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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第参章 『迷宮創世』
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第40話 追われる者の悪夢

 暗く、狭い通路。

 どこまでも続く、終わりのない回廊が心を蝕む。


 ここは……いったい何処なのか。

 否。

 そんな事はもう分かりきっている。


 ここは夢の中。

 痛みもなく、疲れもなく、終わりもなく、始まりもない。

 ただ記憶をもとに創り出された、どこでもない世界。


 何かに追われている。

 故に逃げる。

 何が追ってきているのかなど分からない。

 だが捕まってはいけないと思い込み、必死で逃げる。


 全力疾走で駆け抜けた通路の先にはT字路。

 迷う事なく左へ曲がる事を選択した筈なのに、身体は勝手に右へと向かう。

 左がダメだという事を身体は知っていたのだろうか?

 全速力で曲がろうとしたため、直角に曲がりきれなくて肩を壁にぶつけてバウンドする。

 痛みが一瞬走った気がしたが、次の瞬間にはそんなダメージがない事を確認する。

 ただ精神だけが摩耗した。


 壁に跳ね返った身体を制御し、また床を蹴る。

 すぐにまた曲がり角。

 急ブレーキと急加速を駆使して進行方向を無理矢理に曲げた。

 疲労が襲ってきて一瞬だけ身体がガクッと落ちたが、やはり次の瞬間にはそんな疲れがない事を確認する。

 ただ、やはりまた精神だけが摩耗した。


 走る。

 すぐ後ろにまで迫っていたそれ(ヽヽ)から逃げるために、全身全霊で走り続ける。

 その俺にピッタリとくっついて追ってくる何か。

 俺が最高速度に達した時には少なからず引き離しているが、曲がり角が訪れる度に速度が落ちるため、そこで追いつかれる。

 そのままでは千日手だという事は理解していたが、どうにも出来ない事も分かっていた。

 俺には、逃げる以外の選択肢が存在しない。


 どこまでいっても、狭い通路。

 天井は低く、壁の上と下に隙間がある訳でもない。

 ただ入り組んだ迷路の様な回廊だけが延々と続いていた。


 角を曲がった瞬間に壁へと張り付き、遅れて角を曲がってきたそれ(ヽヽ)に攻撃を加えた事がある。

 腕に手応えを感じ、それ(ヽヽ)は俺の予想通りに軌道を通って殴り飛ばされる。

 瞬間に、猛ダッシュ。

 殴った時に感じた感覚が錯覚である事など分かっている筈なのに、殴った時の感触が精神を蝕んでいく。

 それに効果がない事を頭では理解しているのに、そのちょっとした好奇心から実行に移してしまった。

 結果は、確認するまでもない。

 今もまだ、後ろからそれ(ヽヽ)が追いかけてきているのがひしひしと伝わってきたので、振り返る事すらしない。


 突然の高低差。

 躊躇は致命的になる。

 だが一瞬見えたその高さに、身体がすくむ。

 これを、飛び降りなければならないのか。

 他に選択肢はない。

 必要にかられ、意を決して飛び降りる。


 飛び降りた先に待っていたのは、着地と同時に襲ってきた足の痺れ。

 足から膝へと瞬時に伝わり、次いで太股、股間、尻、腹と腰、胸、肩、首、顎、頬、目、脳、髪の順と続く。

 何故、髪が?

 などと思う間も惜しんで、すぐに前へと到着した。


 その刹那。

 何者かが今の今までいたそこをズンっという錯覚音を伴って着地した。

 すぐに逃げていなければ、潰されていただろう。

 そんな恐怖に急かされるように、身体が心を置き去りにしてその場を離れる。

 我に返ったのは、すぐ目の前までまた壁が迫っていた時だった。


 両手の掌でその壁との衝突を緩和させる。

 力を相殺しきれずに、おでこと頬と胸と膝が同時に壁へとぶつかった。

 一瞬にして、全速から速度ゼロにまで落ちた事で、視界が一瞬だけ闇に包まれる。

 そんな些細な事に構っている暇はなく、すぐに壁を手で押し払って初速を得る。

 また一瞬後をそれ(ヽヽ)がズンっという錯覚音を伴って、空気ごとその空間を押し潰した。


 汗が止まらない。

 そんなもの、夢の中で感じても仕方がないというのに、全身から汗が滝の様に流れ落ちていた。


 足が重い。

 身体が重い。

 手が重い。

 それも全部錯覚。


 喉が渇いた。

 時間がゆっくり流れている様に感じる。

 まだ俺の身体は全力を出していないのかもしれない。

 もっと俺は早く走れる。

 風の如く、世界の風景が加速していく。

 ……やはりそれも全部錯覚。


 現実に戻ると、後ろにはそれ(ヽヽ)

 そこは夢の中だと分かっているにも関わらず、その事がうまく認識出来ない。

 ただ「逃げなければ」という思いだけが俺の中にあり続けた。


 何度も角を曲がり、何度も壁に身体を打ち付け、何度も間一髪で避け冷や汗をかく。

 いったい、どれだけの時間、逃げ続けているのだろう?

