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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第弐章
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第22話 この世界の主

★第一章あらすじ★


ハーモニーが目覚めた時、そこは宿屋の一室だった。自身の置かれている状況にまるで納得していないものの、とりあえず猫娘シルミーに言われるまま、森の中へとハーモニーは赴く。


人生初の戦闘を経験するも、ハーモニーは己の能力が予想通り低い事を確認する。しかし生きていく為には幾つもの理不尽な困難を乗り越えていかなければならないのも事実。少年フェイトの命を助けた恩返しを遠慮無く受け取りつつ、ハーモニーは流されるままに彼等と共に教会内にある迷宮へと向かった。


迷宮への潜り方と教会で受けられる仕事の内容の確認を終え、美味しい御褒美をじっくり堪能した後、ハーモニーは一度村へと戻る。


宿に着き、疲れた身体を寝台の上に横たえた時、ハーモニーはこれまでの事を振り返り、これからの事を考えた。生きる為の目的と、人生を楽しむ為の方法と。そして、ここからが本当の始まりである事を……。

 ここ二日、平和な日々が続いていた。


 滅多な事では変わる事の無い我が領土の検分は、思わず欠伸が出てくる程度には退屈で、刺激が無い。

 無論、手を抜く等という愚かなる行為を、この我がする筈も無い。

 我が一度姿を表せば、誰もが我に愛想を振りまき、我のご機嫌を取ろうと(かしず)いてくるのにはたまに辟易する事もあるのだが、仕方が無い、我は偉いのだ、これが王者の性というものだろう。

