第50話 嘘と罪と罰
流石に早まったか。
思い付きで行動するべきではなかったと、今更ながら思い始めていた。
牢屋の中にいる少女が眠りに就いている間にこっそりと中に入って暫く。
上は薄いTシャツ、下は下着のみ。
目のやり場に困る姿をしている年頃の少女に好奇の視線を向けていては、最初の第一印象は悪くなる以外にありえない。
そのため俺は部屋の隅に座し、角の壁に身体を向けて少女が目を覚ますのをじっと待ち続けた。
待つ事、数時間。
する事もなくただ待ち続けるだけの時間など、苦痛以外の何でもない。
目の保養ぐらいはいつでも可能だったが、いつ目を覚ますとも分からないので俺はじっと我慢し続けた。
それに《欲望解放》の呪いが発動しまっては元も子もないからな。
少女は目を覚ますと、当然の事ながら俺の存在に酷く驚いて悲鳴をあげた。
そこまでは想定通りだ。
だがそこからはまるで違った。
「こっち見たら殺すから」
殺意の混じった声。
少女は起床してすぐに俺が異性である事を察し、そして対策をうってきた。
まず、攻撃。
俺が後ろを向いている事を良い事に、そのまま俺の頭を踏み蹴って壁へと押しつけやがった。
その突然の暴挙に俺は為す術なく巨大なダメージを受け悶え苦しむ。
更にその後は両腕を後ろ手に何かで縛られ、地面に俯せに寝かされて両足も縛られる。
最後の仕上げとして少女は俺の背中に座り、俺は完全に行動を自由を封じられた。
――さて、何故こうなった?
「あなた、何者?」
「人に名を問うならば、先に自分の……」
「ごめん、何か言った? 聞こえなかったから、もう一度お願い」
太股の裏が親指でグリグリと押し潰される。
呪いの効果であまり痛みは感じなかったが、すぐに全身から汗が吹き出てきたのでたぶん本当なら相当に痛い攻撃なのだろう。
およそ手加減というものを感じられず、少女の親指は俺の太股のかなり奥まで突き進んでいた。
殺気を放っている相手に軽口で応じるのは最悪命取りになるか。
「ただの旅人だ。名はブラックス」
「どうしてここにいるの?」
「それは俺の方が聞きたいくらいだ。俺は捕まったのか?」
「私が知る訳ないじゃない。あなたは何処から来たの?」
「……それは分からないとしか言いようがないな。信じてもらえるかどうか分からんが、俺は過去の記憶がない。だから旅をしていた。信じてくれるか?」
「信じられないわね」
「だろうな」
嘘を吐く場合には幾つか本当の事を混ぜた方が良いという知識が脳の片隅にあった。
さて、効果の程は。
「とりあえず、あなたの服を貰うわね。ごめんなさい」
一瞬どうやって?とも思ったが、少女にされるがままになっていると、なるほどと俺は納得した。
まず両足を縛っていたものが外され、ついでにズボンも脱がされる。
その間、俺の両足は当然少女の足によって出来る限り抑えつけられ動きを制限されていた。
そして再び両足が縛られる。
次は上半身。
着ていた服が頭を通され、そのまま服をずらされていくと右腕だけに服が絡まった状態となる。
そして奪ったズボンを俺の腕とシャツとを通す様な形で縛り、手首を縛っていたものを緩める。
すると服はどういう訳か俺の腕を縛ったズボンの上をするすると滑っていき見事脱出。
最後にまた両腕を最初と同じ様に縛ってからズボンを解く。
下着一枚だけを残して俺は元の拘束状態へと戻った。
尚、俺の着ていた服とこの下着は、迷宮がレベルアップした際に宝パーツとして設置出来るようになった『汚れた布服』と『汚れた下着』を迷宮に設置後、イリアに回収してもらい洗濯したものである。
少女が立ち上がり、俺の背中を踏みつけた状態でその服を着ていくのが音で分かる。
となると、俺の腕と足を縛っているのは少女が着ていたTシャツだったという訳か。
下着姿の少女に組み伏せられている俺の姿……想像するだけで情けない。
今も情けない姿となっているのには変わりないがな。
「もうそっちを向いても良いか?」
頭を思い切り踏みつけられた。
良くないという事らしい。
「私の名前はクー。アフィリコの村出身の武闘家よ。知ってる?」
「知らないな」
「なら貴方は嘘を言ってる事になるわね。記憶喪失なのは本当だったとしてもね」
