表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第参章 『迷宮創世』
46/115

第43話 バッドエンド確定

 クーは父親から武術を習っていた。

 ユーは母親から法術を学んでいた。

 その二人のレベルはほぼ同じ。

 但し、前者は実戦的なものを主体として日々身体を鍛えているのに対して、後者は知識を重点とした学術の意味合いが強いので、戦闘力としてはかなり差があった。


 だがハッキリと己の役割が決められるため、二人の足取りは軽い。

 クーは戦闘要員として辺り一帯を警戒しながら、ユーよりもほんの少しだけ前を進む。

 対して、ユーは己の持つ知識を使って何か危険な物がないか、得る物がないかを探りながら周囲を見渡した。



「これ、夜光苔だ……」

「夜光苔? 光苔じゃないの?」

「光苔ならエメラルド色に光るから、もっと綺麗なんだよー? でもこの苔、近くで見るとちょっとだけ紫色っぽく光ってるでしょ。ほらほら、よく見て」

「本当ね。でも、これも十分綺麗に見えるわよ」

「光苔の方だと、もっと幻想的だから十分綺麗っていう評価じゃ収まらないんだから」

「そのうち、一緒に見れると良いね」



 足を止めて二人仲良く壁に生えていた苔を見ながら、そんな会話を幾つか楽しむ。

 まだ歩き始めて数歩もしていない。

 しかし洞穴から入ってくる光はここまで届かず、辺りを僅かに照らしているのはその苔だけだった。



「夜光苔は人がよく入る場所だと火とか光の法術で照らされて育つ事がなかなか出来ないんだって。だから逆に最初から育ってたなら、長い間そこには人が入っていないという事になるんだって」

「という事は、暫く誰も此処には入っていなかったって事になるわけね」



 クーは自分の仮説が一つ肯定された事にちょっと気を良くする。

 また一歩、幸福に近付いたと思った。



「でも、この洞穴が発見されたのはつい最近だから、逆にそこはおかしいと思うんだけどねー。この苔に価値なんて全然ないから、この洞穴を見つけた人は普通に松明の灯りか何かでこの洞穴全体を照らしたと思うし……」

「光を当てるとダメなの?」

「うん。ちょっとの光で死んじゃうの。苔自体の発光でも毒みたい。苔が集まりすぎるとすぐに自分達の光で全滅しちゃうんだって」

「ああ、だからあちこちに少しずつだけあるんだね。となると、採取しても取り扱いが凄く難しいし、集めすぎてもダメ。価値がないのも頷けるわ」



 実際には薬の材料として使用出来る訳なのだが、薬の生成に失敗すると毒薬化したり、薬にあまり価値がなかったり、薬の生成に場所を選んでしまうため、誰もこの夜光苔でわざわざ薬を作成しようとは思わない。

