全員が絶望に暫し打ちひしがれた。
「では、この迷宮に赤ん坊を連れた者が入ってきませんでしたか?」
その絶望しなかった一名――ターチェユが僅かに希望に満ちた瞳を俺へと向けてくる。
瞬間、カチューシャが大きく反応を示した。
同じ様に何人かがこちらを見る。
「……赤ん坊をか?」
「はい。私達はその赤ん坊を助け出すために、ブラックス様の居られるこの迷宮へと足を踏み入れました。何か知りませんでしょうか?」
懇願する瞳、期待する様に組まれる手。
「この迷宮に住んでいるとはいえ、流石に俺もその全てを知る事は出来ない。故に御前達の探している赤ん坊を誰かが連れていたとしても、俺にはそれが分からない」
その手が崩れ、床に落ちる。
斜め横へと身体を倒し、悲しみに打ちひしがれた様な姿勢。
彼女が抱いていた期待は打ち砕かれ、一足遅れてようやくこの絶望的な状況を思い出した様だ。
その光景をこのまま見ていても別に良いのだが。
しかしそこで俺の頭の中に一つの閃きが浮かぶ。
「――が、赤ん坊には心当たりがある」
「本当ですか!?」
ターチェユの瞳に再び光明が差した。
つまり、それほどまでに彼女にとってその赤子は大事な存在なのだろう。
そういう関係なのだろう。
ならばその関係を利用すれば、このターチェユという女性はきっと何でもする様になる筈だ。
きっと俺に絶対服従の姿勢を取ってくれるだろう。
「少し待っていろ」
そう言い残し、俺はその牢屋を一度出る。
そして隣の牢屋に入り、その部屋に入れていた二日前の戦利品を持ち上げた。
そう、二日前に手に入れた戦利品。
4人目の居住者だ。
いったいどうするべきか、少し頭を悩ませていた存在。
部屋に入った瞬間、それが耳うるさく泣き始める。
が、無視して元の牢屋へと戻る。
捕らえたばかりの女性達がいる牢屋に戻ると、その瞳が一斉に俺が抱く赤子へと注がれた。
「ターチェユ、御前が探していた赤ん坊というのはこれか?」
「フォーチュラ!? ああ……」
ターチェユが立ち上がり俺の方へと駆け寄ろうとしてくるが、足と手と首に付けている枷とそこから伸びた鎖が邪魔をしてすぐに転けた。
しかし尚もターチェユは立ち上がり俺の抱くフォーチュラと呼んだ赤ん坊の元へと近づこうとする。
だがやはりそれは叶わない。
繋がれた鎖の長さが限界に達し、道半ばでそれ以上の前進を阻まれてしまう。
それでも尚ターテェユは赤ん坊へと駆け寄ろうとして頑張り続けた。
「フォーチュラ! フォーチュラ!」
「落ち着け。聞いての通りこの赤ん坊は無事だ。特に外傷もない」
「貴様が全ての元凶か! 我等を捕まえるために赤ん坊を浚い、この迷宮へと誘き寄せたのは貴様だな! クズが! 恥を知れ!」
「ティナシィカ、チェーシア。すまないが、そっちでまたうるさく鳴き始めた奴の口を封じておいてくれ。この赤ん坊の泣き声だけでも少し苛つくのに、そっちの鳴き声まで聞くと不快でならない。話の風向きが変わってしまいそうだ」
「はい」
「分かりました。仰せのままに」
「なっ!? 御前達、彼奴の言葉を聞くのか!? この裏切り者! 恥をし……!!」
カチューシャが首を絞め落とされる。
いや、別にそこまでしてくれと頼んだ訳ではないのだが。
「これで宜しいでしょうか?」
「いや、まぁ……別に御前達がそれでも良いなら別に構わないが」
「業に入っては業に従え、です」
だから私達には酷い事はしないで下さいね、という意味の籠もった懇願の瞳を向けられるが、さてどうするかな。
まぁその辺は後回しだ。
「先に言っておくが、別に俺がこの赤子を誘拐した訳ではないからな。迷宮内に放置されていたのを回収しただけだ。今から約二日前に」
「そうなのですか!? 有り難うございます、ブラックス様。フォーチュラを保護して頂いて本当に有り難うございます。この御恩は一生忘れません」
「ただの偶然だ。そんなに感謝してもらわなくてもいい。この礼はしっかり返してもらうからな」
その俺の言葉を、この場にいる11人の女性達が聞き逃す筈もなく。
彼女達の身体が少し強ばった。
これが感動の再会シーンなどとは彼女達の目には映らなかったのだろう。
当然だ。
彼女達は此処に捕らえられている身なのだから。
「私に出来る事でしたら何でも致します。ですので、どうかフォーチュラを私に」
しかしこの赤ん坊フォーチュラの母親らしきターチェユだけは、その俺の言葉はほとんど耳に入っていない様だった。
それがまた俺の胸に罪悪感の尖った針がチクリと刺さる。
良心。
まだそんなものが残っていたのかという思いは、久しぶりに感じる《欲望解放》の呪いによって簡単に打ち消された。
「なら、まずは御前からだな」
欲望に心を満たされたもう一人の俺がまた外に出てくる。
赤ん坊をその場に置き、代わりに一枚の布を手に取る。
「何を……」