――あてにならんな、俺の知識は。
「何故、俺はクーに嘘を吐かなければならないんだ?」
「それは貴方自身の中に答えがあるんじゃないかしら?」
「ないから聞いている」
「そう」
再びクーが俺の背中の上に座り、全体重をかけてくる。
と言っても所詮は少女の体重。
ほとんど重いとは感じないし、むしろ適度な重さで少し気持ちが良いと思ってしまう。
ただ、その後に行われた太股への攻撃は全く気持ち良いとは感じない。
当たり前だな。
「痛い。止めて貰えないか?」
「貴方が嘘を吐いた事を認めてくれれば止めてあげるわよ」
「それは自白強要だ。拷問しながら言われたら、それこそ嘘を吐いてまで嘘を認めるしかなくなる」
「別に私はそれでも構わないわ。貴方が死んだ所で私は困らないし」
「困らないのか? 一人より二人の方が何かと都合が良い事もあるだろうに」
「幽閉されたうえに密室で男と一緒にいて良い事なんてある訳ないじゃない」
「……俺としては、肯定したくない正論だな」
やはり思いつきで行動するべきではなかったな。
俺は何を甘い考えをしていたのか。
しかし既に後の祭り。
さて、どうするか。
両腕両足が縛られている以上、物理的な手段では解決する手立てがない。
拘束抜けの技術や知識でも持ち合わせていれば何とかなったとは思うが、残念ながらそういう知識は俺の脳の中には入っていなかった。
「……強情ね。好い加減、口を割ったら? 痛いんでしょ?」
言うべき言葉が見つからない。
思考が痛みによって四散されるので良い案がまるで浮かんでこない。
「痩せ我慢しても何も良い事はないわよ? さっさと諦めなさいよ」
太股への攻撃を止め、首へと手を回され絞められる。
腕が少女の胸とお腹に当たっていたが、少女の方は何ら気付いてない様だった。
擽ってみようなどと言う不埒な事を考える前に首が絞められ呼吸困難へと陥る。
「気持ちよく落とす絞め方もあるけど、これは苦しく感じる絞め方だし落ちたら本当に死ぬから」
力を入れるためかクーが俺の腕の上に座る。
海老ぞり、両肩関節極め、絞首、首捻りの四重殺技。
但し完全な決め技ではなく抜けだそうと思えばたぶん出来そうだった。
下半身が意外と自由なのと、技を掛けているクーの体重が軽いのが欠点か。
「ねぇ、本当に死ぬよ? 苦しくないの? 苦しいんでしょ? 何か言ってよ」
首を絞められているのに何が言えるというのか。
っと、そろそろ酸欠でやばいな。
そういえば俺は死ぬとどうなるんだったか。
確か《死後蘇生(不死者化)》という呪いの影響で、死んでも生き返るんだよな。
果たして自我が残ってるかは疑わしいものだが、別にどうでもいい。
俺は人を殺した。
その酬い、別にこのまま受けても構わないと思っている。
この少女の手に掛かって死ぬのならば、あの死んだ少女も少しは納得してくれる事だろう。
「ああ、もう! この意地っ張り!」
しかし、意識が消えかけようとした時。
残念ながらその未来は訪れる事はなかった。
……さて、何が残念だというのか。
これはだいぶ俺の精神は病んでいるようだ。
まるで自身の命が他人事の様に思っているかの様な鬱状態。
解放された顔が床にぶち当たり跳ねる。
頬が冷たい床に接し、とても気持ちが良かった。
腕に感じるクーの股の温もりも気持ち良かったが、それはすぐに消えてしまう。
代わりに両腕と両足を掴まれ、ひっくり返されて吊り上げられる。
白い天井が見えた。
「これならどう!?」
そう言って掛けてきたのは、吊り天井固め。
まさかそんな有名な技を掛けてくるとは思っていなかったのでちょっと驚いた。
足が固定された状態で自身の体重で強制的に背中が海老ぞりとなる。
掴まれている腕と肩にも負担が掛かる。
――と。
それは思ったよりも長く続かなかった。
俺の体重を支えきれなかったのか、それとも縛られた両手両足を上手く極める事が出来なかったのか、突然に空中で解放されて俺はクーの上に背中から落ちる。
背後できゃあっという悲鳴があがった。
「……大丈夫か?」
蹴り飛ばされて横に倒された後、一息吐いてから声を掛ける。
流石に連続して大ダメージを受けたので、体力が回復するまで少し時間が掛かった。
