第42話 迷宮造り
罠というパーツがある。
今、俺が使用出来る種類はさほど多くない。
設置出来るのは『落とし穴・小』『ロープ』『矢』『落石・小』の4つ。
どれも殺傷能力は低く、ロープに至っては単体で人を殺すのは非情に難しい。
「ロープに足を引っ掛ける事で矢が発射される仕組みが、普通に考えて唯一人を殺せる可能性のある罠か……」
「上からぶら下げて引っ張って貰うという手もありますよ?」
「……どちらにしても、余程警戒心の薄い村人Aでもない限り、それだけで殺すのは難しそうだな」
俺の考えの幅狭さをウィチアが指摘し、いきなりの出鼻を挫かれる。
助言をしても良いルールだったのか。
てっきり二人は俺の世話する事だけを許されているのか思っていた。
つまり、このゲームは3人による共同作業と考えてもいいという事になる。
だが、俺は参考意見として聞くだけであり、その選択はしない。
人を殺すのは、俺だけで十分だ。
ウィチアにたっぷりお返しして堪能した後、また最初から考え始める。
モンスターというパーツがある。
強い弱いの判断がまったくつかないため、迷宮初心者の俺が使用するのは最弱タイプがいいだろう。
無限生成タイプならば、もしかしたらという希望がいつまでも持てる。
無限生成タイプで設置出来るモンスターは『毒蜂・小』『粘体生物・弱』『腐死者・弱』の三種。
正式な個体名はまた別にあるのだろうが、イリアの説明では分からなかった。
その上にあるちょっと時間の掛かる有限生成タイプで設置出来るモンスターはというと『魔幼虫・弱』『骸骨・弱』の二種。
本当に多少だけ強くなっただけの様な名前だ。
ただ『魔幼虫・弱』には成長すると成体化する可能性もありそうなので、あまり軽視しない方がいいだろう。
「粘体生物の海でも作って、溺れさせてみるか……」
「えっと、誰がそんな所に飛び込むのでしょうか? 私なら見掛けた時点で燃やしてしまいます」
「落とし穴に溜め込んでおくというのも面白いかもしれない」
「いつ来るかも分からない人達を待ってたら、すぐにいっぱいになって溢れ出てくるだけだと思いますけど……」
意見は貴重だ。
だが否定するばかりの意見ではなかなか前に進む事は出来ない。
イリアの意見はもっともな訳なのだが、色んな角度から考察するために呟いた言葉に一々否定的な反応を示すのはあまり気持ちのいいものではない。
そんな事ぐらいは俺も最初から理解している。
俺が行っている思考は、まだ見えていない部分を探り出す行為。
いわば発想だ。
工夫をすれば、どの様なものでも使い方次第で化ける。
だがそこに気づけるか、見つけられる事が出来るかが運命の分かれ目。
天才でも秀才でも奇才でもないと自覚している俺には、兎に角考えて実行に移し経験し道を探り続けるしか他にない。
なので、否定的な意見ばかり出されてしまうと、実行に移せなくなってしまう。
三人寄れば文殊の知恵、とするにはやはりこのメンバーでは無理があるという事を俺はもう思い始めていた。
この二人に口を出してもらうのはやめておいた方が良いのかもしれないな。
また、否定も積もれば消去法となる。
イリアの否定に耳を傾け続け、最後に残った選択肢を実行した時、本当に人を殺す事が出来たのならば、それはイリアの功績となってしまう。
つまり、イリアが殺したという事になる。
故に。
口を出したくなくなるぐらいに、イリアにお仕置きして黙らせた。
逆に味をしめてしまわなければ良いのだが……。
宝というパーツがある。
俺の方がまず先に欲しい。
可能だろうか?
