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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第参章 『迷宮創世』
52/115

第49話 御前等、多すぎだろう

 まずは現在の迷宮状態から確認する。


 画面に真っ直ぐ真横に伸びた通路。

 その左端には実験として仕掛けた縦張りロープ、落とし穴、無数の落石が罠がある。

 罠設置数の限界に挑戦していた時の名残のため、中途半端な状態にある訳だが、これらは暫く放っておく方がいいのかもしれない。

 一応は戦果をあげた訳なので。


 そこから暫く先に出来た湖までの間には、普通に張ったロープをギミックとする落とし穴と落石の罠が点々と続く。

 よく目を凝らせば迷宮全体を縮小化したミニチュアみたいな画面でも、迷宮の床はかなりゴツゴツとしているのが分かるので、ロープは出来る限り入口方面から来た者達には見えにくい場所に設置している。

 とはいえ実際にこの目で現物を見た訳ではないので、そのうちイリアに確認して貰うとしようか。


 その道中に設置していた夜光苔はすべて死滅している。

 間違いなく俺の寝ている間に侵入してきた者達の仕業だろう。


 そして、問題の湖。

 落とし穴の深さは限界まで縦に連ねていたので、その辺り一帯は深い溝となり、そこに大量の水と無数の粘体生物魔者が今も流れ込み続けている。

 配置してからまだ1日強。

 水嵩は溝の深さの半分にも達していないが、数日すればここも満杯になる事だろう。

 早めに手を打って処理しなければ。


 その湖の先は寝る前と何も変わっていなかった。

 恐らく今も無限ループ地獄が発生している筈だ。

 見てもしょうがないので省略する。


 次に、迷宮内にいる魔者達の種類と数を確認する。

 イリアの報告では、俺が設置していない、設置出来ない筈の魔者の名前も含まれていた。

 今後のために数とレベルも含めて把握しておく必要がある。


 画面上に点在する光点の一つを凝視する。

 現れたのは見覚えのあるステータス情報。

 最初の頃はこれが出来る事を知らず、何度もイリアに動き続ける敵の光点を一つ一つ確認していた。

 だが俺だけが持っている『観察』という特技による情報閲覧がこの画面上ならば効果を発揮する事が分かってからはかなり楽になっていた。


 またこの特技を画面右端にある設置可能な魔者一覧付近に使用すれば、現在の迷宮にいる魔者の数やレベル一覧なども見る事が出来た。

 ゲーム仕様がちょっと強すぎて現実感に欠ける気もするが、役に立つのでまぁいいか。


 そして俺はちょっと絶句する。


 無限生成している水妖の粘体生物(アクアンスライム)の数が怖ろしく多い。

 その数、実に68119(ヽヽヽヽヽ)体!

 しかもそれは、今もかなり早いペースで増え続けている。

 アクアンスライム一体あたりの体積が20リットルぐらいだとしても、全部合わせると約1.3メガリットル分。

 それがいったいどれだけの量になるのか、すぐには想像がつかない。


 計算してみる。

 一辺10センチの立方体の体積が、1リットル。

 なので、一辺1メートルの立方体の体積になると、1キロリットルになる。

 それを元に、25メートルのプールで深さ2メートル、横幅15メートルで考えた場合。

 その体積は750キロリットルになる。

 つまり、アクアンスライムの総量の約2分の1の量。


 いったいどうしてこうなった?

