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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第弐章
34/115

第32話 脱出

 コツッ……コツッ……コツッ……。


 石畳の上を、少女達は歩いて行く。

 朝もまだ明けきらぬ時刻。

 眠気眼を引きずりながらも、その足並みは乱れていない。


 何度となく通った道程。

 この時刻、同じ相手と、同様の服装で、対称となっている槍を手に、薄暗い教会の廊下を歩いて行く。



「眠いよぉ……」

「うにぅ……」



 二人いるのに、それは独り言。

 何度も繰り返して言葉にしていたので、お互いに同意はしない。

 それは言葉にせずとも当たり前の事なのだから。



「朝番はやだぁ……」

「眠い……」

「うぅ……」



 足取りは重くないのに、その顔は酷く鬱だった。

 重たい槍を背中に背負い、軽装ではあるが胸当てや膝当てを身に着けているので、気怠い身体には鞭にも等しい。

 それなのに淀みなく歩いていられるのは、それが平時の彼女達の服装だったからだ。

 一応、筋力増加の聖術を常に行使してはいるものの、それは逆に精神の方を徐々に疲弊させていくので、寝起きの彼女達にとってはやはり酷な状況だった。


 それでも、彼女達は与えられている命令に背く事は出来ない。

 そんな事をしたら、いったいどの様な酷い罰が待っているか分からないからだ。

 先日も、一年近くも強情に教会の仕事を拒んでいた人が、遂にその罰を受けて、今は酷い衰弱状態にあると聞いている。

 その前にも、いったい何をしでかしたのかは分からないが、何日も寝込んでいる娘がいた。

 たまにそういう事が起こる。


 明日は我が身かもしれないので、彼女達の足取りが鈍る事はなかった。



「今日も異常なし」

「異常なんてなくていいですよぉ。この門が破られて一番危ないのは私達なんですからぁ」

「朝番はやっぱり緊張するよね。いくら頑丈とはいえ、下層の敵さんが上まであがってきたら、この頑丈そうな門でも本当にやばいらしいからね」

「そうだよねぇ」



 そう滅多な事ではないが、彼女達の前にある迷宮への入口を閉ざしているとても頑丈そうな門は、何度か破られた事があった。

 昼間は各階ごとに決まった魔者(ましゃ)しか出ない様にうまく調整が働いているのだが、夜になるとその限りではない。

 一応、昼間と同じ様に、夜に沸く魔者もそれぞれが決められた階にしか沸く事しか出来ない様にはなっている。

 しかし、昼間は各階の間に設置された仕掛けによって魔者達は階層移動出来ないのだが、瘴気が非常に濃くなる夜間にはその仕掛けもうまく機能しない。

 そのため、夜間の迷宮は場合によっては下層にいる強力な魔者が上層まで昇ってきてしまう可能性があり、非常に危険だった。


 下層まで迷宮に潜っていた者達が、そういう危険種に遭遇してしまい敗走した結果、最終的に迷宮の入口である第一階層までその敵を連れてきてしまい、大惨事となった事は少なくない。

