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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第参章 『迷宮創世』
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第41話 システム解析と検討考察

 不死賢者レビスという化け物と出会い、俺もイリアも選択肢はない様だった。

 彼女達は、当分の俺の世話をさせるために捕まったのだろう。

 不運な事だ。

 だとしても、俺には彼女達をどうする事もできない。

 俺も不運なのだから。


 彼女達には救いがない。

 しかし俺には救いがあった。

 二つの綺麗な裸体を抱き寄せ、今度は記憶に残る様にしっかり堪能してからもう一度寝る。


 次に目が覚めた時、二つの柔らかな肢体が両腕の中にあった事を確認して、それが現実である事をもう一度俺は認識する。

 やはり、これは現実か。

 出来れば、夢であって欲しかった。



「ハーモニーさんって、順応するのが早いですよね……」



 人より理解が少しだけ早いだけだろう。

 それと、《理性増幅》の影響だ。


 ウィチアが用意してくれた朝食?を口に運びながら、今後の事について考えを巡らせる。

 いったいどこにその食材があったのかとか、それがいったい何の肉を使用していたのかなどは考えない。

 真っ暗な闇の向こう側に消えた事に驚いたあと暫く待っていたらウィチアは手に料理を持ってきて俺に差し出してきた。

 試しに俺もその闇の中に入ってみようと手を伸ばしたが、そこには壁らしき物体があり、俺には通り抜ける事は出来なかった。

 なのに、俺が着ている服やウィチアが持ってきた料理は通り抜ける事が出来る。


 俺だけ完全に隔離されている。

 その事実を発見しても、俺は驚かない。

 いくらでも怪しい術を知っていそうな不死賢者のする事だ。

 いちいち驚いていても仕方があるまい。



「食後の運動を致しますか?」

「今はやめておく。考える時間が欲しい」



 イリアの魅力的な提案にグラッと心が揺れるが、今は耐えた。



「ですが、レビス様のお話では、この空間は外の時間の流れからは完全に分離しているとの事です。私にはよく分かりませんが、あまり焦っても仕方がないのではないでしょうか?」



 何をそんなに俺を誘っているというのだろうか?

 望み通り、押し倒してやった。

 理性があっさり呪いに負けた瞬間だった。



「ウィチア、また食事を頼めるか?」

「はい。少し待っててくださいね」



 意外としぶといウィチアは、まだ寝台の上で意識を失っているイリアと違って、相手をすると結構大変だった。

 ケロッとしたまま再び闇の向こう側へと消えておく裸身の少女の姿。

 その耳にあのピアスの姿はない。

 産まれたままの姿で再び彼女が姿を表した時、俺はイリアからだいたいの説明を受けた後だった。


 随分と手の掛かっていそうな昼食?を味わいながら、また今度の事について身体を巡らせる。



「食後の運動を致しますか?」



 無限ループに陥れる気か?

 気が付けば、またその提案にのって楽しんでいた。

 今度は間の記憶がほとんどない。

 《欲望解放》の呪いが発動したのだろうか?


