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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第参章 『迷宮創世』
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第53話 奴隷の悪夢

 そういえば、俺自身も奴隷であった事を思いだす。

 すっかり忘れていたが、職業一覧の中に奴隷という職業が存在するのは、もしかしなくてももしかするのだろう。

 『《星の聖者》の従者』という職業がメイン扱いになっているので忘れがちだが、これは同時に俺が星の聖者リーブラの奴隷である事を意味する。


 と言っても、奴隷としての扱いを受けた覚えはまったくない訳だが。

 むしろ宿代を先に払っていてくれるなど、俺のために少なからず尽くしてくれている。

 俺はリーブラの従者であり、リーブラは俺の主である。

 主であるリーブラはその責任感からなのか、従者である俺を養ってくれているのだろう。

 そういう関係として今は考えておく。

 離ればなれになってしまっている今となってはどうでもいい事な訳ではあるのだが。


 5人いる女性達の中で2番目に相手をしてもらった盾役の金髪ツインテール嬢は、俺の質問に息絶え絶えになりながらも以下の事を答えてくれた。

 あの男から解放してくれた事には感謝する、しかしそれ以外の仕打ちに対しては絶対に感謝する事は出来ない、と。

 その彼女の身体には無数の傷があったので、彼女達は決して良い扱いは受けていなかったのだろう。

 奴隷は奴隷、尊厳があったとは思えない。

 とはいえ、あのパーティーの中では矢面に立つ盾役な彼女だった訳なので、それらの傷の幾つかは戦闘中に負ったものかもしれない。

 しかしその消す事が出来ない程の深い傷を負う理由となったポジションに彼女を指名したのは間違いなくあの男なのだろう。

 彼女の華奢な身体では、敵の攻撃を受け続けるのはとても酷な様に俺は感じた。


 一息吐いて、迷宮の様子を見に戻る。

 1階の中程で居座りを決め込んでいる3人パーティは、安全地帯へと移動してそのまま夜を越す算段なのだろう。

 俺の方もそれを考慮して比較的安全な場所を迷宮内に幾つか作っている。

 分かり難く『隠し扉』の先に作ってはいたが、逆にそういう理由で安全地帯へとなりえる。

 迷宮内に無限に沸く魔者達は知能がないので、わざわざ扉を開けて中に入ろうとはしない。

 隠された扉なら尚更だ。


 但しそれにも例外はある。

 生体感知を行う不死者だ。

 奴等は壁があろうと扉があろうと、その先に生きた者が存在すると寄っていく習性がある。

 また、彼等は生体感知した際には、その感覚を互いに繋がる(リンクする)

