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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第参章 『迷宮創世』
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第48話 罪の意識

「なんだ、ここは……?」



 目が覚めると、世界が一変していた。


 それまで土作りだった壁が、様々な形をした岩を組み上げて隙間を土で埋めたような壁へと変わっている。

 床も素足で歩くにはちょっと困る砂肌ではなく、ある程度は滑らかにされた岩が敷き詰められていた。



「迷宮のレベルが上がりましたので、部屋を移動致しました」



 側で控えていたイリアが何でもない事の様に言う。

 レベルが上がったというのは、どういう事だろうか。

 それに移動したという事は、俺とウィチアの寝ているベッドごと移動させられたという事なのだろうか。

 突然の事に、思考が追いつかない。



「ハーモニー様が眠っていらっしゃる間に迷宮へと侵入した者達がいました」

「……捕らえたのか?」

「いえ、全滅致しました」

「!?」



 瞬間、罪の意識が思い出される。

 まだ幼気な少女を殺してしまったという罪。

 俺は、してはいけない事をしてしまった。

 一生掛けてもその罪は消える事はない。


 それが、俺が寝ている間にまた増えた。

 それが人を殺めてしまう事だと分かっていながら、俺はあの迷宮の入口を封鎖しないまま放置していた。

 精神が憔悴し疲れきっていたので、起きてからそれを行おうと思い後回しにしてしまった事が、更なる悲劇を生んでしまった。



「そうか……詳細は分かるか?」



 もはや俺にはどうする事も出来ない。

 二度目だったのと、それが寝ている間だったのと、直接顔を合わせた相手ではなかった事と、ここではない俺には入る事の出来ない迷宮で起きた事だったためか、一度目の時よりも精神への負担は予想以上に軽かった。

