第58話 滅亡へと追い込む者達
現在、迷宮内に巣くう魔者達の数を確認する。
D級のゾル型粘体眷属魔者水溶の粘体生物が約219万体。
D級の昆虫型眷属魔者一刺蜂が約7万匹。
その上位派生たる蜂型眷属魔者スティンガー・クイーンが10匹。
C級の不死霊体眷属魔者死霊が4体。
アクアンスライムが進化した謎の固有魔者ユー・イ・チリーが1体。
同じく、アクアンスライムが進化した謎の固有魔者フィリナ・ム・カータが1体。
同じく、アクアンスライムが進化した謎の固有魔者レイン・オー・クァが1体。
同じく、アクアンスライムが進化した謎の固有魔者ララ・カ・レレが1体。
その数は兎も角として、迷宮初期からずっといるその5種類は未だ健在だった。
アクアンスライムに関しては、色々調べた結果判明した事実が幾つかある。
例えば、アクアンスライムには上位派生の魔者が存在しない。
その理由は不明。
その代わり、ユー・イ・チリーの様に特殊な個体へと進化する事がある様だった。
死んでしまった信仰厚き水色ロング、盾役の金髪ツインテール嬢、杖持ちの黒髪ロングをそれぞれアクアンスライム1体に与えてみると、暫くして別名の魔者が出来あがったので確かだろう。
それに関係してるのかどうかは分からないが、ゴーストの数も同じ数だけ増えた。
実力の程はまだ分からないが、何となく満足感を得る。
またアクアンスライムは自身の経験値を犠牲にして分裂する事が出来る様だった。
分裂した場合の経験値は、基本的に経験値総量を等分した値から1引いた数。
つまり、アクアンスライムは分裂する度に経験値を1消費し、残った経験値を分裂した二体で分け合う事になる。
但し、端数分は片方どちらかが貰う。
その結果が、アクアンスライムの大量発生という事態に繋がっていた。
アクアンスライムは死体からでも死体が着ていた服とかからでも経験値を取得できる。
経験値イコール養分だ。
その養分を糧に分裂していく。
そして最終的には経験値を全て失ったレベル1のアクアンスライム達で溢れかえる事になる。
それが219万という、他とは桁がまるで違うこの状況へと至っていた。
今も初期の頃よりも大幅に拡張したスライムプールの中で、アクアンスライム達は元気に分裂を繰り返している。
今回は恐ろしく大量の死体を手に入れたため、もしかしたらまた一つ桁を増やす事になるかもしれないだろう。
さて、そうした場合あのプールの中に収まりきるだろうか?
まぁ、溢れた後で考える事としよう。
――どうせなら、洞窟内の汚れとかも養分にしてくれると嬉しいんだがな。
後でまたちょっと検証してみるとするか。
色々と発見の多いアクアンスライムの話を思い出すのはそれまでにしておいて。
迷宮内には他にも様々な魔者達が暮らしている。(彷徨っている?)
実は初期からいるD級の不死眷属魔者腐った死体が315体。
その上位派生である首無し鬼人が3体。
迷宮レベル2で追加されたD級の不死眷属魔者骨戦士が119体。
その上位派生である死骨騎士が8体。
同じく迷宮レベル2で追加されたD級の不死物質眷属魔者黒い影が73体。
その上位派生である大きな黒影が13体。
残念ながら突然変異種の影鬼は倒されたため現在0体。
同じく迷宮レベル2で追加されたD級の吸血動物型眷属魔者デューンバットが41匹。
現在、迷宮1階の前半で頑張ってくれている魔者達である。
半月ほど前までは増えすぎて洞窟の外へと旅立っていったその魔者達は、最近では討伐される事も多いためその数は増えたり減ったりと一番変動が激しい。
特にデューンバットはスライムプールを迂回すると必ず通る事になる入口付近の一本道に住処があるため、0匹になる事もたまにあった。
残念ながら今のところ上位派生種は確認されていない訳だが。
他にも、次の様な魔者達が迷宮には存在する。
迷宮レベル2で追加されたD級の吸血虫型眷属魔者血吸幼虫が約1万匹。
未だほとんど活躍のないC級の人型物質眷属魔者偽装人形体が166体。
同じく活躍の機会が少ないC級の昆虫眷属魔者フライワームが970匹。
まだ遭遇された事すらないD級の動物眷属魔者ウォーラビットが265匹。
同じく遭遇のないC級の甲殻眷属魔者クロウタートルが37匹。
そして、まだ謎の多い等級不明の妖精眷属魔者ピクシーが16匹。
その変異種と思われるルーンピクシー、固有名キュイが一匹。
ヒルワームは俺に極上の有り難い女性達を捧げてくれた。
よって一段落したらその褒美も兼ねてもう少し住みよい環境を与えてやる事としよう。
あの一件以外では餌がまったく落ちてこない場所というのは可哀想だ。
環境を良くすれば上位派生体でも生まれてくれれば嬉しいのだが……。
1階層後半で侵入者達を待ち構えているガデュアズと、2階層前半部に広く分布して住み着いているフライワームはタイプ2の魔者達だ。
共に限界値が有限だが、等級を見ても分かるように多少強い。
とはいえ、その生息域に辿り着ける者達の実力であれば、そこまで苦戦する程ではないのだろう。
今のところ、目に見える戦果はほとんどない。
上位派生体も今のところ発生していないので、もしかしたら倒されるにしろ戦闘回数が多い方が上位派生体が発生しやすいのかもしれないな。
未だ日の目を見ていないウォーラビットとクロウタートルは、その名の如く兎と亀だ。
迷宮内でどうやって食べ物を手に入れているのだろうという疑問は、同エリア域である2階層後半部に設置している『痺れ草・微』『毒水・微』などの量がなかなか増加しない事からして、まぁ頑張って生き残ろうとしているのがうかがい知れる。
たまに個体数が経る事もあったので、飢えに耐えきれず死亡するか共食い、もしくは兎と亀らしくバトってでもいるのだろう。
そういえば、ウォーラビットの肉は俺にも食べられるのだろうか?
