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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第弐章
24/115

第23話 迷宮 第0層

 目が覚めた時、俺は胸がとても苦しい事に気が付いた。

 何故、猫が俺の胸の上に。

 とりあえず、もふもふした毛並みを楽しんだ後、起こしてしまわない様にゆっくりとその猫を持ち上げた。


 ニャー。


 無理だった。

 四つ足で器用に俺の身体の上に立ち上がった猫が、起こしてしまった事に機嫌が悪くなったのか、盛大に俺の頬の上を踏んづけて俺から降りる。

 痛い。

 猫はそのまま俺の顔の横に移動した後、丸くなってまた眠り始める。

 もう一度、その頭を撫でてから、俺は上半身を起こした。

 そして、もう一つ気が付く。


 裸の少女が俺の身体に抱き着いていた。


 さて、考えるとしよう。

 何をだ?

 寝る前は何をしていたのかを思い出す。

 何もしていなかった事を思い出す。

 昨日の夜の様な、自らの意思でいけない事をしていた記憶は見つからなかった。


 気が付いたら、リーブラが裸で俺に抱き着いていた。

 下着の一枚だけは着たままなので、そこがまた煽情的な姿となって俺の瞳に映っている。



「ん……」



 その時、リーブラの瞳が僅かに開いた。

 少しドキリとして俺は驚く。

 だが今回に限り、まだ俺は何もやましい事はしていないため、動揺する迄には至らない。



「――おはよう」

「ん」



 俺の目覚めの挨拶に、リーブラはたった一文字だけの挨拶を返して、また瞳を閉じる。

 その手はまだ俺の身体に回されている。

 どうするべきか俺は迷う。

 幾つか思い浮かんだ選択肢の内、俺が選んだのは……。



「ちょっと夜の散歩に出掛けてくる」



 丁寧にリーブラの小さな手を引き離して、俺は身支度を整えて部屋を出た。

 部屋を出る前に何度か話し掛けてみたのだが、結果としてあの一文字以外の言葉は返ってこなかったので、リーブラはそのままにしておく事に決める。


 何故、彼女が俺の部屋で、一緒の寝台の上で寝ていたのかは謎のままだが、それはまた帰ってきてからにするとしよう。



「あ、ハーモニーさん」



 部屋を出てすぐに見覚えのある少女に出会った。

 耳が少し尖っている、可愛らしい少女。

 名前を忘れたので、ステータスを確認して彼女の名前を思い出す。

 ウィチアだ。

 人の名前に限って物覚えの悪い俺の頭にとって、このステータス閲覧の特技はとても重宝する。

 特技名は、鑑定。

 繰り返し使っていた結果、既にレベル4。

 そろそろ新しい追加効果でも発動して欲しい所だが、それは次にレベルアップしてからのお楽しみとして、少しだけ期待感を持たせておく。



「これからお食事ですか?」



 ウィチアが気軽に俺へと話し掛けてきてくれる。

 無骨者で寡黙で人見知りの激しい俺としては、結構つきあいやすい少女だった。



「――いや。これから森に行こうと思っている。適当に何か摘みながらを考えてるんだが、用意出来るか?」

「はい、大丈夫です。日持ちしなくても良ければ、それなりに融通する事も出来ますが、どうしますか?」



 ちょっと考える。

 森の中は自然の迷宮なので、下手をすればすぐに迷子になって数日彷徨う可能性がある。

 美味しく食べられる物であれば何でも良いのだが、恐らくウィチアはそういう物を用意した場合は日持ちしない、もしくは追加料金が発生するという事をそれとなく示唆しているのだろう。

