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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第参章 『迷宮創世』
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第44話 間違えた選択肢

 牢屋は今までいた部屋と変わらないぐらい清潔だった。

 但し違うのは、牢屋の方がかなり豪華だ。

 しかしそれに俺は羨ましいなどとは一切思わない。


 目に入っている様々な拷問器具を無視して、俺は目的の牢へと辿り着く。

 一部屋六畳程度の完全隔離された部屋が六つ。

 俺の方からはその全ての牢が筒抜けで見えるのだが、中にいる者からは外は見えないという情報をウィチアが聞いてもいないのに説明してくれる。

 内部の音も、牢の入口を一部でも開放しない限りは外に漏れないらしい。

 きっと俺には理解出来ない空間操作の技術でも使っているのだろうな。



「服は脱がせたのか?」

「全て戦利品として彼女達から剥ぎ取っています。ハーモニー様の自由にしていいと聞いていますので、後でご案内致します」



 それはつまり、彼女達に服を着せたければ、その戦利品の中から融通するしかないという事か。

 ここではもう捕らえた者の権利は何もないのだろう。

 俺が何も指示しなければ食事も与えられず餓死する可能性もありそうだ。



「とりあえず、彼女達の下着と服一枚は返してやってくれ。このままだと情報が引き出しにくい」

「尋問道具なら一通り揃っていますが?」

「……そういうのは好まない。まずは人道的に接したい」

「分かりました」



 横目で見た限り、あれは尋問道具というよりは拷問道具の様に思えたが、その使い方も含めてあまりあれらには関わりたくない。

 捕らえた二人が身に着けていた服と下着を取りに行ったイリアが、一度俺に物を確認させてから牢の中へと入っていく。

 片方は縞々、もう片方は無地の布。

 それらがいったいどちらの所有物なのかと眺めていると、イリアはわざわざ俺に見せつける様に無地の布の方を少し大きい方の少女へと履かせていった。

 お洒落に気を遣っているのは小さい方か。


 ところで、何故に下着Tシャツ?

 それはそれで嬉しい組み合わせだが、普通は下の服も持ってくるだろうに。



「彼女達が目を覚ます前に、戦利品の方を確認しておくとするか」

「はい。ではご案内しますね」



 既に未来のない二人はイリアに任せて、俺はウィチアの後ろについていく。

 可愛いお尻がフリフリ揺れていた。

 以前、服を着てくれと言ったら、二人とも上の服しか着てくれなかった。

 聞くと、それしかなかったらしい。

 レビスはいったい何を考えているのだろうか?

 先程の下着Tシャツスタイルの選択といい、妙な設定を二人に仕掛けている気がする。

 そのうち、イリアとウィチアの下着も手に入れないといけない。

 いつまでも下だけ裸でいるというのは、俺の精神衛生的にあまり宜しくない。


 しかし――もしかして、レビスは俺の記憶を読んだ時に、俺の嗜好を見てこれらの仕掛けを二人に施したというのか?