 普段は適当にその場に佇んでいるかウロウロしているだけなのに、あの3人が迷宮内の一角で四方八方から不死者達に襲われた理由がそこにあった。


 その事を彼等3人もよく理解しているのだろう。

 1人では寝ている間に襲われるとその時点で死の危険に直結するが、3人もいれば交代の見張り番で十分に警戒する事が出来る。

 3つの光点のうち、必ず1つだけはたまに動きを見せていた。


 迷宮の入口付近にいた2人組の方はというと、スライムプールを暫く眺めた後、左の脇道でデューンバットと少し戯れてから帰って行った。

 駆け出し冒険者が初めての冒険でもしにきたのだろうか。

 無事にレベルアップして帰っていったのだとしたら、またのご来訪を期待したい。

 口コミで迷宮の噂を広めてくれる常連さんは歓迎だ。


 そうして、その日は終わりを迎えた。

 一ヶ月が経つが、まだ迷宮のレベルはあがらない。










 次の日。

 丁寧に可愛がった信仰厚き水色ロングと、虐めぬいて遊んだ盾役の金髪ツインテール嬢が昼頃に亡くなったとの報告をウィチアから聞く。

 暴れて面倒な杖持ちの黒髪ロングを行動不能にするまで頑張った後の事だった。


 だが、その報告を聞いても俺はあまり動揺しない。

 どうせいつかは死ぬ命。

 迷宮の中で気絶した時点で――この場所に来た時点で死が確定した者達が死んでも別に悲しいとはもう思わない。

 何故このタイミングで彼女達が死んだのかは不思議には思ったが、その理由を考えても今持っている情報だけでは結論は導き出す事が出来ないので、今回も保留にしておく。


 ウィチアとイリアを疑っても仕方がない。

 ただやはりちょっと残念ではあったので、その後は迷宮の様子はそっちのけにして、つい先程にストレス発散の手伝いをして貰った杖持ちの黒髪ロングの様子を見る事にする。

 隣の部屋でペットな幼女を膝の上に乗せてモフモフしていると、暫くしてその杖持ちの黒髪ロングも呼吸が止まり、人工呼吸をするも結局息を吹き返す事はなかった。



「死者となって蘇ってきても困りますので、いつもの場所に捨ててきますね」



 事務的に言われた言葉に事務的に言葉を返して、その美人3人とはそれで永遠の別れとなった。


 理由がちょっと思いつかない。

 華奢な身体をした盾役の重装戦士、回復役らしき後衛の僧侶、火力役にしか思えない後衛の法術使い。

 体力的に考えれば、その3人は確かに5人の中では体力はない方だっただろう。

 最初に亡くなっただまし討ちの獣人娘も法術を使って俺を攻撃してきたので、体力の低い後衛よりの職。

 だとしても、体力が底をつくとそのまま死んでしまうという様な事は決してない筈だ。


 俺の身体に問題があるならば、今現在ペットな幼女が死んでいない事に説明がつかない。

 ウィチアとイリアも今回は監視対象にしていたので、彼女達の嫌疑も杖持ちの黒髪ロングの様子をずっと俺が見ていた事で完全に晴れている。


 結局、謎だけが残る事となってしまった。

 これ以上は考えても仕方がない。

 残る二人ももしかしたら死んでしまう可能性があったが、俺は気にしない事にする。

 気にするのはもう止めた。


 俺は、俺のしたいようにするだけである。

 その思考は、主であるリーブラから遠く離れてしまった事によって《欲望半減》と《欲望減衰》の呪いの効果が著しく低下し、《欲望解放》の呪いが中途半端に本領を発揮してきた事によるものなのかもしれない。