 朝になれば瘴気も薄くなり、迷宮に施されている階層間の仕掛けによって駆逐される訳なのだが、やはり朝のこの瞬間だけは、何度やっても彼女達は慣れなかった。



「それじゃ、開けるよ」

「はーい。いっせいのぉ、せっ! ……っでいっくからねぇ」

「ちょっとちょっと。騙し討ちは酷いよ!」



 緊張……している事を誤魔化しながら、二人は決められた手順に従って門を開けていく。

 何重にも施された鍵を解いていく手の動きには迷いはなく、それが繰り返し何度も行われている操作だというのが見る者が見ればすぐに気が付くだろう。

 それでも、たっぷりと時間を掛けて、ようやく二人は最後の仕事まで辿り着いた。


 最後は、人力による開門。

 どうせならこの重い扉が勝手に開いてくれる仕掛けも作ってくれれば良かったのにとも二人は思っているが、口に出してそれを互いに確認しあった事はなかった。



「ん……おも、い……」

「年々、重くなってる様な気がするよねぇ」



 ゴゴゴゴゴゴっと地面を引き摺る音を鳴らしながら、門を引っ張っていく二人。

 ゆっくりとだが、門は確実に開いていく。

 そしてようやく人一人分が通れるぐらいの隙間が空いた時。


 何かがずるっといって、その隙間から倒れおちた。



「「……え?」」



 重なる言葉。

 だがそれはすぐに「「キャー」」という悲鳴へと変わった。


 何故なら、門の隙間から倒れおちてきたものは、血に塗れた人の姿だったために。



「あわわわわわわっ。し、死体が!!?」

「ちょちょちょちょちょっとちょっと! おおちちちちついてててててっ!」

「あんたの方が落ち着こうよ!?」



 そういう事があるとは聞いていたが、それは初めての経験だったために、二人は当然の様に酷く取り乱した。

 ただ慌てふためくばかりで、二人は門の前をぐるぐると行ったり来たりして走り回る。

 それで何かが解決する訳ではないのだが、てんぱっている二人は兎に角右往左往し続けた。


 と、そこに……。



「落ち着け」



 突然の男性の声に、二人の動きがピタッと止まる。

 しかしその瞬間。

 門の隙間から出てきた何かが二人の目の前を通り過ぎ、その先の壁へとぶちあたりガシャンっという音を慣らした。

 ビクッとなって、二人は思わずそれが出てきた門の中を覗き見る。



「ほ、ほね!? しかも大量に!?」

「何であんなにいるの!?」



 門の隙間の先にいた骨の大群を瞳に映して、二人は再び慌てふためいた。

 その二人の足が、突然にガシッと何かに掴まれる。

 再びビクッとなって、二人はその掴まれた足へと視線を向ける。



「落ち着け」



 血塗れの男の顔が、そこにはあった。



「えっと……貴方も、あちらさん方のお仲間ですか?」

「そんな訳がないだろう」



 思わず口に出てしまった冗談が、すぐに突っ込みで返される。

 それが逆に二人を冷静にさせた。

 見た目は凄い事になってるけど、下から二人を覗き上げているその男性は、間違いなく元気そうだな、と。

 ついでに、このアングルだと下着が丸見えになってるなとも二人は思った。


 と、ここで気が付く。

 その男性の顔に、心当たりがあることを。



「ようやく朝か……」

「も、もしかして昨日からずっと迷宮に入っていたんですか?」

「閉じ込められていた、と言ってくれ」



 二人は互いの顔を見合わせ、何ともいえない表情を作り上げる。

 昨日、二人はその男が迷宮に入る時に居合わせていた。


 普通、一人で迷宮に潜る時は、安全を考えてすぐに出てくる。

 夜の間中、たった一人で迷宮に潜り続ける様な危ない橋を渡る馬鹿な真似は誰もしない。

 それは間違いなく自殺行為だ。


 男が迷宮に入った後、すぐに二人は別の二人に門番の仕事を変わった。

 当然二人は、てっきりその時に迷宮を出たものと考えていた。



「……すまないが、あいつらの掃除を手伝ってくれないか?」



 目の前の二人が何か言いたそうな顔をしているのに気が付いて、男は話をすり替えた。



「えっと……ハーモニーさんは、そんなになってもまだ動けるんですか?」



 二人もその事を思い出したが、先に気にするべき事も思い出したので男に質問する。

 どう見ても、目の前にいる男性は重傷だった。



「正直言うと、かなり辛い」

「はぁ……なら、そこで休んでて下さい」

「見たところ、この階の魔者だけですね。変種も少し混じっている様ですが」

「まぁ、大丈夫でしょう」

ここでなら(ヽヽヽヽヽ)、私達の方が圧倒的に有利ですから」



 言って、少女達は背中に背負っていた槍を手に取り、門の隙間に向けて構えた。



「そうか……ならたの……」

聖光波(ホーリーウィンド)!」

聖光撃(ホーリーブラスト)!」



 男の言葉を最後まで聞く事なく、二人は槍に秘められた力を解放し、同時に聖術を唱え眼前にいる無数の敵へと向けて放った。

 白く輝く風と、白い砲撃が骨達をのみこむ。

 その光が消えた時、奥の方にいた変種を中心に、その一角にした敵の姿が消えていた。


 それを確認する事なく、二人の自信ある言葉に安堵した男は意識を手放していた。









