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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第弐章
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第37話 精神を投影する世界

「……はじまったか」



 言葉は静かに告げられる。



「本当に助けなくても良いのか?」



 その言葉は男性の様に発せられた。

 しかし声色は女性のもので、麗しく鳴る。



「その必要はない。戯れにすら付き合えぬ輩であれば、最初から駒の一つとしては数えぬ。あれは、資格を持つ者だ」



 まるで玉座のような椅子に座した老人が、年相応に老いた震える言葉でゆっくりと答える。

 全く淀みのないその言葉を、長身の女性はまだ納得しかねているのか思考する。



「考えずとも良い」

「そういう訳にはいかない」

「従え」

「断る」



 冷酷な覇者の如き老人の言葉を、冷徹人形の如く女性は即答する。

 目の前に立つ女性を詰まらなさそうに眺めつつ、老人が先の言葉の続きを紡ぐ。



「あれは、強き者によって鍛え上げられた強者だ。見た目がどうあれその事実は変わらぬ。誰が何をしようとも、何れ世に出てくる」



 老人が微笑む。



「そういう風に宿命付けられている、哀れな『選ばれし者』だ」



 微笑みは、嘲笑うものだった。

 女性の唇が意を決した様に呟く。



「だとしても、ただ一人の力でどうにかなる状況とは思えない」



 女性の瞳は、老人の座る玉座の方ではなく、背後にある紋章へと向けられていた。

 そこに描かれているのは、再生を象徴とする紅き鳥の姿。

 その後ろには十字の聖印があり、羽ばたく鳥の偉大なる姿と重なっている。

 だが、その紋章は無惨にも三本の鋭い何かによって斜めに切り裂かれ、痛々しい姿をそこに晒け出していた。



「――怖いか?」



 肘掛けに肘を付き、老人が問う。



「恐れなどという感情はこの身に持ち合わせていない」



 老人の言葉に、女性は静かな言葉と共に睨み付ける。



「あるのは主より賜った使命だけだ」

「ならば、ここまできて怖じ気づく必要もあるまい。何を恐れている?」



 唇から零れてくる言葉の一つ一つに、強者をも屈服させてしまいそうな威厳があった。



「枢機卿、もはや語る意味はないが、重ねて言う。私は、必要があるからこの場にいるだけだ。怖じ気づいた訳でも、恐れているからでもない。それが私に課せられた使命だからだ。その使命をより確実に遂行するために私は考える。運命や宿命という曖昧なものを信じて彼をこのまま放っておくのは得策ではない」

「故に、手を貸す、か……」



 老人が微笑みを零す。

 愚か者を目の前にしているかのような嘲笑いだった。



「好きにするがいい。汝がどう動こうとも、辿り着く先は変わらぬ。ただ、それが早くなるか遅くなるかの違いだけだ」

「卿は、いつまで待ち続けるつもりだ? もはや老い先すら見えぬその命。今この時を逃せば次はないかもしれ……」

「最後まで言わずともよい」



 枢機卿の鋭い睨みが突き刺さる。



「恐れているのは卿の方だったな」



 老人の威圧に全く屈することなく、女性の顔に笑みが零れ落ちた。

 老人の目が細く尖る。



「期待するのに飽きただけだ。もとより、その可能性すら薄い。老いてゆくこの身体さえまともに動くのであれば、汝ごときの力を利用する事もなかった。あの者の力をあてにする必要すらない」



