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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
序章 『死の運命』
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第6話 残酷なる出会い

 視界がブラックアウトする。

 胸を一突きに串刺しにされたショックによるものか、それともあまりの苦痛に脳の許容を越えたためか。

 どちらにしても、結果は変わらない。

 この先にある死を、俺は自覚した。


 だが、その消えゆく意識は、胸の辺りを蝕む苦痛にも似た何かによって、強制的に覚醒させられた。



「カッカッカッ! 闇より現れし者がどれ程のものかと思ったが、ただの人の種か」



 その魂を掴まれたかの様な初めての感覚(いたみ)に、闇に閉ざされた筈の視界が再び光を灯す。

 遅れて、投げかけられてきた言葉の意味を、脳が認識し思考を開始する。

 しかし思考するよりも先に、新たな言葉が俺へと投げつけられる。



「答えよ、小僧。ぬしは何者だ」



 絶句するしかなかった。

 それは質問された言葉の内容に対してではなく、目の前に現れた異形の存在の姿にであった。

 死者の、王。

 そう称するに相応しき容貌を持った明らかに人でない者が、そこにはあった。



「ふむ……これはこれは、カッカッカッ!」



 それは人ではなき、笑い声。

 まるで死体が奏でる不死の笑いの様に、その何かが笑う。

 死者が、笑う。

 あまりにもおぞましき光景。



「我が言葉が分からぬか? それとも、我が姿に恐れをなして言葉が出ぬか? 答えよ。応えよ。ぬしは何者よ。何故にこの地へ現れた?」



 その問いに答えた所で、死の結果が変わる訳ではない。

 だが応えねば、死に至るまでの課程が、長い拷問という形に変わる可能性が高い。

 それだけはすぐに分かった。



「俺、は……何者でも、ない」

「ほぅ?」



 答えるとすぐに反応があった。

 応えると同時に、己の身を蝕んでいた胸の不可思議な痛みが和らいだ。

 千切れ飛びそうな潰されてしまいそうな、俺の意識すら蝕んでいた痛みの緩和に、思考力も回復していくのが分かる。

 その痛みがいったい何なのか。

 予想しうる答えの一つは、魂への攻撃。

 そして今一つの答えは、精神への攻撃。

 俺の胸から生えている枯れた腕の五指に掴まれた淡い光を放つ球体が、恐らくはそれなのだろうと推測する。



「では、何故にこの地へと現れた? どのような手段を用いた? 答えよ、矮小なる者、何者でもなき小僧」



 矮小なる者とは、何とも愉快な表現をする奴だ。

 崩れたボロ布の法衣を纏ったほとんど白骨死体の者に言われると、何ともそんな風に自身も思ってしまう。

 これは――俺の知りうる現実の範疇にない出来事の様だった。



「それは、俺の方が知りたいくらいだな」



 故に、俺は知りうる仮想の範疇(ヽヽヽヽヽ)にある出来事の方で思考を開始した。


 突然にハッキリとした口調で紡がれた俺の言葉に、眼前の死者が何事かを思案するのが分かる。

 実際にはその者には何ら動きに変化はなかったが、俺の応えに何も反応を返さずに静寂の間を作ってしまった事から推察したに過ぎない。


 仮想の世界、空想の世界、幻想の世界、創造の世界、非現実世界。

 俺の知る現実の中であれば、俺は恐怖してまともに思考出来なかっただろう。

 だが、圧倒的な不利な状況で、先に待つ死という結果がつきつけられた状況ならば、それらをとりあえず諦めて(ヽヽヽ)、俺は俺の知る仮想の中で思考すればいい。

 諦めの境地、故に前進する事が出来る、と。


 己の思考分析が終了し、同時に余裕も生まれてきた。

 崖っぷちに片足で立っている様な状況で、いったいそれはどのような余裕なのだろうかとも思うが、そちらの思考は今は止めておく。



「――聞きたい事はそれだけか?」



 瞬間、全身の神経らしき何かの様なものが一斉に悲鳴をあげ、思考が粉微塵に吹き飛んだ。



「我が何者なのかすらも分からぬか、矮小なる者よ。汝の魂が我が手の内にある事すらも分からぬか、愚鈍なる人の子よ」



 どうやら図に乗りすぎた様だ。

 とはいえ、他にどうしようもない。



「分からない、な。俺は御前の事を何も知らない。此処が何処なのかも知らない」

「――知らぬか。ならば、教えておくとしよう、まずは我の事を」



 不気味に瞳が輝き、カッカッカッという笑いが死者の口から再び漏れる。



「我は不死なる賢者、レビス。『緑園(テーゼ)』の森を統べし人ならざる者なり」



 不幸という名の出会いに、俺は誰に感謝すればいいのか。


