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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第弐章
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第34話 募る思い、求める力

 寝台から空を見上げる。

 空には、今日も綺麗に黒い世界が広がっていた。


 どこかで見た事のある、似たような景色。

 黒く染まった世界に白く輝く点が幾つも散りばめられ、それは彼方の地平線まで続いている。

 以前、その空が本当に綺麗だと感じ、素直に感動を述べた事があった。

 その時は、だからなに?と聞き返されてしまい、それが少し可笑しくて笑ってしまった事を覚えている。


 綺麗なものは綺麗だ。

 可愛いものは可愛い。

 だが、それを素直に人前で口に出した記憶はそれほど多くはない。

 一人だった時でさえ言葉に出した事は少ない。

 素直な気持ちがつい口から零れてしまう時。

 それを他人に聞かれた時は結構恥ずかしい。

 今は一人だった。


 簡素な寝台に背中を預け、横にある開け放たれた窓から空を眺める。

 月の輝かない空。

 星光だけが世界の灯火であり、その僅かな光に照らし出された深緑の森は寂しさと静けさで何かを覆い隠している様だった。


 そこに、ノックが一つ。

 二つではなく、一回だけ戸が鳴らされる。



「起きていますか?」



 返事をする前に言葉が飛んできた。

 振り返ってから、答えるべき言葉を探す。

 反射ではすぐに返答が出来なかった。

 空に見惚れていたために一瞬現実を忘れていたのか。


 こちらから出向く予定だったのだが。



「ハーモニーさん?」

「……入ってくれ」



 更に一瞬の間を空け、ようやく言葉を口から出す事に成功する。

 だが、あまりにも声が小さい。

 戸の向こう側にいる相手に聞こえる訳がなかった。



「ローか?」



 今度は大きな声で言う。

 先に許可をしていながら、言い直しで相手の名前を確かめ様とする言葉が出てきたのは何故か?

 もし前の言葉を聞かれていれば、恥ずかしい事この上ないだろう。



「ローか? 入ってくれ」



 更にごまかしの意味で、もう一度。

 大きな声で戸に向けて言葉を投げた。

 にも関わらず、もう一度ノックをされる。


 そして気付く。

 石床に大きく響く筈の足音が聞こえなかった事に。


 傍目には分からなかったが、部屋と戸を隔てた通路との間では、防音室なみに音を遮断している様だった。

 直接に戸を叩かれるまで、通路側の音は一切聞こえていなかった。

 聞こえてくるのは木々のざわめきと、夜の帳の落ちた深遠の闇からの風の音色のみ。

 部屋の中にいる者の気配を感じさせないために、何らかの工夫をしているのだろうと無理矢理自身を納得させる。



 仕方なく起き上がって、戸へと向かう。

 材質だけが良く、素っ気ない造りの扉式の木戸を固定している(かんぬき)

