第33話 レベルアップ
状況を整理する。
一言にそういっても、さて何から整理したらいいのかが分からない。
それでなくとも昨夜はただ生き残る事を考えていた。
細かに記憶などしていない。
だとしても、やはり気になる事はあった。
それは、無限にも続いた体力。
そして、例え傷付いてもみるみる塞がっていく傷。
その二つの能力は、どう考えても少し異常だった。
閉じられた門を背にして、まるで俺をなじる様にちまちまと攻め続けてきた骨の大軍。
敵は、持久戦を仕掛けてきた。
正しい判断だ。
あの流浪の骸骨というのは,間違いなく知の指揮官タイプだろう。
ともすれば、森で遭遇したオーガの彷徨う腐死者は武の指揮官タイプ。
今回は相手が前者だったため、運良く俺は助かったのだともいえる。
俺個人VS無限の骨という、あまりに絶望的な戦闘が始まった時、俺は死を覚悟した。
だが、だからといって俺は自暴になって己の死を受け入れた訳ではない。
狂戦士モードでは敵の直中に特攻仕掛けてしまう可能性があったために、俺は絶望という意識の中で兎に角降りかかってくる火の粉を払い続けた。
例え迷宮の入口だったとしても、通路はそこまで広くないので、無理なく同時に戦闘出来るのは2体まで。
それはつまり、常に1対2という不利な状況下で闘わなければならなかったのだが、力量差でそれはあまり苦にならなかった。
むしろ問題だったのは、時折に飛んできた武器や盾の投擲攻撃だっただろう。
投げつけてくるモーションは全て視界に入っていたので避ける事は難しくなかったが、頻繁にそれをされると回避前提で動かなければならないので酷く体力を消耗した。
そこを見計らって接近戦を仕掛けてくるのだから、たまったものではない。
普通はすぐに力尽きる。
だが、俺はそうならなかった。
ある程度の疲労感は感じていたが、どれだけ動いても体力の限界に達する事は遂になかった。
例え敵の攻撃を回避し損ねて傷を負っても、それによる体力の消耗もほとんどない。
むしろ時間が経つにつれて問題になっていたのは、精神的な疲労の方だった。
次いで問題になってきたのは、武器の損耗。
敵が投げてきた武器を使用する事は、残念ながら出来なかった。
何故なら、投げられた武器は最初から脆くなっていたのか、壁や門や床に激突すると同時に霞となって消えていったのだから。
例え受け止めても、すぐに消えてしまう。
結果、俺は途中からは自らの拳や脚を使わざるをえなかった。
槍も折れた後は、短い棒として使用したし、ダガーの方も刃が折れて取っ手だけになっても、その取っ手を短い鈍器として使い続けた。
敵から奪った武器も一瞬だけ使用が可能だったので、使い捨てとして投げて使った。
それが、延々と。
無限の体力と、異常な回復力。
これがゲームの中の世界であるならば、それも納得がいった。
これは、ゲームなのか?
何度となく俺の頭を悩ましたその疑問が、また俺の脳裏に浮かんでくる。
考えた所で、結論がでた所で、今ある現実は変わる事がないのは分かりきっていたので、俺はその事に対してはもう考えない。
現実から、目をそらす。
――む、ついに現実逃避のレベルが20になってしまった。
他に二桁レベルの職業も特技もないというのに。
意識を思考から部屋の天井へと移して、暫く放心し続ける。
眠気は何故か襲ってこなかった。
少しの間だけだが、意識を失っていたせいだろうか?