設置出来るのは『夜光苔』『湧き水・濁』『銅鉱・粗悪』『折れた剣』『壊れた鎧』の5種。
どう考えても、欲しいと思うような宝ではなかった。
『夜光苔』は暗い洞窟の中でも僅かだが光ってくれる苔らしいのだが、光を浴びると死滅してしまう特徴を持っているらしい。
集まりすぎると自身の発光でもやられてしまうため、ほとんど誰にも重宝されない。
名前を聞いた時は、一番使えるかもと思ったのにな。
「幾つか湧き水を作って、粘体生物の擬態にするのもいいですね」
「夜光苔は魔幼虫の餌にもなるそうです」
勝手に意見を述べてくれた二人に、精一杯のお返しをする。
迷宮造りよりもベッドの上の方に精を出している気がするのだが、たぶん気のせいだ。
俺の頭の中は迷宮造りの事でいっぱいになっている。
これはその過剰なストレスからくる反動だろう。
「いつになったら私達はここから出られるのでしょうか?」
そういう楽観的な思考を俺はしていない。
イリアの問いに俺は応えず、再び黒い靄で構成されている画面を眺め続ける。
二人がいるとなかなか作業が進まないので、二人は壁の向こう側に消えてもらった。
悪いとは思ったが、現実逃避し続けるのは逆に二人の精神を追い詰めていく形にもなっているので、甘んじてその痛みを受け入れる。
――さて。
心を悪意に染めるとしよう。
人を殺すための策を、そろそろ実行に移すとしようか。
「クーちゃん、私もう疲れたよー。そろそろ休もうよー」
鬱蒼と茂る林と延々と続く岩山の間、舗装されていない道なき歩きにくい道を二つの人影がゆっくりとしたペースで進んでいく。
「もうすぐ休憩出来そうな洞穴があるから、それまで我慢しなさい」
「洞穴って、あれ? 最近なんか突然に出来たって奴?」
その内の一つ、未だ成熟しきっていない小柄な体格をした少女の言葉に、まるでその姉と思わしき良く似た容姿を持った女性が少し考えてから答える。
「聞いた話だと、どうも人工的に造られた様な洞穴らしいから、油断しちゃダメよ」
「へ? 何を油断するの? というか、何で警戒しないといけないの? ただの洞穴じゃん」
「いや、だからね? 人工的なのよ。天然じゃないらしいわ」
「そんなのどっちでも良いじゃん。私はもう、休めれば何でも良いよー」
「あんたねぇ……」
仲良く腕を繋いで歩いている姿は、とても仲の良い姉妹の様に。
しかし必要以上に接近し仲睦まじい姿は、まるで互いに好き合っている恋人の様な関係にも見える。
しかし互いに交わす言葉にはそんな雰囲気はない。
「あんまりべったりくっつかないでよ、ユーちゃん。ちょっと重い」
「えへへー。だって、クーちゃんと二人旅なんて、なんかとっても久しぶりだから」
「ただ隣の村に向かうだけじゃない。それにユーちゃんにはちゃんと恋人さんがいるんでしょ? 甘えるならその恋人さんに甘えなさいよ」
「あんなゴツゴツした人の身体じゃ、逆にこっちの身体が痛くなるから嫌! やっぱ柔らかい身体をしたクーちゃんみたいな人じゃないと、私の心も身体も癒されないんでーす」
「はぁ? じゃあ何で付き合ってるのよ?」
「んー、富と顔と名声?」
「ああ……だから村長の息子なのね。納得」
大きな方の少女クーは呆れた顔で腕にひっついてる少女ユーを見る。
二人は姉妹という関係だったが、別に血が繋がっている訳ではなかった。
当然、親も違うし住んでいる家も違う。
しかしちょっと顔が似ているという事で、二人は村人からは姉妹だと思われていた。
それは別段、珍しい事ではない。
誰が本当の父親なのか、村人は誰もハッキリと確認する手段を持ち合わせていない。
それに、村の外部から婿や嫁を取るのはあまりない閉鎖的な村だったため、長年村の中で婚姻を繰り返した結果、先祖を遡ればどこかで重なっている筈なので、容姿が似てしまう事は極希にだがある事だった。
年齢がこれほど近く、ここまで似た容姿になる事はそれこそ珍しい事だったが。
「あ、見えてきた。あれがクーちゃんがいってた洞穴?」
「みたいね。洞穴の中は結構綺麗らしいから、休憩するには問題ないらしいわよ」
「……休憩、する?」
「そっちの休憩はしない! 少し休んだらすぐに出発するわよ」
「えー、残念」
小さな方の少女ユーは言っているほど残念がってはいない。
別に本心からではなく、ただおちゃらけているだけなのだから当然だろう。
だが大きい方の少女クーはというと、顔を少し赤らめて必要以上に意識していた。