 三度目の起床を果たし、今度こそ問題の案件に取りかかる。


 これから行うのはゲームではない。

 人の命を意図的に奪うための、非情に悪質な悪戯だ。


 天然の迷宮に罠などない。

 罠に似たような状況が生まれる事はあるが、矢が飛び出してくるといったものの類は天然物にはある訳がない。

 せいぜいが、見え難い場所や意図しない部分に落とし穴があったり、突然に天井が崩れて落ちてくるとかが関の山。


 これから俺がしようとしている事は、人の利害が確実に絡む事となる明らかに人工の迷宮造り。

 故に。

 迷宮に潜る者達にも、何かしらの利が生じる様に作らなければならなかった。


 俺がついこの間まで潜っていた、レビスが造り出しただろう『不死賢者の迷宮』にも必ずその利が存在する。

 意図的に教会が生み出した利ではない。

 意図的に教会が操作した迷宮の仕組みではない。

 そこにはレビスの利がどこかに存在する。

 だが、たかが2層までしか足を運んだことのない俺には、それがいったい何なのかを察する事など出来よう筈もない。

 故に、俺にとって『不死賢者の迷宮』はあまり参考にはならなかった。


 黒い靄によって作り出されている画面の前に座して、俺は考え続ける。

 この靄は、俺の知識でいう所のディスプレイの役割をしているらしかった。

 但しその大きさは結構大きく、高さは俺が立ってやっと手が届く程度。

 横幅はおよそ20メートルにも達していた。

 その左端に、迷宮の入口と思われる始点の光。

 右端にはゴールを模しているのか何か部屋らしき空間が表示されており、手で触れると動かす事が出来る。


 妙な既視感を覚える。

 と同時に、ちょっとした落胆。

 これが本当にこの世界の法術によって作り出されているのだとすれば、俺の中での世界観は一気に崩れてしまいそうだった。

 恐らくは非常に高度な法術と、それを可能にする何らかの手段を幾つも講じているが故の状況だとは思うが、イリアの口から迷宮造りと聞いて俺が思い描いたものとは明らかに異なるものだ。