しかし返事がない。
恐る恐る起き上がり、後ろを見る。
クーは黙って俺を睨んだまま、その場に座っていた。
俺の着ていた薄汚い服はクーの小さな身体ではかなりだぶつき、まるで寝間着の様にも見えてしまう。
腕は長い袖の中に収納され、上衣はスカートの様に長い。
「あまり似合っているとは思えない姿だな」
クーの瞳に一層の苛立ちの色が浮かぶが、俺は甘んじて受け続ける。
そしてクーの言葉を待つ。
しかし――。
クーは眼をそらす事も、口を開く事もなかった。
代わりに俺が思わず眼をそらしてしまう。
そんなに見つめてくれるな、眼と眼を合わせる事に俺は慣れていない。
「やっぱり嘘吐いてる」
「……そろそろ他の話題に移ってくれると嬉しいんだがな。身体を痛めつけられるのは好きじゃない」
「私だって人の身体を痛めつけるのは好きじゃないわよ。でも貴方が悪いんじゃない」
「だから何故そう言い切れる?」
「だって貴方、私の事を知らないって言ったじゃない」
「は?」
クーの瞳が恨みがましい色で俺を見てくる。
小さな身体を僅かに乗り出し、俺の事を酷く責める様に睨んでくる。
サファイアのような赤く綺麗な瞳。
よく見るともう片方の瞳はアメジストのように青く綺麗な輝きをしていた。
「気付いた?」
「左右で瞳の色が違うな。それが何か関係あるのか?」
「勿論、大ありよ。私はこの瞳の色のせいで、この国では超がつくぐらい有名人なんだから」
……なるほど。
という風に納得するものでもないか。
「俺は旅人だと言った筈だが? 幾ら左右で瞳の色が違う可愛い少女の名がこの国では有名だったとしても、外から来た俺がそれを知っているとは限らない筈だ」
「そんな生易しい知名度だったら、私もこんなに苦労しないわよ。自衛のために父から武術を学んだりしないわ」
それはいったいどういう知名度だ。
しかしこれは、むしろ自意識過剰と考えた方が理解しやすいか。
だが本当にこの少女の名前がそれほど知られた名だったとしたら、厄介な。
ここは嘘を吐くべきだな。
それも大きな嘘を。
「――どうやら色々と齟齬があるようだな。一つ確認しておきたいんだが、クーのいた国というのは何処なんだ?」
「巫山戯た事を聞いてこないでよ。クリカに決まってるじゃない」
ふむ……クリカというのか。
それはそれとして、意外とあっさりと国の名を教えてくれたな。
俺からボロが出てくるまで色々と隠してくるかもとも思っていたが少し拍子抜けだ。
まぁどちらにしろ、あまり関係ない話だが。
「やはりそうか。ここはミネルヴァではないんだな」
「え? ミネルヴァって、あのミネルヴァ? 大陸の東のほとんどを治めている?」
良かった、知っていたか。
という事は、俺が今いるこの時間軸は、俺が元いた時間軸とはそこまでかけ離れていないという事になる。
ミネルヴァ帝国という名は結構な前からあるみたいだが、少なくとも千年単位でのズレはないと考えて良い。
――数百年単位のズレは考えなければならない訳だが。
「ああ、そうだ。そういえばクーは最初に俺が何処から来たかと聞いていたな。何処から来たかという質問には残念ながらはっきりした解答は返せないが、俺が何処にいたかは答えられる。俺はミネルヴァ帝国領の南に位置する『緑園』の森、その中にあるルーラストンという村にいた。聞いた事があるか?」
「『緑園』の森の事は知ってるけど、その森の中に村があるという話は聞いた事がないわ。本当にあるの?」
「その村の知名度がどの程度あるのかは俺にも流石に分からないな。ただ、コーネリア教団という巨大な組織が関わっている事は確かだ。枢機卿が直接治めていた村だった」
「コーネリア教団の枢機卿ねぇ」
ふむ、こちらの反応はいまいちか。
「とりあえず、これで理解出来ただろう? どうやら俺とクーは全く別の場所から此処に連れてこられたみたいだな」
「そんな馬鹿な訳があるわけ訳ないじゃない。いくらなんでも物理的に無理よ」
クーは、ふん、と短く鼻を鳴らして言う。
左右で瞳の色が違う可愛い顔が不遜な表情でそうする仕草は何だか絵になっていた。
それが小さな身体をしているならば、尚更に俺からしてみれば可愛く思えてしまう。