 それとも殺人を犯してしまった事と死者蘇生という世の理に反する行為を平然としてしまった事による罪の意識で精神が崩壊してしまった結果なのか。


 兎も角として、俺は人でありながら人でない思考をし始めている事を自覚しつつも、その逸脱した思考と行動を黙殺し続ける。


 ここは外界から隔絶された世界。

 俺もそこに捕らえられた不幸なる者。

 今もまだ、ここから抜け出すだけの成果をあげる事は出来ていない。










 また数日が経った。

 あの3人パーティーも既に迷宮にはいない。

 特に危なかしい事もなく、平温無事に帰っていった。

 例の調査団を除けば、間違いなく迷宮滞在の最長記録だろう。

 ただし、結局あの場所から奥に向かう様な事はしなかったので、迷宮踏破記録としてはあまり大した事はない。

 数を倒す事によるレベルアップ目的だったか、それともやはり一定期間の討伐依頼を遂行していただけか。


 その3人がいなくなってから今日まで誰も迷宮には入ってこなかった。


 牢屋の方は特に変わりはない。

 細剣使いの赤髪ポニーと荷物持ちの金髪ショートの事は大事に扱っているので今はまだ死ぬ様な事はなかった。

 コレクションしている服と下着を着せ替えてあげたりと、むしろ優遇しているぐらいだろう。

 未だに感謝された事は一度としてない訳だがな。

 人権を訴えられても聞く耳はない。

 追加の人員もいないため、もう暫くは俺の話し相手になってもらう。


 ペットな幼女の方はというと、お腹を空かせた所に食事をちらつかせてお預けをすれば襲い掛かってくる様になった。

 飼い主である俺が命に関わる様な危険性を持っていない事を本能で理解した様だ。

 よって、ようやく戦闘訓練を開始する。


 獣じみた動きでおよそ武道を囓っていたとは思えない直線的な攻撃ばかりだったが、俺レベルの弱者には回避の訓練としては丁度良い。

 たまにこちらからも素手で攻撃を加えてもみる。

 全部回避もしくは防御された。

 どうやらペットな幼女は攻撃よりも防御の方が得意らしい。

 良い訓練相手を手に入れた様だ。


 一汗かいた後はご所望の食事を与えて、その後また一汗かく。

 今度は一方的に攻撃を加えた。


 心身ともにリフレッシュした後は、迷宮がレベルアップした場合の改装内容について考える。

 改装自体は迷宮内に人がいようが彼等のいない場所ならいつでも出来るのだが、俺はそれを行う様な事はしない。

 訪問者達を死に追いやるならその時その時の状況に合わせてリアルタイムで弄るのが手っ取り早いが、今通ってきた道が突然変化したという事が彼等にばれ、しかももし彼等が無事に迷宮から脱出してしまうと少し厄介な事態になる可能性がある。

 誰かの手によって迷宮に手が加えられている、という様な噂が広まってしまうと、折角人が集まり始めたこの迷宮に二の足を踏みはじめてしまう危険性がある。

 溢れ出る魔者達の討伐だけであれば、わざわざ迷宮に入らなくても迷宮の入口付近に陣取れば良いだけなのだから。


 故に現在の方針としては、誰も踏み入った事のない迷宮の奥以外は基本的に弄らない。

 弄るとしても壁が崩れて新たな通路が見つかるとか、不自然にならない様に新しい魔者が現れ始めるといった内容に限定している。

 デューンバットの追加やスティンガー・クイーンのいる蜂地獄の間への隠し通路の設置などもそれに該当する。

 そのうち、1階にある落とし穴先から繋がっている血吸幼虫(ヒルワーム)で飽和している密室部屋にも、そこからだけ繋がっている一方通行路や宝部屋などを追加する予定でもあった。


 尚、その落とし穴は落ちた場所によって4つの場所に別れる仕様にしている。

 運悪くヒルワームのいるネバネバ虫虫地獄部屋に落ちてしまった可哀想な5人の女性達。

 その彼女達とは異なる場所に単身落ちた男は、実はその4つの別れ道の中では一番の当たりを引いていた。

 多少は強い敵がその先に待ち構えてはいたが、その道は迷宮の入口付近に一方通行路で繋がっている上に、途中には迷宮の中で死んだ者達から巻き上げた戦利品の幾つかも置いてある。


 ただ、その男は残念な事に運が悪く、落とし穴に落ちた時に着地に失敗した挙げ句に気絶。

 仲間が同じ場所に落ちて意識を保っていてくれれば恐らく幸運無事に帰還できたというのに、彼はそのままスライムプールに放り込まれて生きたまま溶解される未来を手に入れる事となった。

 イリア曰く、プールに放り込んですぐに彼は当然目を覚ましたが、ちょっとだけレベルの上がっているアクアンスライムを飲んでしまった事による神経毒と、彼の存在を察知したこの迷宮で最強のユー・イ・チリーとおまけの死霊(ゴースト)のコンビ攻撃を受けて、敢えなく彼はプールの中に沈んでいったそうだ。

 彼の身を守ってくれていた高価な装備も剥ぎ取り済なので、予想外に呆気なかったという。


 迷宮の最奥に到達した者達を祝うためのアイテムをようやく手に入れる事が出来た俺としては、その彼には色々と感謝したい気持ちなのだが、それは彼が連れてきてくれた奴隷達へと送る事とする。

 どの様な手段でその気持ちを表しているのかは聞くだけ愚問だろう。


 牢屋にいる三人のうち現在一番親しい関係を結んでいるお気に入りの細剣使いの赤髪ポニーに本日三度目となるその感謝の気持ちを伝えていると、イリアから迷宮に大量の侵入者が入ってきたとの報告を受ける。