 俺は当初、肉体労働をしなければならないのか、と考えていたんだがな。


 ああイリア、そんな目で俺を見つめてくるな。

 そういう肉体労働は後にしてくれ。


 黒い画面の右端に列を成している色取り取りの光。

 所謂、パーツと呼ばれるもの。

 その一つ一つには説明書きなど当然なく、先程イリアに一つ一つ教えて貰った。

 それは敵の出現を促すものであったり、様々な宝箱や罠を意味しているものだったりと、千差万別。

 今はまだ数は少ないが、人を殺すたびに種類や設置可能数が増えていくらしい。

 更に人を殺していくと右下に新しい光が現れ、それを押すと新しい階層の迷宮を造る事も出来るという。


 人を殺す事でポイントが貯まる。

 何とも嫌なシステムだ。

 まるでゲーム感覚で迷宮を造る事が出来るため、その迷宮で人が死ぬという事実は曇ってしまい実感する事が出来なくなってしまう。

 慣れたくないものだな。


 一つ、確認したい事があったので、黒い靄で構成された画面を指で触れる。

 触れた場所は左端の迷宮入口のすぐ横。

 触れると同時にその部分だけ靄が薄くなり、窪みが出来上がる。

 そこから更に左に指を動かし、入口へと繋げる。


 通路が出来た。

 すぐに行き止まりにぶつかる、何の変哲もない通路。

 更に俺は掌で画面に薄く触れて、つい先程造ったばかりの通路へと触れる。

 すると俺の手によって薄く伸ばされた黒い靄が通路を覆い尽くし、手が通り過ぎた後にはその通路は綺麗サッパリに消えていた。


 もう一度、同じ場所に指で窪みを造り、通路を造る。

 そしてまた手で靄を薄く伸ばして、通路を消す。

 更にもう一度、通路を造った後、俺はそのまま放置した。


 暫くそのまま待っていると、入口よりも更に左側に光点が現れた。

 光点の数は三つ。

 それがゆっくりとした速度で、入口に近付いてくる。


 ある程度近付いた時、光点が止まった。

 少しして、その中に光の一つが入口へと近づき、またそこで止まる。

 また少しすると、先に止まっていた二つの光点が再び動き出し、入口で合流する。


 そのまま、三つの光は入口を通り過ぎ、先程俺が作り出した短い通路へと移動していく。

 そして当然の様に、行き着いた先で光は止まる。

 暫く光はその場にあったが、そのうちにゆっくりと来た道を戻って、入口から外に出て行く。

 そして光は画面の外に消えていった。


 光が消えた後、俺は再び掌で画へと触れ、靄を薄く伸ばして通路を覆い尽くす。

 しかし俺の手が過ぎ去っても、そこには通路が残ったままだった。



「何をしたんですか?」



 後ろからウィチアが話し掛けてきた。

 何もする事がないからだろう、二人とも俺の後ろでずっと俺の方を見つめている。

 何ともやりにくい状況だったが、他にする事がないのだから仕方がない。



「確認しただけだ。誰かに一度でも認識された場所は、簡単には消す事は出来ない事を」

「え? そんな……」

「聞いただけが全てじゃない。それに、レビスの奴がすべてを話してくれるとも思っていないしな」

「……そうなんですか。それに気が付くなんて、意外とハーモニーさんって頭が良かったんですね」



 意外は余計だ、意外は。


 簡単には消す事の出来ない通路を、俺は消さない。

 数値として見る事は出来ないが、本当にポイント制ならば無理にその通路を消そうとすればポイントを消費してしまう可能性がある。

 しかも失ったポイントはもう二度と復活しない。

 流石にそこまで実際に確認しようとは俺は思わなかった


 また、暫くじっと画面を見続ける。

 やり直しが簡単にはきかず、メモなども出来ないのは意外と面倒だった。

 すべて頭の中でやりくりしなければならない。



「……造らないのですか?」



 その間にも光点はたまに現れては短い通路を探索し、落胆して帰って行く。

 恐らくはただの小さな洞窟とでも認識されているのだろう。

 同じ様に、何ら動きを見せない俺に背後の二人もたまに声を掛けてくる。

 何故か互いにお喋りをして時間を潰すという事はしなかった。


 まず始めに確認するのは、ダンジョンのパーツともいえる右列に並ぶ光の内容。

 どのような迷宮を造るにしろ、その光の内容を正しく認識し理解していなければならない。

 間違ったまま覚えて迷宮に配置してしまうと、意図しない状況を作り出してしまうかも知れない。

 有限もしくはポイント消費機能があると思われる宝箱を間違って入口付近に設置し、迷宮を訪れた者達に何度も奪われる事でポイント全損でゲームオーバーになる訳にはいかない。