 何ともありがた迷惑な善意だ。


 捕らえた二人が所持していたものにはあまりめぼしい物はなかった。

 代えの下着ぐらいは持っているだろうと期待していたのに、それもない。

 それどころか武器もなく、残っていた衣服は防具と呼べる物でもなかった。


 あの二人は、俺の造った迷宮にいったい何をしに来たのだろうか。



「偶然通り掛かっただけの村人か何かだったか……」

「その様ですね」

「この包みは携帯食でも入れていたのか? 水筒も2つあるし、まるでピクニックだな」



 本当にただ通り掛かっただけの不幸な少女達だったのだろう。

 彼女達がもしある程度の装備を整えている旅人だったならば、最初から覚悟を持って俺の迷宮に挑んだ者達だとして割り切って考える事が出来た。

 だが、実際に蓋を開けてみるとどうだ。

 俺の造った迷宮は、何の罪のない覚悟すら持っていない少女二人を生け捕りにし、その人生を永遠に奪い去った。

 それに後悔を覚えない訳がない。



「彼女達を解放する事は出来るか?」

「残念ながら」



 迷宮内で気絶したならば、それは死んだと同じ事。

 せめてイリアが回収する前に彼女達の意識が戻ったのであれば、まだ逃げ出す事はできただろう。

 この区画まで連れてきた時点で、レビスには生かして返すつもりはまったくないという非情な意思の表れだった。


 気を失った時点で、彼女達の外での人生は終わってしまった。

 それをしたのは、俺自身。

 例え彼女達が迷宮の中で度重なる不幸に見舞われた結果だとしても、この迷宮の入口を外の世界へと繋げたのは俺だ。


 それは予め分かっていた事ではあったが、最初から最悪の犠牲者を産み出してしまったのは辛い。

 あの時、気軽に新パーツを設置しなければ良かったと思う。

 そうすれば、俺はこの深い罪の意識を感じる事はなかった。

 いや、もしかしたら二人は俺の目の前でイリアとウィチアの手によって殺されていたかもしれない。

 それも非常に辛い。



「これも迷宮に設置する事は出来ますけど、どうします?」

「……そうだな。その方向で使用するとしようか。捕らえた二人を知る者達を迷宮に誘き寄せる事が出来るかもしれない」



 非情になるしかなかった。

 俺の精神を保つためには、心を悪に染めないとこの重圧に耐えていけそうにない。


 ……。

 俺は今、何を考えていた?

 《痛覚麻痺》の呪い、それはもしかして精神にも影響を及ぼしているのだろうか?

 まさか罪を感じるという痛みもその呪いは麻痺させてしまうのか?


