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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第弐章
32/115

第31話 迷宮 第1層

「戦闘レベル……標的(ターゲット)確認。排除開始」



 鉄の槍を振りかざし、目標と定めた敵へと切っ先の刃を振るう。

 勢いよく振られた槍は、敵の盾を弾き飛ばしその穴だらけの身体を無防備にする。

 間髪入れず、突きの一撃を首元へと突き入れ、そこにあった首骨を破砕した。

 支えを失って落ちていった頭蓋が、床と激突して乾いた音をたてる。

 それを拾われるよりも先に、俺はもう一度槍の先端を振るい、トドメを刺した。



「狭いが、なんとかいけるか」



 迷宮に潜ってすぐに気付いた点。

 そこまで広くない通路に、槍という長物の武器はその特性をフルには活用出来なかった。

 気をつけて振るわなければ、すぐに槍の先端が壁や天井にぶち当たり、最悪武器そのものを駄目にしてしまう。

 それ以前に、そんな隙をつかれて接近されると、万事休すに陥ってしまう。

 そんな事を三度も(ヽヽヽ)繰り返し、逃走の後。

 ようやく、狭所での中距離戦闘に慣れてきて、最初の一体を仕留める事が出来た。


 次を探す。

 迷路そのものである迷宮の中を、頭の中でマッピングしながら慎重に歩く。

 下手をすれば骨の大群に襲われかねないのは、以前にこの迷宮に入った時に学習済みである。

 というか、森でもこの迷宮でも、ちょっとでも奥に行きすぎると大量の敵に遭遇する。

 油断するとあっという間に。


 T字路から少し顔を出して、それぞれの先に何もいない事を目視で確認する。

 相手が不死者なので、生体感知で俺の事を認識しているのであれば、そんな目視での確認など意味がない筈なのだが、念には念を入れる。

 警戒していない所で角を曲がったらバッタリというのだけは避けたい。

 何しろこちらは戦闘の心構えは素人も同然なのだから。

 臆病すぎる程が丁度良い。


 何もいない事が確認された所で、何だか嫌な予感がしたので後ろを振り返る。


 流浪の骸骨(スケルトン)Lv7が現れた。


 ん?

 名前が違う?

 しかも名前の後ろに戦士(ウォーリアー)がついていない。

 初物だ。

 しかも武器は持っておらず、体格も小さい。


 牽制に、槍で頭を突いてみる。

 避ける事もせず、槍はその髑髏を貫いた。

 そして灰燼に消えていく。


 ……。

 いったい何だったのだろうか?

 とりあえず、儲けものとして気にしない事にしよう。


 向きを戻し、T字路を右に進む。

 入り組んだ造りになっているので、常に右手の法則にのっとって道を選ぶ。

 別に左手の法則でもよかったが、何となく今回は右側を選んだ。

 こうして右の壁に沿って進んでいけば、迷って同じ道を何度も行き来する様な事はなくなるだろう。

 勿論、迷路の造り方次第で、その方法では辿り着けない場所も出来てしまう訳だが。


 暫く進むと、新たな敵が姿を表した。

 先程のラッキーボーイとは異なり、正真正銘の放浪の骸骨戦士スケルトンウォーリアーが2体。

 表示ではLv34とLv35となっているが、そんな紛い物の数字には騙されない。

 俺の推測だと、それは生前のレベルだ。

 死んでしまった今となっては、その数字には意味がない。


 臆さず、槍を構える。

 2体並んでガシャガシャと俺の方に向かってきている姿はなんとも異様だったが、それ以前に俺は考えるべき事があった。

 2対同時というのは、もしかするとかなり危険かもしれない。

 前回、この迷宮で闘った時にはシルミーの援護もあり、必ず相手の数は1体だった。

 動きの遅い彷徨う腐死者(ドレッドゾンビ)なら兎も角として、動きもそれなりによく武器も持っているスケルトンウォーリアーが相手では、意外とやばい?


