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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第弐章
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第38話 行方不明。そして、終幕……

「……如何様な空間にも何かしらの規則がある。魔法であれ聖術であれ、この世界の中になき存在を生み出すには、この世界にある規則の枠よりはみ出して作る事は出来ない。つまり、ごく限定された場所から何らかの手法により強制転移された二人の居場所やその名残は、転移元となる空間、転移先の空間、それらを繋ぎ合わせた力場はこの世界の枠に必ず当てはまるものであり、例外なくそれから逃れる術はない」



 古い石壁の廊下を歩くのは、三人の女性。

 一人は背が高く、二人は背が低い。

 背が低い二人は前を行く女性の後に続き、その女性は目的地に着くまでの短い時間を潰そうと勝手に語っている。

 その言葉を、一人は聞き流し、一人は全く聞かずに欠伸をしていた。

 まだ朝も早く、明ける光がようやく差し始めた頃。

 欠伸をしていた女性が後ろを振り返り、来た道の方から漂う微かな香りに鼻を動かす。

 空腹は何よりの香辛料。

 今の彼女にとっては香草であれ食欲を引き出すには十分な香りだった。

 眠い瞳と鼻をくすぐる臭い。

 起きたばかりの気怠い身体は、それでも前を行く女性の後を追ってゆっくりと進む。



「問題は、その世界にある規則の枠の、その大きさにある。基礎的な知識だけでは到底説明しきれないほど、考えるだけ無駄な枠の大きさ。僅か数百年の間に解き明かす事の出来た事などないにも等しいぐらいにそれは大きい。何千、何万という細かな規則を、それを破る幾億の手段を記憶し、その時その時の問題に当てはめて答えを導くのは時間を無駄にするのと同じ事だ」



 暗記の否定に、後ろをいく二人は全く反応しない。

 前を行く女性もそれを求めてはいない。



「故に、彼等が飛ばされた場所を明確に特定する事は出来ない。それが例えどんなに近くであっても、その現象を解き明かし、零から壱までの課程の全てを理解し、助けに向かう事は不可能だ。例え時の天才児《天眼》のユニファイト女史であっても、事象を完全に理解し、完全に再現する事は出来ない。つまり君達が幾ら頑張っても、普通に捜していてはまず彼等が見つかる事はない」



 話を聞き流し続ける少女は、まるで始めから誰も語っていないかの様に黙々と歩き続ける。

 身体が小さいために少し足早に。



「そもそも、捜して見つかるものではない」



 断定の言葉を、やはり二人の少女は興味なく無視した。

 前を行く女性が止まる。



「……普通は、仲間の事を心配して捜すものなのだがな。君達は些か事情が違うらしい」



 少女達の反応に、男の口調で話し続ける女性は苦笑いを浮かべる。

 彼女達の前には閉ざされた戸があった。

 長い間、人の手によって開けられた形跡がなかったらしく、また清掃すらされなかったらしきその戸は朽ち果て、カビと苔と誇りにまみれ、見るも無惨な醜態を晒している。

 周囲が整った石壁でなければ見落としてしまいなそうな程に原型をとどめていない。

 ただ一点。

 ごく最近になって誰か訪れた者でもいるのか、丁寧に開けられた跡だけが床に残っていた。

 ゆっくりと開けられる戸に、円弧を描いた軌跡がゴリゴリとなぞる。

 力のかけ方一つで壊れてしまいそうな戸の側を通って室内の空気を外へと循環される。

 生暖かい風が女性達の顔をなでる。



「嫌な空気だねー」



 開き戸からまず最初に風が流れていく方向、左後ろにいた少女が手で口元を覆う。

 風向きから隠れる様に立ち位置を変えた少女の事を無視して、先頭の女性が言葉を続ける。



「理解する気などない、か。ただ君達は結果だけを受け入れる覚悟がある様だね。まぁ、それでもいい」



 今にも崩壊しそうな戸を壊す事なく限界まで開き、女性は戸を潜る。

 取り付けが悪いのか、その戸が開いたのは直角の半分を少し過ぎた所までだった。

 それ以上は床に戸が当たって開かない。

 床に描かれた軌跡もそこまでしかなかった。



「長く使われていなかったこの部屋を、二人が訪れていたのは痕跡から分かる通りだ。開け放たれた窓に、床面にびっしりと生えた苔に描かれた無数の足跡。彼等の足のサイズも丁度このぐらいだろう」