 ――いや、痛覚というぐらいだから、そんな筈はない。

 だが、ここは俺の知る知識とは異なる世界。

 《死の宣告》の呪いがそうである様に、その可能性は決して捨てきれないだろう。



「ハーモニー様、大きい方が目を覚ました様です。ですが暴れ始めました」

「……そうか。様子を見に行こう」



 大きい方……無地の布か。

 見た感じ、身体が少なからず引き締まっていたので、多少は身体を鍛えているがお洒落には無頓着な粗暴者という印象を俺は持っていた。

 目を覚ましてすぐに暴れ始めたという事は、その印象は間違っていなかったという事か。



「……!! ……?」



 牢の前まで来ると、中にいた少女が気合いの声と共に牢の入口である扉を殴り、険しい表情で何やら独り言を呟いていた。

 こちらと向こう側は遮断されているので、中からの音はまるで聞こえない。

 だが何となくだが何を言っているのかだけは理解出来た。



「意外と元気だな」

「手当はしておきましたので。ですが痛みはまだ残っている筈なのですが、結構頑丈な方みたいです」

「男勝りな人ですね。でももう少しお洒落にも気を使っていれば、綺麗な顔をしているので男の方から結構モテたと思うんですけど……」

「もう終わった人生ですから、お洒落は気にしなくてもいいでしょう」



 色々と横からうるさいので、イリアとウィチアは下がらせた。

 彼女達は俺よりも言葉数や意見が多すぎる。

 それに言葉にトゲも多いので、これから俺のする人道的な行為には邪魔になるだろう。

 目の前で惜しげもなく俺に下着を見せながら蹴りを放っているこの少女との交渉は、俺一人でやる。


 既に使い方を教わっていた牢の扉を開けて、俺は堂々とその少女の前に姿を表す。

 タイミングを見計らっての事だ。

 間違っても扉に攻撃を仕掛けようと力を込めている時ではない。



「まだ怪我は完全には治りきっていないんだ。もう少し自分の身体を大事にしろ」

「え?」



 突然に開いた扉から入ってきた俺の存在に、その少女は驚いて動きを止めた。

 俺もこの行為はかなり無謀だとは思うが、拉致されているという認識を変えるにはある程度危ない橋を渡らなければ難しい。

 まぁ、拉致しているのは事実な訳だが。



「先に自己紹介しておく。迷宮で倒れているのを助けたのは俺だ。名を、ゼイオンと……」

「きゃぁ!」



 ああ、そういう反応は流石に予想していなかった。

 少女は、己の格好がどういう物かをしっかりと理解していたのだろう。

 男である俺を目の前にして、悲鳴をあげて下着を隠しながら部屋の隅まで一気に逃げていった。



「だだだだだだだだだれですか! というか見ないで!」

「落ち着け。別に危害を加えたりはしない」

「いや! こないでください! あっちいって!」



 どうやら最初の印象はまったくの見当違いだった様だ。

 勇んで殴りかかってくるかと思ったら、何とも女の子らしい反応をしてくれる。

 一歩近付いただけで、少女の顔は羞恥から恐怖の色へと変わった。

 なんとも一種の情欲をそそる状況だが、襲い掛かるわけにはいかない。



「――少し落ち着いたらまた来る。無理をするなよ」

「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ……」



 まるでこちらの話を聞いていない少女。

 仕方なく俺は踵を返して部屋から出て、再び扉を閉める。

 その後も暫く少女の姿を観察してみたが、目の保養になった以外はずっと怯えたまま少女は震えていた。

 あの分では、落ち着くまでに随分と時間が掛かりそうだな。


 しかし……。

 随分と嫌われたものだ。

 やはりこの牢に捕らえられているという認識が少女の思考を完全に悪い方向へと向けているのだろう。

 扉を攻撃して外に出れないかと暴れていたのは、心が強いのではなく脆すぎたが故の自暴行動か。


 あの少女を説得して穏便に話を聞き出すのは難しいか。

 むしろ強引に徹底的に攻めて奴隷化させた方が早いかもしれない。

 気は進まないが、手段の一つとしては考えておくとしよう。


 もう一人の少女の方は……まだ目が覚めていないのか。

 ならば寝ている間に俺の部屋のベッドへと運んで、そこで起こした方がまだ警戒されないかもしれないな。

 捕らえられているというのがハッキリしているこの状況が悪い。


 俺は小さい方の少女のいる部屋の扉を開けて、中に入った。

 そして警戒しつつ、まだ眠っている少女の側まで近付いていく。

 瞬間。

 少女の瞳がぱっちりと開いた。



「あなたが私を監禁している人ですか?」



 瞳は天井へと固定したままで、少女が口を開く。

 まさか狸寝入りをしていたのか。

 ならばわざわざ自分からそれをばらしたのは、何故だろうか。



「迷宮の中で倒れていた御前を助け……」

「私は何をすればいいですか? どうすれば私の命を助けてくれますか?」



 むくりと起き上がった少女が体育座りになり、呟く様に言葉を発する。

 しかし言葉はハッキリと俺の耳へと伝えられ、その音色には覚悟の色が含まれていた。



「いや、俺は御前をどうこうす……」

「何でもしますので助けてください。私の身体に興味があるのでしたら自由にして構いません。ですから、クーちゃんと私の命だけはどうか助けてください」



 視線をあげて少女が俺を見る。

 少女はまるで俺の言葉を聞いていない。



「もともと俺はおまえた……」

「どうぞ、好きにしてください。私の身体はまだ未熟ですが、精一杯御奉仕させて頂きます」



 更にそう言って折角着せた服を自ら脱いだ少女は、更に怯えるように足を開いて俺に全てをさらけ出した。

 その視線は恥ずかしがるように何もない右へ。

 それは絶対服従というよりも、むしろ俺を誘っているかのような体勢。

 自然と俺の視線が縞々のそれへと誘導される。


 その刹那。



「風よ踊れ、ブリーゼ!」

「なにっ!?」



 少女が力強い言葉を発したと同時に、俺の顔に小さな衝撃が襲い掛かった。

 と同時にそれまで従順に振る舞っていた少女が飛び起き、全力で俺の横を駆け抜けていく。

 考えなくても分かる。

 少女は俺の背後にある牢の入口を目指していた。


 咄嗟に俺は手を伸ばして少女の手を掴む。

 それは間一髪間に合い、少女の前進を強引に止めた。



「いやっ! 離して!」

「暴れるな。大人しくしろ」



 何故、俺が悪役の様な台詞を吐かなければならないのだろうか?