ただ、食べられるとしても痺れ草や毒水で育った兎を食べたいとは思わない。
食事改善にどこか別の場所での家畜化検討も視野に入れておくか。
そして、今も俺の周囲をキャッキャと飛び回って俺に迷惑をかけ続けているピクシー達。
彼女達は2階層最奥に設置した筈なのに、タイプ3の魔者なのに、発生したその場所から一直線に俺のいる部屋へとやってきて迷宮での役割を完全に放棄していた。
働けよ御前ら――と言いたい所だが、そもそも2階層の最奥にはまだ誰も踏み込んでいないので、彼女達にはまだ働く機会すら訪れていないのが現実だった訳だが。
そのピクシー達の中で最初に発生した、特殊個体であるルーンピクシー。
ウィチアが勝手にキュイと名付け、俺の頭の上を何故か好んで居続ける彼女だけは、たまに迷宮の中を散歩している様だった。
しかもその際に遭遇した他の魔者達をたまに殺す事もあるという、迷宮にとって逆に迷惑となりかねない存在。
しかし知能の高いユー・イ・チリー達がキュイとの遭遇を必死に避けようとしている事から考えるに、キュイは相当な実力の持ち主なのだろう。
迷宮ボスの座はキュイに譲り渡すしかない様だった。
そんなルーンピクシーのキュイとその配下?であるピクシー達が、この部屋よりも快適に暮らしていける場所を俺はまず作らなければならない。
それなりに清潔であり、それなりに明るく、そして花のある生活空間。
場所は2階層奥のピクシー発生地点の目の前辺りが良いだろう。
あの部屋にはこの迷宮一番の宝物も設置してある事だし、その守護にも丁度良い。
部屋を明るくするには現状のパーツでは無理なので保留。
その他のパーツを吟味した結果、まず最初に設置したのは『噴水・小』。
ただの通路だった場所を広げて広場にし、その真ん中に噴水を設置する。
その周りには罠パーツの『気温上昇・微』と『気温低下・微』を設置しておけば、たぶん頭の良いピクシー達ならばその罠を使って住みやすい温度へと勝手に調整してくれる事だろう。
他にも『微風』や『滑床・狭』などを広場の端の方に設置して彼女達の遊び場を作る。
『回転扉』や『落とし穴・小』も見方によっては遊び場になりそうなのでそれぞれ適当な位置に追加。
ああ、『吃驚箱』『空箱』も置いとくか。
鍵を開けられなければ意味はないが。
遊び場はそれぐらいにしておいて、本題の花畑作成に入る。
『枯れた花』『枯れ草』を養分用として散りばめ、更に『妖蘭の種』『紫蘭の種』を縞々タイル状に蒔きまくる。
妖蘭という花は知らないが、紫蘭は知っている。
日向の草原などに自生するラン科の花だ。
野生の紫蘭はほぼ絶滅状態に近いらしいが、まぁこの世界だとどうかは知らない。
栽培品としては有名で、意外と丈夫で発芽しやすいらしいので栽培向きなのだろう。
ただ、日向ではないので本当に育つかは運だ。
ピクシー達を発生させたタイプ3の魔者発生ポイントの様に、うまく迷宮の空気に馴染んで進化してくれると良いのだが。
他にその場所に対して出来る事といえば、侵入者達がその広場に入ってこれない様に工夫する事だろうか。
広場の前の通路を3分岐させて、3階層に繋がる別の道を引く。
そしてそれぞれに似たような広場を造り上げる。
但しそちらにはレベル3で追加されたタイプ1の魔者発生パーツ『毒蛇・弱』『擬態草・弱』を設置したり、花に混じって『薬草・粗悪』『痺れ草・微』『草の種』『毒消し草・粗悪』『毒麦・微毒』も加えておく。
各種罠の設置も忘れない。
更にその奥には偽宝物庫として空箱に呪われたシリーズを入れて設置。
ついでにタイプ4とタイプ5の魔者発生パーツもその部屋にそれぞれに設置して様子を見てみる事としよう。
見事その魔者を倒せば3階層へと続く通路が姿を現すという具合に。
ちなみに先に設置してある宝部屋には魔者は配置しない。
ピクシー発生パーツがある事も理由だが、やはり当たり部屋もないとな。
但し3階層へと続く通路は設置しないが。
3つの広場と3つの部屋をもう一度よく考えて微調整した後、その場所へと続く3分岐路にも仕掛けを施す。
