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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第壱章
19/115

第19話 剣士ハーモニー

 『緑園(テーゼ)』の森の夜、ルーラストンの村の近く、《コーネリア教団》の一支部である教会の地下、不死賢者が住まいし迷宮の第一層。

 石壁に覆われていた地上一階の通路とは異なる色合いを持った、硬質の壁の風景。

 夜空の輝きより見放された世界、壁と壁の間で光が散る。


 連続で鳴る、硬質の音色。

 剣と、剣と盾とかぶつかりあう音だった。


 カタカタカタッ。


 まるで嘲笑うかの様な、骨と骨とかぶつかる音が不気味に響いてくる。

 俺の前に立ちはだかっている骨だけの剣士の手には、もはや斬れ味などないといってもいい錆た剣とボロボロの盾が握られていた。

 剣は鈍い輝きを発しながら、俺の繰り出す剣舞の尽くを撃ち払っていく。

 間に合わなかった斬撃に対しては、反対の手に持った盾が確実にその進路を妨害した。


 両手に持った片手剣を構え直す。

 もとより、鋼鉄で作られた剣を俺の鍛えられていない膂力、それも片手で振るおうなどとは思っていない。

 盾を買わなかったのもそれが理由。

 切っ先を敵の方へと向け、呼吸を整える。

 間合いは二足、横に振るうには狭すぎる通路、後退の二文字は許されていない。

 気合いを入れて、覚悟を決める。


 肉の付いていない骨だけの腕一本で掲げられた金属塊が、鈍い音を奏でてまた俺の斬撃を撃ち止める。

 思わず顔を(しか)めたくなる腕の痛みに、それでも命が掛かっている以上、痛みを堪えて剣を握る腕に力を入れ続ける。

 金属塊の盾は、衝撃で僅かばかり押し込まれ後退していた。

 肉がないため、力のない俺の一撃でもその軽い体重を吹き飛ばすのは難しくない。

 だが束の間、いなしの術にて俺の斬撃が受け流される。

 そこに流れる様な動きで、もう片方の手に握られていた凶器が空気を斬り裂いて襲い掛かる。

 上段からの一撃。

 斬り返した刃が追いつき、迎撃する。

 刃同士のぶつかり合いで弾ける火花は、強度で勝っていた鋼鉄が力で負けていた一撃のせいで悲鳴をあげている様に、声高に響き合う。


 剣の先に見える髑髏(どくろ)の空洞からは、怪しげな二つの瞳が鈍く輝いていた。

 俺の攻撃速度の利が、技術の差で楽に埋め合わされている。

 追加で三合の撃ち合いを経て、俺は再び距離を取った。



「ハーモニーさんの練習相手としては、丁度良いのかもしれませんね」



 そう言い残して先に進んでいったローは、振り返る事もなく通路の先へと既に消えていた。

 時折聞こえてくるガシャガシャという音は、ローが敵を屠っている音なのだろう。

 頻繁に聞こえてくるという事は、近くに大量にいるという事。

 予想はしていたが、あの少年にとっては片手を捻る程度の相手の様だった。



「ハモハモがんばってー」



 後方で十字路を塞いでいるシルミーが、戦闘の片手間にそう声を掛けてくる。

 三方から時折姿を表す敵の全てを、シルミーは一人で相手にしていた。

 前方の通路先から響く音の数よりはかなり少ないので、それほど多くの数を相手にしている訳ではない。

 だがやはり彼女の方も、何ら苦にしている様子は感じられなかった。


 応援の声を無視して、もう一度相手の防御を切り崩しに掛かる。


 初撃、剣そのものを狙い撃ち飛ばす。

 弐撃、盾によって防がれ体勢を崩される。

 参撃、返し刃が間に合わず断念、敵の攻撃を躱す事に集中。

 肆撃、突き出された盾の一撃を受け後退、軽いダメージを受けつつも戦闘続行。