 久しぶりの来訪者。

 しかしそれが大量だというのには流石に作為的なものを感じざるをえない。

 まだまだ元気な細剣使いの赤髪ポニーに別れの言葉を告げると同時にきつい瞳で睨み返されつつ、俺はその牢屋を後にした。



「前に来た調査団よりも遙かに数が多いな」

「今度は本格的に攻略するつもりかもしれませんね」

「にしては慎重さが足りない気がするんだが……言ってる側から早速、蜂地獄に二人も送り込まれたか」



 暫く誰も迷宮に足を運んでくれなかった結果、第一関門にて元気よく成長した草。

 それが大勢で訪れた侵入者達の進路を阻み、同じく数を増やしたデューンバット達が侵入者達に襲い掛かる。

 その難を逃れて我先にと左の壁際を進み始めた者が『回転扉』『隠し扉』の罠に引っかかり、今のところ全勝中のスティンガー・クイーンの治める世界に案内された。

 その名が示す通り、その隔離部屋に大量に作られている蜂の巣から一斉に一刺蜂(ビー・スティンガー)を表す光点がぶわっと広がり、侵入者2人の身へと襲い掛かる。


 予想通り、数秒でその2人の生存を意味する赤点は消え去った。

 ただその際にビー・スティンガーを意味する光点も何度か直線範囲で消えたので、恐らくその2人のどちらかは法術使いだったのだろう。

 観察スキルでビー・スティンガーの数を見てみると、数百体単位でその数を減らしているのを確認する。

 手に入る経験値が一匹辺り1だったとしても、結構な経験値が入っただろうなと思う。



「人食い箱がスライムプールに落ちた模様です」

「そっちにも手を出したのか……落とされたのか?」

「いえ。重量オーバーで浮島が傾き、侵入者達と一緒に滑り落ちていった模様です」

「そんな状況を想定して仕掛けた罠ではなかったんだがな……」

「あのプールを泳いで渡ろうと思ったのでしょう、飛び込んだ者達も何人か確認しています」

「ユー・イ・チリーとゴーストはどうしてる?」

「まだ遠巻きに眺めているだけの様ですね。流石に数が多すぎて警戒しているのかもしれません」

「それが正解だな」



 ユー・イ・チリーは意外と知能があるという事が確認されている。

 自身の圧倒的なアドバンテージがどこにあるのかを理解しているのか、ユー・イ・チリーはスライムプールの中からは決して出る様な事はしなかった。

 またゴーストはそのユー・イ・チリーから離れるような事はしない。

 だからこそ、この迷宮でそのコンビは別格の強さを誇っている。


 そのユー・イ・チリーが動かないという事は、彼等の後ろにいる存在に何かあると感じているのだろう。



「まるで統率がなっていないな。とすると、この先行している者達は使い捨てにされている可能性が高いか」



 思い当たる節は一つ。

 5人の女性奴隷を飼っていたあの男に関係する類の連中か。

 さしずめ消息を断ったあの男を捜しに、親か誰かが金に物を言わせて探しにきたという線が濃厚だ。

 奴隷がいったいどの程度の値段で取引されているのかは知らないが、これだけの数を揃えたとなると結構な出費だろう。

 そうする価値があの男にあるのだろうか?

 否。

 もともとあの男の一族は奴隷商だっと考えるべきか。

 あまり高く売れそうにない奴隷を口減らしも兼ねて投入してきたと仮定しておくとしよう。



「少し確認してくる。何か変化があったら教えてくれ」

「人食い箱が陸に上がって猛威を振るっているみたいですが? あ、今倒された模様です」

「……一階層を突破されるか敵の数が3分の1以下になったら教えてくれ」

「分かりました」



 意外と頑張るな、人食い箱。

 陸に上がったという事は、さしもの人食い箱も水中では呼吸が出来なかったという事か。

 いや、それにしてもそれなりに重量がある人食い箱がどうやってあの深いプールの底から陸に上がったのかも少し気になる。


 すぐに倒されてしまったのは、間違いなくあの中に本命の連中がいたからだろう。

 奴隷達を威圧しつつ、自身は安全な場所でその様子を見ている。

 だが、使い捨てとはいえ流石に目の前で負傷者を大量生産され始めれば手も出すか。

 それが分かっただけでも行幸、人食い箱に功労賞をあげたい。

 事が落ち着いたら、今度は寂しくないように(つがい)で設置してやろう。


 宝箱が二つ並んでいる。

 どっちが罠?


 どっちも罠。


 迷宮の入口付近に見える宝箱に夢や希望、幸せが入っている訳がない。

 パンドラの箱があるのは迷宮の最奥だ。

2014.02.14校正

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