 我は寛大。

 故に多少の暴挙も許すわけだが、だからといっていつまでも相手にしてやるつもりもない。

 忙しいのだ、付き合いは程々にして、一度は止めてしまった歩みを再開する。

 例え立ち籠める甘い刺激臭が時に鼻についたとしても、気に入らないからといってその地を迂回する事はしない。

 慣れてしまえばどうという事は無い臭いだ。

 構わず、その最も臭いの強い地へと勇んで進む。


 その見慣れた領地を、ゆっくりと一周してみる。

 我より矮小なる存在共は、このところこの地には手を出していない様である。

 うむ、奴等もようやく我の恐ろしさを身に染みて理解したのだろう。

 数多ある我等が眷属の、その長たる種、その王たる我がわざわざこうして奴等の相手をしてやっているのだ。

 当然の結果だろう。

 如何に奴等が数を揃えようとも、我が強さの前には赤子の手を捻るも同じ。

 絶対的な王の力の前には一目散に逃げ出すより他無い。

 それは幾度と無く繰り広げられた闘いの日々を思い出しても決定的である。


 敵……と称するには些か誇張した表現ではあるが、そうか、敵が存在しないのならば、暫くはこの付近の見回りは省いても良いだろう。

 遊ぶ相手が全くいなくなってしまうというのも寂しい限りだ。

 手を抜く訳では無い。

 が、そうして意図的に隙を作ってやらねば、奴等の被害は広範囲に拡散してしまい、至る所で相手をしなければならなくなる為、これは必要な措置であった。

 若かりし頃はそれが分からず、苦労したものである。


 ふと気が付くと、二つの足音が聞こえてきた。

 さて何事かと勘繰るつもりは無い。

 この地を訪れる者は例外なく我の食事の世話をしている者なのだから、その足音から大凡察しがついている。

 少し耳が尖っている娘と、艶のある黒髪を持つ娘だ。


 黒髪娘の方は幼い頃から見知っているのだが、いつも通り我を発見する事無く素通りしていく。

 相変わらず、足下には不注意の様だ。

 先日もそれが原因で、自らの足に自らの足を引っ掛けて転ぶという、どうやってそれを成し遂げる事が出来るのか不思議に思うほどの偉業を達成した。

 あれには我も久しく賞賛の言葉を贈ったものである。

 最近は少し色気づいたのか、無地をやめて縞模様の下着を身に着けている様なのだが、それが報われるのはいったいいつになる事やら。

 見せる事と魅せる事の意味の違いを、もう少し勉強するべきだろう。


 そんな事を思いながら縞模様の風景をじっと眺めていると、後ろから我を抱え上げた者がいた。

 気配を全く感じさせなかった凄腕の技量、などとその者はもしかしたら思っているのかも知れぬが、それは大いに間違いである。

 これは我がそうさせてやっている事なのだと、果たしてその者は気が付いているのだろうか。

 いや気が付いていないのだろう。

 やれやれ先が思いやられる。


 喉元を(くすぐ)る手が非常に気持ち良いのは確かだが、勘違いして貰っては困る、これは我の配慮によるもの。

 新しくやってきた者には、我は等しく一定期間好きな様にさせている。

 我という偉大な存在を正しく理解する事は出来ぬとはいえ、全く知らぬままに我の世話をさせる訳にもゆかぬ。

 我は王であるからにして、その王たる者がどれほど偉大であるかを、配下となる者の身にしっかり刻んでおかなければならない。

 早々に無礼なる働きをした者には、この爪の恐ろしさを教えてやった。

 礼の意味を取り違えていた者には、我が牙を以てしてそれを教えてやった。

 とち狂い刃向かってきた者は流石にいなかったが、もしその様な者が現れた暁には、それを未然に防ぐ事の出来なかった我が配下全員を含め、彼等の命すべてで償ってもらう事となるだろう。

 幸いにして、この耳の尖っている娘は、我の扱いを心得ていた。


 今暫く我が聡明なる頭を撫でさせてやった後、我は彼の者の胸の内より抜け降り、その部屋を後にする。

 次なる地は、躾のなっておらぬ客人達の集う土地。

 テーブルや椅子などの障害物が多くて困るこの地は、朝と昼と夜の三度ほど小煩い喧噪に包まれる。

 一度目の騒がしい時間帯を過ぎている為、今はもうほとんど人気も無くがらんとしていた。

 うむ、目立つ様な埃も無い。

 今日も我が部下共は綺麗に掃除を行ってくれた様だ。

 これは後で褒めてやらねばなるまい。


 こうして毎日、我が彼等の仕事ぶりを見回っているのは、別に暇だからという訳では決して無い。

 人という種は、よくサボるのだ。

 我は綺麗好きで潔癖である。

 そしてこの部屋は我の領地の一部であり、我の好む土地の一つでもあり、しかしちょろっと目を離した隙に一瞬で散らかってしまう事が多い。

 つまり我が気持ちよく毎日を過ごすには、この土地がサボられずしっかりと掃除されている事がある意味絶対条件とも言えるのだ。


 ――そう、あれは思い出したくもない記憶。

 我がいつものようにこの土地を歩いていると、いつの間にか異臭を放つ水溜まりの中にいた事があった。

 まだそれだけならば許そう。

 この二つ手二つ足の先と自慢の毛並みの先端のみが汚されただけですむのだから、それらが汚れるのは時に仕方の無いこと。

 故に諦めもつく。

 だが!

 だがだが!

 我はあの時、とても運が無かったのだと今でも思う。

 あの危険な黒髪の娘の接近を許してしまった事は我の不注意と言えるのだが。

 その異臭の水溜まりを作ったのもあの黒髪の娘であった事も別段珍しくは無いのではあるが。

 しかしよりにもよってたまたま通り掛かった第三者が思わず我を避けようとしたあまり、その水溜まりへと盛大に足を踏み入れてしまい。

 結果として跳ねて飛び散ったそれらを回避しようとして俊敏に動いた我が珍しく足下を気にしていた黒髪の娘を驚かす形となり、その手に持っていた赤く彩る料理をピンポイントで我の身へと降らす形になってしまったのを、不幸と言わずして何と言えよう。

 口だけでなく、あまつさえ鼻や目に入ってしまった赤い液体の、なんと辛くて痛い事か。

 あの時だけは、我も流石に本当に死ぬかと思った。


 うむ、思い出すだけでも腹立たしい。

 攻めるべき相手は我自信も含まれている為、あの黒髪の娘に制裁を加える訳にもいかず、苦渋を嘗めただけに終わったあの日。

 我は誓ったのだ。

 例え如何なる時でも、我は自らの領地であっても油断だけはすまいと。


 まだ隣の部屋にあの恐怖を呼ぶ黒髪の娘がいる為、警戒を緩める事無くその土地の検分を終えて外に出る。

 ここから先は、より危険に満ちている。

 我が臣民の多くが暮らしている建物が建ち並んでいるとはいえ、外部より訪れた旅人共が時偶(ときたま)姿を表す為に、治安は万全とは言えなかった。

 我は兎も角として、力の持たない我が臣民とは違い、外部から来た彼等は皆戦士である。

 圧倒的な権力と力を誇る我という存在が抑制力として目をしっかりと光らせてはいるのだが、いかんせん我は一人なのだ。

 遙か先をも見渡す事の出来る我が瞳と、人の種よりも優れた嗅覚によって彼等の暴挙はすぐに発見する事は出来るものの、か弱き我が臣民の身に実被害が出る前に助け出すというのは酷く難しい。