ダボダボの服がちょっと台無し気味だったが。
「まぁ物理的にはな。例え長い道のりを俺が運ばれてきたと言っても、クーは信じないんだろう?」
「信じるだけの証拠をきちんと示してくれれば私だって信じてあげるわよ」
「無理な相談だ。この様な場所で、しかも同室者に身ぐるみはがされて拘束されている状況では特にな」
「我が身を守るために必要な事よ。そんな物を立ててる人と一緒にいて恐怖しない女の子がいったい何処にいるというの?」
――俺の記憶では拘束されて身ぐるみをはがされた事の方が先なんだがな。
この反応はその最中での不可抗力だ。
しかしそれは横に置いておこう。
「物理的には無理だが、法術ではどうなんだ?」
「物理的にだけじゃなくて法術まで使って私を襲うつもりだったの!?」
「話の論点がずれている。俺はこの場所に連れてこられた手段、方法の事を話しているのだが」
法術を使って襲うとはいったい何だろうな。
身体を半強制的にそういう気分へと活性化させる媒薬の代わりや、興奮や魅了等の精神系補助といった所か。
それとも空中浮遊や無重力状態での特殊状況を作り出して楽しむとか、破ってもすぐ治療して何度でも初体験コース、一番わかりやすい所で絶倫モードというのもあるな。
……ああ、思考が脱線した。
困った呪いを発動させないため、元の賢者思考に戻ろう。
平常心だ、平常心。
とはいえ身体は正直で困ってしまう訳だが。
「例えば空間を作り出す法術があると仮定する」
「あるわよ」
なんだ、一応は普通に知られている範疇にあるものなのか……。
レビスだからこそ出来るという特殊技ではないんだな。
「そうか。ならば、その空間へ入るための出入口を色んな場所に作る事が可能だと仮定しよう」
「術者から離れれば離れるほどかなり難しくなっていくとは思うけど、神具や魔器とかを使えば術者が死んでも空間の永久固定は出来るみたいだし、不可能じゃないんじゃないかしら? こういう事はユーちゃんの方が詳しいんだけど……」
クーの瞳が隣の部屋へと向かう。
その瞬間、俺は少しドキリとした。
「もうユーちゃんは此処にはいないみたいだし、私が知ってる範囲なら貴方の言ってる事は可能よ。わざわざ仮定とか言わなくて良いわ」
……折角、嘘として用意した仮定の状況だったんだがな。
そのユーという少女が意図せず亡くなってしまった事といい、この部屋で目の前の少女から受けた現在進行形を含む数々の仕打ちといい、なんともままならない事だ。
「……ああ、そういう事」
そして、説明する前に察してくれるな。
手間は省けて楽だが。
「貴方が何故嘘を吐いてるのか、ようやく分かったわ」
「……なに?」
クーが立ち上がり、その小さな頭が座っている俺の頭を追い抜く。
立ち上がってもあまり高くない少女。
隣の部屋にいたユーという少女よりも背の低い女の子。
しかし胸の豊かさだけはユーよりもはっきりと大きい小さな女の子。
俺の脳裏に浮かんだのはフェアリーやホビット、リリパット等という小人や妖精に類する種族。
背の低さに反して成長している胸と顔立ち。
はっきりとした確証はないが、少し尖っている耳からしてもその可能性は大いにあった。
そのクーが今、俺の胸ぐらを掴んで俺の顔を引き寄せる。
クーの可愛い小さな顔が目の前にやってくる。
精一杯に威圧していますといった幼さの残る可愛げな瞳が確信を持って見つめてくる。
「思い出したわよ、貴方の事。私を助けてくれたんですってね、ゼイオンさん」
――ああ、そういえば。
あの時は錯乱しているみたいだったのでどうせ覚えていないと思っていたのだが、あんな状況でもキッチリと俺の顔を覚えて、俺が口にした言葉もしっかり覚えていたか。
すっかり忘れていた。
クーの方も言葉からしてさっきまではその事には気がついていなかった様だが、ユーという少女の事を思い出した際に記憶が繋がってしまったか。
「とりあえず、殴るね」
ニッコリとした笑顔でそう言った少女の宣言通り、再び俺は苦痛に苛まれる事となった。
まったく、ままならないものだな。
この間違えた選択肢のツケは、いったいどこまで続くのか。
2014.02.14校正