 僅か1日強で生成させる量、数ではない。

 ざっと計算すると、1秒辺り約10~15体ずつアクアンスライムが生成されている事になる。

 しかし実際に増える速度はそれぐらいだというぐらい、画面上の数値は増え続けていた。


 原因が分からない。

 生成ポイントを設置した段階では、それほど早いペースで増えていた訳ではなかった。

 ならばこの異常事態を引き起こしている何らかの要因がある筈だ。

 とりあえず、今は先に他の確認を行って、この問題は後回しにする。

 湖が満杯になるまではまだ十分に余裕があるため。


 アクアンスライムのレベルは、予想通りそのほとんどがレベル1。

 侵入者達を捕食した結果、レベルが上がったアクアンスライムもいる様だが、それでも最大レベルは1桁台とあまり高くなかった。

 恐らく、皆で分け合って捕食したのだろう。

 もしくは、侵入者達が弱すぎて、経験値にならなかったか。


 次は、一刺蜂(ビー・スティンガー)の数。

 こちらは最初の頃から変わらず、0~10の間を適当に上下している。

 元々迷宮内へは小さな通路を一つ繋いだだけで、迷宮の外へと出る事の出来る多少大きめの通路の方が好んでよく使われているからだろう。

 迷宮内に向かったビー・スティンガーも、適当に迷宮内を飛んだ後はすぐに外へと出ている。

 ビー・スティンガーにとってはめぼしいもののない詰まらない迷宮だからな。

 レベルも1のまま。


 ……いや、一匹だけ異なる種がいた。

 名を、スティンガー・クイーン。

 名前からして女王蜂といった所か。

 その特殊個体だけがビー・スティンガー生成地点のすぐ側にいて、ほとんど動かない。

 暫く観察していても、迷宮の中にも外にも出る事がない。

 これは……そのうち、巣でも作りそうだな。

 こちらもレベル1だった。


 そして、問題となっている2体の内の一つ。

 いったいどういう理由で生まれてしまったのか、死霊(ゴースト)という存在が一体だけ俺の迷宮の中にいた。

 名前からして、間違いなく不死霊体系の魔者だろう。

 そのレベルは13という数値を示していたが、俺は知っている。

 彷徨う不死者(ドレッドゾンビ)放浪の骸骨戦士スケルトンウォーリアーといった不死魔者系は、生前のレベルをそのまま引き継ぎ、個体能力はレベルにほぼ依存しないという事を。

 果たしてこの不死霊体系の魔者ゴーストにもそれが適応されるのかは分からないが、レベルが上がっているからといってこのゴーストが侵入者を直接倒したとは限らない。

 それだけでなく、外部からやってきた存在である可能性もあった。

 いや、その可能性が高いか。

 そういう事にしておくとしよう。


 で、謎の個体ユー・イ・チリー。

 イリアの話だとアクアンスライムが進化した存在だという事だが……そもそも、どうして進化する事が出来たか。

 名前の中にあの少女の名が含まれているのは、ただの偶然なのだろうか?

 あまり深く考えたくない話だ。

 レベルの方を見ると、29と俺の迷宮の中で一際高い数値を示していた。

 進化した上に、大きくレベルアップもしている。

 間違いなくこのユー・イ・チリーという存在は、俺の迷宮の中で現在トップに立っているボス級魔者だろう。



「イリア、このユー・イ・チリーに俺が接触する事は出来るか?」

「触れた瞬間に溶かされしまいますので、申し訳ありませんがその命令には従えません」

「いや、物理的な接触ではなく、見る事は出来るかと聞いている」

「危険ですので連れてくる事は出来ません。私も出来れば近付きたくありません」

「そうか、分かった」



 恐らく嘘だろう。

 確信する事は出来ないが、イリアは俺がこのユー・イ・チリーという存在をよく知る事を少なからず警戒している。

 悪い考えばかりが浮かんでくる。

 この思考は危険だ。



「ハーモニーさん、お茶が入りました。少し休憩しませんか?」

「……ああ、分かった。ありがとう」

「どういたしまして。フフフ……」



 どこまでも事務的なイリアとは異なり、ウィチアは色々と気を使ってくれる。

 本当は俺に話し掛けるタイミングをずっと探っていたのだろうが、先程俺がイリアに話し掛けるまでそのタイミングが掴めなかった、といったところか。

 ウィチアの用意してくれたお茶は、少し温かった。



「そういえば、夜光苔は全部死滅してしまったな。どこか安全な場所に採取用の隔離エリアを作って、そこで栽培してみるか?」



 お茶に口を付けながら思いついた事を口に出す。

 甘い……。



「あ、お願いします。ハーモニーさんの口には合わないみたいですけど、私はこのお茶とても好きなんです。あの土地に来てからは飲む事が出来ませんでしたので、ずっと残念に思っていたんです」