 ここは経済的な面も考えて、心を鬼にしておくとしよう。



「すぐに帰ってくるつもりだが、念の為、三食分を用意してもらえると助かる」

「はい、分かりました。すぐに御用意致しますので、下で少しお待ち下さい」

「頼む」



 向かう方向は同じなので、二人一緒になって隣にある食事所に向かう。

 まだ夕刻に夜の帳が姿を見せ始めた頃なので、店の中に客はいなかった。

 一番厨房に近いテーブルに座って、目的の物が出来上がるのを待つ。

 途中、黒髪の少女が飲み物を運んできたが、俺が手を付ける前に転んで床にぶちまけてしまったので、渇いた喉を潤す事は結局出来なかった。

 この前の一件はたまたまだと思ったが、どうやらこれは日常茶飯事らしい。

 ステータスで彼女の名前をちらっと確認して、心の中にその名を留めておく。



「し、シイナ。下着が見えてますよ!」

「え? あ……きゃあ!」



 何とも微笑ましい光景だった。



「お見苦しい所を見せてしまい、申し訳ありません」

「……」

「こちらが三食分の携帯食になります。主にパンですが。一つだけ色の変わった包みに入っている物はすぐに食べて下さい」

「了解した。ありがとう」



 受け取る際に互いの手が触れ合ったのは御愛嬌。

 ――では無く、ウィチアの方から俺の手に触れてきた。

 これも男の興味を惹く為の罠だと思いさえしなければとても幸せな事なのだろうが、いかんせん教会の裏を知った後では素直に喜べない。



「お仕事、頑張って下さいね」



 手を握られたまま言われたその言葉に続いて、二人揃って「いってらっしゃいませ」の見送りがあった事に少しだけ感激しつつ、俺は店を出た。


 次に向かうのは、万屋(よろずや)

 昨日シルミーに買ってもらった鋼鉄の剣とダガーを売りに向かう。

 ダガーは刃こぼれが酷すぎる為に、ほとんど捨て値で売り払った。

 鋼鉄の剣はまだまだ第一線で使えそうだったが、今の俺には向いてない事と、別の武器を試してみるために売却する。

 予想通り、それなりの値段で買い取ってもらえた事に一安心。

 朝方に迷宮へ潜る前に貰ったお金と合わせて、これで手持ちの資金は銀貨7枚と銅貨33枚になった。


 通貨のシステムを考えるととても頭が痛くなる様な世界観の筈なのだが、幸いにしてこのミネルヴァ貨幣に関して言えば、その問題はとりあえず棚上げしていても問題無い事を確認済みである。