 目が覚めた時、俺は裸になっていた。

 いったい俺は何をしていたのか。

 まだ朦朧とする意識の中で、俺は周囲の状況へと目を巡らせる。


 楽園があった。

 いや、違うな。

 俺のすぐ両脇で真っ赤になった布を絞っている裸の少女達がいた。



「目を覚まされましたか?」



 右にいた少女が、少し恥ずかしがりながら微笑んでくる。

 俺は、いったい何をしていたというのか。

 目と意識を少女達の裸体に奪われながらも、必死に思い出そうとする。

 無理だった。

 意識が《欲望解放》の呪いによって目の前の現実へとはり付けられる。



「もうすぐ終わりますので、それまで我慢して下さいね」

「傷は大した事なかったんですけど、血の跡が凄かったので浴室で拭かせて頂いています。服が汚れてしまうので、その……私達も仕方なくこの様な姿に」

「ですから、あまりそんなに見ないで下さい」



 まったく隠そうとする素振りなく、少女達は絞った布を俺の身体へとはわせていく。

 その手は血で紅く染まっていた。


 ……と。

 欲望にそそのかされて身体を動かした瞬間、全身激痛が走る。

 傷による痛みではない。

 遠い記憶の中で、俺はその痛みには馴染みがあった。


 まるでそれは筋肉痛の様な痛み。

 が、その痛みが幸か不幸か、俺の思考を現実に引き戻す。

 《欲望解放》の呪いは、《欲望半減》《欲望解放》《理性増幅》の呪いによって沈められていく。

 ステータスを確認すると、MPが瀕死状態だった。



「終わりましたので、お部屋にお連れ致しますね」



 まだ思考がハッキリとしない微睡みの様な状況の中、テキパキと服を着せられていく。

 服を着た所で浴室から外に出され、外に待機していた別の少女二人が俺の両脇を支えて歩き始めた。

 後ろを振り返ると、まだ裸のまま手を紅く染めている少女達が微笑んでいる。

 その彼女達の後ろには、空っぽの浴槽があった。


 少女二人では重いだろうと思い、俺も自分の足で自分の身体を支えて歩く。

 両手に花。

 このまま寝台の上まで連れ込んでしまいたい気持ちにかられたが、年齢が年齢なので流石に自重する。


 意識を紛らわせるために、自身のステータスを確認してみる。

 その頃には昨日の夜の出来事を思い出していたので、少しだけ期待感があった。


■ハーモニー 男 人

■《星の聖者》の従者:Lv1

■HP:18/33

■MP:2/6

■欲望解放 痛覚麻痺 死の宣告 死後蘇生(不死者化)

■欲望半減 欲望減衰 理性増幅 痛覚10倍 感覚鋭敏化 生命共有化(隷属)


■武器:壊れた鉄の槍 壊れたダガー

■頭:

■体上:布の服

■体下:布のズボン、布の下着

■手:

■足:

■他:《蒼天の刃(フレースヴェルグ)》の腕輪


■職業一覧:剣士Lv3 戦士Lv9 闘士Lv7 拳法士Lv4 盗賊Lv1 狂戦士Lv2 《星の聖者》の従者Lv1 強姦魔Lv2 色魔Lv3 奴隷Lv1


■特技一覧:片手剣術Lv1 片手槍術Lv7 両手槍術Lv9 片手棍術Lv4 両手棍術Lv3 短剣術Lv6 二刀流Lv5 拳撃Lv7 脚撃Lv8 投擲Lv4 逃走Lv3 警戒Lv3 観察Lv6 分析Lv3  熟考Lv4 現実逃避Lv19


■才能:


 武器は壊れ、服の方も最低限のものに変わっている。

 腕輪以外、すべてダメになってしまったという事か。


 だがその代わりに、職業や特技のレベルは結構上がっていた。

 というか、相変わらずに現実逃避だけやたらとレベルが上がるのが早すぎる。

 頭一つ分どころか、突出している。

 まったく嬉しくない。


 心の中で苦笑していると、程なくして目的地に到着したのか、一つの戸の前で両手の花は立ち止まった。

 戸を開けて、少女達と共に部屋へと入る。

 そのまま寝台に。

 悲しいか、少女達は一緒には寝てくれなかった。


 俺を寝台へと横たえると、丁寧にお辞儀をして退室していく。

 入れ替わりにあのドジっ娘少女が現れ、ズタボロになった俺の服を部屋に置く。

 その際にまたこけて服をビリッと破きトドメの一撃をさしてくれたが、心の広い俺は気にしなかった。

 というか、もうそんな服を着る気はなかったし。



「ハーモふぃっ!」



 いきなり俺の名前を噛むし。



「……ニー様、ご無事で何よりです。暫く静養が必要かと思いますので、何か御用がありましたら気兼ねなくお呼び下さい」

「チェンジ」

「ええっ!」



 と冗談で言ってみたら、本当に他の娘に変わってくれた。



「では、私はこれで失礼致します」



 予想以上の上品そうな少女が、スカートの裾を軽く摘み上げてそう挨拶するのを、俺はちょっと悪い事をしたかなと思いながら寝台の上で見送る。

 望めば彼女は床を共にしてくれそうな雰囲気だった。


 夜の間中、迷宮へと潜っていたのはある意味正解だったかもしれない。

 と、俺は思うのだが。


 それは次に俺の部屋へと入ってきた者の姿を見て、変わる事となった。

2014.02.12校正

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