 伍撃、下段から斬撃を放ち、盾を撃ち振るわす。

 陸撃、今度は上段から斬り下ろすも、再び盾にて防がれる。

 漆撃、更に上段の攻撃、盾が大きく下方に流れ左半身が無防備になったのを確認。

 捌撃、好機は危機、撃ち流された盾の力を利用し一回転した剣が、円心力を伴って俺の追撃を不発に終わらせる。

 玖撃、間一髪の回避は成功したものの、続く斬撃に俺の剣は迎撃に向かう事は出来ず、後ろに跳躍してその一閃を躱す。

 終撃、追撃の刺突を斬り上げた後、双方共に距離を取ってまた矛を収めた。



「――中々に、上手くいかないものだな」



 右上段に構え、次の一手を探る。

 対して、両の腕を掲げているだけの不死者。

 D級眷属魔者、放浪の骸骨戦士スケルトンウォーリアーLv27。

 ほとんど邪魔にしかならない肉がない事により、彷徨う腐死者(ドレッドゾンビ)よりも格段に動きが早く、戦士職のためか戦闘技術も持ち合わせている厄介な相手。

 反面、剥き出しの骨は防御力がほとんどないにも等しく、それなりの力で攻撃を加えて砕けば四肢の統率を容易に崩す事が出来るので、勝利を収めるのはそれほど難しくない。

 だが、その一撃を当てる事こそが俺にはまだ出来ないでいた。


 今度は敵の方から先制攻撃を繰り出してくる。

 バネ仕掛けの様に右腕が持ち上がり、勢いを付けて振り下ろされる。

 袈裟斬りの刃が地下通路内をを音を斬って空気を振るわせる。

 開いた瞳でその軌跡を追い、その軌道上から身を躱す。

 お返しとばかりにこちらも袈裟斬りを放つ。

 激突音。

 火花と硬質の欠片が飛ぶ。

 骸骨の左腕の先、幾度となく斬撃を防いできた盾の一部が砕け、Vの字を刻み込む。

 構わず、戦士は右腕を振るった。

 だが先の一撃で体勢を崩していたため、その刃もまた俺の身に届く事はない。


 俺の再接近を警戒してか、ヒュンヒュンと振り回される剣に俺は舌打ちする。

 こう危なくては攻撃し難い。

 例え刃が潰されていたとしても、金属の棒としては十分すぎる程に俺には脅威だった。

 その無差別斬撃軌道を止めるために、斜め下に斬り向かった刃を狙いすまして、斬り上げの一撃をぶち当てる。


 弾いたのは、俺が握る鋼鉄製の武器。


 片手と両手では力の差が歴然としている。

 同程度――とまでは思わないが、似た様な膂力を持っていると感じていたので、この敵にならば真っ向勝負での力比べなら負ける気がしない。

 体重の乗っていない斬撃など、弾き飛ばすのは容易い事だ。

 例え体重が乗っていたとしても、あの身体では大した威力の上乗せも出来ない筈だ。

 故に一番警戒すべき攻撃は、速度を伴った一撃。


 牽制の刃を走らせ、盾による防御を誘う。

 胸元目掛けて突き入れた刃を防ごうと、スケルトンウォーリアーの左腕が突撃軌道上へ一足早く到達するも、それは既に予想済の事。

 更に一歩大きく左足を踏み込み、右腕から肩口にかけての力の向きを強引に変える。

 狙いは、今まさに反転運動を始めたばかりの剣の胴。

 すれ違い様に、渾身の一撃をそこに叩き付けた。


 ギィンッと鳴り、撃ち付けた力に耐えきれず、剣が腕よりすっぽ抜ける。

 宙を飛び、天井へとぶつかる甲高い音が俺の後方から鳴り響いてきた。

 跳ね返った剣が運悪く俺の身を襲ってこないとも限らないため、俺はそのまま急いでその場を離れる。


 カタカタカタカタッ。


 髑髏の顎が虚しく通路に木霊した。

 時計方向に半回転した生ける全身骨格標本が、振り返った俺と再び対峙する。

 同時に右腕と左腕を掲げ、戦闘続行の態勢を取る。

 まるでその事実を意に介していない機械的な動き。



「さて、どうするかな……」