 そして自らを嘲笑する。



「随分と私も堕ちたものだ」

「フンっ。そうであると良いのだがな」



 その嘲笑を、女性が真正直に受け取るはずもなかった。



「卿が鷹の名を忘れ、自らの生に望みを失っているのであればいい。だが、我等の卿への疑念は幾ら年月が過ぎようとも陰る気配は微塵もない。それは、何故だろうな?」



 去り際にそう言葉を残して、女性は静かに退室していく。

 老人はその後ろ姿を見る事なく、座したまま虚空をただ睨み付けているだけだった。









 握った手には汗が滲み出ていた。

 一瞬の闇。

 灯りを失ってから、それほど短くはなかった零視界の光景は、しかし突然に失われて闇を消失させた。

 純粋な漆黒色の世界が失われた時、同時に目眩を覚える。

 いや、あまりに歪で不愉快な感情と言うべきか。

 目に入った世界の色を、自らの全てが一斉に拒絶する。

 瞳に映ったのは、黒。

 しかし先程までの深い闇色の光なき世界の色ではなく、全く別の黒で世界は満たされていた。



「――なんだ、ここは」



 発した言葉が耳にうまく響いてこない。

 空気中で何か歪な振動を与えられ、まるで膨張したように聞こえてしまう。

 いや、脳を伝ってくる言葉の震えとズレている。

 それは遅れているのか、全く異なる響きを持っているためなのか。

 とにかく、初めて自分の発した言葉を吐きそうになってしまうほど気持ち悪いと感じた。

 左を見る。

 何気なく。

 意味はない。

 何もない。

 今度は右を見る。

 左から振り返る動作で、チラリと見る。

 何もない。

 期待を込めて後ろへと視線を巡らせる。

 怖い何かがいては困るが、何もいないのも詰まらなく思う。

 その気持ちを裏切るかの様に、当然のごとくそこにも何もなかった。

 前を見る。

 こういう場合、驚かせるために突然目の前に現れたりするのが常套手段だ。

 素知らぬ振りをしながら、心構えした気持ちで正面を向く。

 残念ながら何もなかった。

 瞳を閉じる。

 次に開けた時には何か変化があることを願って。

 同時に、心眼でならば何か見えるのでは、という期待も込める。

 勿論、心眼など持っている訳もない。

 閉じた瞳の裏の闇には、何も映らなかった。

 瞳を開けてもやはり何もない。

 静かに待つ。

 ただ、待つ。

 すぐに何かが起こるという考えを戒め、その時を待つ。

 僅かな間だけ待つ。

 意外と気が短かった。

 待つのを止める。

 手を前に出す。

 目の前に、瞳には映らない何かがあるかどうかを探る。

 闇の中、壁を捜すように少しずつゆっくりと手を周囲一体に巡らせる。

 ぶつかる何かを捜す。

 何もない。

 そのままゆっくりと足を前に出す。

 地面からは離さない。

 体重だけを軸足で支え、いまある地面の感触を確かめながらゆっくりと足先をズズズっと動かしていく。

 そこに奈落の穴がない事を祈りながら、徐々に前へと動かして前進する。

 歩幅の距離だけ進み、そこに大地があることを慎重に確認した後、重心をそちらへと傾ける。

 それでようやく一歩前へと進んだ。

 もう一度、瞳を閉じる。

 忘れていたことを思い出した。

 耳をすまし、辺りの音を拾う。

 静かな虚ろなる闇の世界。

 聞こえてくるのは、心臓の鼓動。

 身体の節々から鳴る音。

 骨が鳴る。

 筋肉が収縮する時の音が錯覚に聞こえる。

 衣がすれる音が一番大きかった。

 それ以外には、聞こえない。

 息を呑む。

 空気の固まりが喉を伝い、胃へとむかう。

 胃に落ちる前に開いた喉に、空気が大気中へと逃げる。

 実際に飲み込んだのではなく、飲む動作をしただけだった。

 その動作の終わり、反動で瞳が開く。

 やはり視界には不愉快な暗闇が広がっていた。

 息を吸う。

 あまり吸いたくないが、少し大きく吸う。



「あーーーーーーーー」



 単調に声を発してみる。

 少し恥ずかしさがあったので、控えめな大きさで発声する。

 長く、一定の音のみを発する。

 何も考えず、ただその音質と音階、強弱を一切変えないままの言葉を発し続ける。

 それは息が少しだけ苦しくなってくるまで続けた。

 続けてみた。

 その声に対する反応は何も返ってこなかった。