 何度も背後の二人に確認し、繰り返し内容を頭に叩き込んでいく。


 迷宮に設置出来るパーツの種類は、大きく分けて三つ。

 一つはモンスターの発生を促す装置の様なもの。

 それが実際に装置なのかは分からないが、その光を迷宮に設置すると一定時間経つとモンスターが出現するらしい。

 その原理はよく分からないが、どこからかワープさせているのか、それとも何らかの力を消費して生み出すのか。

 またこのシステムはモンスターごとに特徴が異なっていた。


 1、非情に弱いながらも、永遠に無限にモンスターを発生させ続ける永久タイプ。

 2、限界値が有限だがある程度強く、但しモンスター発生に少し時間がかかる永久タイプ。

 3、それなりに強いが、数が少なくモンスター発生にかなり時間がかかる永久タイプ。

 4、一度限りモンスターを発生させるが、後は自動的に数が増えていく限定タイプ。

 5、それら1~4までの特徴を少し混ぜ合わせた様な、ちょっと特殊な限定タイプ。


 それぞれ今は1種類ずつ、俺は迷宮に配置する事が出来る。

 しかしその全てを配置するだけのポイントは持ち合わせていない様に感じられた。

 もしくは制限が掛けられている筈だ。

 故に、選べるのは二つだけだと今は考えておく。


 次に、罠を設置するパーツ。

 それらは自動的に発動する訳ではなく、必ず何らかのギミックを必要とする。

 例えば該当部分を踏まれる事で発動する落とし穴や、床に出来た窪みを踏まれて押される事で発動する矢。

 それらは配置する場所とその発動方法をきちんと処理しないと、ただの無駄になってしまう。


 ただこの罠というのには、どちらかとギミックという意味合いの方が強いらしかった。

 というのも、この罠の中には仕掛け扉や一方通行路なども含まれている。

 それ単体ではただの嫌がらせに過ぎないが、モンスター配置の工夫や他の罠との組み合わせて強力にもなるギミック。

 恐らく最初に考えなければならないのは、この罠の使い方だろう。

 事によっては、モンスターを配置しなくともこの罠だけで人を殺す事が出来る様になる。

 確実に嫌な人間になってしまうが。


 そして、宝箱パーツ。

 文字通り宝箱を迷宮内に設置する……のとはちょっと異なる。

 ここは少し考えてみれば分かる事だろう。

 宝物庫などの特殊な場所でない限り、迷宮内で突然に宝箱に遭遇しても現実味がない。

 いったい誰が何のために?と勘繰るのが関の山だ。


 故に、ここでいう宝箱パーツというのは、ちょっとした特産物や特典と言える。

 例えば、迷宮の一角から金や銀の様な金属の鉱石が取れる様にするとか。

 例えば、特定のモンスターに少し強めの武器防具を装備させるとか。

 例えば、体力が少し回復するかもしれない湧き水を湧かせるとか。

 ああ、温泉でもいいな。


 兎に角、迷宮を訪れた者達が注意深く観察する事で初めて発見出来る様な類のものを、この宝箱パーツで設置する事が出来る様になる。

 その方が確実に現実的だ。

 今はまだ設置する事が出来ないが、将来、竜などの強敵種を設置すれば、勝手に金銀財宝をため込んでくれたり竜自身の身体が貴重な素材になったりと、わざわざこの宝パーツを設置しなくとも魅力ある迷宮になる事だろう。


 そして最後に。

 迷宮パーツとは呼べないものたち。

 迷宮内に設置するのではなく、設定する類のものがあった。

 区画の指定や、温度調節、迷宮の質感、壁や床の状況などなど。

 この黒い靄で出来た画面上では調整する事の出来ない設定を俺は施す事が出来るという事を、俺は見抜いていた。


 実際に俺はそれを確認した訳ではない。

 だが、パーツを組み合わせればそういう事も可能だという事に俺は気が付いた。

 とはいっても、それは迷宮を造り込んでから再度考えた方が良いだろう。

 今はまだ必要ない。


 色々と考え込んだ所で、俺は背後を振り返った。

 悩み始めるといつまでたってもなかなか結論を出せない俺なので、かなりの時間を要したのに結局俺はまだ画面に手をつけないでいる。

 そんな光景を背後にいた少女二人がいつまでも眺め続けている訳がないと思い、その様子が気になって息抜きに顔を見ることにした。



「あ、食事になさいますか?」



 前に見た姿と変わらない体勢と姿で目のあったウィチアに、俺は一瞬驚く。

 イリアも同様に俺へとニッコリ微笑んで、俺の言葉を待っている。

 実はあまり時間は経っていないのだろうか?


 そんな事よりも、だ。



「出来れば、服を着てくれ。そのままでは俺の方が落ち着かない」

「はい、分かりました。では、少しばかり失礼しますね」



 言って、イリアが闇の中へと消えておく。

 対して、ウィチアの方は少し驚いていた。



「どうした?」

「いえ……てっきりハーモニーさんはこういうのが趣味だと思っていましたので。食事を取っていた時もそうでしたから」

「心外だな。俺は常識人であるつもりなんだが。むしろまだ裸のままだった御前達に俺の方が驚いたぐらいだ」

「そういえば、そうですよね。何で私、服を着なかったんだろ……」



 ちょっと行ってきます、と行ってウィチアも闇の中へと消えていく。


 久しぶりに一人となったので、俺は寝台に倒れ込んで心を落ち着かせる。

 裸の美少女二人が近くに居続けるというのは、俺の精神にすこぶる影響が悪い。

 ただでさえ呪いの影響で俺は情緒不安定になりがちだというのに。


 いつの間に処理をすませたのか、寝台のシーツは綺麗になっていた。

 あの二人の香りも感じない。

 それはそれで少し物寂しい気持ちにもなったが、そんなのはすぐに消え去る事だろう。


 迷宮を、どういう形にするか。

 それはだいたいだがもう決めていた。

 だがそれは一眠りした後に再度考えてから、実行に移そうと思う。


 今は疲れたこの脳を休ませるために、寝台の上で二人が帰ってくるのを待ち続ける。

 その後は少し二人と会話を楽しみ、それから食事。

 そして、もう一つの食事を行う。


 ――ああ、やはり俺の思考はだんだんと呪いに毒されているらしい。

 いったいこの呪いは俺の性格をどこまで歪ませていくのか。


 服を着たまま、俺は食事した。

2014.02.14校正

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