第61話 強食者の権利
俺の獲物が狩られていく。
また一人、命の灯火が消えた。
迷宮の罠に掛かった訳でもなく、迷宮内に解き放った魔者にやられた訳でもなく。
侵入者同士がぶつかり合い、狩られ、そして死んでいく。
一方だけが数を減らしていく。
狩る側の人数はたった3人。
対して、狩られる側の数は10人とちょっと。
その数の差で考えれば、後者の方が圧倒的に有利な状況だった。
にも関わらず、後者は狩られる側になっている。
先に迷宮へと侵入した後者の部隊は、決して弱い訳ではない。
距離を取った状態であれば、前者をまったく近寄らせる事はなかった。
後者は敵の存在をかなり遠い位置から察知する事が出来る。
と同時に、正確無比な遠距離攻撃で確実に一発で仕留める技術を持ち合わせていた。
それは、相手が同じ侵入者であっても同じ事。
後から迷宮に侵入してきた者達は、迷宮の中を奇妙な方法にて進んでいた。
一人が先行し、曲がり角で止まると次の一人が進む。
合流するとまた一人が先行。
まるで玉突きの様に3人は洞窟の中を進んでいった。
まるで最初から迷宮内の事を知り尽くしているかの様に。
彼等は正解の道だけを選んで進む。
その最短距離を行く彼等と先に侵入していた部隊が遭遇したのは、迷宮の中央よりも少し前の位置。
行き止まりにぶつかり、元来た道を引き返していた者達は、分岐路を曲がろうとした所でその3人と鉢合わせをした。
先制は、間違いなく数が多い方の者達。
これまで通り、彼等は近づく者は誰であっても近づかれる前に殺そうとした。
問答無用の容赦なき不意打ち攻撃で、近づいてきたその者達を無慈悲に殺そうとした。
俺ならその瞬間に命を落としただろう。
しかしその突然の攻撃に、後から侵入して来た者達は倒れなかった。
だけでなく、横道に隠れていた一人が部隊を急襲し、逆に一人を討ち取ってしまう。
それからはずっと一方的だった。
最初からその3人は、先に迷宮へと入っていった者達を狩るつもりだったのだろう。
一人目を討ち取った後、3人はすぐに散り散りになり、迷宮の中を縦横無尽に走り回った。
まるで相手の位置が分かっているかの様に。
迷宮内部を知り尽くしているかの様に、
獲物を少しずつ追い詰め、確実にその数を減らしていく。
そしてまた一人、運悪く標的とされた者がその狩人3人の手によって討ち取られた。
画面上に浮かんでいる光点の一つが、ほぼ透明に近い状態へと変わる。
今度は死ぬ事はなく、一命を取り留めた様だった。
しかしそれがその者にとって幸だったのか不幸だったのか。
逃げる獲物を追わずその場に留まった3人は、その気絶させた者を回収し、その場に1人を残して洞窟の入口へと向けて移動を開始する。
その道中にあった死体はイリアが既に回収済だったので彼等には回収する事は出来ないが、もしまだその場に死体があれば彼等はきっと回収していっただろう。
そう俺に確信させるだけの動きを彼等3人はしていた。
程なくして2人は入口に辿り着き、回収した獲物を外で待機していた者達へと受け渡す。
そしてまた洞窟の中へと取って返し、獲物の様子を窺っていた1人と合流して再び狩りを再開する。
その繰り返しだった。
「この分だと、俺の分け前はもうなさそうだな」
「まだ欲しいんですか?」
「貰えるものならな。あって損はないだろう」
迷宮内での狩りは続く。
この俺のいる空間と迷宮内では時間の流れる間隔が異なるため、迷宮内では昼なのか夜なのかはまるで分からない。
時折、先に侵入していた者達は暫く同じ場所に留まり続け、後から侵入してきた狩人達は1人を見張りに残して残り2人が入口付近で休む事がある。
しかしそのタイミングはまるで異なり、特に後者は長時間休む事がなく頻繁に獲物である前者へとちょっかいをかけていた。
精神的にも体力的にも追い込む算段の様だ。
たった3人しかいないにも関わらず。
また一人、狩り取られる。
しかし獲物の人数が減ってきた事で、やむを得ず殺してしまう事もなくなってきた。
「ただいま帰りました」
