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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第参章 『迷宮創世』
63/115

第59話 崩れていく信頼

「ウィチア、お茶を頼む。イリアは回収の用意を」

「キュー」

「キュルル?」



 しかしその言葉は二人には届かなかった。

 代わりにすぐ近くにいた2匹の妖精が反応し、パタパタと羽根を羽ばたかせて近づいてくる。

 その手には針と糸。

 針を持っているのがキュルルで、糸を持っているのがキュー。

 ステータスを確認したら、以前見た時は???だった名前がそう表示されていた。

 また勝手に名前を付けて……。


 その妖精二匹が飛んで向かってくる。

 この迷宮のどこにそんなものがあったのか不思議でならないが、一仕事を終えたばかりの二匹は俺の目の前まで飛んでくる。

 そして、自身の身長の半分ぐらいの長い針を両手に持っていた妖精が、突然にその先端を俺へと向けて突いてきた。

 しかも目に向けて。


 びっくりして俺は避ける。

 その拍子に頭の上からキュイが転げ落ちた。



「キュルルっ! キュルルっ!」

「キューっ! キューっ!」



 その悪戯が成功して二匹が喜び始める。

 空中なのに跳ねて喜ぶ。

 相変わらずの悪戯ぶりに、握りつぶしてしまおうかとも思い始めてしまう。

 思うだけではなく実行に移すべく捕まえようとしたが、二匹は器用に俺の手を躱し、しかも反撃までしてきた。


 予想以上に重い一撃で俺の頬が蹴り飛ばされる。

 拷問用の電気椅子を改造した椅子から転げ落ち、その拍子に先に床へと落ちていたキュイをまともに押し潰してしまう。

 しかし一瞬後、その俺の身体を軽々と持ち上げて這い出たキュイの姿を俺は見た。


 そして俺は久しぶりに思い知る。

 己の弱さを。

 更に痛感する。

 見た目はこんなでも、この小さな妖精達は俺程度の雑魚は歯牙にも掛けないほどの力を持っているという事に。

 本気でぶつかれば、きっと俺など軽く一ひねりされる事だろう。

 まるで蟻を潰す像の様に。



「あら? ハーモニーさん、どうしました?」



 現実逃避するために牢屋へと向かおうとした所、その牢屋から戻ってきたウィチアと鉢合わせしてしまう。



「……お茶を頼む。客が来た」

「え? お客さん? ……ああ、侵入者さん達ですね。少々お待ち下さい。すぐに煎れます」



 牢屋に向かう用事など知れている。

 風呂の検討だ、という苦しい言い訳も出来ない事はないが、その言い訳をして長時間帰ってこなければ何をしていたかなど一目瞭然。

 今更隠す事もないのだが、もうちょっとましな方の言い訳をして俺は椅子に戻った。



「イリアはどうしてる?」

「イリアさんなら今お風呂に入っています。牢屋の壁の向こう側にお湯が溜まるようになったので、キュンちゃんやキュピちゃんを連れて身体洗いっこしてるみたいです」



 首から上だけ壁から出してウィチアが言う。

 なんだかもう盛大に負けたような気分だった。

 壁抜け出来る奴は何でも出来て良いよな。

 妖精達への好感度がまた一つ下がった。



「二、三日前に来たお客さんがまた来られたのですか?」

「……いや、どうもそんな感じではないな。練度がまるで違う」

「と言いますと?」



 スライムプールの前で何やら一悶着あって一人減ってしまってはいるが、概ねその侵入者達は順調に迷宮の中を進んでいた。

 というよりも、その進行速度がやたらと早い。

 にも関わらず、罠には引っかからず、遭遇した魔者達を倒す速度も一瞬。

 その攻撃が全て遠距離攻撃で、しかもたった一撃で片が付く事から、弓矢と攻撃法術に随分と長けた連中の様だった。


 この数で全員がそうだとするならば……俺の期待が少し膨らむ。



「見ての通りだ。遭遇する魔者は近づく前に全て一撃で屠っている」

「あ、本当ですね。これまで来られたどの方とも違いますね。数も多いですし」

「しかもほぼ全員が手練れだ。これはもしかするともしかするかもな」

「またまた、そんな事言って。ハーモニーさんがそういう事言って、これまでそうなった事なんて一度もないじゃないですか。きっと今回も大丈夫ですよ」