 驚く程に単純な価値の基準。

 100枚集めれば、一つ上の貨幣に交換出来る。

 つまり銅貨100枚で銀貨1枚の価値を持つ。

 その様な理屈であれば、俺の所持金は733円と簡単に計算する事が出来た。


 ――いや、円で考えるのは何だか物凄く悲しい気分になるので、やめる事としよう。

 残念ながら、この世界には金額の後ろに独特の単位を付ける風習は無いようなので、俺は適当に使いやすそうな単位を選び、心の中でだけそっと継ぎ足す事にした。


 兎に角、多少は買い物が出来るだけの資金が出来た事を、今は喜ぶとしよう。


 このお金でまず買ったのは、ダガー。

 これは懐に忍ばせておいて、もしもの場合や日常生活で使う時用にである。

 間違っても頻繁に盾の代わりとして使わない様にと店員に注意された。

 先に売り払ったダガーの成れの果てを見て、何か感付かれた模様。


 次に買ったのは、槍。

 木製の安い槍もあったのだが、すぐに折れて意味をなさなくなりそうだったので、少し重いがそれなりに丈夫そうな鉄の槍を買った。

 銀貨で5枚もしたのだが、それ以上の働きをしてくれる事を祈る。

 というか、銀貨5枚以上の働きをしてくれないととても困る。

 また素手で闘う羽目になるのだけは願い下げだ。


 ちなみに装備したら、戦士Lv1と両手槍術Lv1が増えていた。

 どうやら槍士という職業は聞き慣れない通り、存在しない様である。

 両手槍術と表記されていた事から片手槍術も恐らくあるのだろうが、流石にこの重さの槍を俺は片手で振るう事は出来そうにないので、現段階では憶える事が出来ない様だった。


 さて、他に必要な物といえば何だろうか。

 考えるが思い浮かばない。

 そういう知識が出てこないという事は、記憶を失う前の俺は、そういう事はしていなかったという事だろう。

 まぁ、別に思いつかないのならば、それでも良い。

 食べる物と、闘う為の武器さえあればなんとでもなる。


 意気揚々と、俺はそのまま森へと向かっていった。








 村を出て、ひたすらに同じ方角へと向かう。

 道中、ダガーで木に目印を付けながら、小一時間。

 こうして一人で夜の森の中を歩いていると、とても気持ちが落ち着いてくる。

 この数日間、ほぼ誰かと共に行動していたため、あまり心が安まる時が無かった。


 元来、俺は一匹狼を好む性格をしているのかもしれない。

 周りにいる者に一切気遣う必要の無い孤独が、俺の本来あるべき姿なのか。

 何とも寂しい心境……などとは俺は全く思わない。

 触れ合おうと思えばいつでも触れ合う事が出来るからこその、一人。

 外界を完全にシャットアウトしている訳でも無く、外界からシャットアウトされている訳でも無く。

 集団の中にあっても個人である事を選択した、その結果。


 のんびり気分で、鼻歌交じりに俺は森の中を気ままに進んでいく。


 そろそろ夜の世界が訪れる頃。

 夜の森には、魔物がすんでいる。

 夜の『緑園(テーゼ)』の森には、不死魔者(ふしましゃ)がどこからともなく現れる。

 それは村から離れれば離れるほど遭遇する確率が上がり、教会に近付けば近付くほど危険になっていく。

 もう現れても良い頃だろう。

 俺は歩みを止めて、周囲をゆっくりと観察し始める。


 木が、どこまでも生い茂っている。

 葉音と風音だけが聞こえてくる、とても静かな孤独の領域。

 半径一時間以内の距離には、恐らく俺以外は誰もいない。

 何かが起こっても助けを求める事が出来ない危険な地へと、俺は足を踏み入れていた。


 まだ、少し時間が早いのか。

 暫く待っても、目的の相手は姿を表すような事は無かった。


 仕方無いので、少し暇潰しがてら罠を作ってみる。

 草の根を輪っかにしてみたり。

 蔓で木の枝を引っ張り他の木にくくりつけてみたり。

 槍で穴を掘ってみたりと。

 適当に思いつく限りの方法をためすがめつ野外工作していく。


 一息ついた所でお腹が空いたので、小休憩。

 さっき食べたばかりなのだが、量が少なかった為にまだ俺のお腹が満足していなかった。

 それもそのはず、よくよく思い出してみれば昨日の昼から何も食べていない。

 二つある包みの内、片方を開けて中身を見る。

 パンと、よく分からない肉らしき塊、そして野菜とチーズ。

 チーズは臭いを嗅いだだけで吐きそうになったので、すぐに投げ捨てた。

 好き嫌い等というのはあまりしたく無いのだが、この俺の鼻が、食べると危険!と訴えてきたのだから仕方が無い。

 勿論、別に毒が盛られている等とは微塵にも思っていない。

 他の食べ物は何ら躊躇する事無く、俺は腹の中へと収めていった。


 食べ終わった後、食事を包んでいた包みをポイッと投げ捨て……る訳にもいかず、腰袋の中へと入れる。

 これも万屋で買った物である。

 ウィチアに携帯食料をもらったのは良いのだが、流石にずっと手に持ったままでは邪魔で仕方が無い事に気が付いたので、店員に相談したら親切丁寧な態度でこれを売りつけてきた。