 そこに、後ろの方から背筋をゾクッとする音が遠くから聞こえた様な気がした。

 ……

 例え逃げたとしても、先程のT字路の反対側から現れた敵に遭遇し、最悪は挟撃される可能性まで出てきたという事か。



「ならば是非もなし。潔く、尋常に勝負するとしよう」



 血がたぎる。

 これまでの戦闘経験で得た感覚を頼りに、《欲望解放》の呪いを意図的に(ヽヽヽヽ)この身に呼び込む。


 自己催眠、開始。



「――我が一撃は、漆黒無想の刃なり。我が一閃は、修羅参千世界の業。我が一刀に、汝がすべては闇へと帰る」



 架空の身技……無想流の槍技、その身に受けてみよ。



「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああっ!!」



 先制は、当然の事ながら俺の放った一撃だった。

 目の前にいる敵が接近してくるより早く、俺の方から急接近し槍の間合いにいれる。

 と同時に、加速し速度を得た槍を思い切り突きだし、防御しようとした盾よりも早く敵の急所を貫いた。


 すぐに槍を引き、バックステップの要領で急停止させた身体を後ろに戻す。

 間合いを確保した所で、敵もすぐに反撃に打って出てくる。

 頭部を破壊しない限り倒した事にはならないので、どちらも未だ健在。

 しかし一撃を受けて右半身を失った右側の敵は、一歩後ろに後退してしまったために、左側の敵からやや遅れて迫ってくる形となった。

 時間差攻撃。



「だが、遅い!」



 《欲望解放》の呪い効果でなかば狂戦士(バーサーカー)モードになっている俺の反応速度は飛躍的にあがっている。

 眼前に敵が一体しかいないのであれば、もはや俺の敵ではない。

 レベルアップは腐っても伊達ではないのだ。


 刺突三連。

 目に見えない程の三連撃……などという不可能な攻撃ではなく、ただ単に出来る限り突いて戻してを繰り返しただけの拙い適当技。

 しかし、足銅頭と下から順に突いていった事で、最後の三撃目を防御し損ねた敵は、頭部を破壊され物言わぬ骸と成り果てた。


 そこに遅れてやってきた右半身を失った骸骨が、体当たりをかましてくる。

 武器を持っていた方の身体を失っていたため、もはやその様な攻撃手段しか持ち合わせていなかったので、その捨て身の攻撃は簡単に読む事が出来た。

 横に身体を素早く移動させて、ついでに片足を残しておく。

 足を引っ掛けられた敵は無様に転び、追い打ちの槍を後ろから頭部に受けて、そして消えていった。


 最後に、後ろからのこのことやってきた単体の敵を屠って、事なきを終える。

 戦闘モード、解除。

 気を落ち着けて、狂戦士モードを強制停止する様に働きかける。



「くくくく……血が足りぬ」



 無理だった。

 昂ぶった気が俺の意に反して暴走を開始する。

 獲物を求めて、俺の息子が火を吹き始める。

 ……。

 いや、そこは今関係ない。


 そんな俺の理性による突っ込みを無視して、本能が戦を求めて身体を動かし始める。

 身体と心が……一致していない。

 もしかして、これは《理性増幅》の呪いの効果による弊害なのだろうか?