 折角穏便に済ませ様としたのに……俺の気遣いが報われないとは。


 少女の身体を無理矢理に引き寄せ、後ろから羽交い締めにする。

 小さな二つの手は両方とも俺の手が掴んで抑え、暴れて俺の足を攻撃しようとする少女のか細い足を払って膝をつけさせる。

 ぶんぶんと振られる頭とともに少女の髪が俺の顔に当たるが――なんだ、よく見ると獣耳があるな。もしかして獣人族か?――少女の背中に体重を掛けて、床に押し倒す。

 そのまま少女の腕を後ろに軽く捻って肩に負担をかける。



「い、痛い! やめて! もう暴れないから止めて!」

「なら、まずは謝罪しろ。さっきのは痛かった」

「ごめんなさい! ちょっと悪ふざけが過ぎました! 許してください!」

「それと、俺の話を聞くと誓え」

「誓います誓います! 私の身体を好きにしていいですから、だから痛いのだけは止めてください! あなたの言う事なら何でも聞きます! 誓います! だから許して! お願い、許して!」



 などと口にしているのに、なおも暴れようとする少女。

 言葉と行動がまるで一致していない。

 もしや過去に何かトラウマになるほどの虐待でも受けていたのだろうか?



「もう喋るな。落ち着け」

「やめて! 助けて! クーちゃん助けて! いや! いやだ! 許して! 私が悪かったから、もう許してっ!」



 まるで聞いてはいないな。

 これではまるで俺は強姦魔だ。

 獣耳の他にフサフサの尻尾もあったので、獣姦にもなってしまう。


 獣か……そういえば、まだ抱いた事はないな。

 シルミー以外にも教会には何人か獣人族はいた様だが、残念ながらお近づきにはなれなかった。

 ちょっと値が張るのかもしれない。


 いや、そんな不埒な事を考えている場合ではなかったか。

 さて、これをどうするか。



「もういや! 何で私がこんな目に合わないといけないのよ! 全部クーちゃんがいけないんだ! クーちゃんが調べてみようなんて言ったからいけないんだ! あんな所で休憩するからいけないんだ! 全部クーちゃんが悪いんだ! クーちゃんのばかばかばかばかぁ!」



 もういい。

 不愉快だ。

 このまま黙らせてしまおう。

 この少女とあの大きい方の少女がどういった関係だったのかは分からないが、さっきは助けを求めた相手を今度は罵るというのは、聞いていて気分のいいものではない。


 それに、元気のありあまっているこの少女は、意外にも多少は頭が働く。

 法術を使ってきた事にも驚いたが、猫を被って俺を何度も騙してきた事にも俺は驚いた。

 未だに俺の話を聞かず、言っている事とやっている事が異なっているこの状況も、もしかしたらこの少女の策略のうちなのかもしれない。


 甘い顔をしていると、やられるのは俺の方だろう。



「御前の望み通りの事をしてやる。それでもまだ元気が残っていたならば、ここから解放してやろう」

「え? いやっ! やめて! お願い!」



 もう少女のまるで重みのない言葉は俺の耳には届かない。

 俺の中の《欲望解放》の呪いはとっくに限界を超えている。

 そうしてしまったのはこの少女だ。


 狸寝入りなどせず、正面から接してくれれば問題なかったのに。

 服を脱いで股を開いてきた時にはもう遅かったかもしれない。

 少女が逃げた時に俺の身体が勝手に動いたのは、このどす黒く彩っている本能がさせた動きだ。

 あんな突然の状況下で俺の身体があれほど素早く的確に反応出来る筈がなかった。


 少女の可愛い耳を優しく噛む。

 まだ残っていた俺の理性がさせた、ささやかなる抵抗。

 だが、それもここまで。


 さぁ……とても不本意だが、蹂躙を開始するとしよう。

2014.02.14校正

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