 手持ち無沙汰となった手の平を閉じたり開いたりしながら、俺はその事実に嘆息する。

 汗でべとべとになった手からすっぽ抜けてしまった剣は、倒すべき敵のすぐ真横に転がっていた。


 俺にとっては運悪く、スケルトンウォーリアーにとっては運が良く。

 天井から跳ね返った剣は何も斬り裂く事は残念ながらなかった様だった。


 腰に差していたダガーを引き抜き、前へ突き出して右中断に構える。

 左腕は腰の後ろに。

 剣よりも遙かに短く、それでいて同じ斬突属性の武器では、肉のない骨だけの不死者にはあまりにも相性が悪すぎる。

 間合いに入る前に右腕の剣が俺の身を襲い、例え間合いに入れたとしても左腕の盾が邪魔をする。

 剣を持っていても突破出来なかったのだから、このダガーで突破出来るとは到底思えなかった。

 だからといって、武器を捨てて素手で挑むのは、更に無謀とも言えよう。

 例え相性の良さそうな打撃属性であっても。


 そんな俺の葛藤など気にする訳もなく、ガシャガシャと全身を鳴らしながら死した戦士の亡骸が迫り向かってくる。

 レベル差は26。

 そんなものは飾りだと思わないと、この敵を相手するにはやっていられない。


 今度はこちらから最初の一歩を踏み出し、短い距離を一気に疾走する。

 心許ない刃は直線的に空を斬り、脅威となって突き向かう。

 骸骨戦士の迎撃の一閃が放たれ、俺がそれを回避して、互いに次の一手が瞬時に計算される。

 重量が格段に軽くなった事で、俺の腕を振るう速度は目に見えて変わっている。

 初撃の刃が目の前を通過した時にはヒヤリとしたが、躱しさえ出来れば圧倒的に俺の方が次の動きは早い。

 ガラ空きである左の懐に向けて右腕を突き出し、脇腹へと深く突き刺した。


 だが手応えがない。

 それも当然の事、そこには斬るべき肉がないのだから。


 自身の動きが対人戦用であった事に今更ながら気が付き、思わず舌打ちをしてしまう。

 なまじ相手が人型であった事が災いした。

 骨しかない相手の脇腹に刃を刺しても、相当深く刺し込まなければ骨には到達しない。

 敵の剣に意識を向けるあまり、俺は目測を誤った様だった。


 その俺の一瞬の停滞を、戦士である敵は見逃さない。

 すぐ目の前にいる俺に向けて、振り下ろしたばかりの剣を強引に横へと振り払った。


 右腕の防御が間に合い、ダガーの刃が剣をとらえる。

 スケルトンウォーリアーは剣を更に押し込み、ダガーを持った俺の右腕ごと力任せに弾き飛ばす。

 後退する俺を追って骸骨は次々と斬撃を撃ち込み、俺の命を狩りに掛かる。

 一撃ごとに全身の骨が震えた。

 一撃ごとに右腕の痺れが酷くなっていく。

 ダガーをまるで盾の様に扱いながら、俺は受け続けるしかなかった。


 ただただ続けられる無情の攻防。

 果たして感情を持ち合わせているのか、不死者の髑髏は時折カタカタと顎を鳴らしながら猛撃を繰り返す。

 一撃ごとに刃こぼれする剣の耐久力など微塵も考えない猛追。

 左腕に持ち変える暇すら与えられず――そんな暇があったとしても慣れない左腕でこの連続攻撃を捌ききる事など不可能なので持ち変える気はなかったが――兎に角、俺は途切れる事のない猛攻から己の身を守る事で精一杯だった。


 受ける、弾く、弾く、受ける、受けながらいなす、躱す、受ける、弾く、弾き返す、いなす、いなし流す、受ける、受ける、受ける、受ける、弾く、受ける、受ける、いなす、受ける、躱す、受ける、受ける、受ける……。


 一度でもミスを犯した瞬間に、致命的な結果が俺の身に訪れる。

 たった一度攻撃を受けただけでは死に至る訳ではないが、だがその一度の刃で俺の身体能力は格段に低下し、被弾以降の攻撃を防ぎきる事など出来そうにないという結論が俺の頭の中には闘う前から出ていた。