 だから誰も気付かないし、発見も出来ない。

 夜光苔を使用して作った薬には、微小ながらあらゆる成長を促進してくれる効能があるという事を。



「剣を見つけたのはどの辺り?」

「こっちー」



 苔の話でこの洞穴が危険である事をすっかり忘れてしまったユーが、クーの手を引っ張って誘導する。

 クーの方も、剣があった場所ぐらいまでは大丈夫だと勘違い(ヽヽヽ)して、ユーに引っ張られるままその場所へと向かった。


 その足が、ピチャンという音と共に、何かを踏む。



「水?」



 クーは自身の足下を確認する。

 それは偶然の出来事だったが、それが彼女の動作を遅らせた。



「……え?」



 突然に聞こえてきた、ユーの素っ頓狂な声。

 遅れて、そのユーが引く自身の腕に強い力が掛かる。



「きゃぁ!」

「ユー!?」



 何かに足を取られて前のめりに倒れたユーの瞳が、突然に消えた地面の先にあった真っ暗闇に気が付き、悲鳴をあげた。

 ユーの足を引っ掛けたのは、ロープ。

 普通は通路に対して横向きに張って仕掛ける罠は、通路に対して縦向きに張られていた。


 薄暗い闇という状況と、進行方向と同じ向きに張られたロープ。

 気付かれないまま通り過ぎる可能性が非常に高いその罠の設置方法は、あまり利に適ったものではなかった。

 むしろ薄暗いのであれば、普通に横へと張っても問題はない筈である。


 だが、そんな事は今はどうでもいい。

 ユーを身体を支えようとクーは腕に力を入れる。

 が、その前にユーが手を離してしまい、助けようとしたクーの目の前でポッカリと穴を開けた落とし穴の中へとユーの身体が吸い込まれていった。



「クーちゃぁぁぁぁんっ!!」

「ユーぅぅぅぅぅぅぅっ!!」



 しかし、罠はそれで終わりではなかった。


 今まさに穴の底へと落ちていくユーの姿を見ていたクーの頭上。

 同時に発動した落石の罠が、下を向いていたクーの頭へと勢いよく迫った。

 その事にクーは当然気が付かない。

 穴の存在と、その穴に落ちていくユーの姿と、視線を向けている先が下側であった事と。

 ユーの悲鳴と、クーの叫声とが合わさった事で、それはクーに悟られる事なく必殺の一撃をその首筋に叩き込んだ。


 少し遅れて、クーに当たらなかった石が地面へとゴッゴッと鳴って落ちる。

 その時には既にクーの頭には世界が暗転を始め、その身体も穴の方へと倒れていく所だった。


 こうして二人は不幸の偶然が幾重にも重なり、その迷宮の餌食となった。










「……俺の意図していなかった形で、呆気なく終わったな」

「はい……よっぽど運のない方達だったのでしょう」



 二つの光点が動き始めるのはもう暫く時間が掛かると思って、この場にはウィチアはいない。

 ウィチアには飲み物を取りに行ってもらっていた。


 ウィチアが不在の間に二つの赤い点の片方が行動を開始し、罠のある通路中央を避けて、すぐ先に設置していた宝を意味する光が消える。

 宝には折れた剣を選んでいたので、逆にその光が消えた事に俺の方が吃驚したぐらいだった。

 宝を手に入れた赤点Aはすぐに踵を返し、迷宮入口にいた赤点Bと合流。

 少しして、二つの赤点は揃って迷宮の中へと足を踏み入れていった。


 余程注意深いのか、二つの赤点は壁際を歩き、また止まる。

 恐らく罠に気が付いたのだろうと俺は思っていた。

 だが赤点Aが突然に飛び出していったと思ったら、すぐにロープの罠に引っかかる。

 実験のために設置した罠だったので、誰もその罠には引っかからないだろうと俺は思っていたのに、何故か赤点Aは通路を真横に横切ってロープに引っかかってくれた。


 ロープには『落とし穴・小』の罠だけを繋げて仕掛けていた。

 ただこの『落とし穴・小』というのはあまり深くない罠らしい。

 『落とし穴・小』では穴の深さが足りずに、下手をしたら負傷すらしないかもしれない。

 なので、俺は『落とし穴・小』を三つ縦に重ねる事である程度の高さを作った。

 それでも命を奪うにはちょっと苦しい高さかもしれない。


 だが、それよりも予想外だったのは『落石・小』の罠が勝手に(ヽヽヽ)発動してしまった事だった。

 本当は『矢』の罠も一緒に仕掛けて、迷宮入口にいきなり罠だらけの場所を作る予定だったのに、それを作っている途中で罠設置可能数が限界を迎えたらしく、『落石・小』を発動させるための『ロープ』を設置出来なかった。


 落とし穴にはまった赤点A。

 その赤点Aとは違い、赤点Bは落とし穴の圏内にいなかったので、俺はその瞬間には赤点Bによって赤点Aは助け出されるだろうなと思っていた。

 しかし運命は俺に味方をしてしまう。

 何故か発動した落石の罠によって赤点Bは負傷し、ついでに前へと誘導されて落とし穴の罠にもはまる。


 結果的に俺は、後に用意していた魔者達の活躍もなく、入口に設置するよりも先に思考を凝らせて造り上げた罠を披露する事もなく、初めての戦果を上げてしまった。

 何とも嬉しいやら悔しいやら複雑な心境である。



「ん?」



 苦々しい思いで画面を見ていると、俺はそれにようやく気が付く。

 二つの赤い光点は、まだ落とし穴の罠の部分でほんの少しの光を発して残っていた。



「あ、まだ生きているみたいですね。様子を見てきましょうか?」

「出来るのか?」

「はい。ハーモニー様には無理ですが、私とウィチアさんであれば迷宮の中であれば移動する事が出来ます」

「なら、頼む。危ないと思ったらすぐに引き返せよ」

「勿論です。私も命が惜しいですから」



 イリアの返答に、俺は何を言っていいやら分からず黙り込む。

 その間にイリアは壁の向こう側へと消えていった。


 画面を見ていると、迷宮の端にとりあえず置いていた謎の空間から黒い光が一つ発生し、迷宮の壁を無視して突き進んでいく。

 もしかしなくてもイリアなのだろう。

 とすると、あの謎の空間は俺のいるこの部屋という事か。


 ――いや、俺やイリア、ウィチアを指し示す光点が最初からなかったのだから、迷宮へのもう一つの出入り口と考えた方が自然か。



「お待たせしました」



 そこに丁度悪くウィチアが壁の向こう側から帰ってくる。

 初めての戦果?をあげて、俺はいったいどの様な顔をしているのだろうか。

 努めて冷静を装い、ウィチアの方へと向き直る。



「私のいない間に終わってしまったみたいですね」

「みたいだな」

「はい、これ。夜光苔で作ったお茶になります」

「そんなものを口にして、俺は大丈夫なのか?」

「一般にはまったく知られていないみたいですけど、エルフの間では普通に飲まれているものですよ。本当なら私も知る事は出来なかった筈なんですけど、以前懇意にしていたエルフの方から特別に教えてもらいました。飲んでみてください」



 言われるまま差し出された湯飲みに口を付ける。

 何故に湯飲みなどというものがここにあるのかは考えない事にした。

 たぶんレビスが俺の記憶を読んで、その一つを用意しただけだろう。

 座興が好きだと、レビスは自分で言ってたしな。



「……甘いな」

「口に合いませんか?」

「合わない。白湯の方がマシだな」



 但しお茶を入れてもらった手前、すべて飲み干す。

 喉が熱い、焼ける様だ。

 少し無理しすぎたか。


 湯飲みをウィチアに返して、画面へと視線を移す。

 ん?