 もう……人が死ぬ事に慣れてしまったのかもしれない。


 そんな自分を俺は嫌いになりそうだった。



「水と水妖の粘体生物(アクアンスライム)の群れに押し流され死亡した者が5名。

 アクアンスライムを飲み込み全身を麻痺毒に犯された後に溺れて死亡した者が3名。

 死霊(ゴースト)に魂を喰われて死亡した者が1名。

 アクアンスライムが進化したユー・イ・チリーに抱き着かれて溶解死した者が1名。

 最後に天井から落ちてきたツララに当たって事故死した者が1名。

 以上の、計11名です。

 いずれも最後には着ている物も含めてすべてをスライムに溶かされてしまいましたので、今回は捕縛者も戦利品もありません」



 絶句するしかなかった。

 数もそうだが、俺も知らない魔者の名が二つも入っていた事に俺は特に驚く。

 仕掛けた罠の状態から、俺の迷宮に侵入した者達がいったいどの様に死亡していったのかはだいたい分かる。

 個々の力では俺が今設置出来る魔者は弱すぎるので、物量で勝負した。

 そういう罠を俺は仕掛けていた。


 落とし穴という罠は、文字通り設置した場所の下側に空間を作り出す罠である。

 俺はこの罠を利用して、ずっと真っ平らだった迷宮内にまず段差を作り出した。

 何のことはない、罠を並べて設置して発動させたままにすると、罠同士の間にある薄い壁が支えが足りなくて簡単に崩れてしまう。

 それを利用して、俺は迷宮内に意図的に段差を作成した。


 その後、段差を作り出した場所全てに最下層まで連続で続く閉じたままの落とし穴を作る。

 更に迷宮の入口に近い方には濁った湧き水を設置し、落とし穴の中へと溜まっていくようにしむける。

 逆に迷宮の奥側にある方の落とし穴には、水とよく似た姿を持つ粘体生物の魔者が発生し続けるパーツを仕掛けた。

 後は、迷宮の入口方面から来た侵入者が楽して段差を降りれる様にロープを設置する。


 どの罠とも繋がっていないロープ。

 それを伝って段差を降りた先には、同様に段差を登り易くするために見せかけた、本当の仕掛けロープを設置する。

 後は、そのロープを引っ張ってもらうだけですべての罠が発動する。


 落とし穴の罠が一斉に発動し、罠同士の間にある薄くなった壁が水と粘体生物の圧力によって崩壊。

 その両方に挟まれた一番低い場所にいる侵入者達は、一網打尽となる。

 ただしそれだけでは生き延びる者達もいると思っていたので、前後から襲ってくるのを水だけにせず、片方を水と間違えやすい粘体生物の魔者にして、飽和攻撃を仕掛けさせた。


 一度使うともう元には戻すことの出来ない一回限りの必策。

 すべてが終わった後は、その通路はとても大きな水溜まりとなり、新しくやってきた侵入者達のほとんどは奥に進むのを断念してしまう事だろう。

 ……そういえば、後の事を考えていなかった。


 それはそれとして、俺もあまり成功するとは思っていなかったこの大掛かりな罠が見事に成功してしまい、多くの命を奪い去ってしまった事に複雑な心境が芽生えてしまう。

 ハッキリ言って、あまり実感が沸かない。

 殺してしまった少女の印象があまりにも強すぎた影響か、それとも迷宮がレベルアップしたなどという現実味のないゲーム感覚な言葉のせいか、罪悪感をあまり俺は感じる事が出来なかった。


 いや、もう麻痺していたのだろう。

 一度目の死で長く苦しむ事が出来れば良かったのだろうが、一眠りして罪の意識を再度感じる前に現実味のない多くの死を告げられてしまった結果、もうどうでもよくなってきた。


 しかし、それは一通り報告を聞いた後、何気なく気分転換を求めて牢に向かい、まだ生きていたもう一人の少女の姿を見て気が変わる事となる。

 少女は、部屋の中央で座り込み、隣の部屋へと身体を向け、静かに瞑想していた。

 その向いている先は、亡くなった少女がいた牢の部屋。



「いつから彼女はああしてる?」

「もう一人いた少女が亡くなられてから、少ししてからです」

「今までずっとか?」

「はい」



 イリアにはその少女に対する感情は何も持ち合わせていないらしく、その言葉には一切の揺らぎが存在しなかった。

 俺はイリアを下がらせ、亡くなった少女のいた牢の部屋に入る。

 そして部屋の中央に座り、壁の向こう側にいる少女と向かい合い考え始めた。


 罪とは何か。

 死とは何か。

 俺の生きている意味とは何か。

 この壁の向こう側にいる少女を俺はこれからどうするべきか。

 そして、あの迷宮をどうするか。


 そのどれの問いに対しても、俺の考えはまとまらなかった。

 選択肢は幾つもある。

 その選択の結果、どういう事が起こるのかも色々とシミュレーションした。

 言葉そのものの意味についても幾つか思い浮かぶ。

 元から有していた知識なのか、それともそれは俺が考え出した答えの一つなのかは分からない。


 罪とは、ただの言葉遊びにしか過ぎない。

 そこに形はなく、ただ誰がどう思うかだけのもの。

 結果があるだけ、現実がそうであるだけ、それ以上の意味を無理矢理に持たせて勝手に自己解釈し、思うだけの言葉。

 それでも罪の意識から人は苦しみ、時には自らの命すらも殺めてしまう程に苛まれる。

 無駄なプライドだ。

 そんなものがあるから罪という言葉で形なきものを言葉で遊び、現実を歪め、ないものをまるであるかの様に扱う様になる。

 獣を見よ。

 弱肉強食の本質を見よ。

 考える事を止めろ。

 本能に従え。

 罪は、ただの言葉遊びだ。


 ……という風に否定した思考をした所で、俺の心がこの罪の意識に苛まれ続けるのを消す事は決して出来ない。

 いや、《欲望解放》の呪いを全開にし、以後は理性を取り戻すことを止めればこの罪の意識に苛まれる事はなくなるだろう。

 だがそれは同時に多くのものも失ってしまう事となる。

 簡単にそれらを失い捨てられる程、俺の理性を求める欲望は小さくなかった。


 目の前の少女を抱きたいと思う。

 その気持ちを否定する気はないが、それを今実行に移す気はまるでない。

 それはただの願望であり、たったそれだけでは満たす事の出来ない小さな欲望だった。


 出来れば仲良くなりたい。

 仲良くなって色々と話をしたい。

 一方的な関係を築きたくない。

 双方合意の上で事を致したいと思う。

 それもまた己の欲の一つだった。


 ――だが、それはもはや叶わないだろう。

 その少女と共にいたもう一人の少女は、俺が殺してしまった。

 既に俺が彼女達を監禁している存在だという事は、その少女には一度顔を見せているので理解している筈だ。

 もしくは、俺が首謀者ではないとしても、その仲間の一人だという認識を持っている。

 例え脅されて仕方なくしていたとしても、少女は俺に対して心を開く事は決してない。


 この部屋にいた少女が死んだ事を告げてみるか?