ピクシー達が暮らす事となるエリアへと繋がる道を『隠し扉』で隠し、更に小さな部屋を作り『人食い箱』を配置。
次いで『一方通行路』で1階層へと誘導する道を作り、本命の道はまた『隠し扉』でかなり巧妙に隠しておく。
という風に心理的トリックを利用してみた。
これでも侵入者達があの宝部屋へと至る事が出来るのならば、それはそれで別に構わない。
逆に、そういう巧妙な仕掛けが迷宮の中にあり、その先には凄い宝があったという感じて良い宣伝にもなるだろう。
たらればの話な訳だが。
続けて3階層への着手へと入る。
画面を切り替えて、まだ何もない黒いままの画面とにらめっこ。
とりあえず『気温上昇・微』と『気温低下・微』の罠を必然的に発動させざるを得ない細い道を2本作り、それぞれに敷き詰めていくとしよう。
選んだ道によって、その先が灼熱地獄となるか極寒地獄となるかが変わるという仕掛け。
さて、その先はどの様な形にするか考え始めた所で、その者達は現れた。
村で一番の大きさを誇る村長の家。
一月前に住む者のいなくなったその家を臨時に徴収した恰幅の非常に良い男は、左右に見目の良い女性を侍らせ寛いでいた。
その彼女達の手には赤い液体の入った銀製の杯。
右にいた女性がその杯を男の口へとゆっくりと近づけ、男が満足した笑みを浮かべながらその杯に口を付ける。
そして男は赤い液体を口に含んだ後、それを飲み込まないまま左にいる女性の唇へと口づけする。
その無理矢理な接吻に、女性はやや抵抗する素振りをみせるも、がっちりと顎を男の手によって固定されていたため、拒むことは出来なかった。
女性の喉が二度動く。
男が唇を離した時、女性の唇の端から赤い液体がこぼれ落ちるが、男はそれを舌で綺麗に舐め取ってより満足した笑みをその顔に浮かべる。
今度はその女性が赤い液体の入った杯をゆっくりと男の口へと近づけていく。
右にいた女性も同様の行為を受け、赤い液体を口移しで飲み込んだ。
その女性達は首と手と足に煌びやかなアクセサリーを付けていた。
見れば一目瞭然の綺麗なアクセサリー。
ある意味、その女性達の魅力を引き立たせるのに一躍かっている頑丈そうなアクセサリーは、しかしその名を首輪、手枷、足枷と呼び、彼女達がその男の所有物、所謂奴隷である事を物語っていた。
透けた衣服を身につけた美女二人。
その二人を左右に侍らし、情事の後の余韻を残したまま座る恰幅の良い男性。
それとは別に、その部屋には男が一人いた。
男は、恰幅の良い男性の前で傅いた姿勢で下げた頭を微妙に傾け、上目遣いで美女二人の姿を嘗め回しながら、己の主である男の言葉を待っている。
その美女二人を男が手に入れる事は今はまだどうやっても出来ない訳なのだが、この後の展開と結果、それと自身の働き次第ではその可能性は十分にあった。
故に男は、その至福の未来を思い描きながら、今は見るだけで我慢し続ける。
「獲物は罠にかかったか?」
恰幅の良い男性がようやく口を開く。
お返しとは名ばかりの強制にて、左右にいる女性達からの口移しで赤い液体をもらい、たっぷりと喉を潤した後で。
「はい。予定通りにあの迷宮へと入りました。何人かが入口付近に残っていますが、すぐに動きますか?」
「残っているのは男か?」
「はい。どれも高値で売れそうな美貌の持ち主です」
という報告を受けただけで、男は別に自分の目でそれを確かめた訳ではない。
しかし例の情報が確かならば、それは自身の目で確認せずとも間違いなくそうに違いなかった。
「ならば、まだ動かなくともよい。適当に集中力を削ぎ疲れさせておけ。明け方を狙って狩る」
「しかしそれでは逃げられる可能性が……」
「その時はその時だ。今回は運がなかったとして諦める」
「!?」
それだけは何としてでも避けたいと男は思った。
折角、目の前にいる美女を好きに出来るチャンスが巡ってきたというのに。
それに事と次第によっては、より上物である今回の獲物に手を出す事も出来るのだ。
みすみすこのチャンスを逃す訳にはいかない。
男は独断で強攻策に踏み切ろうと密かに決意する。
その男の心情を理解した上で、恰幅の良い男性はその様を眺めていた。