 最悪にやばい存在の一つである不死賢者(リッチー)に捕らえられてしまうなどとは、冗談でも笑えない状況だ。

 何をどうしたところで助かる見込みはどこにもない。

 それこそ、この不死賢者殿が気まぐれを起こさない限り。



「我は答えた。さぁ、汝が名を我に告げよ」



 ここで真名を答えれば、俺は完全に自らが不死賢者によって支配されるという事を、持っていた知識によって瞬時に察した。

 だが――そもそも、俺は自身の名前すら記憶に持ってない。



「……ハーモニーだ」

「カッカッカッ。真名を名乗らぬとは、その程度の知識はあるという事か」



 不死賢者レビスの双眸に輝いたままの不気味な光は、残念ながら消える事はなかった。

 決して見ていたくはない容貌をした化け物と、こんな深い森の中でたった二人で会っている状況を脱するには、いったいどのような奇策を用いれば良いのだろうか。

 まるでパンドラの箱の奥底に僅かばかり残っていたあの言葉の様に、考えども一向に見えるの事のない絶望の闇に、苦笑すら漏らしてしまいそうになる。


 此処が、この状況が、俺の知る現実の世界でないとするならば――。



「矮小なる者、偽りなる名を語りしハーモニー」



 また肩書きが増えた事には目を瞑って、不死賢者が次なる言葉を紡ぎ出す間に俺はを考える。

 先程からずっと気になっていたもの。

 不死賢者レビスに意識を強く向けると、何故か感覚の中で彼の者をターゲットにしている様な不可思議な気持ちがずっと浮かんでいた。

 この感覚は、知識として知る現実の中にはどこにもない。

 もし知識としてその意味を知っているのであれば、俺はそのやり方と効果までをハッキリと知っている筈である。

 だが実際にはまるでその感覚に検討がつかない。

 経験という記憶からくる知識と直結していない情報を知識として脳に保存されていないという事は、これは完全にイレギュラーの感覚という事だろう。



「知らぬ者、分からぬ者に、何故に我はこの時を無駄にしてしまうのか」



 何やら自問モードに入ってしまったレビスを尻目に、こちらもこれ幸いと自己検証モードへと入る。


 対象に意識を向けることによる、ターゲット印象化。

 この意味に対して、俺は仮想世界の範疇にならば予測が出来た。

 あまり長く見ていたくはない姿をした異形の死者に意識をより強く向け、そしてまるでボタンを押すかの様に意識を念じる。


■レビス

■不死賢者:Lv????


 ふむ、予想通りの結果が現れてしまったか。



「ああ、悔やまれる。価値なき者が此処に存在するは、いったい如何なる所行か。これは遺憾なきこと。此、嘆くべきかや、カッカッカッ!」



 ステータスの閲覧。

 ある意味それは、怖ろしく困った事だったかもしれない。

 何故なら……それは、あまりにも非現実過ぎるスキルであり、あまり喜ぶべき事ではないかもしれないからだ。


 俺は、もしかすると――ゲームの世界にいるのかもしれない。


 頭が痛くなってきた。

 いや、実際に頭が痛い訳ではない。

 恐らくは多くの者にとって、仮想世界への突入はとても歓迎すべき事なのだろう。

 だが、自己分析する限り、俺の心にはその喜びという感情がまるで沸き出てこなかった。


■レビス

■不死賢者:Lv????


 もう一度、そのゲーム仕様のスキルを使用して、この現実を確認する。

 何だか呆れている様な感情が、俺の精神状態から感じ取れていた。


 推察するに、例え仮想世界へと来たとしても、俺はその様な明らかにゲームじみたものがない世界の方が圧倒的に好きである様だった。



「いやいや、なれど彼の者、価値なき愚者といえど、そこに繋がりし糸の先には価値あるやも知れぬ。糸の先にも糸あれど、その糸の先にも糸あれど、いつかや価値に到達するやも知れぬ」



 落胆する俺の前では、今も愉快にレビスが独り言を呟いている。

 俺も、この期待外れの状況に呆れの言葉の一つでも吐きたかったが、それはぐっとこらえて止めておいた。


 とりあえず、不死賢者殿の事は置いておく。

 例えレビスのレベルの詳細が分からなくとも、あまり気にならない。

 例えレベルの桁数があり得ない4桁を表示していたとしても、気にするべきではない。

 そんなゲーム、ちょっと怖い。

 知識の中にも、例外の様な一点を除いて全く見あたらない。

 ???表示だから、という理由にして無視する事した。


 胸を串刺しにされているという事実も、とりあえず無視しておかないと精神が保ちそうにないので、出来る限り忘れる。


 念のため、もう少し詳しい情報が出てこないか集中してみたが、それ以上の情報は残念ながら見る事は叶わなかった。


 では、次なる試み。

 レビスの情報を見る事は出来た。

 ならば、自分自身の情報はどうなのか。


■ハーモニー 男 人

■???:Lv????