 ざっと見渡す限りの光景。

 あまり直視はしたくない、長年放置され続けた悲惨な惨状がそこには広がっていた。



「うわっ! 汚い……」



 慎重にまだ綺麗そうな所を選んで歩く少女。

 そんな所はどこにもないのだが、唯一何度も踏まれたらしき足跡が申し訳なさそうなほどに綺麗に見えて、その部分のみを踏む。

 逆に、もう一人の小柄な少女は全く気にせずスタスタと部屋の中を歩いていた。



「リーブラちゃん、よく歩けるねー」

「……」



 視線だけ返して、小柄な少女は黙したままだった。

 彼女の顔には感情が欠落した様な、人形の如き表情がいつも浮かんでいた。

 気にせず少女は言葉を投げ掛ける。



「ローブ、汚れてるよー?」



 全身を覆う黒っぽいローブの裾が地面に時折すれて、床面より僅かに高い位置にある苔へと触れる。

 苔に限らず、ここまでくる間にも色々なものに触れているので、今更ながら気にするものでもないが、それ以前に少女がそれを気にするのかどうかも疑わしい所だった。



「彼等がこの場にいたという確証を得た。では、彼等は今どこにいるのか。一度時間を遡って、過去から現在までの道筋を調べ、その消失点を割り出してみるとしよう」



 女性が手をかざす。

 部屋の中央にある水晶球が輝き、その球上にゆっくりと何かを浮かび上がらせた。

 表れたのは四角い枠の表と、その中に少しだけ描かれた文字。

 立体構造を持つ簡易な映像がそこに浮かんでいた。



「君達がこの教会を訪れたのは、今から二日前の夕刻」



 映像に日付、時刻の文字が記載される。



「三日前の夕刻、君達4人は迷宮に潜るために教会を訪れた。シルミー君と現在行方不明のフェイト君のペアと、リーブラ君と現在行方不明のハーモニーのペア。実力は全く異なるが、そちらに関してはここではおいておくとしよう。この時までが、君達4人が揃って行動していた時間の始点と終点となっている」



 4人の名がそれぞれ記載され、名前の背景が同じ色で塗りつぶされた。

 その隣に、4人とは別の文字が付け加えられる。



「ちなみに、こちらが私だ。この時点では君達とは接点がないため、居場所は省かせてもらうよ。私の居場所を証明してくれる相手もいないのでね」



 とりあえず彼女の説明をそれとなく聞いていた少女が、少し興味ありげにその名前を見る。

 エーベルという名前がそこには記載されていた。



「……それで、エーベルは何しにここへ来たのー?」

「勿論、君達と同じ様に、迷宮に潜りにね。それ以外の理由でここを訪れる者は村か教会の関係者か、もしくは不死賢者側の死者達ぐらいなものだ。私は死体に見えるかね?」



 冗談交じりエーベルが聞く。



「出来損ないの人形みたいには見えるよー」

「それは心外だな」



 大げさに戯けて見せて、エーベルが苦笑いを浮かべる。



「……話を戻すとしよう。君達4人は教会に着くと即席のパーティーを解散させ、もとのペアへと戻った。そして宛われた部屋に案内され、それぞれ自由に休息を取る。君達が相方の姿を確認出来たのは、フェイト君が昨日、周囲の様子を探りに出掛けるまでと、リーブラ君がシルミー君によって部屋から連れ去られるまでの間。君達が行方不明となった彼等二人の姿を見たのはそれが最後だったね?」



 最初に消息の消えたフェイトの名が書かれた列が、途中で背景色を消し、代わりに赤い文字で『消失』の言葉が記載される。

 と同時にシルミーとリーブラとハーモニーの背景色が同色となり、少ししてハーモニーの背景色だけが消えて、やはり同じ様に赤い文字で『消失』の言葉が記載される。



「――かな?」



 曖昧に少女が同意する。

 もう一人、黒いローブで全身を隠したままの少女はというと、映像とは別の方向をじっと見つめていた。

 エーベルの話を聞いている様子は微塵もない。



「これだけを見れば、二人の消息が不明になった時刻はこの時刻以降となってくる」



 映像の一部分が拡大され、そこに短い文字が刻まれる。



「そこで、二人の最後の消息をもう少し詳しく探ってみると……」



 下方向に矢印らしき線が伸び、それは下方向に進むに連れて徐々に薄れていく。



「彼はこの土地を捜索の名目で散歩に出掛けた。言葉通りの意味で彼が本当に捜索を行ったのかどうかは分からないが、少なくともごく短時間で終わるとは思えない。それ以前に、二人も知っての通り、この教会では一人で自由に出歩く事は出来ない。故に、行方不明以外にも迷子の線も考えられるのだが、実は彼等二人の姿を問題の時刻以前から教会にいるシスター達の誰もが見ていない。つまり、二人は部屋から出た時には誰の助けも借りなかったという事になる」