配下を上手く使うには、極上の餌を目の前にぶら下げた状態で適度に鞭を振るえばいい。
失敗すればその罪を被せて全てを奪い、成功すれば自身にも多大な利益が出る。
リスクが高い場合は別の者に命じて甚大な被害が出る前に始末させればいい。
今回の狩りに関して言えば、事前にそれなりの投資をしているので失敗すれば損害は大きかったが、それでもそのリスクに見合うだけのものが手に入る。
しかも目の前で傅いている男が失敗するならば、それによって奪える物もそれなりにある。
失敗しても自身にはそれほど大きな損害は出ないので、恰幅の良い男性は配下が暴走しようとしている事には何も言わなかった。
代わりに、その配下が退室した後。
今回の旅に助力を願い出てきた者を呼び、先程までその場にいた配下を監視させ、場合によっては影から支援する様に命令する。
その者は懇意にしている奴隷商だった。
「では、遊び相手がいなくなって暇をしている奴隷頭を何人か回しましょう」
奴隷商は淀みなくそう答える。
奴隷商は消息を断った息子を探してここまで来たのだが、結局成果は上がらなかった。
故に奴隷商は、従順な奴隷の育成には幾分かの才能はあったが基本的にそれは趣味で行っているだけで無駄飯ぐらいなだけだったその息子を切り捨て、さっさと頭を切り換える。
奴隷商にとっても、今回の狩りは降って沸いてきた幸運だったため。
「まだ処分予定の奴隷は残っていますので、気取られない程度の距離を取って洞窟の周りに配置致します」
成功すれば、確実に赤字にしかならないと思われていた今回の救出旅行が一気に黒字へと転化する。
協力を惜しむどころか、奴隷商は積極的にその狩りに協力する。
「ならば、ついでにその奴隷共を使用して木を切ってはくれぬか?」
「は? 木をですか? それは別に構いませんが……もし宜しければ、その理由をお聞きしても?」
「恐らく、この村の復興で材木が足りなくなりそうなのでな。なに、木は切るだけでそのままそこに置いといてくれればいい。回収は我等の方で行う」
「この村を復興、ですか?」
「そうだ」
奴隷商はその意図が読めず不思議そうな顔を浮かべる。
ここで逆に平静を装ってしまうと、警戒されて最悪処分されかねない。
故に、奴隷商は商売人の勘から商売人の顔を捨てた。
疑問が奴隷商の頭の中に残る。
村の復興は確かに必要だとは思うが、それは人手が極端に減って人口問題が起きてきたからに過ぎない。
一月前に数人の男手を失い、その半月後には大量の魔者が現れたため多くの者が殺されてしまい、今現在この村はかなりの人手不足に陥っていた。
それに輪を掛けて村を出て行く者が後を絶たない。
かつて隣にあった村も半月前に村人がほぼ全滅し、残った村人も村を捨ててこの地を去っている。
しかし、人の住む家は別に壊された訳ではないので、どちらの村を復興するにしても材木を必要とする理由が奴隷商には分からなかった。
「侯爵様が何をなされるおつもりかは分かりませんが、もし人手が必要な場合は是非お声をおかけ下さい。使い捨ての奴隷ならば幾らでもおりますので。勿論、今回の件にて侯爵様に献上致しましたそこにいる雌奴隷の様に、見目麗しき女性も取り揃えてございます」
「分かっている。恐らく貴様にはまた世話になるだろう。その時までに、今度はちゃんと売れる奴隷共を用意しておけ」
「……はい」
商品としている奴隷を大量に処分しなければならなくなるのは、それを商売/管理している奴隷商にその能力がないからだ。
耳の痛い言葉に奴隷商は恭しく頭を下げ、そのまま頭を上げず退室していった。
「御前達も無能な奴に捕まったものだな。美しいだけの売り込みでは売れぬよ。ただ使い潰されて、最後にはあの奴隷共と同じ様に処分されるだけだ。だが、俺の下に来れた事は幸運だった。それなりの誠意を見せるならば、暫く可愛がった後に解放してやろう。勿論、より頑張った方を先にな」
男は息を吸う様にそう嘘を吐き、再び閨へと戻っていく。
この暇つぶしの旅で幸運にも得た情報を元に、幾つもの計画を練りながら。
2014.02.15校正