それとも、浴室でちょっと刺激的な情景を目に映したからだろうか。
そのまま俺はぼーっとし続ける。
暫くして。
部屋の戸がノックもなしに、ゆっくりと開き始めた。
初めはあの天然どじっ娘だろうかとも思ったが、次の瞬間。
ピチャッという足音を響かせて部屋に入ってきた者の姿を見て、俺は絶句した。
「リーブラ!」
全身を黒に近いローブで覆った者の姿がそこにはあった。
だが俺が驚いたのはそこではない。
リーブラの足下は、紅い血で濡れていた。
窓を開け放ち、部屋に日の光を入れていたのでそれはハッキリと見る事が出来た。
部屋に入って戸を閉めたリーブラが前のめりに倒れていく。
それを俺は間一髪で抱きとめる。
そしてリーブラの身体に触れた感触に、更に驚いた。
「どうした! なぜこんな状態に……!?」
足下に血が滴っているのを考えれば、ローブの中も血塗れなのは当然の事だろう。
着替えたばかりだというのに、俺の着ている服がどんどん紅く染まっていく。
俺の好む色とは正反対の白い服が、浴室で見た拭き布のイメージと重なったが、今はそんな事はどうでもいい。
俺は力を入れてリーブラを寝台まで連れて行こうとした。
しかし、リーブラが俺の肩をガシッと掴んでそれを拒む。
そして聞いてきた。
「……なぜ?」
質問の意味が理解出来なかった。
「なぜ、行った?」
続く言葉を聞いても、俺は何故リーブラがそんな質問をしてきたのか分からなかった。
ローブの中から棲んだ蒼星の瞳がぶつけられてくる。
その瞳の強さに、俺は怯む。
だがそういう場合ではなかった事をすぐに思い出して、意味不明の質問に対する答えとは異なる言葉をつぐむ。
「先に傷の手当ての方を……」
「問題ない」
「そんな訳が……」
続け様とした言葉は、突然に全身が動かなくなったため、発する事は出来なかった。
いったい何が起こったというのか。
固定された俺の瞳が、常にリーブラの瞳へと注がれている事に少しして気が付いて、それがリーブラの仕業である事を俺は察する。
「口答えしない」
いつだったか,同じ様な言葉を聞いた気がする。
それを思い出した瞬間。
「勝手に出歩かない。私の目の届かない所まで離れるのは駄目」
先の言葉の前に聞いた言葉と全く同じ事を、リーブラは言ってきた。
思考が、動揺をみせる。
まるで叱られている子供の様に、全身から脂汗が滲み出てきた。
「分からない?」
そのリーブラの言葉に、カチコチに固まっている俺は言葉を返せない。
果たしてその身体の固さが、リーブラの力によるものなのか、後ろめたさによるものなのか今の俺には判断出来なかった。
間違いなく前者なのだが。
「罰が必要」
以前はその後に言葉として続いた行動が、今度は実際に行われる。
鼻を、はむっと噛まれた。
続いて、頬もつねられる。
その痛みに、俺は今リーブラが負っている傷の事をまた思い出してしまい、その愛情表現みたいな感触を楽しむ事が出来なかった。
リーブラの歯が、俺の鼻から離れる。
しかし次の瞬間、俺の視界の端に映った光景を見つけて、俺は再び驚いた。
「痛い」
それは、俺の受けた痛みに対する質問ではなく。
リーブラの個人的な感想。
リーブラの鼻に、小さな歯形の跡がついていた。
「……私の痛みは、あなたの痛み」
告げられた真実に、俺の鼓動がドクンっと強く波打つ。
出来るだけ考えない様にしていた呪いの効果。
恐らく俺は、初めからそれの効果を分かっていた。
だが、出来る限りそれには気付かない様にしていたのでは、という思いが頭をよぎる。
「生命、共有化……か?」
いつの間にか、動きの制限が解けていた。
俺の言葉をうけて、リーブラの顔僅かに縦に動く。
肯定。
リーブラの痛みは、俺の痛みになる。
逆を言えば、俺の受けた痛みや傷はすべてリーブラに向かうという事。
そこには体力までもが含まれる。
いや、それ以外にも含まれているのかもしれない。
俺は、今まで何をしてきた?
リーブラに不死賢者レビスから受けた呪いを打ち消す呪いを受けてから、いったいどの様な疲労を、傷を負ってきた?
ローを背負い、疲労困憊になって村に辿り着いた。
連日、夜はほとんど寝ていない。
迷宮第2層では彷徨う腐狼犬から攻撃を受け、負傷した。
その時は確か、リーブラも同じ場所を負傷していたのを思い出す。
森では彷徨う腐死者のボス、オーガのゾンビから強烈な一撃を受け、その夜もほとんど休んでいない。
そして、昨日の夜へと続く。
五日間。
そう、五日間ずっとだ。
熟睡したのはたった一度だけ。
それ以外はずっと動き続け、戦い、そして楽しみ続けた。
この人生を。
その間ずっと、この小さな少女は、俺から受ける疲労と痛みをすべて共有していたというのか。
ならば逆は?