 今度は二つ、フェイトとハーモニーの列に別々の色で、存在証明を表している矢印が刻まれる。

 但しその時刻はほぼ重なっており、しかし薄くなって消えゆく時刻は異なっていた。

 つまり。

 二人は一緒にいなかった、もしくは別々のタイミングで消息不明となった可能性があるという事になる。



「そして、この部屋。彼等は、確かにこの部屋を訪れていた」

「何でそんな事が分かるのー?」

「ん? ああ……そういえば説明をしていなかったな。我々が教会より預けられているこの紋章を、私は追う事が出来る。勿論、限られた時間だけだがな。それはそれとして、彼等は確かにこの部屋を訪れていた。だが、それが二人同時なのか、それとも個々に訪れたのかまでは分からない。恐らくは前者だと思われるが」

「あれ? それは私達にも言える事じゃ?」

「私はこれでもここの常連でね。長くいる内に、自由に出歩く方法を会得している」

「ふーん。便利でいいねー」



 素っ気ない反応を返したシルミーに、エーベルは鼻白む。

 その二人以上に、残る一人はやはり全く何にも関心を示していなかった。



「さて、問題は彼等がどうやってこの部屋に来る事が出来たのか、だが……」








 フェイトは、危うく命を失う所だったという過去の出来事よりも、今は目の前に映る現実を問題にしなければならなかった。

 不思議な状況への解を求める思考に、また一つの疑問材料が追加される。

 瞳に映る人影は、二つあった。

 四撃目の脚撃を放つ事を止めたため、闇の中へと消え去る一つの人影。

 それとは別に、腕のみを闇の中から突き出してきた者がそこには存在していた。

 腕はそれ以上は動く事もせず、ただ闇の中に浮かんだまま動かない。

 気配もなく、音もなく佇む不可思議な腕。

 光の乏しい室内の中にあっても、その腕は真っ黒に染まり不気味な事この上ない。

 まるで何かを待っているかの様に、沈黙したまま。

 終焉の、一撃を……。



(――付き合う理由はないな)



 両の腕を開いて、叩いて合わせる。

 パンっと鳴る音に意識を重ねる。



「照らせ」



 ただ一言。

 魔の法による力が、瞬時に室内を明るく染め上げた。

 そして、そこには――。



「あ、お帰りー。フェイ」



 何故か、三人の女性の姿があった。



「え~っと……」

「……繋がったというのか」



 時間にして、ほんの数分。

 しかし現実の時間では半日以上の時が経っていた事を知ったフェイトは、当然の事ながら驚いた。



「……そうですか。ハーモニーさんが、まだ――」



 そして同時に、すぐさっきまで共にいた筈のハーモニーが行方不明になっていた事を聞き、またちょっとだけ驚く。

 戦闘を繰り広げていた相手が二人に増えるまでは、フェイトはてっきりそのハーモニーが戯れに攻撃を仕掛けているのだと思っていた。

 だがよくよく考えると、相手の強さ的にそんな訳がない事に気が付いて、すぐに納得もする。



「となると、最初から君と一緒にいた者は、ハーモニーではなかった線が高いな」

「それはつまり、私が彼の部屋だと思って入った先にいたハーモニーさんは全くの別人で、その何者かの案内でこの部屋に僕は通され、亜空間に隔離されたという事でしょうか?」

「同じ様に、ハーモニーは君の姿を象った何者かの手によってこの部屋へと連れて来られ、どこかに飛ばされたという可能性が高い、という事にもなる。君はこちらに帰って来られたが、同時に彼がこちらに帰って来れなかったという事は……」



 ペアである少女の前でそれを確定付けてしまう言葉を吐くのを、エーベルは躊躇う。



「間違いなく、この迷宮の主である不死賢者レビス、もしくはその配下に連なる者達の手によるものでしょうね」



 代わりに、フェイトは躊躇いなく口に出してハッキリそう言った。



「まぁ絶望的でしょうから、この件を追うのはこれで終わりにしましょうか」

「う、うむ……そうだな。これ以上追っても、我々が危ないだけだな」

「ハモハモ、運がとっても悪そうだったからなぁ……」

「……」



 そうして、教会へのハーモニーの死亡通知と共に、一連の行方不明事件は幕を閉じた。

第二章、(これ)にて終わりとする。

もしよければ、この時点で構わないの評価して頂けると嬉しく思う。


また、此処(ここ)まで読んで頂いた方々に、百万の感謝を。

興言至極(きょうげんしごく)、感謝致し候。


2014.02.12校正

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