「フっ……」



 その状況に対して、自然と鼻で笑っていた。

 続いて零しそうになった独り言は寸前で止める。

 その場にしゃがみこみ、手を付いて手探りで近くに大地があることを確認したあと、ゆっくりと横になる。

 足を組む。

 腕を頭の後ろで組んで枕にする。

 少しだけ大きく息を吸う。

 そして、上を見る。

 何もない筈の空を見る。

 虚空の暗闇だけが続くと思っていた方向を見る。

 そこには――。

 しかし興味がないので無視する。

 瞳を閉じて、何も望まず待つ事を選んだ。

 眠れるとは思わないが、眠りを求める。

 考える事を放棄し、無心を装う。


 そしてようやく――向こう側の心が折れた。



「……何故に、平静でいられる?」



 言葉は虚空の彼方より発せられた。

声が響くが、無視する。

 そういう風に、最初は決めていた。



「応えぬか? 応えぬのであれば、その身を……」

「レビスだな?」



 漆黒の双眸を宿した瞳を開く。

 俺のの唇には僅かな笑みがこぼれ落ちていた。



「会うのはこれで二度目か。どちらも俺が望んだものではないが、それほど俺に興味があるのか? 聞きたい事があれば、内容次第では答えてもいい」



 上体を起こして俺はあぐらをかいた。

 右手が顎をさする。

 瞳は声の響いてきた上の方ではなく、斜め前の地面へと向けた。

 だが、ふとある事を思い出し、その顔を右上へと巡らせる。

 左肘が左足の上にのせられ、倒れる顔を頬杖で支えていた。

 しかし瞳は上の方まで向かず、水平に虚空へと向けるだけに留める。

 その眼前に、突如としてうら若き少女の姿が現れる。



「汝は何を望む?」



 長い髪を雄大に靡かせながら、麗しき少女は誇り高そうに言う。

 身体のラインがくっきりと浮かび上がる肢体を覆う蒼銀の衣服。

 胸は控えめに発達し、背は高くない。

 少女の面影を残したまま大人の階段へとのぼりつつある美貌には、生まれ持った王者たる威厳の様な自身に満ちあふれた笑みが浮かんでいた。



「望むだけなら、思う全てだな」



 俺は一瞬迷った後、そう答える。

 その瞳は麗しき少女の姿を観賞する権利を放棄し、僅かにその視線を横へとずらした。

 間もなく、その少女の姿がすっと掻き消える。

 その一切に動じる事のなかった俺に、今度は何者かが抱き付いてくる。

 膨らみのある胸が押しつけられ、しなやかで細い二つの腕が首に巻き付けられる。

 と同時に甘い女性特有の香りが俺の鼻を誘うようにくすぐる。



「つまり、こういうのを望んでるんだよね」



 優しく抱き付くというよりは、上から覆い被さる様に荒っぽく抱き付いてきた者が、活発な少女の声で言う。

 首に巻き付けた腕も、抱くというよりは絞めるといった方がしっくりくる力加減であり、少し苦しかった。

 その少女の手が、俺の頬をつんつんとついて遊ぶ。



「その思いが心の表層に浮かぶ上辺だけのものなのか、理性によって心の奥底に眠らされているものなのか俺自身には分からない。ただ求める事を求めてみただけの思いかもしれない。ただ、男としては喜びの一つではあるな」



 首を絞め続ける腕を引き剥がし、頬をつついて遊ぶ少女の指を防御する。

 だが、背中にのしかかる少女をどけようとはしなかった。

 間もなく、その少女の重みがすっと掻き消える。

 同時に俺の口元に浮かんでいた笑みがもとの形へと戻る。

 少し名残惜しかったが、仕方ない。



「素直に私を求めれば良いのに……」



 次に現れたのは、短髪の理知的な女性だった。

 但し、やはり裸身の。



「理性も欲望の一つだ」



 俺は言葉で一蹴し、同時に裸身の女性の姿も消え去る。

 代わりに現れたのは、無表情を絵に描いたような人形のような少女。

 子供の様に背は低く、しかし子供には持ち得ない大人の可愛らしさ持った成長した子供。

 幼いのではなく、小さいだけの少女。



「わからない」



 言葉は一言。

 感情のない声色で、小さく静かに呟かれる。



「俺もだ」



 言葉を口にして、俺は笑う。



「例えば、自らに求める理想の姿。それが、あらゆる欲望を抑えてしまう事もある。そう……いわば、そうではない自分の姿を否定する強い欲望。その思いが、この状況においても俺を平静にさせる」