そしてまだ残っている理性の中で、俺はターチェユの瞳をその布で覆い隠した。
次に、壁に掛けてあった鎖を手に取り、ターチェユの身体に巻き付けていく。
その光景を、この場にいる女性達はただ見ているだけで、助けようとはしなかった。
彼女達の動きを制限している鎖の長さは全員同じなので、例え手足首に枷が付けられていようともこのタイミングならば俺に襲い掛かる事も出来た筈なのに。
11人もいたというのに。
たった一人の俺を相手に動けないでいた。
「なに、ちょっと部屋を変えて御前と二人きりでじっくりと話をするだけだ」
抵抗すら出来ない状態にしてから、部屋に繋がれていた枷の鎖を外す。
そして別の短い鎖を手に取り、ターチェユが首に付けている枷へと繋ぐ。
この間にも、彼女達は一切の救助行動を行う様な事はしなかった。
言葉すら発しない。
彼女達の間にいったいどの様な深い溝があるのかは知らないが、それはそれで俺にとっては好都合。
カチューシャに意識があればもしかしたら彼女の号令によってまた違った状況が生まれていたのかもしれないが。
予想していた反撃もなく、警戒する事すら虚しく俺はターチェユをそのまま部屋の外へと連れ出す事に成功する。
勿論、フォーチュラも連れて。
これで第一段階は成功だろう。
ターチェユはこの赤ん坊を盾にすれば恐らく何でも言うことを聞く。
では、残りの者達は?
俺にいったい何をされるのかを、あの部屋の中で十分に想像してもらうとしよう。
そして恐怖してもらうとしよう。
そうすれば、いつかは心が折れ少しずつ俺の言う事を聞く者が現れ始める。
そこに飴をあげ、言う事を聞かない者には鞭を振るえばいい。
それでも心が折れなければ、それはそれで楽しめる。
一人ずつ、じっくりと。
一人ずつ、確実に。
特にあの双子は差別を付けてゆっくりと楽しむとしよう。
ターチェユとフォーチュラを連れて、フォーチュラが元いた牢屋の中に入る。
そしてまだ泣き続ける赤ん坊を適当な場所に置き、ターチェユの視界を奪っていた布を取り外した。
「……覚悟は、出来ています」
「いったい何の、とは聞くつもりはない。理解出来ているからな」
拷問具の一つである寝台の上にターチェユを寝かし、まずはその二つの足をそれぞれ別の鎖で拘束する。
流石にそこまでは想定していなかったのか、その間ターチェユはずっと身を震え上がらせていた。
拷問具が見えない位置にターチェユを移動させてから目隠しを取ったからな。
そこまでの覚悟や心構えは出来なかった。
目隠ししたままでも別に良かったが、赤ん坊の姿が確認出来た方がより効果的だろう。
口を塞がないのは、法術は詠唱されても今の状況ではまず発動しないため。
彼女の手、足、首に付けられている枷は、数日前に迷宮へとやってきたあの大集団から手に入れたものである。
便利な事に、これを付けられていると余程強い力の持ち主でないと法術は行使できなくなるらしい。
ターチェユがその範疇に収まっているのかどうかは分からないが、今は目の前に見える赤ん坊の方に意識が向いているため、わざわざ口を塞いで法術の事を思い出させる必要はないだろう。
まぁそれ以前に、口を塞いだからといって別に法術が使えなくなるわけではない。
ただ、一般的に詠唱した方が法術の威力は高まるらしい。
だがターチェユの口は塞がない。
それでは彼女の口から流れる綺麗な言葉の旋律を聞く事が出来ないために。
代わりに胴と首を寝台に固定し、更に動きを封じる。
次に二つの手を拘束する場所から鎖を伸ばし、ターチェユの手に付けられている枷へと繋ぐ。
それから彼女の身体をぐるぐる巻きにしていた鎖を外した。
そして両手を拘束具に片方ずつしっかりと固定する。
ターチェユはまるで抵抗らしい抵抗はしない。
やはり瞳に映っている赤ん坊の存在がそれをさせないのだろう。
そしてようやく、彼女とゆっくりと会話出来るその状況が完成する。
四肢を別々の場所に固定され、胴と首まで固定されたターチェユ。
その姿はとても歪んだ美しさだった。
その彼女の正面へと回り、椅子代わりに別の拷問具を持ってきてそこに座る。
早くまともな家具が欲しいものだ。
どこかで手に入れられないものかな。
「そういえば聞くのを忘れていたな。見ればだいたい分かるが、御前達の種族は何なんだ?」
「……瑠璃森の民、ルリアルヴァです。私達はそう呼んでいます」
ターチェユが瞳に怯えを宿らせたまま、ゆっくりとそう答える。
きっとこの状況が予想していたものよりも悪い状況だったのだろう。
構わず、俺は続けて質問する。
「外の連中にはその名で呼ばれているのか?」
返っていた言葉は、予想通りのものだった。
その回答に満足した後。
――俺は、その母娘の耳に心地好い鳴き声を、暫くの間聞き続けた。
2014.02.15校正