むしろクーの方がそういう状況を妄想し、より具体的に想像し、情緒不安定になりやすい年齢なのだ。
興味がない訳がない。
それに好意も持っていたので、むしろそういう事を望んでいたのは実はクーの方だった。
腕に寄りかかる少女の温もりを嬉しく思いながら、ゆっくりと洞穴へと近付いていく。
その足取りは、本当にゆっくり。
いつまでもそうしていたいと思っているクーが意図的に調整している速度だった。
「あ、本当に綺麗」
「ゴツゴツしてるのは入口付近だけみたいね。奥で光ってるのは、光苔?」
「何でも良いよー。ふー、やっと休めるー」
腕から抜け出したユーが服が汚れるのも気にせずにゴロンっと寝転がったのを目にしながら、クーも遅れてユーのすぐ側に腰を下ろす。
一緒に横になってしまいたかったが、それは年長者である彼女のプライドが許さなかった。
「んー、地面が冷たくて気持ちいー」
「見た目は綺麗だといっても、服が汚れない訳じゃないんだから……ああ、遅かった」
「途中に湖があるんだから、そこで泳げばいいじゃん。汚れも落ちて一石二鳥」
「誰かに見られているかもしれないのに?」
「そういう時は、クーちゃんの鉄拳が火を噴くだけだよー」
「あんまり私の力を頼りにしないでね。いくら私が強いからといっても、殺し合いが得意な訳じゃないんだから。ユーちゃんの恋人さんぐらいなら倒せても、武器を持った相手だとどうなるかは分からないわ」
「大丈夫! その時は私が法術使って援護するから」
「それこそ不安なんだけどね……」
「あー、酷い」
歩きで1日程度しか離れていない隣村までの距離とはいえ、戦闘能力を持たない少女二人が丸腰で行き来できる程、この辺りは安全という訳ではない。
幸いにして山賊といった類はいなかったが、むしろそういう平和加減が村人自身を暴挙な行為に走らせる。
それで誰が父親なのか分からない子供が出来てしまう事も多々あるぐらいなのだから、村の女性達が己の身を守るために力を付けようとするのも普通である。
とはいえ、もともと男女共に戦闘力を持つのが普通の世界なのだから、二人が戦う力を持っているのは別段不思議ではない。
そのぐらいには、世界は平和ではなかった。
暫くして。
二人が食事を終えて微睡んでいる頃。
一匹の蜂がどこからともなく現れ、音もなく近付いてクーの身体を刺した。
しかしその事にクーはまったく気が付かない。
蜂は更にユーの身体へと近づき、再び尾にある細い針でチクッと刺す。
だがやはりユーもその事にはまったく気が付かなかった。
「この蜂の名は、ビー・スティンガーというのか」
神経を使った作業を終え、追い払っていた二人を部屋に呼び戻した俺は、画面を見ながら二人の説明を聞く。
「はい。さっき確認してきたところ、ビー・スティンガーと呼ばれる魔者でした」
「魔者、か……。モンスターでもなく、魔物でもないんだな」
「はい?」
小さく呟いた俺に、ウィチアが聞き取れなかったと反応する。
やはり、俺の知る知識とは異なるネーミングでこの世界は彩られているらしい。
使い易さの観点から、この俺専用の隔離施設に閉じ込められてから俺はモンスターという言葉で考えていたが、それはもう止めるとしよう。
「強さはD級となります」
「とは言え、油断できる相手ではないんだろう?」
「私には分かりかねます。少量の毒は持っているみたいですが、例え刺されてもほんの少ししか効果はありませんし、ほとんど気が付かないレベルのものだと聞いています」
「刺されても気が付かないのが普通ですね。刺された場所が少し赤くなって、ちょっとの間だけ跡が残るのが女性達に嫌われている主な理由です」
「つまりほとんど無害という訳か」
されど魔者と認定されているからには、何らかの理由があるのだろう。
画面上では、二つの赤い光点が迷宮の入口で今も留まっている。
その上の方では、ビー・スティンガーを意味する青い点が無数。
但し迷宮とは完全に壁で遮られており、蜂がいる空間の出口は迷宮の出口とは別の場所に設けていた。
つまり、迷宮内で発生した蜂は、その通路を通って勝手に外へと出て行くばかり。
しかし、それは先程までの事。
今は俺の手によってとても細い通路が迷宮へと繋げられており、ごくたまにだけ蜂の赤点は迷宮の中へと入って迷宮の外へと抜けていく。
その両方の出口から出て行った蜂も、いまだ一匹たりとも迷宮内には戻ってきていなかった。
この策は、やはり失敗したかな?