 そんな所で商売熱心になっても、儲けなどほとんど無いに等しいと思うんだがな。

 ちなみに、この腰袋には俺の全財産も入っているので、落としたり盗まれたりしない様に結構気を遣っている。

 もう少し懐に余裕が出来たらもっと良い物を買おう、と心のメモに書き足しておく。


 一息を入れてから、更に暫く時間が経った頃、ようやく一体の死体が目に入った。

 体長は俺と同じぐらいの、片眼を喪失している元は人だった存在。

 少し前にお世話になったばかりの懐かしき敵、D級不死眷属魔者、彷徨う腐死者(ドレッドゾンビ)

 ステータスを確認すると、レベル22と出てきた。

 相も変わらず個体によってその数値は随分と異なっている。

 にも関わらず、個体ごとの強さはほとんど似通っているので、その数値はやはり今回も全く参考にはならないだろう。


 俺は槍を構えて、もう少しだけ観察を続ける。

 予想通り、奥からゾロゾロと別の個体が姿を表してきた。

 その一体一体のレベルを全て確認しながら、同時にその容姿も確認していく。

 見た目は全てバラバラ、レベルもバラバラ、しかしそこに何か法則性が無いかどうかを検討する。

 結論から言って、強そうに見える者ほど高レベルという様な分かりやすい法則性は残念ながら無かった。


 となれば、今度は俺のレベル上げとの関連性を調べるとしようか。

 目前の一体に狙いを定めて、もう一度レベル差を確認する。

 その差、21。

 ゆっくりと息を吐いた後、大きく息を吸い槍をかざして駆ける。

 間合いを四歩ほど詰め、右足で踏み切り跳躍。

 両手で力一杯に槍を振るい、一刀のもとに老人(ヽヽ)の顔を斜めにバッサリと斬り裂いた。


 ドレッドゾンビの身体が、急に糸が切れた様に倒れていく。

 一撃による必殺。

 そのままドレッドゾンビはどす黒い霧へと代わり、掻き消えていった。



「――我が一撃に、滅せよ(カルマ)