 四六時中見張る事も出来ぬのは元より、複数の場所で同時に起こった場合には対処のしようも無い。

 だからといって、我は無法を許すつもりは無い。

 今日もこうして、我はこの広い領地の隅々までを巡回し、我が愛すべき臣民達の身を守ると同時に、我の偉大なる姿を彼等に見せ、未だ我は健在である事を知らしめる。


 特に何事も無く、外の見回りは終わった。

 流石は我が領土。

 治安も良く、今日も平和だ。

 途中、戦利品として幾何(いくばく)かの餌を手に入れる事も出来た。

 ただ、少し食べ過ぎたか、腹の虫は完膚無き迄に駆逐出来たが、代わりに少し身体が重い。

 出発点たる部屋の扉に辿り着く頃には、随分と疲れ果ててしまっていた。

 閉じている扉を見上げるも、誰も開けてはくれない。

 頭を当てて押してみるが、扉は動く気配が全く無かった。

 何とも無礼な扉だ。

 我がわざわざこの手を煩わせたというのに――などと無機物に愚痴を零した所で何が変わる訳でも無い。

 諦めて、我は小間使いの一人を鳴いて呼び出した。


 小間使いの娘がやってくるまで、我は行儀良く座り、毛繕いでもして時間を潰す。

 先程から眠たくて仕方が無いのだが、この様な所で寝る訳もいかず、少ししつこく丹念に嘗めて毛並みをしっかりと整えていく。

 時々、顔もゴシゴシと洗い、その刺激でも眠気を弾き飛ばす。

 おっと、あまりこれをやり過ぎると明日は雨になってしまう、気をつけねば。

 しかし……来ないな。

 もう一度、鳴く。

 我が不機嫌である事を分からせてやる為に、低い音色で長~く鳴く。

 しまいにはうなり声で抗議してみたが、一向に小間使いの娘は誰一人としてやって来なかった。

 どうやら、どこかに出掛けたらしい。


 仕方無く、我は扉を見上げ、目標を確認する。

 これを行うのは面倒であり億劫なので出来れば使いたく無かったのだが、この眠気を気持ちよく解消する術がこの中にしか無い為、やるしかない。

 幾つかの注意点を頭の中で思い浮かべる。

 少し扉から離れて助走距離を取り、目標へ至る経路の壁を確認した。

 前足良し、後足良し、爪の収納良し、目標までの距離の再確認良し。

 蠱惑的(こわくてき)な隣の部屋の扉の隙間が誘う様に口を開けていたのでちょっと気になったが、とりあえず今は無視した。


 優雅な一挙動で地を離れ、壁を蹴って目標のそれへと至る。

 扉を固定している紋様に前足で触れ、瞬時に法術を起動。

 表層の認証を強引に突破し、奥にある施錠層の術式を破壊する(ヽヽヽヽ)


 一連の動作を終え、着地した時には扉はギィッと言って少し隙間を見せていた。

 術式が自己修復される前にその隙間へと身を躍らせて、自動施錠されてしまわない様に扉を開く。

 我自身が通れるだけの隙間さえ確保出来れば、後はどうでも良かった。


 一仕事を終えた身を今度こそ休める為に、部屋の奥にある我が聖域へと足早に向かう。

 一っ飛びでそのフカフカな地へと飛び乗った。

 今日は天気が良く、まだ昼にはなっていないのだが、陽光を受けているその地は幾分か暖かみのある絶好の寝床へと変貌を遂げている。

 これからの日差しを計算し、最適位置を割り出すのには、それほど時間が掛からなかった。

 そこはかって知ったる我が聖域の地。

 丸くなり、瞳を閉じた時には既に我は夢の世界へと旅立っていた。


 ――その眠りが強引に覚まされた時の我の怒りは、誰も推し量る事は出来ぬであろう。


 フカフカであるが故に、その者が我が聖域の地に倒れ込んできた時、我は大きく宙へと飛ばされていた。

 何事かと思う前に我はその地を素早く跳び離れ、最大警戒で全方位索敵を行う。

 毛が逆立つ程に。


 原因は、すぐに見つかった。

 また、あの男だ。

 我の眠りを幾度と無く妨げてきた、愚かなる侵略者。

 名を、ハーモニーと言ったか。

 抗議ではなく怒りの声で鳴き、我が不快である事を伝える。

 ……反応が無い。

 もしやこの者、既に人の生を終え、屍と成り果てているのか?