 痛みに耐えてでも行動出来る様な強い意志を、軟弱な一般人である俺が持っている筈もない。


 痛いのが怖い。

 痛いのは嫌いだ。

 あの全身が焼き切れんばかりの苦痛になど、耐えられる訳がない。

 心臓を貫かれ、魂を蝕まれたあの強烈な痛みを、俺は決して忘れていない。


 あの痛みに比べれば、この右腕の痛みなど大した痛みではない。

 痛いのは確かだが、忘れられる痛みだ。


 ――そう、痛みなど忘れてしまえばいい。


 剣を弾く。

 衝撃で手が痺れ、苦痛が発生する。

 構わず、次の斬撃も強引に迎撃する。

 骨が軋む程の痛みが走るが、今は無視した。

 弾かれた刃が、再び速度を伴って俺の身へと襲い掛かる。

 距離があった分、こちらもその剣を弾き飛ばすための速度を十分に稼ぐ事が出来た。

 先程よりも剣の先端が天井に近づく。

 更に威力の乗った骸骨戦士の剣を、直線的にではなく右腕を円心に降るって叩き付ける。

 その一撃を受け、不死者が遂に大きく仰け反った。

 だが俺の足が動かない。

 それまで腕だけでなく足のバネも使用して耐えていたのだ、足に疲れが溜まっていない訳がない。


 一歩後退り、足が少しでも動く事を確認する。

 急激な移動は無理だが、動く事は動く様だ。

 もう一歩だけ後ろに下がり、次の攻撃を躱す。

 軽く跳躍し、ほんの僅かだが距離を稼ぐと共に足の運動を行う。

 着地と同時に少し膝を曲げて筋肉の弛緩(しかん)を促す。

 問題ない。

 地面と水平に振るわれた刃を、しゃがむ事で回避する。

 と同時に、再び後ろに跳躍。

 今度は大きく距離を稼ぎ、次の攻撃がやってくるまでの時間を大幅に確保する。


 絶好の好機である現状を逃すつもりのない敵は、俺を追ってガシャガシャと前進してくる。

 再び振るわれた刃を今度は右にいなし、俺の右腕が未だ健在である事を再確認する。


 攻撃のタイミングは既に読んでいた。

 それに合わせるための勘も、それを実行する腕も、俺の思い描いた通りの結果を生み出してくれる。

 足もちゃんと動く、敵の動きは十分過ぎる程に見えている、音は遠くない、準備運動をしていなかった身体もそろそろ程良くほぐれてきた。


 さぁ、今度は俺のターンだ。


 行き止まりに変わっていた(ヽヽヽヽヽヽ)通路先の壁まで後退し、背水の陣を敷く。

 窮地に陥れば死の恐怖から戦闘能力が飛躍的にアップするとはいうが、別に俺はそれを狙った訳ではない。

 そもそもシルミーと主リーブラによって最悪の事態だけは回避の出来る状況では、自分をそこまで追い込む事など出来よう筈もないからだ。

 ならば、俺が自ら自分を追い込んだのは何故か。


 狭い通路の真ん中を、疲れの色も躊躇いの感情もなく、一定のリズムを奏でながら白骨死体が歩き向かってくる。

 薄汚れた白い細身の右腕は振り上げたまま固定され、いつでも無情に振り下ろせる体勢にあった。

 左腕に構えられる一部欠けた盾は、俺の持つダガーを警戒して油断なく向けられている。

 後三歩、距離が縮まれば俺の命を刈り取る刃が振り下ろされ、それを合図に最後の猛攻撃が始まるだろう。

 後二歩、まだ間合いが遠い。

 初動を見切られてしまうと、本当に俺は追い詰められてしまう。

 ここは我慢の時。

 後一歩、既に敵の刃は俺の身へとギリギリ届く位置にきているのだが、俺の持つ武器の方は届く距離にはなかった。

 リーチの差がハッキリと見えるというのは不安で仕方がない。

 今更ながら剣ではなく長い得物である槍の方を買って貰えば良かったと思ってはみるものの、こんな狭い通路では突く以外にはまともに使えない事も目に見えているので、後悔はとりあえず保留していた。