 俺の理性に構わず、どこかの危ない人よろしく、俺は迷宮の中を闊歩していく。


 獲物を発見。

 相手が振り向く前に、後ろから頭蓋を叩き割って絶命させる。

 速い。

 いや、そういえばさっきの敵も俺の察知がやたらと遅かった気がする。

 生体感知が本当だとすると、まだ傷を負っていない事が相手方の感知を鈍らせているのかもしれないな。

 不運にもまた背後から奇襲された一体が、俺の凶刃に倒れていった。


 そのまま次々と敵を見つけては、俺の身体は奇襲を仕掛けて一撃ですべてをなぎ倒していく。

 ここは森の様に四方八方から襲われる心配がなく、また大抵が1体でいる事が多かったので、面白い様に効率的な狩りを行う事が出来た。

 案外、前来た時もわざわざ正面からぶつからず、傷を負っていない状態で奇襲を仕掛ければ簡単に仕留める事が出来たのかもしれない。

 闘い方に問題があったという事なのか。

 まったくもって、ままならない事だ。



「はーーっはっはっはっはっ!」



 倒すごとに、俺は強くなっていく。

 だが、倒すごとに気分は高揚し、いつまで経っても狂戦士モードが終了してくれない。

 それ以前に、俺の体力はもうそろそろ底をついてもいい筈なのだが、何故だか俺の身体は限界を超えて動いていた。


 森でもそうだった。

 夜の営みを楽しんでいた時もそうだった。

 時々、俺の身体は想像以上の体力をみせる時がある。

 呪いのどれかに、体力無尽蔵の隠し効果があるのだろうか?

 あるとしたら《欲望解放》の呪いあたりが一番疑わしい訳なのだが、さてどうなのだろう。


 いよいよ槍術のレベルが7へと至る。

 ただ流石に雑魚が相手なので、それほど早くにはレベルは上がらない。

 しかし自分のしている事ながら、外部から冷静に見ている限りでは、心なしか槍の扱いが上手くなっている事もみてとれた。

 ほとんど安定していない軌道のぶれが、徐々にだが小さくなっている。

 それにレベルが関係しているのかはわからないが、俺の身体は確かに槍の扱いをものにしつつある様だ。


 ……さて。

 そろそろ一刻ぐらいは時間が経った頃だろうか。

 俺の予想では、恐らくそろそろ飽きてきて身体の自由が戻ると思っている。

 レベル上げも最初の頃は単調な作業でも黙々と出来るわけなのだが、それは時間の経過とともに下がっていく集中力と熱意によってだんだん苦痛へと変わっていく。

 さしもの、ほとんど代わり映えしないスケルトンウォーリアーばかりでは効率も悪くなっているため、殺人衝動?なのかどうかは分からないが、その渇望もいつかは尽きてしまう。