それに伴い、死体を回収してスライムプールへと投げ込むというイリアの仕事も一段落し、俺のいる部屋へと戻ってくる。
「おかえりなさい、イリアさん」
「何かめぼしいものは持っていたか?」
「変わらず、です。皆、ほぼ同じ装備を身に付けている模様です」
「そうか。まぁ、そうだろうな」
死体から身包みを剥ぎ取る少女の図というのは何とも言いがたいものがあるのだが、イリアはあまり気にしている様子はなかった。
もしかすると、教会にいた頃にも似たような事をさせられていたのかもしれない。
とはいえ、イリアもあまりそういう事をしたいとは当然思っていない。
ただそれが仕事だから仕方なくやる。
そんな感じだった。
迷宮の画面を操作して、水溶の粘体生物達の様子を確認する。
数日前にやってきた者達に捨て駒とされ、その結果、大量の餌を手に入れた約219万体のアクアンスライム達。
流石に弱い者達ばかりだったので、運良く餌にありつけたアクアンスライム達であってもそのレベルはほとんど上がらず、今朝の段階で既に全員レベル1に落ち着いていた。
しかし今。
新しい餌を与えられたアクアンスライム達は、勢いよくそのレベルを上げていた。
レベル1のアクアンスライム達の溶解速度は非常に遅いので、その餌を完全に消化するにはかなりの時間を要する。
にも関わらずレベルの上昇速度が速いという事は、それだけその餌が上等だという事なのだろう。
アクアンスライムが進化した存在である固有種4体のレベルを見ても、最初に迷宮の入口で一人を溶かし殺しただけなのに、ハッキリとそのレベルを上げている。
その4体は死体には絶対に手を付けない。
手を付けない故に、アクアンスライム達が餌にありつける。
その結果、また大量のアクアンスライムが生まれてしまう。
そしてその度に、増えたアクアンスライム達を迷宮内で溢れさせないために、スライムプールを拡張する事になる。
そろそろこの悪循環を何とかしないとな。
侵入者達の数が本格的に増え出すと面倒で仕方ない。
アクアンスライムの処理方法について、そのうち牢屋の住人達に意見を聞いてみる事とするか。
暫くして。
残り3人となっていた獲物達は、休憩をしている所を一気に攻め込まれ本当に全滅した。
仕留められた最後の3人が、狩人3人の手によって迷宮の入口へと運ばれていく。
その行く手を遮る魔者はほとんどいない。
こういう時にこそ、散歩好きの誰かさんが颯爽とその場に現れて獲物をかっさらってくれればいいのだが……。
残念ながら、その誰かさんはまだ俺の頭の上にいた。
「存外に詰まらない戦いだったな」
「当事者達にとってはそうでもなかったと思いますけど……」
「ハーモニー様、このまま彼等を好きにさせておくのですか?」
「何度も言う様だが、俺は彼等の問題に直接手を出すつもりはない。残っている部隊がまたあの3人に狩られてしまう可能性は十分にあるが、それはそれで仕方がない、俺には運がなかったと割り切るだけだ」
「しかしそれではいつまで経っても目標を達成する事は出来ないのでは?」
「目標か……十日連続で十人を殺す事だったか?」
「はい」
合計で考えれば百人。
それだけの人数を殺せば、晴れて俺はこの隔離された世界から出る事が出来る。
そういう約束であり、そういう条件である。
不死賢者レビスが俺へと課した課題。
「確かに今迷宮に手を加えれば、あの3人と、その3人に捕まっている3人を殺す事は可能だろう。その人数を合わせれば今日のノルマは達成する」
「私はこのチャンスを逃すべきではないかと思います」
「まぁ、確かにチャンスではあるな。迷宮の中にはまだ二十人以上も残っている。明日、明後日と順当に狩っていく間に、次の侵入者達がまたやってくる可能性も十分にある」
「そうですね」
まぁ、そんな都合の良い事があるとは俺は思わない。
だが未来の事は誰にも分からない。
明日もまた、今日の様に大量の侵入者達がやって来る可能性もある。
もしかしたら連日やってくるかもしれない。
ならば可能な限り、そのチャンスを掴もうと努力するべきだろう。
――普通ならば。
「ウィチア」
「はい?」
「イリア」