「クーちゃん、ちょっと奥見てきて良い?」
「別にいいけど、ただの行き止まりよ? すぐに突き当たりにぶつかるそうよ」
休んでいる筈なのに、いっこうに疲れが癒されないため予定よりも長居している。
そんな事を思い始めた頃に、暇を持て余していたユーがより長居する事になりそうなおねだりを言ってきた事に、クーの思考はそこで中断させられる。
手の掛かる妹の様な存在のユーに、クーはついつい甘やかしてしまう。
それを自覚しているにも関わらずに。
「何かあったらすぐに帰ってくるのよ?」
「はーい。ちょっと行ってくるねー」
「お土産は、期待しないで待ってるわ」
しかし実際にはクーはこっそりと期待していた。
ユーの運はかなり良い方である。
つい最近見つかったばかりの洞穴は、何人もの人達が利用し少なからず調査された場所ではあったものの、専門家が詳しく調べた訳ではない。
二人も勿論専門的な知識は持っていなかったが、運の良いユーならば何かに気が付いて新発見が起こる可能性がある。
ただ、その運もクーが付いていると発揮される事はない。
クーは自分の運があまりよくない事も自覚していた。
だから、クーはユーと一緒にいる事でその運を相殺している。
少なくともクーはそう思っていた。
「ただいまー」
「え? 随分と早かったわね? 何か見つけたの?」
「うん。見つけちゃった」
内心では喜びつつも、クーは平静を装う。
というよりも、ユーの表情からしてあまり喜べる様な状況ではなかったのだと理解した。
「これ、落ちてたんだけど……」
そう言ってユーの手から差し出されたのは、ボロボロに錆びている上に折れ曲がっている剣。
長い間放置されていたのがよく分かるそれに、クーの方もなんともいえない表情となってしまう。
売ろうとしても手間の方が大きく、ほとんど役に立ちそうもない拾い物。
しかしそんなものがあるという事は、少なくとも武器を所持出来る様な誰かがこの洞穴を使い、ゴミとなったそれを投棄したという事になる。
恐らくは自分達の村かこれから行く予定の隣の村に住む誰かがその剣を捨てたのだろうが、例え剣は折れていても打ち直したり溶かしたりすれば使い道はあるので、普通の者であればボロボロに錆びるまで放置する前に売り払ってお金に換える。
しかしそれをしなかったという事は、何かしらの理由があったという事になってしまう。
「村の人、じゃないよね……」
「そうね。いくらなんでも、こんな所に捨てる訳がないわね」
だから次に考えるのは、村に住む私達でも知らない誰かがこの近くを通ったという事。
村に誰かが来ればすぐに村人全員に知らされるので、そうではない不審者がこの近くにいるという可能性を示す事となる。
それはハッキリ言って、村の害にしかならない存在である。
「どうする?」
「どうしようか……」
ただ、クーは迷っていた。
もし自分がその折れて錆びている剣を見つけたならば、一も二もなく悪い予感しかしない訳なのだが、今回それを見つけたのは運の良いユーである。
なので別の可能性も浮上してきていた。
それは、まだ村が出来る前に、ここには洞窟があったという可能性。
突然に洞穴が出来る訳がないので、落盤か何かして洞窟の入口が塞がれてしまい今まで誰も気付かなかったという事である。
誰かが意図的に封じたという可能性もあるが、そういう洞窟が希に見つかって、色んなお宝が出てきたという話をクーは以前に聞いた事があった。
見つけたのはユー。
これはもしかしたらもしかするかもしれないという考えがクーの頭の中に広がっていく。
行き止まりかと思われていた洞穴の奥が崩れ、奥への入口を開けた頃にたまたま自分達がこの洞穴を訪れた。
いや、もしかするともう少し前から洞穴の奥は開けていたのだが、既にこの洞穴の噂は広まっているため、洞穴が口を開けた頃ならばともかく、その後は誰も今まで確認しなかった。
そのどちらにしても、このチャンスを活かさない手はない。
流石に自分達だけで洞穴の奥深くまで探る様な事は出来ないが、事の真偽を確かめるぐらいならば可能だ。
たったそれだけでも、自分達には実入りがある。
村が豊かになるのも歓迎すべき事だった。
「ちょっと、調べてみよっか?」
「え?」
いつも慎重な筈のクーの台詞に、ユーはちょっと驚いた。
ユーはてっきりクーはすぐに出発を主張し始めて、後は村の大人の人達に任せるのだと思っていた。
「うん♪」
だから、初めから洞穴の奥をもっと調べてみたいと思っていたユーはすぐに返事する。
そして二人は荷物を片付け、準備を終えてすぐに洞穴の奥へと入っていった。
クーは気が付かない。
それが運の良いユーが主張した事ではなく、運の悪いクー自分が主張して行った行為だという事を。
二人の少女の運命は、この時決まった。
2014.02.14校正