 画面右端に見た事のない光――新しいパーツが増えている。

 さて、何だろうか?


 何かの部屋らしかったので、とりあえず設置してみる。

 場所は画面端、迷宮のもう一つの入口らしい謎の空間の横。


 丁度その時、イリアが迷宮侵入者二人の状態確認を終え、再び迷宮の裏口の方へと戻ってきた

 但し、彼女を示す光の側には、薄くのみ光っている二つの赤点。

 気を失っていたので回収してきたという事だろう。

 というか、壁の中をどうやって?


 その後に起こった事は俺の予想とは異なる状況だった。

 薄い二つの赤い光点は、迷宮裏口に到着すると同時に、先程設置したばかりの新しい謎の空間へと移動する。

 イリアを示す黒い光は画面から消えていた。



「ただいま帰りました」

「お帰り」

「お帰りなさい、イリアさん」



 タイミングよく帰ってきたイリアに、特に驚く事なく俺達はイリアを迎え入れる。



「二人はどうだった?」

「気絶していたので回収してきました。残念ながら命には別状なさそうですが……」



 死んでいて欲しかったという様なイリアの台詞はとりあえず聞き流しておくとしよう。

 しかし、そうか……やはり死んではいないんだな。



「何故回収したんだ?」

「それは勿論、あのまま放置しておきますと彼女達は目が覚めた後、無事に迷宮から出て行ってしまいますから……レビス様より、迷宮内で気絶した者達は速やかに回収し、後の対処はハーモニー様に一任する様に命令を受けています」

「そうか」



 レビスの名が出てきてしまっては、俺には何も言う事は出来ない。

 例えイリアとウィチアがそれを望んでいなくとも、彼女達に拒否権はない。

 言われるがままに行動する事しか出来ないのだろう。



「ところで、回収した二人はどうしたんだ? さっき俺が設置した謎の空間に入れられた様だが……」

「今思い出しましたけど、あれはたぶん牢屋ですね」



 俺の問いに答えたのはウィチアだった。



「牢屋か」

「はい、牢屋です。牢屋が迷宮内に出来たので、回収した人達は自動的にその牢屋に捕らえられ、以後はハーモニーさんの好きにしていいそうです」



 生殺与奪の権利を俺に持たせるのか。

 迷宮内で殺されてくれるのであれば、間接的にしか見ていない俺にかかる精神の負担もあまり多くはない。

 だが、直接手を下さなければならないという事になると、その負担は計り知れないものだろう。

 なんと面倒な事をレビスは押しつけてくれた事か。


 しかし、ふとイリアの言葉の中に気になった事があった。

 但しそれは後回しにして、先に大事な事を聞いておく。



「運良く今回はイリアが二人を回収しきる前に牢屋を設置していたので二人は牢屋に送られたが、もし牢屋が設置されなければどうなったんだ?」

「その場合には、ここに連れてきた時点で殺す様に言われています」



 自らの手を汚す事に何ら躊躇いなく口にしたイリアに、さしもの俺も嫌気が出る。

 普段の振る舞いは俺の知るイリアとウィチアの様だが、どうも彼女達は精神操作を受けている様だった。

 彼女達には俺との営みも抵抗なく受け入れているのを初めとして、現状への疑問、生死の頓着などが一切ない。


 まさに俺のために用意された都合の良い人形という訳か。

 ウィチアもさっき「今思い出した」と言っていたぐらいだから、これからも迷宮で功績をあげる度に増えていく新パーツの情報をその都度思い出していくのだろう。



「牢屋に捕らえた者達には直接会う事は出来るのか?」

「はい、出来ますよ。ほら、あそこに牢屋へと繋がる道が出来ています」



 見ると、本当に道があった。

 いったいいつの間に出来たのか、とは思わない。

 迷宮の作成をこんな黒い靄で出来た画面上で出来るぐらいの驚きの技術を持っているぐらいだ。

 道一つ、俺に勘付かれる事なく作り出す事など容易いだろう。


 それぐらいは予想していた事だった訳だが、実際にそれをされると溜息の一つでも吐きたくなった。



「とりあえず、確認しにいくとしようか」

「はい」



 俺は、運良く捕らえる事の出来た、まだ性別の分からないとても運の悪い彼女達(ヽヽヽ)の姿を確認しに行った。

 こういう場合は、お決まりのパターンだと確信しながら。

2014.02.14校正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