「はい」
「二人は、人を殺したいか?」
「いいえ」
「……」
俺の質問にウィチアは即答し、イリアは沈黙を解答として選ぶ。
「それが一つの答えだ。俺は、本気で人を殺したいとは思わない」
この無機質な画面を見ていると、それが人の命が掛かった悪質なゲームである事を忘れてしまいそうになる。
本当にお遊びのゲームとして思うようになってくる。
しかし。
その一線は越えるべきではない。
この迷宮を作っている時点で――既に昨日の時点で何百人という死者を出してしまっている時点で、俺の罪は恐ろしく重いものとなっている。
そしてこれからも俺の作った迷宮は人の命を奪っていくことだろう。
もしかしたら俺の知らない所でも多くの命が奪われている可能性もある。
迷宮の中に溢れた魔者達が外に出たのだ。
その魔者達が人を襲い、既に無視出来ない程の被害を出しているのかもしれない。
だからこそ今日という日に、大人数の討伐隊が俺の作った迷宮へと入っててきた可能性も考えられた。
……侵入者同士で戦いを繰り広げた事から、それは恐らくないと思うが。
「今この時に迷宮を弄り彼等を殺そうとするというのは、言い換えれば意識して人を殺そうとしている事だ。人を殺したいと思う事だ。私利私欲のために、殺意を抱くという事だ」
それは、結果として殺人を起こしてしまった者の思考ではない。
意図的に殺人を引き起こした殺人鬼の思考だ。
「イリア、俺はただここから出たいと思うだけで、最低百人以上の人を意識してまで殺そうとは思わない。殺すまでとは言わないまでも、気絶させてあの牢屋に放り込みたいとも思わない。それは何故だか理解出来るか?」
人を殺したいかという質問には即答するべきだった。
突然の質問に、迷ってしまい答えるまでに時間が掛かるのならば分かる。
だが、イリアは何故か沈黙を解答とした。
「理解出来ません。力を持っている者は奪い、力を持ってない者は奪われる。それがこの世の摂理です」
「弱肉強食の世界か?」
「はい。弱者は強者に何をされても仕方がありません。現に、弱者である私はこれまで強者である教会によってあらゆるものを奪われてきました。そしてまた私はレビス様によって残りの人生全てを奪われここにいます」
……なるほど。
イリアはあの教会の中で育った。
教会がいったいどの様な仕打ちをイリアにしてきたのかは知る由はないが、イリアのその言葉を聞くからに、決してまともではないのだろう。
自由というものをイリアはまるで知らないのだろう。
いや、それならばおかしな点がある。
イリアはここでは自由に振る舞っている。
教会では被っていた仮面は脱ぎ捨て、その行動もかなり自由に近い。
イリアが本当に自分を弱者と思っているのならば、そんな事はしないはずだ。
それとも、イリアはここでは俺よりも立場的に強いと思っている?
「……イリアは今の暮らしを気に入っているのだと思っていたんだがな」
「気に入っています。命令がほとんどありませんので」
ふむ……。
確かにレビスは必要最低限の事しかイリア達には命令していない。
そして俺もイリア達にはほとんど命令していない。
イリアは俺が望めば何でもしてくれる。
それが分かっているので、俺はいつも先にイリアがどう思うのかを確認して、嫌だと思う様な事は極力望まなかった。
迷宮内から各種様々な石や岩を回収してきて欲しいと思った時にも、実はイリアは嫌とは言っていない。
その仕事を頼む前に仕事の内容を事細かに説明して感想を聞くと、更に必要となる仕事まで洗い出し、それらは非力な女性の身では恐ろしく重労働でとても大変なのでかなりの負担になるという事をつらつらと説明し返された。
無表情で淡々と話すその様を見れば、ハッキリ言えば嫌だと言っているのと変わらないだろう。
故に、俺はその仕事は望まず、頼まず、命令しなかった。
……いや、それだとおかしな点があるな。
イリアは最初、俺に嘘を吐いた。
あの嘘が実はレビスに命令されて吐いたものだという可能性も勿論あるが、そうでないならあのお茶目なイリアは何だったのだろうか。