「それは女の勘か?」

「いえ、これは私のハーモニーさんに対する評価です」



 随分とまた過大な評価をしてくれたものだ。

 美人のウィチアにそう言ってもらえると、また迷宮作りが楽しく思えてしまう様になる。

 それが人を殺すためのシステムだという事をついつい忘れそうになってしまう。


 ――いや、もう忘れていたか。

 さっきもそんな事などまるで頭になかった。


 常識は書き換わる。

 ここでの常識は、人をどうやって殺すかを考える事。

 そして、どうやって殺す一歩手前で生かして捕まえるかだ。



「お茶が入りました」

「頂こう」



 うん、甘い。

 慣れたくないものだな、この甘さには。













 まさか、本当に夫の命を奪う事になろうとは。

 私という者は、いったいどこまで堕ちていくのでしょうか。



「ターチェユ、あまり気にするな。あれはそういう運命だったのだ」

「その様な運命、私は受け入れたくありません」

「ならば事故だったとして考えろ。でなければ、私も一族の長としてチェーシアとティナシィカを罰しなければならない」

「それは……」



 事故――。

 確かにそう考えてもあれは問題ない状況でした。


 洞窟に入ってすぐ目の前に現れたあの湖。

 そこに浮かぶ島の上にあった宝箱が危険なものだというのはすぐに分かりました。

 しかし、その宝箱が宝であるか罠であるかを見抜く事の出来る能力を持っていた私は、長の命令通りにそれが宝である事を告げ、同じ様な力を持っていたチェーシアとティナシィカも宝だと皆に告げます。

 それを信じた夫は、しかし最初は当然の様に私をその回収に向かわせ様としました。


 ですが、命令する権利のない夫の言葉に長が異を唱え、代わりに勝手な命令をした夫を回収へと向かわせてしまいます。

 それから起きた事は、予想していたものよりもかなり酷いものでした。



「私は一人で迎え、とは言わなかったのだがな。他の者達にも、あやつの手伝いをするなとは言っていなかった。にも関わらず、あやつは一人で向かい、そして誰も助けなかった。私は思っていた以上に人を見る目がなかった様だな」

「それは、まぁ確かに……」

「否定してくれぬのか!?」



 例えそれが一時の過ちとはいえ、長を含め私達はしてはならない事を致しました。

 単身で浮島に向かった夫。

 その夫を待ち受けていたのは、二つの宝箱に偽装した人食い箱。

 私の言葉を聞いた時にはまるで信じませんでしたが、チェーシアとティナシィカの言葉は信じた夫はまるで警戒する事なく、その人食い箱に近づいていきました。


 湖を越え、その浮島の中央へと着地し、バランスを取りながら目の前にある宝箱の一つへと手を伸ばした夫。

 戦いの予感を確信していた長を含む私達4人でしたが、武器には手をかけず、その夫の様子を眺めているだけでした。

 同じ様に、後ろでは仲間達が特に身構える事もなく、周囲へと警戒の目を光らせています。


 だからこそ、誰も夫をその窮地から助け出す事は出来なかったのでしょう。

 決して助け様としなかった訳ではありません。



「……長、あまり咎人と言葉を交わしてはなりません。皆が不信に思い始めています」

「……そうだな。今は先を急ぐとしよう。人間共の痕跡は見つかったか?」

「はい。こちらです」



 その事故の後、より一層に警戒心を強めた仲間達は、この洞窟は危険な場所である事を認識し、警戒レベルをあげました。

 武器は常に構え、いつでも法術が使えるように気を張り続ける。

 長丁場になればなるほどその選択は私達の身を危険に追い込んでいくというのに、仲間達は疲れを無視して前に進み続けました。

 きっと早くこの任務を終わらせようと頑張っているのでしょう。

 本当にそうなれば良いのですが……。


 彼等にその選択をさせてしまったのは、湖で夫の身に襲い掛かった人食い箱達……ではありません。

 人食い箱ごときであれば、幾ら油断していたとはいえ、夫もそうむざむざと殺される事はありません。

 私達は人食い箱の強靭な刃にも耐えられる装備を身に付けていますし、そもそも人食い箱は一撃目で急所を噛む事はなく、また運悪く致命傷を与えられても私達にはそれを回復する手段も持ち合わせています。