 誰もいないので、気兼ねなく俺は適当な決め台詞を呟いた。

 うむ、少し心が高ぶる様な気がする。

 これは……良いな。


 と、自分の世界に浸っている場合では無かったな。

 すぐに自身のステータスを確認し、現実がどちらに転ぶのかを確認する。



「変化無しか」



 その可能性もある事を理解していたので、あまりガッカリする事は無かった。

 この一回で断定出来る訳では無いが、相手とのレベル差による経験値の増減は、恐らく無しだろう。

 まぁ、この辺りの事は既にローやシルミーのレベルが迷宮に入っている時に全く上がっていなかった事から予測していた。


 ならば、次の実験。

 囲まれつつある状況にも関わらず、俺の口元には笑みが零れ落ちていた。


 思考を戦闘モードへと切り替え、脳内に戦闘音楽を流し始める。

 選曲はアップテンポのハードビート系戦闘BGM。

 数を狩るにはこういう曲が良い。



「――さぁ、始めようか。これよりは斬殺の宴。無に帰すがいい」



 出だしのイントロで気分を高揚させつつ、標的を選定し槍を構える。

 もともと戦闘能力が皆無に等しい敵である事は、先日の実戦とガルゴルの証言から既に確認が取れており、そして先程の初勝利(ヽヽヽ)でそれが確実なものになった。

 故に、後は己の勇気を絞り出すのみ。



「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ! はぁっ!!」



 っと、ガラにも無く精一杯に掛け声を出してしまったものだ、と後になって気が付いた時には、既に鉄の槍を振り切った後だった。

 だが高ぶったこの気持ちは、そんな事ではもう止まらない。

 後押しする脳内BGMもあってか、身体が勝手に次の標的目掛けて躊躇無く動く。


 右に疾走し、斜めに斬り上げて、また顔面を切断する。

 人の顔が二つに分かれ片方がずれ落ちていくという醜悪な映像を目に収めた後、今度は左に向かい、脳天から股先へと一気に斬り下ろす。

 地面に槍がぶつかり止まった所で槍を手前に引き、一刀両断したばかりの敵のすぐ左にいた一体へと向けて槍を突き刺した。

 口から鋭い異物を喰らう羽目になった人もどきは、背後に突き抜けた槍に串刺しされたまま黒い煙と化して消滅する。

 少女の外見をしていた事に少し気が萎えそうだったが、心を出来る限り無にして次の標的へと向かう。

 そのまま追加で5体ほど殺害した所で、俺は身体を一度休める為に、槍の先端を地面に預けて息を吐いた。


 これで合計十体。

 倒したレベルを合わせると319にも及ぶ訳だが、対して俺の気持ちはもっと冷徹に現実を見ていた。

 最下級のモンスターである経験値1のスライムを十体倒したに過ぎないのでは、という疑念。

 その予想は、ステータスを確認した時に確定する事となった。



「戦士がレベル2になっただけか……」



 何体目でレベルが上がったのかは分からなかったが、これだけレベル差のある敵を10体も倒した成果がたったそれだけの事に、どう思うべきが俺は迷ってしまった。

 むしろ、それなりに楽に倒す事の出来る敵で、分かりやすい結果が出てきた事を俺は喜ぶべきなのだろうかとも思ってしまう。


 意識を現実へと引き戻しつつ、次の検証項目をざっと思案する。

 手持ちの武器は二つ。

 それと今できる事と言えば、素手での格闘術と、石でも拾って投げつけるという投擲術。

 その4つの選択肢の一つ、鉄の槍での戦闘行為は予想以上の結果をもたらしてくれた。

 相手が雑魚とはいえ、安全距離を確保したまま攻撃出来るというのは、精神的にも結構気楽になれる。

 ならば遠距離攻撃である投擲も気持ちの上では楽なのだが、そこには問題もあるため検証するには少し躊躇われた。

 何しろ、石コロを投げた程度では、敵を倒すには圧倒的に攻撃力が足りなさすぎる。


 結局、ほとんど考える必要も無く、次に選んだのはダガーによる近接戦闘だった。



()天麗(てんれい)にして天踊(てんよう)(まこと)なる永久(とこしえ)に、(うつ)ろい()(そーま)



 曲を別のものへと変え、再び疾走する。

 利き腕の右手で逆手に持ったダガーの柄頭に左手を当てて、忍風に敵の横を駆け抜けて一閃。

 ――という程には全く格好良くはいかなかったが、振るった右腕からは確かな手応えを感じ取る事が出来た。

 しかし、浅い。

 流石に攻撃力では鉄の槍よりも劣る為、その一撃で敵を(おふ)る事は出来なかった。

 頬から口半分まで斬り裂かれたドレッドゾンビLv39が、ふらふらと大きく揺れながら後ろに駆け抜けた俺の方へと向き直る。


 無視して、別の一体へと俺は再び凶刃を振るった。

 でっぷりとした体格の長身男性の二の腕を斬り飛ばし、返す刃で眼をえぐる。

 そのまま横に引き裂き、頭内部の脆くなった頭蓋骨を断つ感触とグチャリとした脳漿(のうしょう)の感触を感じつつ、途中で左手を添えて力を継ぎ足した後、最後には横一文字に突き破った。

 ついでに残った太い身体を斜めに斬り開いて、三連続の斬撃技を終える。

 それは又という字を一筆書きにした軌跡を描いていた。



「……技の名は、無い。ただ、汝が死すのみ」



 その感傷に浸る間も無く、近くまで近付いてきた敵の気配を察知して横っ飛びに回避行動を取る。

 着地と同時に加速。

 今度はZの文字を一筆書きに描いて技を終える。

 技名を、最後の(ファイナル)文字(レター)と言ったか。

 果たして短剣で繰り出す技なのかは疑わしいものだが、相手が雑魚なので練習するには丁度良い。


 などと悠長に遊んでいたら、体力が随分と減っていた。

 ステータスを確認しても、HPが一桁をきっているぐらいに消耗している。

 このHPというステータスだが、肉体的な疲労にも影響を受けてしまう結構やばい代物だと気が付いたのは、昨日放浪の骸骨戦士スケルトンウォーリアーと殺り合っている時である。