 口数も減ってきた。

 やはり間違いないだろう。


 意を決して、俺は肉体の捜査を試みる。

 それは予想外に簡単に取り戻す事が出来た。



「ふぅ……」



 自分の身体の事なのだが、息を吐いて身体の高鳴りを沈めていく。

 槍を持っていた手から力を抜き、その先端を地面に落として重さを和らげる。

 五指がしっかり動く事を確認し、突然に襲ってきた疲れを癒すために片膝をつき、額から滴り落ちていく汗の玉を見る。


 無茶は、あまりするものではないな。

 今回は敵が弱かった事と同一種しか出てこなかったために救われたが、ここよりもっと下の階層となるとそうとは限らないだろう。

 運は、まだ残っていた様だ。


 ガシャッ……ガシャッ……。


 ――っと。

 身体を休める時間は、残念ながらあまりくれない様だ。

 迫ってくる敵の姿を確認するために、視線をあげる。



「――ん?」



 しかしそこで違和感を感じて、俺は思わず声をあげていた。



「広場……か?」



 そういえば、ほとんど最後の方は他人事の様にぼーっと眺めているだけだった事を思い出す。

 どうやら気がつかないうちに、俺の身体は少し開けた空間に出ていた様だった。


 ガシャッ……ガシャガシャッ……。


 何度も聞いた音がその空間に木霊している。

 心なしか、ガシャガシャと刻んでいるリズムが一瞬遅れて増えていた。

 嫌な予感がして、立ち上がる。


 ガシャガシャッ……ガシャガシャガシャガシャッ……。

 ガシャガシャガシャガシャッ……ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャッ……。



「!?」



 数が、数える事が出来なかった。

 白い骨の波が俺の視界を埋め尽くすほどに次々と押し寄せてくる。

 空間の先にぽっかりと空いた幾つもの分岐路。

 そのすべてから、一定の間隔をあけて次々と骸骨どもが姿を現していた。


 呆然として俺はその光景をただ見続ける。

 そういえば、前回ローと一緒にこの迷宮に入った時、ローはどうやってあの短時間で200体近くの敵を屠ったのだろうかという疑問が浮かんできた。

 俺が狂戦士モードとなって迷宮内を徘徊していた時でも、一刻もの時間をかけてまだ3桁の大台には少しばかり及んでいない。


 これが……目の前のこれが、答えなのか!?



「馬鹿な……」



 まるで俺を嘲笑うかの様に、スケルトンウォーリアー達が俺の周りを取り囲んでいく。

 何故か今まで通りの闇雲な特効はしてこずに、圧倒的な数という暴力を行使するために、俺の視界を白い骨だけで埋めていく。

 その中に、一体だけ見覚えのある異端の骸骨を俺は見つけた。


 ケタケタケタケタ。


 武器を持たない、体格の小さな骸骨。

 戦士の名を持たない流浪の骸骨(スケルトン)が、白い波の後ろの方でじっと俺の方を眺めている。

 合点がいった。

 あれは、『緑園(テーゼ)』の森でもいた、一体だけ異なる強さを持った特別な存在なのだと。

 森では戦闘力に特化したボス級の敵が現れたが、ここでは罠を張り巡らせて敵をおびき寄せ、味方を統率して袋叩きにして殺すタイプの敵がそうなのだろう。

 一刻前に倒した筈なのに今ここにいるという事は、時間沸き系か、それともこの空間に入る事がトリガーになっているのか。


 どちらにせよ、窮地に陥っている事は紛れもない事実。

 そうならない様に今日は慎重に迷宮の入り口付近でちまちまする予定だったのだが……保険のない所では博打をするべきではなかった。



「死の先からの誘いは、好い加減遠慮して欲しいんだがな。一日に二回の誘いは、多すぎないか?」



 随分と昔の様に感じているが、死竜の息吹で死にかけたのは今日の昼の事である。

 自身がわざわざその命の危険を招いている様な気がしないでもないが、連日死にかけるというのはまったくいい気がしない。

 実はこれが《死の宣告》の呪いの効果だという事はないのだろうか?