 どうして、俺はいつまでも逃げ続けられているのだろうか。

 いつゲームオーバーになっておかしくない状況。

 延々と、恐怖の逃走劇がループする。


 また、突然に地面が消えていた。

 人の背丈2倍程度の下に見える回廊の石畳。

 もしかしなくても、そこへと飛び降りる以外に選択肢はない。


 これは二度目。

 先程よりも早くに意を決して、俺は飛び降りる。

 浮遊感がこの身を襲う。


 その浮遊感が現実の身体へと伝わり、その瞬間に俺は現実へと帰還を果たした。










 それまで決して感じる事の出来なかった自身の身体を思い出して、瞬時にそこが現実である事を認識する。

 と同時に、それまでの出来事が夢であった事もハッキリと認識する事が出来た。


 瞳が開かれ、周囲の景色を取り込む。

 怖い夢を見ていた。

 その事を覚醒した脳が認識した瞬間、夢の内容がほとんどすべて思い出せない事も認識する。

 ただ、何かにずっと追われていたという感覚だけが残っている。

 汗もかいていた。


 そういう夢は、何度も見た事がある。

 それは記憶ではなく知識であった事に気が付いて、久しぶりにその何ともいえない記憶の混乱を味わう羽目となった。

 決して気持ちのいい感覚ではない。

 はがゆく、むず痒い。


 その不愉快な気持ちを紛らわせるために、思い出したかの様に俺は周囲を見渡した。

 そしてますます記憶の混乱を手助けする状況下にある事を認識する。


 俺の両隣には、二人の少女。

 健やかな身体を惜しげもなく曝している、右に眠る美少女。

 片や左で眠る美少女は、僅かばかりシーツによって身体が隠されている事が逆にとても煽情的な姿だった。


 どちらも見覚えがある。

 どちらにも記憶がある。


 ハーフエルフのウィチアと、教会で最初付き人だったイリア。

 俺は何をしたというのか。

 俺は彼女達と何をしていたというのか。

 思い出せない。

 それをしたという記憶が見つからない。

 だが、その過程すら記憶の中に存在しないという事に気が付き、逆に理解した。


 どこかで、《欲望解放》の呪いが暴走したという事なのだろう。

 しかし、いったいどこで?



「あ……おはようございます。ご主人様」



 瞬間、リミッターが解除されそうになったのを理性で以て押しとどめる。

 《理性増幅》の呪いがなかったら、今のはやばかったかもしれない。

 《欲望解放》の呪いに慣れ始めているのか、最近では思考がすぐに危ない領域へと突入してしまっている気がする。

 以前ならそんな事はなかった筈だ。


 短い間だったが、その少女イリアとの記憶を引っ張り出してきて確認する。



「名前で呼んでくれ、と言った筈だが?」

「……そうでした。申し訳ありません、ハーモニー様」



 恭しく頭を下げるが、互いに寝台の上に身があるので、あまり深くは下げられない。

 それでなくとも目のやり場に困るというのに。



「ここは、何処だ?」

「分かりかねます」



 解答が早いな。

 いや、予め予想していたという事なのだろう。

 だがそうなると、それはそれでまずい状況ともいえる。

 まさか俺自身がイリアの身柄を拘束し、浚いだし、ここに連れてきて、事をなした、という訳なのだろうか?

 否。

 そんな事は絶対にない。


 ――そう思いたい。



「私も気が付いた時にはハーモニー様と同じ様にここにいましたので、ここがいったいどこなのか私にも分かりません」

「その気が付いた時というのは、今という事か?」

「いいえ」



 イリアは首を振って否という言葉を強調する。

 そこに不自然さも恥じらいすらもないという事は、イリアはこの状況を既に受け入れているという事なのだろうか。

 従順にしても、少し過ぎている気がする。


 そんな時、何者かの手が俺の腰に回されてきた。

 振り返るまでもない。

 目の前にいる少女がそれをしていないのだから、それ以外の誰かでしかない。


 抱き着いてきたのはウィチアだった。

 裸だからだろう。

 肌と肌とが密着した部分が凄く暖かくて気持ちが良かった。

 寝惚けているのであれば、人肌恋しく抱き着いてきてもおかしくはない。


 そのウィチアの頭を軽く撫でてから、再びイリアに視線を戻す。



「この状況について、何か知っている事はあるか?」

「ご想像の通りかと思います」

「そうか……」



 もしかしなくても、やはりそうなのだろう。

 《欲望解放》の呪いよ。

 出来れば記憶は残しておいて欲しかった。



「というのは嘘です。『緑園(テーゼ)』の森のレビス様より、言伝を承っています」

「!?」



 この状況故に予想から外していたその名を聞いて俺は驚く。

 出会っただけで死を免れそうにない不死賢者レビスとイリアが接触していた事にも驚いたが、このセッティングがレビスの手によるものかもしれないという事にも俺は驚いた。



「尚、ハーモニー様が先にご想像された事に関しましては、間違いなく事実ですので安心してください」



 何を安心しろというのか。



「レビスは、なんと?」

「……迷宮を作れ。日に十人、連続で十日、その迷宮で人を殺せば解放する、と」

「……」



 考えるべき事が、多くありそうだった。

 迷宮潜りの次は、迷宮造りと最低百人殺害、か……。

 それは流石に、あまりにも急展開すぎるだろう。



「必要な事は私と彼女がすべて聞いていますので、どうかお気軽にお尋ねください」



 その言葉はまるで与えられた仕事を坦々とこなしているかの様に俺の耳に鳴り響いた。

2014.02.14校正

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