 こまめにステータスを確認していたら、こちらは全く被弾していないにも関わらず疲労を自覚するごとにガスガスと減っていくHPに、少し戦慄した。

 この事から、MPも精神的な疲労によってダメージを受けるだろうという推測を俺は立てている。

 ちなみに、MPはまだ1だけしか減っていない。

 一体何が理由で減っているのかはまだ分かっていない訳だが。


 気を取り直して、敵との間合いを確認しつつ体力を少し回復させていく。

 但しHPの数値は参考にしない。

 視覚的な数値に頼りすぎていると、まったく望んでいない結果がそこにあるだけで期待との落差に気持ちが落ち込んでしまい、MPの減少を促してしまう可能性がある為である。

 まだステータスを確認するのには慣れきっていないため、すぐにそちらへの集中をきって目の前にある闘いに集中する。


 先程の同じ様に合計十匹を屠った所で、俺は手を止めた。

 比較的、刃を突き立てても気持ち的に楽な容姿を選んでいたのだが、死体とはいえやはり人の姿をした者達。

 都合、二十体もの殺人もどきを行った時には、体力だけでなく精神の方にも結構な疲労を感じていた。


 だがそれも、少しだけ喜ばしき結果が確認された事に、心に余裕が生まれる。

 剣士の職業だけでなく、短剣術の特技もレベルが2になっていた。



「フンッ。ようやく、目に見える結果が出たか」



 俄然、やる気が出てきた。

 少し時間が掛かったが、反復によりレベルが上昇するという事が確認されただけで、達成感が込み上げてくる。


 ふとそこで、俺は閃いた。

 以前、此処でドレッドゾンビと闘った時に感じていた、違和感。

 脚撃という特技。

 同じく、シルミーに剣を買ってもらった時にも感じた違和感。

 まだ憶えていない特技、拳撃もしくはそれに似た名前の何か。

 その二つの特技の取得条件において検討を行った際に考えたのは、敵に特定の攻撃を行う事で憶える事が出来るものがあるのではないかというものだった。


 すっかり忘れていたが、試す必要がある。



「ぅう……うぅ……」



 ――が、あんな腐った死体を素手で殴りたくはない。

 故に俺は、少し離れた場所に地面へと刺して置き去りにしていた鉄の槍を拾い、それを逆様に(ヽヽヽ)持ち変えた。



()かば(やり)(はら)わば薙刀(なぎなた)()たば太刀(たち)(じょう)はかくにも()りにけり」



 思い浮かんだ言葉を口に出して確認する。

 何かちょっと言葉尻などが違う様な気もしたが、問題はそこにはない。


 刃のついた部分を使うのであれば、鉄の槍は、槍として機能するだろう。

 流石に力量が足りないので薙刀や太刀としては扱えない。

 が、もし刃のついていない反対の部分でこの武器を振るい、棍として扱ったのならばどうなるのか。


 握る手に力を込め、渾身の一撃を放つ為に力をためる。

 初動は流れる様に、動きはただ一点を目指し、加える力に少しばかりの回転を含め、全身全霊を以てして人の頭をどつく。



「む……」



 耳に響く物凄い轟音と共に吹き飛んでしまった(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)少年の頭に、俺はちょっとだけ罪悪感を感じた。