「カッ、カッ、レッ!」



 短く途切れ途切れに鋭く響いてきた連続するひび割れた音に、一瞬何事かと驚く。

 しかしそれが人の言葉であり、明確な意味を持った命令であった事に、俺は遅からず気がつかされる。

 部屋を埋め尽くす骨どもが、一斉に剣を振り上げ襲い掛かってきた。



「くそっ!」



 すぐに後ろへと向き直り、俺は駆け出す。

 その先にも敵の姿は無数にあったが、更にその先には俺が入ってきた通路がある。

 敵は、そこからは一体も入ってこなかった。

 故にその道こそが唯一の逃走路。


 疲れている身体に鞭をうち、槍の先端を右上から左下に向けて振り下ろす。

 通路の狭さでは出来なかった事が、この部屋の広さでは楽に可能だった。

 それに、大勢の敵を相手にするには、槍という武器は相性がいい。

 さすが戦場でも好んで使われる武器の筆頭候補。

 一薙ぎで、最前線にいた四体を身をほぼ同時に叩き壊す。

 体重のない脆い骨だけの存在だからこそ、非力な俺でも出来た芸当である。


 返す刃で更に道を切り開き、また刃を返して前方の敵を砕いていく。

 盾で受け止められようが、両腕で力一杯に振るわれる槍の重みに負けてそのまま吹き飛ばされるのが常だった。


 そのまま最後の人垣ならぬ骨垣を叩き崩し、通路へと逃げ込む。

 あと一瞬でも行動開始が遅ければ、後ろから追いついてきた敵の刃に背中を斬られていたかもしれない。

 だがまだ天運は俺の身にある。

 振り向くロスすら惜しんで、俺はがむしゃらに迷路の中を走り続ける。


 ……そう、迷路だ。

 決して忘れてはいない、理不尽なほどに入り組んだ巨大な迷宮。

 決して無視する事の出来ない幾つかの罠まで張り巡らされている、たかが第一階層。


 戻る事の出来ない一方通行の罠に、時間の経過で進む先が変わる罠、行きと戻りでは異なる道を通過させられる罠、何より恐ろしいのがまるで生きているかの様に動く事のある気まぐれに道を変える通路の罠。

 どれも直接命に関わる事のない悪戯めいた罠だったが、今この時においては吉と出るか凶と出るか分からない。

 特に一方通行の罠は、他の罠と組み合わさると、完全に袋小路の行き止まり空間を生み出してしまう可能性がある。


 進もうとしては行き止まり、戻ろうとしても一方通行で戻れない行き止まり。

 しかし敵はその一方通行の決まりに従って、次々と押し寄せてくる。

 それはほぼ積みの状態になる。

 狂戦士モードになっている時にマッピング作業をサボっていたツケも合わさって、俺はただ適当に道を選んで進むしかなかった。


 右に曲がり、左に曲がり、直進する。

 脇道の見えない行き止まりが視界に入ると同時に踵をかえし元来た道へ。

 戻った通路の先に追いついてきた白い影が見える。

 足が遅いとはいえ、向こうには無限の体力があると考えるべきだろう。

 最初は全速力で走っていた。

 しかし途中で体力温存のために急ぎ足に変えたのだが、もう追いついてきたか。


 左に曲がり、今度は行き止まりでなかった事に心の中で安堵する。

 それも束の間、今通ったばかりの背後で何かが飛んでいく音を耳が拾った。

 遅れて何か金属質の物体が床に激突する音が鳴り響いてくる。

 何事かと振り向くと、ヒュンヒュンと剣や盾が何個か飛んでいた。


 何が起こったのかを理解して、俺は戦慄する。

 スケルトンは、スケルトンウォーリアー達の行動パターンすら変えてしまうのか!