 それを外す前に、ノックを一つ。

 戸は、通路側へと開け放つ珍しい造りとなっていた。


 夜に訪れた来訪者の顔へとぶつけてしまわない様に、ゆっくりと戸を開く。



「よう」

「こんばんは」



 交わした言葉はそれだけで、それ以上は何も言わずローを部屋の中へと招き入れる。

 勧めるまでもなく、ローは部屋に二つある椅子の片方へと腰を下ろした。

 もう片方の椅子に俺が座る。

 その間には四角い机。

 木造の重たそうな机を挟んで、二人が対峙する。



「今日の風は気持ちいいですね」

「星が綺麗だな。眩しいぐらいに」



 風の導士と何者なのだかよくわからない俺の、無意味な挨拶が交差する。



「リーブラさんの姿が見えませんでしたが、部屋を変えられたのですか?」



 本題に入る前の世間話。

 男性同士ではあまり咲かせる必要のない、色恋の花。



「御前の相棒に拉致されでもしたんじゃないか?」

「そうですか」



 それから続く言葉はなかった。

 笑顔で会話に終止符が打たれる。

 安堵色の笑顔。


 沈黙の落とされた室内に、僅かにだが気まずい空気が流れる。

 会話をどう切り出したらいいものかと悩む俺とは違って、ローはこの微妙な空気をそこはかとなく楽しんでいる様な気がした。


 時間の流れをとても遅く感じてしまう様な空気。

 瞳を少し閉じ、その空気を微睡む様に俺は転がす。

 これ見よがしに、無粋に。

 面倒臭いので、すぐに適当になった。



「それで、用件は何だ? 何か相談したい事でもあるのか?」



 来訪者の笑みが薄くなる。

 少し真剣な表情。



「本当は、関わるべきではないのかもしれません」



 話の出だしとしては、少し重苦しいものだった。



「話は、ハーモニーさんの置かれている状況についてです」

「……何が聞きたい?」

「聞くべき事はあまりありません。不死賢者がらみの話の方ではありませんので」



 心構える俺。

 ローは俺が想像した話の道をまず最初に否定した。

 踏み込むべきでない領域。

 関わればそれだけ危険性を増す事を承知しているのだろう、ローは俺と不死賢者の相互関係への不干渉を決め込んでいる様だった。



「では何だ?」



 俺の言葉に、今度はローが束の間を転がす。

 柔和だったローの目が、僅かに細められる。



「ハーモニーさんは、魔法もしくは聖術を扱う事が出来ますか?」



 言葉を返す前にローは静かに続ける。



「いえ、全く使えませんね?」



 ローは断定した。

 確信を持ってキッパリと告げる。



「みたいだな」



 俺は苦笑して肯定する。



「リーブラにも言われた。俺にはその力は使えない、とな」



 羨望しても使う事の出来ないとても魅力的な力。

 目の前に転がっていても拾いたいのに拾う事の出来ないもどかしさに、何度舌打ちをしただろうか。

 詠唱を何度試してみただろう。

 翳した腕に力が現れるのを何度思い描いた事か。


 現実には何でも出来る訳ではない力だと分かってはいても、それを扱う事の出来ない者にとっては何でも出来てしまう無限の可能性を秘めた領域に映ってしまう。

 先程までも、夜空を見上げながら集中し続け、そこに何か力を解き放てないものかと俺は四苦八苦していた。

 使えないと分かっていても、諦める事など出来ない。


 何より、希望の言葉もある。



「そして、使えるとも言われた。そのすぐ後に」



 肯定の言葉を求めている。

 そう、俺の言葉と瞳には物語っていただろう。



「はい、ハーモニーさんにも使う事は出来ます」



 俺は息を飲む。

 いますぐにでもその方法を教えて貰いたいという気持ちを抑えて、ゆっくりと確かめる様に俺はそれを言葉に変える。



「本当に、使えるのか?」

「はい」



 即答された言葉に、気が付けば俺は小さく笑っていた。

 少し黒い欲望に彩った笑みの様に。


 その瞳が、急に慧眼の如く知的に輝く。



「――力を使えない理由は、源素(アルマナ)との繋がりがあまりにも薄いからか。レビスによってプロテクトを施されたという可能性もあるが、あの時の呪いは恐らくそういう類のものではないな。むしろ、あの子の……いや、やはりまだこの世界に馴染めていない理由の方が大きいだろう」



 俺は矢継早に言い、鼻で笑う。



「それと、集中力とその使い方。詠唱がその一つの形ともいえるのはおおよそ検討が付いている。詠唱する事と、詠唱の言葉それ自体に意味はなく、また発言までの課程と発動後の結果も一様ではない。そしてそれはある程度ならば術者によってコントロールする事が出来るが、完全には制御出来ない。訓練を重ねる事でほぼ完璧に制御出来るが、発動させようとする法術の規模が大きくなればなるほど制御が難しくなる。当然、制御に失敗した時には何が起こるか分からない。死の危険性もある。違うか?」



 問い掛けているにも関わらず、更に続けて俺は一気にまくしたてて言った。

 ローの瞳は、若干の驚きの色に染まっていた。



「そして、適性。人種の違いと育った環境、生活によって肉体が持つ筋力の質が異なるのと同様に、各源素との繋がりにも人種や生まれた日などによって向き不向きが存在する。いや、少し例えがおかしいか。それはそれとして、リーブラから聞いた守護属性、これは単純に考えれば適性そのものになる。他にも源日と月の関係、つまり暦も少なからず影響を及ぼしているみたいだな。適性を考慮するのとしないのとでは法術の発動や完成度に大きく関わる、と予想している。素人ならば尚更か。俺の場合は、まずそれ以前の模様だがな」



 ローが困ったように微笑む。

 肯定も否定もしない。

 ただ聞いていた。


 質問に対して答えを返してくれない先生に、俺は更に口を開く。



「魔法とは、何だ? 聖術とは、何だ? 略して法術というようだが、それらは形式上の呼び名であって、実際にはもっとたくさんの呼び名があるだろうとは推察している。だが、一般的に考えて、その二つは無難な呼び名なんだろう。そして、その呼び名の通り、その二つは似て異なるものとも。まずは、その違いを知りたい。単純に『魔なる法』と『聖なる術』なのか?」

「違います」



 ローが俺の視線を真正面から返す。

 薄い空を思わせる瞳は、それ以上に俺が推測で言葉を発するのを咎めていた。



「だろうな。そんな詰まらない理由であっては欲しくない。分かりやすいと言えば分かりやすいが」



 苦笑いが零れる。

 ローの視線を真っ直ぐ見ていなかった俺には静止の効果はなかった。

 ただそれには俺も気付いていたので、言葉は短く終わり、次のローの言葉を俺は待つ。


 少し殺気を込めて見返したとしても、恐らく効果はあまりないだろうと俺は察する。

 我が強い者ほど取り扱いが難しくなる。

 実力が伴わない俺とか、特に。



「【魔】とは属性(エレメンツ)であり【聖】もまた属性である。そして、この二つの源素(アルマナ)、属性は相反する対の関係にある」



 間に耐えきれなかったため、俺はまた先走る。



「それはリーブラさんから聞いたのですか?」



 苦笑が零れる。



「知らなくても使えるんだな。要は感覚の問題か?」



 俺の眼前で、今度はローが苦笑した。



「それはありますね。学問や知識があるからといって、必ずしも上手に魔法や聖術を使える訳ではありません」



 ローがテーブルに両肘を付いて手を組む。

 少し考える様な素振りを見せてから、言葉を続ける。



「ハーモニーさんが先に述べた内容は、当たらずとも遠からず、というのが適切でしょうか」

「――答えのない世界、という訳か」



 ローが溜息を吐いた。



「そう考えられなくもないと肯定してしまう自分は、もう純真に考える事を諦めて、物事をそのまま受け入れるだけの大人になってしまっているのかもしれません。ですが、まだ年齢は子供のまま。それを受け入れてしまう事を、心の何処かで否定しています」



 独白する様にローが言う。



「たった数日で、ハーモニーさんはどれだけの事を知ったのですか?」



 感情の起伏もなく、ローは問い掛けただけで答えを聞く気はない様だった。



「考えなければ、まだ望みは高かったのですが……」

「やはり感覚の世界か。色々考えすぎると却って雑念が入ってしまい、集中できなくなってしまう。懸念しているのはそれだな」



 俺がそれも思考済みだと言わんばかりに不敵に笑むのを、ローが目を若干細めながら見ている。

 何か、決心したのか。



「……あれこれ説明するよりも、試してみた方が良さそうですね。時間はありますか?」

2014.02.12校正

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