■HP:1/13

■MP:1/3


 いや、見なければ良かったと後悔してしまった。

 名前に性別に人種、という基本的な情報が第一列目にある。

 レビスと違い、性別と人種が加わっていたのは何故かは、今は問うまい。

 職業らしき項目およびレベルがクエッションマークとなっていたのも、まだいい。


 ――俺の能力、随分と低いな……。

 村人レベル1でも、もうちょっとぐらいは高い気がする。

 精神ポイントなのか、マジックポイントなのかは分からないが、MP最大値3というのは悲しすぎるだろう。


 現在値が瀕死状態である事には既に納得がいっているので、大した事ではない。

 いや……本当に俺はピンチな状態にあるんだな。


 そんな切ないステータスに、もう少しばかり意識を巡らせてみる。

 別の情報を表示させるような感じ。

 焦点を変える様な感じで情報を切り替えようと努力してみる。


■頭:

■体上:謎のシャツ(黒) 謎の上衣(黒)

■体下:謎のジーパン(黒) 謎の下着(黒)

■手:

■足:謎の靴下(黒) 謎のブーツ(黒)

■他:


 成功した。

 のだが――謎だらけの装備ばかりだな。

 ……次だ。


■職業一覧:


 無職なのか、俺は。


■特技一覧:逃走Lv1 警戒Lv1 観察Lv1 分析Lv2  熟考Lv2 現実逃避Lv5


 更に切り替えたステータスには、今度は流石に一応の納得がいくものが並んでいた。

 それぞれの特技に共通しているものといえば、俺がこの世界へと足を踏み入れてから行った行為だろう。

 だとしても、現実逃避のレベルだけやたらと高いのには納得したいとは思わなかったが。

 ……むっ。

 レベルが6になった。


■才能:??? ??? ??? ??? ??? ??? ??? ??? ???...


 それが先天的なものなのか、後天的にも追加される情報なのかは分からない。

 今は気にするべきではないだろう。


 次に出てきたステータスは、最初に見たそれだった。

 どうやら、これで終わりの様だ。



「戯れは座興、死は永遠。終わらぬ到達せぬ死識(ちしき)、いったい何処にあるのやら我の求める解は。この糸をたぐれば見えてくるのか……」



 理解はした。

 だからといって、この状況がどうなる訳でもないのは変わらぬ事実。

 現実を思い出してしまった脳が全身を弛緩させる。

 思考が一段落した所で緊張が僅かに和らいでしまい、その隙間から必死に忘れようとしていた恐怖が滲み混んでくる。


 まだ生きているという事態が、恐怖だった。

 唇の端から何か液体の様なものが零れているのが分かる。

 胸から腹を通り股間を越えて太股を濡らしているものは、紛れもなく貫かれた俺の胸から流れ落ちていく血だろう。

 暗くてよく見えずとも、細く枯れた腕は何かによって濡れている。

 真正面にいる筈の不死賢者の左腕は、肘から先が霞んでいてそこにはなかった。


 腕だけを俺の背中付近に飛ばしているのだと推測するが、それが正解/不正解に関わらず何の慰めにもならない事は考えるまでもない。

 否。

 そんな風に考えている間だけが、この絶望的な現実を一瞬でも忘れる事が出来た。



「死を……」



 (しわが)れた低音が複数重なったかの様なレビスの声。



「……与えるよりも、生かして泳がせておくのが面白いか」



 運命の天秤は、より過酷な人生を俺に押しつける様だ、と俺は思った。

 頭を弄くられて自我をなくされるのか、それとも実験動物として一生を檻の中ですごす事になるのか、それとも生きているとはいえない死者としての第二の人生を歩む羽目になるのか。

 ろくでもない未来しか俺の頭には浮かんでこない。



「カァッ!」



 瞬間。

 レビスの瞳が一際怪しく輝いたかと思うと、瞳に映っていたレビスの姿を認識する事が出来なくなった。

 視ることを封じられた瞳が、その先にある樹海の森の風景だけを脳へと伝える。



「ハーモニー……矮小なる者よ。其の魂を、我は解放するとしよう。

 ハーモニー……何者でもなき小僧。其の命、尽きる事を今は拒むがいい。

 ハーモニー……愚鈍なる人の子よ。其の心に、我が呪いの祝福を与える。

 ハーモニー……偽りなる名を語りしハーモニー。其の生を、見事生き抜いて我に見せよ。我を楽しませよ。我の手の内で踊れ。クカカカカカカカカッ……!」



 消えていく意識の中で、木霊する不死賢者の言葉がハッキリと脳に流れてくる。

 胸から生えていた腕がゆっくりと引かれ、視界から消えていく。

 いつの間にか色合いの変わった淡く怪しく輝く球体が、血が全身を巡る様に、徐々に俺の中へと沈み混んでいく感覚が何だか心地好かった。


 支えを失った俺の身体が大地へと崩れ落ちる。


 同時に、死にたくなる様な光景と臭いが襲ってくる。

 己の流した血による血溜まりと、血臭。

 自身のステータスを確認する。


■ハーモニー 男 人

■???:Lv????

■HP:4/13

■MP:1/3

■欲望解放 痛覚麻痺 死の宣告 死後蘇生(不死者化)











 この世に幸福がある限り、その全てを集めても打ち消す事の出来ない不幸が存在する。

 それはたった一つの出会いから始まった、残酷な運命。


 逃れることの出来そうにない死の呪いを掛けられた俺は、ようやく生きているという実感を認識する事が出来た。


 血溜まりに半顔を沈めたまま、この場にはあまりにも似付かわしくない少女の姿を、瞳に映すまで。


 ――交差してしまった、その運命へと。


 俺は、欲望を従えて襲い掛かる。

2013.04.13校正

2014.02.13校正

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