強い者には絶対服従命令至上主義ならば、あのイリアは少しおかしい。
ちょっと試してみるか。
「イリア、3回まわってワンと鳴いてくれるか?」
「はい。……ワン」
イリアが迷わずその場で3回まわってワンと鳴く。
まるでその命令をしてしまった俺の方が恥ずかしいと思ってしまうぐらいに、淡々と、無表情で。
可愛さの欠片もない。
「ウィチア、3回まわってワンと鳴いてくれるか?」
「えっと……嫌です」
「……」
ウィチアが俺の頼み事を拒否した事に、イリアは別に何も言わない。
普通に受け入れている。
同じ教会に所属しているにも関わらず。
「キュイ」
「キュア」
「キュポ」
「いや、御前達は別にしなくてもいい」
次は自分達の番だと言わんばかりに妖精達が次々と回って鳴く。
止めても止めない。
こっちは放っておこう。
「先程のご命令と、ハーモニー様が御自身を快楽殺人鬼ではないと意固地になって主張し続けるのとには何か関係があるのでしょうか?」
「ちょっと待て。俺がいつ、快楽殺人鬼ではないと主張した。いや、快楽殺人鬼ではないのは確かだが、その言葉はいったいどこから出てきた?」
「違うのですか? 牢屋に居られるあの方は、いつもそうおっしゃっていましたが」
初耳だ。
あいつめ……俺がいない所ではいつも俺の事をそんな風に呼んでいたのか。
「えっと……私もあの方がハーモニーさんの事を呼ぶときは、いつもそう聞いています」
ウィチアの方を見ると、そんな言葉が返ってきた。
牢屋にいる者達の世話はイリアよりもウィチアの方がよく行っているので、親密度で言えばウィチアの方が上だ。
人としての暖かみもイリアとは比べものにならないので、会話もたぶん弾んでいる筈。
……主に俺に対する一方的な悪口だとは思うが。
「……ああ、分かりました。ハーモニー様は、楽しんでおられるのですね。敢えて自身に制約を掛ける事で、この閉ざされた生活に一種の潤いややりがいを持とうとしているのですね。そしていつ終わるともしれないこの生活に絶望してしまわないように、長く楽しめる様に工夫しておられるのですね」
間違ってはいないのだが。
間違ってはいないのだが、あまり納得したくはない。
しかしゲーム感覚でいるのは確かだ。
ゲーム感覚でいなければ、人が次々と死んでいくという現実に押し潰されてしまう。
迷宮の中で死ぬだけでなく、牢屋の中でも人は簡単に死んでいく。
既に牢屋では4つの命を散らし、1つの命を殺して生き返らせた。
俺は人の命を弄んでしまっている。
その現実と向き合わないためには、ゲーム感覚でいるしかない。
「それも理由なのですね?」
「……」
その質問に対して、今度は俺が沈黙する番だった。
「ハーモニー様、3回まわってワンと鳴いてくださいませんか?」
「……ワン。って、俺に何をさせる!?」
「ハーモニー様がそれをしても全然可愛くないですね」
イリアが妖精達を仲良く肩と頭の上に乗せた状態で、わざとらしく言う。
「御前、実は俺で遊んでいるだろう……」
「私のキュルちゃん達に不埒な事を考えた罰です」
「イリアさん。私達の、ですよ」
やはり、最初の頃に見たお茶目なイリアは真実だったらしい。
そういえば妙なコスプレをして俺の目を微妙に楽しませようとしてくるのもイリアに茶目っ気が存分にあるという事を物語っているのを思い出す。
無表情なのも、実はキャラ作りの一環なのか?
イリアの性格がよく分からない。
というか益々よく分からなくなった。
「……牢屋の様子を見てくる。暫くは目立った動きはないと思うが、何かったら報せてくれ」
「はい。いってらっしゃいませ、ハーモニー様」
「ワン」
くるくるっと回って鳴いたウィチアに軽く手を振って、俺は部屋を後にした。
そして、随分と狭苦しくなった牢屋の一室の中を見る。
あの狩人3人によって狩られたのは、先に進まず引き返したCチーム。
では振り出しに戻っていたDチームは何処に?
その答えは、牢屋の中。
しかも一人も欠けることなく全員が。
これ以上を望むというのは、流石に貪欲すぎるだろうに。
それがまた一つの理由だった。
2014.02.15校正