 声には力を込めた。

 強い意志で瞳を構成する。

 その双眸を上方へと向ける。



「先程の問いの答えとしては、こんなところか」

「一つの強い思いが他の全ての欲望を一時的に鎮静させるということか。答えとしては聞き飽きて詰まらないものだ」



 虚空の彼方より声が再び響き渡る。



「この身に力が伴っていなければ、ただの強がりだ。威勢が良いだけでは何も解決しない」

「それが分かっていて、尚も強がっていられる――我としては、そのような者の方が扱い難くて厄介よ。砕いてみるか?」



 まるで自らに問い掛ける様に、何気なく怖い言葉を虚空の者が言う。

 心を砕く、と。



「好きにしてくれ。俺にはどうする事も出来ない。力を持たない俺にはな」



 他人事の様に返し、俺は悠然と佇んだ。

 腕を組み、また胡座をかく。

 そして溜息を一つ。

 その瞳の中に、一瞬。

 まさに、紅。

 そう称するに値する、華麗なる女性の姿が映し出された。

 燃える様な艶美と、麗しき少女にして凄まじき強さが溢れ出る極上の笑み。

 怒り。

 喜び。

 その感情が入り乱れたような瞳が、俺の双眼に鋭く突き刺さる。

 刹那にも等しき一瞬の時。

 瞳に映ったと認識するよりも早く、その姿は消え去っていた。

 それは、一瞬の紅。

 溜息をもう一つ零す。

 そして、もう一度俺は意を決して口を開いた。



「砕いた所で何も起こりはしない。ただ無意味に廃人が一人出来上がるだけだ。そして死体と化す。それで終わりだ」



 そう言いながら、俺は未だ浮かび上がったままの少女に向けて手招きをする。

 少女が猫の姿に変わり、したたたたっと俺のもとへと走り寄ってきた。

 膝の上に乗り、俺の手に撫でられながら少女だった猫はゆっくりと眠りに落ちていく。

 完全に眠りに落ちた時、猫は少女の姿へと戻り、俺の膝を枕代わりにスヤスヤと気持ちよさそうな寝息を立てて夢の中の住人となる。

 そのまま少女は遂に目覚める事はなかった。

 他の者達と同様に消え去った少女の肌の温もりが少し名残惜しい。

 男の口元から笑みが失われていた。



「……既に見抜いたというのか」



 僅かに驚きが含まれた老人の声音。



「精神を投影する世界、という訳か。思いを形に出来る空間とは、何とも怖い場所だな。知らない者が不用意に何か悪い事を想像してしまえば、容易に心が砕かれてしまうかもしれない。心より先に肉体の方がその思いによって文字通り砕かれて死んでしまう事もあるんだろう?」