 腕に噛み付かれようと、足を食い千切られようと、出血死する前に仲間達があっというまに救い出してしまう事でしょう。


 だからこそ、私達にも油断があったのだと思います。

 その一瞬の光景に、私達は反応出来ませんでした。



「それにしても不死者が多いな。銀製の装備で身を固めている私達にとっては倒しやすい敵ではあるが、その分フォーチュラの身が心配だ。不死者だと、見つかった瞬間に殺されてしまう」

「それは他の魔者でも同じ事なのでは?」

「全ての魔者がそうとは限らぬよ。殺されない場合は喰われる事がほとんどだが、中には巣に連れ帰って育てようとする魔者、警戒して近づこうとしない魔者、無視する魔者というのも存在する。勿論、そういう種はそう多くないがな」

「……あまり期待するのは宜しくないかと」

「しかしな、まだフォーチュラは生きている様なのだ。ならばその可能性も考慮しておくべきだろう?」



 長は責任感は強いのですが、それ以外の事に関して言えば色々と問題のある方です。

 それでもこうして長の座に就いていられるのは、私達がこれまでほとんど問題なく平和に暮らしてこれたからに他なりません。

 ですので、亡くなった夫が長になるという事も、実はそれほど問題はありませんでした。


 夫は隠れた野心を持ち合わせてはいても、基本的に臆病です。

 その臆病さが災いしてか、何故かいつも夫に危険な仕事が回されていつも酷い目にあっていました。

 だからこそ、今回の件に関して夫は人一倍に身の危険を感じ、捨て駒にしても問題ない私を前面に出して自分の身を守ろうとしたのでしょう。

 真っ先に私へと宝箱を確認しろと言ってきたのも、恐らくその生存本能のため。


 宝箱に向かった時も、夫はかなり慎重に近づいていきました。

 仲間の言葉を信じて宝箱には注意せずとも、周りは水で囲まれていましたので、夫の警戒心はマックスです。

 そんな時に、安全だと思われた宝箱が目の前の獲物に牙を向きました。

 その完全に虚をつく事態に、夫の警戒が完全に霧散してしまったのは仕方のない事でしょう。



「……長、これがあの人間共の罠である可能性は考えておられますか?」

「問題ない。精鋭である御前達があの様な人間共に万が一にも負ける訳がない」

「……洞窟に入る前は、全滅覚悟で臨むと言っておられませんでしたか?」

「あれは例えの話だ。それほどフォーチュラの身の安全は重要だという事だ。分かってくれ」

「それは分かっていますが……」



 森の秘術を2度も使い、もう長の寿命はほとんど残っていないのも関わらず、長はいつの間にか元気を取り戻していました。

 頼もしいとは思いますが、何だか釈然と致しません。

 長は、本当にもうすぐ死ぬのでしょうか?


 逆に死を一番警戒していた夫の命は、呆気なく散ってしまいました。

 水の中に潜んでいた彼女達。

 いえ、あれは決して水ではありませんでした。

 水だと思われたあの膨大な水の塊は、実は水溶の粘体生物(アクアンスライム)という最下級に位置する魔者の集まりでした。


 人食い箱に両腕を噛まれた夫。

 それに驚いている瞬間に、アクアンスライムの群れの中から4体の特殊な魔者達が現れました。

 そして四方より夫へと瞬時に抱きつき……。


 一瞬の交差が終わると、夫の身体のほとんどは既に溶かされた後でした。



「だが、彼奴だけはいつも通り運がなかった」



 夫が運が悪かったのは確かです。

 ですが、その夫を殺したのは間違いなく私達4人です。

 いえ、より正確に言うならば、あの場で夫が事故で死ぬ前に、その夫を切り捨て私達に機会を見て殺せと命令してきた長が犯人です。

 経緯と仮定はどうあれ、その死という結果を望んで夫に命令したのですから。


 もしや長は自らの命が短い事を理由に、好き勝手に振る舞い始めただけなのでしょうか?