 最大に警戒しながら、距離を詰めていく。

 抜き足、ふみ。

 差し足、ふみ。

 忍び足、ふみふみ。

 一踏み毎に手足がフカフカの寝台に沈み込むので、ちょっと歩き辛い。

 寝床としては最適な場所でも、こういう時には少し苦労が必要なのが、この聖域の欠点か。

 構わず、ふみふみ足で顔へと近付いていく。

 その道中、突然に手が閃き襲ってくるという様な事は遂に無かった。

 しかし警戒は決して緩めない。


 とりあえず、顔の間近まで来たところで、その頬に猫パンチをお見舞いしてみる。

 しかも連続で4撃、ババババンっと。

 一瞬、男の眉がピクッと動いて、小さな呻き声をあげた。

 残念、まだ生きている様だ。

 という事は、寝ているという事か。

 あの一瞬で深く寝入ってしまうとは、どれだけ疲れていたのだろうか。


 今度は、肩に前足を乗せて揺すってみる。

 ふみふみ。

 ふみふみ。

 ふみふみ、ふみふみ。

 ふむ、なかなかに堅い肩だ。

 随分と凝っている。

 しかしこれでも男は起きなかった。


 さて、次はどうしてくれようか。

 などと考えていると、また部屋に新たな侵入者がやってきた。


 音も無く入ってきたその者に、我は今度こそ不愉快だという念を伝えるため、精一杯に睨め付けて威嚇する。

 あろう事か、少女は我の視線など全く意に介さず、それどころか完全に無視していた。

 低い唸り声で鳴いて知らせるも、やはりその少女はまるで我の美声が聞こえていないかの様に、着ていたローブを脱ぎ去り、壁へと掛ける。

 ローブの下は下着一枚のみで、発達のしていない胸を隠す布すら少女は身に着けていなかった。

 例え人の種の雄であっても、特殊な趣味を持ち合わせていなければ発情しないだろう体型ではあるのだが。

 少女の顔は非常に可愛さを帯びているためその限りでは無いかもしれない。

 と思った所で、我という上位種にとってはそんな人の種の情欲事はどうでも良い事だと気が付いて、嘆息する。

 だが、視線はその少女から外さない。


 少女は、我の視線に気が付いている。

 気が付いていて、無視している様な気がしてならない。

 十分に煽情的な裸体を隠す事も無く、少女はそのままの姿で我の方へと近付いてきた。

 もしここで男の目が覚めれば、この少女の身は男の毒牙に掛かってしまうだろう。

 試しに後ろ足で男の顔を猫キックしてみる。

 やはりというか、男は起きなかった。


 つまらん。


 そうこうしている内に、何を血迷ったのか、少女は寝台の上にあがり、そして男の身体へと抱きついた。

 そして毛布をたぐり寄せて、その身を毛布の中へと隠していく。

 目の前で男の身に抱き着いた少女の姿が毛布の中に消えていくという映像は、我の世界観からしても、全くまともな状況では無い事この上ない。


 いつからだ?

 いつから我が聖域は、雄雌の秘め事を許す様な、汚れた地に成り果ててしまったのか?

 いったい誰がその様な事を許可した?

 この部屋の寝台は我専用の寝床だという事を、我が小間使い共は忘れてしまったのか?


 お仕置きが必要だ。

 お仕置きをせねばなるまいて。

 誰がこの世界の主であるのか、その身に刻み込んでやる!


 ――だが。


 今はまず、この眠たい頭を何とかする方が……先決、だろう……。

 ……ああ、陽の光がとても気持ちよすぎる。

 微睡みに……満ちていく……。


 眠い……。


 ……眠い……。


 …………眠い…………。


 ………………はて………………?


 ……………………何か……重要な…………こと……が…………。


 …………………………あった……よう…………な……………………?

2014.02.12校正

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