 まだ子供だった事が原因なのか、それとも腐って脆くなっていた事が原因なのか。

 それともそもそもその程度の防御力しか持ち合わせていないのがドレッドゾンビなのか。

 予想外の結果を前にして、俺は一瞬だけステータスを確認するのを忘れて、棍を突いたままの体勢で固まっていた。


 しかしすぐに周りにいる敵の存在を思い出し、棍を引いて距離を取る。

 そして結果を確認した俺は、自然を口元に笑みを浮かべた。



「なるほど……なるほど……」



 ようやく片鱗が見えてきたシステムに、俺の心がどんどん高ぶり始める。

 あまりそれが過ぎると、それがどういう事に繋がるかもある程度理解した上で、俺は高ぶる心にほとんど一切の制動を掛けない。


 あくまで、これは実験だ。

 そう自身に言い聞かせて説得した後、俺は無造作にダガーを投げつけた。


 動きの遅さから、先制はほぼ間違いなく俺からの攻撃によって始まる。

 目元へと突き刺さったダガーに頭のバランスを崩した白目の女性が、後ろに倒れそうで倒れない絶妙なバランス感覚を見せて、上体を起こす。

 そのタイミングを見計らい、ダガーの柄頭に追撃の掌打を撃ち込み、女性の頭部を破砕。

 突き抜けたダガーを回収し懐に収めた後、先程ダガーを投げた後すぐに鉄の槍を投げて串刺しにしていた村人風の中年男へと向けて走る。

 腹部を木に縫い付けられて身動きのとれない敵から槍を引っ張って回収し、今度は頭を突き刺す。

 ずぶりという感触。

 絶命と同時に黒霧と化し消滅した所で槍を横へと振り払い、その切っ先が触れる寸前で片手を離す。

 既に十分な加速を得ていた刃が老婆の顔を上と下とに分断。

 そのまま勢いのついた槍に身体が引っ張られていくのを利用して方向転換する。

 身体を支点に回転する槍が地面の土をズザザザッといってから止まった後、一呼吸し次の目標を探す。


 敵には全く事欠かないので、それはすぐに見つかった。

 打つ、突く、払うの無双三段もどきを試した後、今度は柄頭で四連突もどき。

 頭部を攻撃しなければあまり意味が無いのだが、既に俺の頭にはそんな事はどうでもいいといった思考に満たされていたので、全く構わず地味技の足払いを嬉々として放った。

 続いて、確実に使用不可能技である乱れ雪月花をダガーで物真似する。

 踵を返し、地に突き刺していた槍へと目掛けて疾走。

 その勢いのまま、地ずり斬月を試すが、槍が地面より動かなかったため急遽断念。

 仕方無く、下から斬り上げてターゲットにしていた敵の身体を一刀両断した。


 呼吸を整え、再びダガーを取り出して左手で握る。

 右手で持った鉄の槍の先端は力が足りず地面に着いたままだったが、構わず身体全身を捻るようにしてその鉄の槍を力任せに振り上げた。

 タイミングが悪く、その一撃は胴を薄く斬り裂いただけだったが、しかしこれはこれで良い。

 そのまま槍が進もうとする力に逆らわず、一回転して遠心力を加えた後、もう一度敵の身を斬る。

 X字に傷付けられた死体が、その深い傷に怯む事無く腕を振り下ろしてくる。

 その腕をダガーで防御した所、ダガーの刃に吸い込まれていった敵の腕は、その結果、手首を失った。

 それですら気にせず更なる攻撃を繰り出してきた敵に、俺は右手と左手の武器を交換し、聞き手の武器で敵の頭を突き、殺す。

 但し、姿が掻き消える直前で俺は蹴りを放って追加ダメージを与えておく。


 その後も、気力が続く限り、俺は猛威を振るい続けた。

 いったいどういう訳なのか、絶対に限界以上の体力を使っているにも関わらず、俺の体力はなかなか尽きてくれない。

 途中何度もほぼ一瞬の簡易休憩を入れているとはいえ、俺の中のいったいどこにそれだけの体力が眠っているのか、それを酷使している俺自身が全く理解出来なかった。