「ウィチアは甘党なのか?」

「女の子はみんな甘党ですよ」



 イリアの方を見てみるが、肯定の色はまるで浮かんでなかった。



「でも、この夜光苔の甘さと私が好きな理由はあまり関係ありませんね」

「俺はこの甘さと俺が嫌いな理由が一致している」

「ハーモニーさんは甘いのが嫌いなんですか?」

「いや、違う。お茶というものが甘いという事が嫌いなだけだ」

「偏見ですね」

「ああ、偏見だな」



 想像していた味と異なれば、受け入れるのには慣れが必要になる。

 慣れている味に舌が馴染んでいれば、それと異なる味は受け入れにくくなる。

 ――この記憶、邪魔だな。

 出来れば俺もウィチアが好きなお茶を好きになりたかった。


 そんな風に考えてたら気分がのってきたので発散しておく。


 軽い運動を終えた後は全身を拭き布で丁寧に拭いてから新しくなった新居を散策してみる。

 ……っと。

 新しいパーツは何も設置していないので、壁や床が変わっただけで真新しいものは何もない事にすぐに気が付いた。

 仕方ないので画面前にまた座って迷宮の状況に集中する。


 迷宮のレベルが上がったため、迷宮の階層を増やす事が可能になった。

 および、徒党を組んでいた大量の侵入者を撃破したため、幾つもの設置可能パーツが増えている。


 モンスターパーツは中身を見てもあまりよく分からないので、後回し。

 一度設置すればイリアにでも確認に行かせて把握する事が出来るのだが、それは迷宮拡張後でいいだろう。

 拡張するかどうかはまだ決めてないわけだが。


 罠パーツには『トラバサミ・弱』『落下天井・軽/遅』『毒エリア・狭』『回転扉』『隠し扉』『一方通行路』が増えていた。

 単体では大したダメージを与えられない罠なのは仕方がないし、今回の罠には致命傷を与えられる可能性のものが混じっていない。

 それよりも回転扉とかが罠パーツに含まれているのはどういう理屈からだろう?

 一方通行路はまだ分かるのだが、隠し扉がどういう風に罠へと繋がるのかが分からない。

 ――いや、それを考えればロープもそれに該当してしまう。

 ということはギミック系としてい使えという事なのかもしれない。


 宝パーツを見てみると、やはり俺の目に敵うような物は一つとしてなかった。

 『薬草・粗悪』『痺れ草・微』『枯れた花』『草の種』などの植物系。

 『石・丸』『岩・尖』『銅鉱・微結晶』『鉄鉱・粗悪』などの鉱石系。

 『湧き水・薄濁』『毒水・微』などの水源。

 そして『ボロボロの布服』『汚れた下着』『壊れた腕輪』『草臥れた靴』などのアイテム系。

 どれもこれも役に立たないものが多い。

 侵入者達がやってきてもまるで得る物がないまま帰って行く事間違いなしのラインナップ。

 これでは雑魚しか呼び込む事が出来ない。

 初級者の実力試しにしかならない迷宮では口寄せも難しく、俺の解放条件である十日連続で十人殺しは不可能だろう。


 ただ、宝パーツの中には一つ異色のものも混じっていた。

 『人食い箱』。

 それ、罠パーツだろうが……。

 いや、モンスターパーツか?