 死が確定しているため後先の事など考えずしたい事をする、そういう心積もりなのでしょうか?

 ……いえ、流石にそれは考えすぎですね。

 人間達に汚されて、私も少しおかしくなっている様です。

 夫が目の前で亡くなって、心の奥底では気が動転しているのかもしれません。



「ターチェユ、御前の運も相当悪い。気を抜くなよ」

「……はい」



 先頭を歩かされている私は一番危険が大きい。

 それは、今も解除している数々の罠を思えばよく分かります。

 法術によって罠を探り、そして解除する。

 その行為に費やされていく聖力と魔力の量が予想していたよりも遙かに大きかった事で、私は他の誰よりも疲れていました。


 先頭に立っているため、その事は後ろにいる仲間達にはほとんど気取られていませんが、その疲労度はこの汚い地面の上でもいいので直に座って休みたいと思う程に蓄積しています。

 しかし、私は頑張り続けました。

 愛するフォーチュラのために。

 気力を振り絞り前へ前へと進んでいきます。


 程なくして、またあの湖が私達の前に姿を現しました。



「その湖には近づくな。あれを倒すのは恐らく難しくないが、直接に攻撃を受けると本当に危ない。出来ればあれとは二度と会わずにやり過ごしたい」

「同感です。我々の着ている銀の装備でもあれの酸の強さには長くは保たないでしょう」

「長、道が分かれていますがどう致しましょう? ここより先はあの人間共の足跡はあまりありません」

「ターチェユ、どうだ?」

「フォーチュラの気配はまだ奥から感じています。ただ、近くにはいません」

「ならば先に向かうだけだ。ここからは隊を4つに分けて進む。チェーシア、ティナシカ、割り振りを頼む」

「分かりました」

「了解です。それと、私の名前はティナシィカです。長はたまに私の名前を言い間違えますのでお気を付け下さい」

「そうなのか? それは済まない事をした。……いっそ改名してみないか?」

「お断り致します。この名は愛する両親から頂いたものですので」

「そうか。いや、変な事を言って悪かった」

「いえ、お気になさらず」



 そう言うティナシィカは明らかに機嫌を損ねた様子で相方のチェーシアと共に仲間達を4つに分けていきます。

 最初は位の高い者達から順に各隊の隊長に任命し、そこから隊長達の意見を聞きながら人員を割り振っていく。

 その言葉の中に「とりあえず」だとか「念のため」とかいう言葉はありません。

 二人はテキパキと指示し、戦力が均等になる様に、また互いの親密度を考慮した上で4つの隊をあっという間に作り上げました。



「では、準備の出来た隊から道を選んで出発してくれ。尚、私達はこの道へ最後に出発する。もし途中で行き止まりにぶつかり道がなくなった場合は、引き返して私の隊と合流してくれ」

「長の選んだ道が行き止まった場合はどうなされるのですか?」

「そうだな……ならば私の隊が選んだ道を、この場に目印として残しておくとしよう。それで合流出来る筈だ」



 明らかにその事は失念していましたとばかりに長が答えます。

 懸念すべき事項はもう一つある様に思われるのですが、その懸念まで考え始めると前に進めなくなりますので、敢えて私は進言致しません。

 恐らく、仲間達もその懸念には気が付いている事でしょう。

 ――たぶん。



「では、行け。なんとしてでもフォーチュラの身の安全を確保せよ、我が愛すべき民達よ」



 その号令にはほとんど誰も応じず、3隊は一斉に道を選んで出発致しました。

2014.02.15校正

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