 これで俺は、時折背後を見なければならない時間的ロスと突然の死の恐怖を念頭に逃走し続けなければならなくなった。

 それは逃走速度にも影響するという事になる。


 ふと気になって、俺は今来た通路の方を少し眺めた。

 すると、ガシャガシャと音を鳴らせながら現れた最初の敵数体が、通路をこちらに曲がらず行き過ぎていく。

 その手には何も持っていない。

 どうやら今投げたばかりの剣と盾を取りにいく様だ。

 代わりに、少し遅れて別の敵達が通路をこちらに曲がってくる。

 うまく逃げ続ければ手ぶらの敵ばかりになるというちょっとした淡い目論見は露と消えた。

 残念だ。


 などと詰まらぬ感慨にふけっている場合ではない。

 すぐに次の通路を曲がり、背後からの脅威からこの身を隠す。


 どれほどの時間、逃げ続けたのだろうか。

 俺の運がいいのか、それともそれがスケルトンの策略によるものなのか。

 とっくに尽きてもいい筈の俺の体力は未だに底が見える事はないし、敵の姿が背後から消える事もなかった。

 前からの敵は容赦なく槍をふるい片付けつつ、戦わなくてもよさそうな敵は無視して通り過ぎる。

 行き止まりにぶち当たる事もしばしば、一度ならず何度も戻った通路で多少の小競り合いをしたものだが、何とか俺はまだ生き延びていた。


 しかし、いつまでたっても入り口のある部屋にも、2階層への階段も見えてこない。

 マッピング作業をしている暇もないので、もしかしたらずっと同じ場所をぐるぐる回っているのかもしれないという懸念もぬぐいきれていない。

 それでも俺はただひたすらに逃げ続けるしかなかった。


 そしてまた暫く時間が経った。



「ようやく……ようやく、か……」



 見覚えのある壁の傷を瞳に認めて、俺の心が少し軽くなる。

 それは以前にこの迷宮へ入った際につけておいた傷。

 初めて迷宮に入るのだからと、はぐれてしまった場合の事を考えて保険として俺がつけた目印だった。


 都合3回目となる迷宮操作の間に、その傷を見た回数はこれで6回目。

 最初に傷つけた時と、その帰り。

 また迷宮に潜った時の行きと、その帰り。

 そして今回迷宮に潜った時に見た一回と、そして今。


 ここからの道ならば、俺はまだ覚えていた。

 一気に速度をあげて、ラストスパートを俺はかける。

 そして遂に、俺はこの迷宮の入り口でもある少し開けた部屋に辿り着いたのだった。


 その部屋を通り過ぎれは、そこには教会と迷宮を隔てる門がある。

 そこが本当の入り口。

 入り口の門を越えれば必ず境界の者が交代で二人待機しており、俺の命は助かる。

 第一階層程度の敵の強さであれば、門を閉じれば決して出てこれないだろう。


 部屋を突っ切り、俺はその門を全速力で目指す。

 後ろから聞こえていた骸骨どもの全身を鳴らす骨の音も、徐々に小さくなっていく。

 もう、大丈夫だ。


 ――そう、思った瞬間。


 目の前に、閉じられた(ヽヽヽヽヽ)重厚な門が現れた。



「……なにっ?」



 急減速が間に合わず、俺の身がその固そうな門へとぶちあたる。

 しかし門は微動だにせず、ただ俺の身を弾き返した。


 尻餅をつき、俺は呆然とする。



「門を開けてくれ!」



 だがすぐに思い直して、俺は声を張り上げてその門の先にいるだろう少女達に向けてそれをお願いする。

 しかし暫く経っても、門が開くどころか返ってくる声すらなかった。



「おい! 誰かいないのか?」



 だがやはり誰の声も返ってこない。

 耳を門に当てて向こう側の音を拾おうとしてみるが、地面を伝って聞こえてくる骨達の行進音しか聞こえてこなかった。


 そこで俺ははたと思い出した。

 三日前に抱いたイリアは、俺に何と言っていたか。



『夜間の入場は、禁止となっています。なぜなら……』



 目の前にいる少女の可愛さにそれなりに意識を奪われていたため、俺はおおよその事を理解したつもりになってあまり深く考えない様にしていた。

 しかし。



『なぜなら、夜間は迷宮が活発になる時間だからです。例え上の階層といえど、決して油断できない状態となるため、入場も退場も(ヽヽヽ)お断りさせて頂いています』



 忘れていた。

 これは、俺のミスだ。

 そしてまた俺は自身の愚かさの一つを思い出す。



『迷宮に入りたい。案内して貰えるか?』

『えっ? い、今からですか……?』



 迷宮に入る前に、俺はそれを予見させる言葉を聞いていた。

 彼女は、恐らく俺が夜間はとても危険である事を理解していて、それでも迷宮に潜ろうとしていたのだと勘違いしたのだろう。

 もしくは、門が閉まる前に戻ってくるものだと考えていた。


 俺は、馬鹿か……。

 門を背に座り込んで、俺は自分の愚かさを呪う。

 だが、現実は待ってくれなかった。


 ケタケタケタケタッ。


 通路の先にある部屋をスケルトンウォーリアーで埋め尽くし終えたスケルトンが、部屋の奥の方で一人異なった笑みをあげる。

 夜はまだ始まったばかり。

 これから更にこの迷宮はやばい状況へとなっていくという。


 本当に……真に、絶体絶命の窮地の中で、俺は力なく笑う事しか出来なかった。

2014.02.12校正

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