 既に数える事も止め、狂戦士の如く、修羅の如く、無限に現れ続ける不死者達に、兇刃が襲い掛かり続ける。

 流石に数の暴力で攻められている為、攻撃を躱しきれずにダメージを負う事もしばしば。

 大した威力は無いため大事には至っていないが、腐った身で触れられるたびに、心なしか精神的な嫌悪感(ダメージ)が蓄積していく。


 その積み重ねが、致命的だったのだろう。



「!?」



 突如、左半身を横殴りに襲ってきた衝撃に、俺の身体が折れ曲がり、吹き飛ばされる。

 いったい何が己の身に起こったのか分からないまま、悲鳴を上げる事すらも忘れ、ただただ視界がぐるっと反転しているという異常な景色だけを俺は見ていた。



「ぐぁっ!」



 そのまま背中から何かにぶつかり、海老ぞりに、またもや身体があらぬ方向に折れ曲がった所で、急激な痛みに俺の喉から苦鳴が発せられる。

 更に重力に引かれて大地に落ち、そこにあった突起物に左腕が追加ダメージを受けたのだと理解した時。

 俺はそれをした元凶の姿を視界に入れた。


 それは巨大な肉塊。

 常人の身の丈2倍近くの身長と、見るからに分かりやすい筋肉質の肉体を持ち合わせた人の種とは明らかに異なる、人外のモンスター。

 凶暴な容姿を持った巨大な鬼が、そこにはあった。



「オーガ……? それも、不死者の、か……」



 但しその肉体は、周りにいる不死者達と同様に腐って変色していた。

 その太い腕で殴られたのだろう、一撃を受けた身体の部分にねちゃっとした何かが付着している事を、触れた腕が確認する。

 途端、吐き気が込み上げてきた。


 血の色が混じった胃の内容物が、俺の口から半強制的に吐き出される。

 ついでに残っていた体力も大幅に奪われ、視界が僅かに涙で濡れる。



「やばい、か……」



 折角、《欲望解放》の呪いを利用して(ヽヽヽヽ)狂戦士化していたというのに、一気に気分(テンション)が下がっていた。

 普段は《欲望半減》《欲望減衰》《理性増幅》の呪いの相生効果で抑え付けられているものの、あまりに強い思いは易々とその壁を打ち破り、自制が効かなくなる。

 今回はそれを試験的に利用し、死に対する恐怖心を消し飛ばして自身の戦闘姿勢を攻撃型に特化させた訳なのだが、ここにきてそれが裏目に出てしまった様だった。


 この状況は、一応想定してはいた。

 敵を倒していればいつかはボス級の敵が現れる可能性、もしくは確率ランダムで出現する変異種のポップ。

 そのどちらであるかは分からないが、明らかにその鬼の不死者は他の敵と比べて、その存在感もさることながら、圧倒的な強さを持っている事は間違いないだろう。

 少なくとも、巨体というその体格だけで攻撃力は数段階上に部類する。

 不意打ちとはいえ、その威力を身を以て体験したからこその強者だった。


 冷静に、現状を確認する。


 殴り飛ばされた影響で、身体には深いダメージ。

 機敏に動く事はまず出来ない。

 HPは5を下回り、MPも残り2。

 だけでなく、武器は取り落としてしまっているので丸腰という最悪な状況。


 逃げるという選択肢以外に選ぶべきもの等無いというのが一考するだけで分かった。

 武器を失うのは痛いが、命には代えられない。


 結論を出すと同時にざっと見渡し活路を確認する。

 ――絶望的だった。

 どれだけの時間を戦闘に費やし、どれだけの数を屠ってきたのかは分からない。

 しかし目の前にある現実は、およそ逃げるなど不可能という数の敵によって、四方八方全方位を広範囲に渡って完全に囲まれているといったものだった。

 目にしただけでも蠢く死体の数は30はくだらない。


 これを突破するのは……。

2014.02.12校正

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