俺はリーブラがほとんど動かず、喋らず、非活動的なのを見ていた。
特に朝はそれが酷かったのを覚えている。
二度ほど戦闘行為を行ったが、その時は俺の方も戦闘をしていたので気が付かなかったのだろう。
だが、そんな過去の出来事よりも。
俺には今、気にするべき事がある。
「一晩中……耐えて、いたのか?」
俺は恐る恐る聞く。
答えは、無情にも肯定となって返ってきた。
「俺の体力がいつまでも尽きなかったのは、リーブラの体力を奪い取っていたからなのか?」
「あなたの体力は、私のそれと比にならない」
「傷を受けてもすぐに塞がっていたのは、リーブラの仕業なのか?」
「私は回復の法術が使える」
「俺が寝ないと、どうなる?」
「疲れる」
「俺の感情は?」
「私とあなたは肉体的な繋がりしかない。だから、あなたの喜びは感じない」
「つまり、肉体の喜びは?」
「……感じる」
それはつまり、俺が身体を動かしていると、必然的にリーブラはそれを感じてしまい、寝る事もままならなくなるという事。
「但し、それはほんの少しだけ。肉体が傷付かない限り、私に実害はない」
「そうか……」
などと安心出来る筈もない。
どちらにしても少なからず感覚が共有化されているため、強い刺激を受ければ当然その分身体に強い影響を受ける。
その結果、眠る事など出来なくなるだろう。
つまり。
俺が寝ていない分、リーブラもずっと寝ていないという事を物語っていた。
それが、どれだけ辛い事か。
気が付くと、俺はリーブラの身体を優しく抱きしめていた。
リーブラの身体はまだ血に濡れていたが、理屈でいえば俺の身体からはもう血が流れ出ていないのでリーブラの血も止まっている。
ローブの中だから乾燥せずにまだ濡れているのだろう。
だが、俺の身体には疲労と痛みがまだあった。
それはリーブラも共有している。
この小さな身体で。
透き通る様な白い肌を、血で紅く染め。
棲んだ瞳は濁る事もなく。
感情すら抑制し。
ただ耐え続けるだけの日々。
湧き出てきた感情を、俺はそれがどういう感情であるのか理解出来なかった。
愛しいと思うのか。
哀しいと思うのか。
己を馬鹿だと思うのか。
触れる肌から感じる温もりに、純粋な喜びを感じているのか。
それとも、まるで猫を可愛がる様に、ただ慈しんでいるだけなのか。
「なぜ、そんな呪いを……」
出て着た言葉は、疑問となって俺の耳に届く。
実際にそういう事が起こるのかは分からないが、もし俺が死ねばリーブラも死ぬという可能性を、その《生命共有化》の呪いは秘めていた。
いや、可能性としては否定出来るかもしれない。
呪いの名前は、正確には《生命共有化(隷属)》なのだから。
「これは、私の宿命」
「……なに?」
リーブラの口から出てきた言葉に、俺は理解を示す事は出来ない。
それは理由になっていないからだ。
「あなたには関係のない事。それは私の選択」
「俺に関係なくは……」
「あなたが知る必要はない」
俺の言葉を遮り、リーブラがそう言った瞬間。
いつかみた光景が、俺の視界を埋めた。
「再契約を……そして、記憶を一部消去……」
リーブラの小さな唇が、俺のそれに重ね合わされる。
驚いた俺の瞳が大きく開かれ、逆にリーブラの瞳は静かに閉じられ。
光が俺達を包み込んだ。
いつのまにか床に描かれていた五芒星の方陣らしき紋様が光輝く。
それがリーブラの流した血によって描かれたものだと気が付いた時。
俺は――意識を失った。
目を覚ますと、見知らない天井があった。
だが見覚えがない訳ではない。
……。
その二つの言葉にどういう違いがあるのか、少し考え始める。
どうでもいい事だ。
すぐに思考を放棄する。
身体を起こし、全身の調子を確かめた。
まだ結構な疲労があったが、動けない訳でもない。
少し休んだ御陰なのか、妙に頭がスッキリしていた。
迷宮から助け出され、浴室で目の保養をした後、付き人の変更を行い、そして寝台に倒れて眠りについた。
その記憶を確認し、考えるべき事を考え始める。
状況を整理する。
昨夜の出来事をだ。
細かに記憶などしていないが、あの夜にあった絶望的な戦いはきちんと記憶している。
幸いにして敵の強さは大した事がなかったため、体力を温存しつつひたすらに防戦に徹していれば何とでもなる様な状況だった。
最初は本当に絶望視していたものだが、通路はあまり大きくないため敵は2体ずつしか襲い掛かってこなかったし、たまに飛んでくる投擲攻撃もタイミングさえあえば何とか掴み取れるぐらいの速度だったので、時間が経つにつれてだんだんと余裕になっていく。
と同時に俺の方もレベルアップしていったので、気持ちの方も時間の経過で楽になっていった。
思えば、随分と無謀な事をしたものだと思う。
敵が第一層で出てくる奴等ばかりだったのが幸いだった。
あの程度の敵しか近くにはいないというのに夜は入口にある門を閉めるという事は、恐らくあの放浪の骸骨戦士以外のもっと危険度の高い敵が夜は沸くからなのだろう。
今回はあのホネホネ軍団の数の暴力の御陰で前には出てこれなかったのかもしれないと思うと、己の幸運に驚愕すら覚えてしまう。
昨日の昼も、あの死竜と死狼を前によく生きていたものだと思う。
さて、今は夕方か。
昼間はずっと寝ていた様だな。
迷宮に潜る選択肢は……流石に昨日の今日で懲りているので、今日はやめておくとしよう。
それでなくとも、多少なりとも資金は貯まっている筈だ。
無理をせず、新しく付き人になった少女を呼んで暫く語り合うか?
――いや、先にもっとしておきたい事があるか。
だが、まだ迷宮に潜っている可能性もある。
もう暫くしてから、会いにいくとしよう。
なのでそれまでの間の時間潰しに、ステータスの確認と考察を行い始める。
……。
ん?
『《星の聖者》の従者』がレベル2になっていた。
2014.02.12校正