 どちらにしても、宝パーツではありえない。

 迷宮の入口にでも堂々と設置してやろうかとも思ってしまうほど俺は呆れた。


 これらの新規パーツを踏まえた上で、迷宮の新しい全体像を考え始める。

 今は湖があるのでそこで侵入者を足止めしておいて、その先をそろそろ一本道通路ではなく複数に枝分かれでもさせてみようか。

 それとも先に第二階層を構築し、第一階層と何回か行き来するタイプにするか。

 暫しの間、思考に没頭する。


 結論から言うと、保留する事にした。

 考えるのは楽しいが、それによって引き起こされる悲劇は軽視出来ない。

 また俺の迷宮はまだ方向性を決めていない、ただ実験がてら色々設置しただけのもの。

 設置した罠が理不尽に命を奪い、例え迷宮内を調べ尽くしても何も得るものもなく、俺としても考える事は楽しくても迷宮としてはまったく面白いものではなかった。


 何を目的とするか。

 最終目的は不死賢者レビスからの解放条件である最悪なあれだが、それをただ単に目指すのは俺のプライドが許さない。

 というよりも、目指したくない。

 出来れば、侵入者達が喜んでやってくる壮大な迷宮へと成長した結果、その目的を達成してしまったという風にしたい。

 いや、そうするべきか。

 でなければ、こんな事はやっていられない。


 目的の一つが出来た。

 出来る限り殺さず、しかし生かさずの迷宮。

 それで壮大な迷宮都市でも造り上げる。


 ここでは時間の概念は外界と異なると言っていたので、その概念次第では本当にゲーム感覚でこの迷宮の外は発展していく可能性がある。 

 それは迷宮へとメスを入れた最初の頃に、すぐに行き止まりになっている状態の迷宮に頻繁に人がやってきていた事からも分かっている。

 もしかしたら俺の時間感覚では一日半だが、迷宮の中での時間の進み方はもっと早く、その結果、あの膨大な数のアクアンスライムが発生していたとも考えられた。


 寝ると1ターンが進むという可能性もある。

 逆に重要イベントは起きている時に発生するという可能性もある。

 それがもし事実だとしたら、本当にこの遊びはゲームじみている。

 この様な事をレビスがいったいどの様に可能にしているのか物凄く興味があったが、500年以上もの長い間生きてきたのだから、戯れにそういうシステムを法術で構築できても実はおかしくないのかもしれない。


 そう考えると……レビスは己の迷宮を拡張するために、俺を利用しているとも考えられた。

 教会の中にあった不死賢者の迷宮。

 あれがもし、レビス自身だけでなく他の者達が造った迷宮も混じっているのだとすれば。

 第一層は不死者の骨エリアだったので、レビス自身が。

 第二層も不死者のエリアだったが、そこにいたのは犬系だったので、もしかすると森の中で遭遇したウルボロスと名乗った死狼が造り出した迷宮だったのかもしれない。


 もう少しあの迷宮の奥へと潜っていれば、それを裏付ける材料があったと思うのだが。

 残念ながら、俺単独では第二層ですらかなり危うい。

 恐らく俺自身が作り出したこの迷宮も、俺単独ではきっと踏破できないだろう。

 悲しいことだ。


 もっと自力を上げたいが……。

 いや、いたな。

 何となく武術を囓っていそうな輩が。


 しかし、懐柔する手段がない。

 捕らえている相手に武術の指南をするなどという事はまず無理だろう。

 もう一人いた少女の方は既に死んでしまったので、嘘を吐いて人質に取っても証明する手段がないので納得してくれない筈だ。


 男を捕らえて同じ部屋に放り込んで、襲われた所を助けでもしてみるか?

 逆に俺が返り討ちにあってしまう可能性の方が遙かに高いか。

 それに結局、彼女が自由に動けるエリアが少なすぎる。

 あの部屋でずっと監禁されている状態ではどうあっても心を開いてはくれないだろう。


 となると……先に迷宮の功績をあげて、彼女が自由に移動できるエリアを幾つか増やしてから接触する方が吉か。

 だがその間どうして監禁していたのかを納得させる理由が思いつかない。

 と同時に、あの牢屋の存在も説明に悩む。

 俺が用意した訳ではなく最初から付属していたものだが、各種拷問道具をどう説明しろというのか。

 色々と越えるべき壁が多すぎるな。


 何か良い案が思いつくまでは……迷宮を弄った後は変装でもして、俺も捕らえられた振りをして同じ牢屋に入っておくか。

 例え後で正体をばらす事になるとはいえ、親密度はあげておくにこした事はない。


 これも一興。

 俺自身の罪を見直すためにも、俺はあの少女の側に暫く身をおく事にした。

2014.02.14校正

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