 俺が殺したという事まで告げてみるか?

 それを教えてみたいという破滅的な小さな欲望までが俺の中に沸いてくる。

 それをして、無理矢理に蹂躙してしまうのも面白いかという思考が生まれ、更にはそれを頭の中で何通りもシミュレーションして、その中には先程俺が望んだ少女と仲良くなるというありえない結果まで妄想していた。

 そして最後に、俺ではなくなった俺という存在の姿までがシミュレーションされる。


 思考が、マイナス方面に向かいすぎている。

 このまま部屋の中央で少女と向かい合って瞑想していても、何も良い結果は訪れないだろう。


 最後に少女の姿をじっくり眺めてから、俺は牢屋を後にした。



「どうです? 似合ってますか?」



 部屋に帰ると、目を覚ましたウィチアが見覚えのある縞々模様の下着を身に着けて、陽気に俺を刺激してきた。

 いつもなら飛びかかる所だが、今の俺はテンションがすこぶる低い。

 適当に眺めて眼福を得た後、軽く世辞を言ってから迷宮を映す画面の前に座った。


 今のこの現実から逃避するには、寝るか戯れるか迷宮造りに没頭するしかない。

 だがさっきまで寝ていたので眠気はなく、テンションも低いため戯れるのも気が乗らなかった。

 故に、俺は迷宮造りへと没頭する事にした。


 しかし、その前に……。



■ハーモニー 男 人

■《星の聖者》の従者:Lv2

■HP:42/42

■MP:3/11

■欲望解放 痛覚麻痺 死の宣告 死後蘇生(不死者化) 迷宮の呪縛

■欲望半減 欲望減衰 理性増幅 痛覚10倍 感覚鋭敏化 生命共有化(隷属)


■武器:

■頭:

■体上:布の服

■体下:布のズボン、布の下着

■手:

■足:

■他:《蒼天の刃(フレースヴェルグ)》の腕輪


■職業一覧:剣士Lv3 戦士Lv9 闘士Lv7 拳法士Lv4 盗賊Lv1 狂戦士Lv3 魔法使いLv1 聖術使いLv1 迷宮創造士Lv2 《星の聖者》の従者Lv2 強姦魔Lv3 色魔Lv8 奴隷Lv1 霊姫使いLv2


■特技一覧:片手剣術Lv1 片手槍術Lv7 両手槍術Lv9 片手棍術Lv4 両手棍術Lv3 短剣術Lv6 二刀流Lv5 拳撃Lv7 脚撃Lv8 投擲Lv4 風の魔法Lv1 風の聖術Lv1 逃走Lv3 警戒Lv3 観察Lv7 分析Lv5  熟考Lv8 現実逃避Lv134


■才能:



 暫く確認していなかったが、予想通り職業や特技が幾つか増えていた。

 法術関係のものが増えているのは、ローに多少の師事を得たためだろうか。

 しかし法術もまだ使えないのならばそこに意味はない。


 しかしそれよりも、呪いがまた一つ増えていた事に驚く。

 《迷宮の呪縛》とは、文字通りここから抜け出すことが出来なくなる様な呪いなのだろう。


 むしろ驚くべきは、現実逃避という特技の無茶苦茶なレベルアップの方か。

 一気に三桁の大台に突入とは、現実味がまるでなさすぎる。

 もしかしなくても、この部屋に連れてこられたという現実と、少女を殺してしまったという辛い現実からくるものだろうと推測する。

 特に後者が急激なレベルアップに繋がっているのは間違いがないと思われる。

 目を覚ました時に追加で11人も殺していた事もその要因かもしれない。


 しかし。

 殺人鬼だとか虐殺者という様な罪人を意識させる様な職業や特技がないのはどういう訳なのだろうか?

 俺はそれを確認するために、この部屋に連れてこられて初めてのステータス確認を行った訳なのだが、肝心のそれがない事に三度驚く事となった。


 俺の造り出した迷宮で勝手に人が死ぬのは俺が直接手を下した訳ではないのでカウントされていない可能性もあると考えてはいたが、少女の死は明らかに俺が原因だと考えている。

 だが、実際にはそうなっていない。

 もしかしたら、少女の死の真相は別にあるのかもしれない。

 ――いや、それこそ現実逃避か。


 深く考えるとまた穴にはまる可能性が高いので、俺は思考を切り替えて迷宮造りもしくは迷宮入口の封鎖に着手する事にした。

2014.02.14校正

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