「素質を持った者とそうでない者とを振り分けるには都合の良い世界よ。素質なき者はすぐに自滅するか自らの殻に潜り込む。汝は、どちらかといえばその後者よの」

「フンっ。それは決まっている。俺は弱き者の一人だからな」



 自分の事ながら、俺の口が軽く言う。



「平和ボケした現世にその身を何気なく置いていた者は皆そうだ。俺だけが例外である訳がない」

「そう、そこよ」



 男の軽い言葉にレビスが反応を示す。

 空間が歪む。



「汝の言う現世。それを我は知りたい」



 レビスの手が歪みに触れる。

 そう思わせる揺らぎが歪みに生じた。



「……っくく」



 俺のの口より僅かに声が漏れる。



「?」



 揺らぎは波紋を生み、無限の虚空世界へと広がっていく。



「ふははははははっ!」



 そこに突如、俺は高らかに笑いをぶつけた。



「なんだ、そんなものが知りたいのか」

「!」

「くだらん。価値もない。詰まらぬ知識欲だな」



 精一杯の虚勢。

 俺は揺らぎの始点へと瞳を注ぐ。

 腕が、生えていた。

 幻ではなく、実体としての枯れた腕が揺らぎの内より生えていた。



「戯れた言葉で隠そうとしても無駄だ」



 腕が徐々に前へと突き出される。

 揺らぎの中より腕が伸び、肘が現れ、レビスの半身が晒される。



「……隠しているつもりはないな」

「それは一度目の接触、汝の脳を走査した時に分かっている」



 歪みより現れた半身は、口元を一切に動かすことなく言葉を発する。

 不死なる賢者と称すべきその姿は、まさに死した屍。

 変色した皮膚と露出した骨と、それを覆う冥色の衣。

 その下部には立つ足はなく、冥色の衣だけがゆらゆらと泳いでいる。

 外界に晒された頭蓋には瞳のない空洞と舌のない口が開き、その中身は混沌に満ちた空間のみがあった。



「ならば問う必要もないだろう。聞かれた所で知らぬ事を俺が答えられる訳もない」



 異様の風体を前にして流石に俺は顔をしかめていた。



「では何故、汝はかつて汝がいた世界の事を『そんなもの』と言う事が出来る。知らぬ事と知っていた事は同義ではない。汝の言葉の中には、確かにそれを知っていた名残が滲みでておる。いや、無理矢理に消された残滓、と言うべきか」



 レビスの頭蓋に空いた虚空の眼孔にまるで瞳があるかの様に、俺へと視線が注がれる。

 見られているという視線に気付いて、俺も視線を眼孔へと向けて返した。

 陰鬱した混沌世界で、賢者の言葉が響く。



「汝の記憶に、過去はなかった。この現世に現れいでたその瞬間より以前の記憶の一切が汝の脳には存在せぬのよ。あったのは、その瞬間よりの映像と思考。我が汝を見つけ、捕らえるまでのほんの少しの時の記憶しか汝の脳は持ち得ていなかった」



 レビスの腕が伸び、俺の頭を掴もうとする。

 拒める筈もなく、叩けば折れそうな薄黒い細骨だけの手が無遠慮に俺の頭へと掴みかかる。

 俺はそれを眺めている事しか出来なかった。

 頭に触れそうになった所でレビスの腕が止まる。

 眼前の不愉快な光景を俺は無視して、言葉にのみ耳を傾ける……事に精一杯努力する。



「汝も気が付いておる筈だ。のう? 何故に汝は我等が言葉を解する。のう? 何故に汝は生まれたての赤ん坊の様に一切の記憶を持たずして、その人格を形成しておる。のう? 汝は……」



 賢者の口元が邪悪に笑む。



「汝はいったい、何者よ、のう?」



 刹那、レビスの開いた指が、その内にある俺の頭を潰さんがために、勢いよく閉じられた。

 危険を感じ、咄嗟に俺は身を引くが間に合わない。

 鋭く尖る凶器と化した指先が皮膚の上を滑り、頭皮と額と瞼と頬と鼻先を削り取る。

 血が勢いよく飛沫き、強烈な痛みが顔中に襲い掛かった。



「その血は、汝が違界者である証にすらならぬ」



 赤い血が止めどなく傷口より流れ落ち、俺の身を真っ赤に染めていく。



「肉体の構造とて同じこと。その痛みは間違うことなく人の痛み」



 レビスの言っている言葉を聞き取りそれを思考出来るほど、俺の身に襲い掛かった痛みは優しいものではなかった。



「苦しみすら何一つ変わらぬ」



 血に塗れた瞳は紅く染まっている。

 顔を押さえている腕は血の一色で既に染まっていた。

 しかし尚も血は飛沫き続ける。

 心臓の鼓動に鳴動するかの様に、緩急をつけて渋く。

 その身に走る痛みも、まるで火で炙られているかの様だった。



「しかし、この現世には何故か適合せぬ故に、この【魔】なる力を、あの【聖】なる力をも汝は振るう事も叶わぬときている」



 俺の皮膚がレビスの指先によってゆっくりと広げられる。

 その指の中の空間が揺らめいていた。

 妖しく、不気味に揺らめいていた。

 しかし既に虚ろになっていた俺の思考と瞳が、それをハッキリ捉える事など出来ない。

 だが、次にまた何かが来る事は分かっていた。



「今度は、逃れられぬ」



 分かっていて俺にはどうすることも出来ない。

 ただ、受け入れるしかなかった。



「其の脳を喰らえ」



 かくして当初の予想通り、視界が完全な闇に閉ざされた。

2014.02.12校正

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