 また、思考の脱線。

 こんな時にも関わらず、無駄に考えてしまう癖がどうしても出てしまう。

 最後の一歩へと向けて、同様のリズムで歩き向かってきた敵の姿に意識を集中させる。


 戦士の右腕が、動作を開始する。

 後半歩の距離。

 予想を遙かに上回る早い段階での初動に、俺の心臓が瞬間的に跳ね上がった。


 咄嗟に予定を変更して、右腕を迎撃へと向かわせる。

 速度の乗った斬撃が、俺の差し出したダガーを撃ち振るわす。

 読みが甘かった。

 弾かれる事を前提にした強さで斬りつけられた刃は、すぐさま踵を返して元あった場所の近くまで戻る。

 その合間に残りの半歩分の距離を詰めて、再び刃が上から振り下ろされる。

 兎に角、ダガーで受けてその場を凌ぐ。


 タイミングがずらされた事により、考えていた策が実行出来なかった。

 考えていた策は以下の通りだ。

 めいいっぱいまで敵を引きつけて、ギリギリのタイミングで躱す。

 と同時に敵の剣を横へといなし、俺は反対側へ。

 敵の横を通り過ぎ、向こう側へと抜けて鋼鉄の剣を拾う。

 そういう計画だった。


 壁に背を預けて、もう一度タイミングを見計らう。

 時折シールドバッシュの打撃技が襲ってくるが、初動が分かりやすいので全て難を逃れている。

 勿論、こんな体勢では流石に回避は出来なかったが、壁に背を付けているので盾の攻撃でよろめいたりする事はなかった。

 少し歯を食いしばって耐えればいい。

 ただ、一瞬だけ身体がスタンするので、そのタイミングだけはこの状況から抜け出すための初速は得られない。

 結局、抜け出せたのはそれから十回以上も敵の攻撃ターンが過ぎた後だった。


 走りつつ地面に落ちていた鋼鉄の剣を拾う。

 不要となったダガーは腰の鞘へと急いで戻す。

 既にボロボロで刃こぼれも酷い状態だったが、またこの剣を失ってしまった時には世話にならざるをえないので、捨てる様な事はしない。


 さぁ、今度こそが本当に俺のターン。



「ハモハモー。そろそろ変わるー?」

「――問題ない。応援でもしててくれ」

「ん~、いいけど。頑張ってー、ファイトー」



 そういえば言語の問題はどうなっているのだろうか?

 色々混じっている様な気がするのだが。


 カタカタカタカタッ。


 今は考えるべきではない思考を振り払い、剣を右下段に構える。

 気のせいか、身体中から力が湧き出ている様な感じがした。

 剣を強く握りしめ、渾身の一撃を貯める。


 敵の間合いに入るよりも先に地面を蹴り、間合いを一気に詰める。

 ワンテンポ遅れて、骸骨戦士の右腕に握られている剣が俺の顔目掛けて薙ぎ払われた。

 刹那、頭を上体ごと下げて、その斬撃を躱す。

 フォローの盾が、俺の斬撃軌道上に先回りした。


 ああ、邪魔だ。

 好い加減、うざい。

 消えろ……。

 面倒だ。


 その盾ごと――たたっ斬る!



「斬!」



 裂帛の気合いと共に、両腕を思い切り振り上げる。

 剣の先端が何かにぶつかり、前進を一瞬のみ阻害される感触。

 だがそれは、本当に一瞬だけの感触だった。



「パチパチパチパチ。ハモハモすごーい。やったねー!」



 気が付くと、俺は剣を振り上げた状態で静止していた。

 我に返り、すぐに後ろを振り返って敵の姿を確認する。

 そこには、腰の部分を失い、上と下とに分けられ倒れている骸骨の姿があった。



「――殺ったのか?」



 相手が不死者である事を忘れずに、俺は油断なくその姿を観察する。

 俯せに倒れたスケルトンウォーリアーの腰骨は砕け散った様に周囲に散らばっていた。

 盾を持っていた左腕は肩の部分で胴体から外れ分離している。

 普通に見るならば、間違いなく致命傷の状況だった。


 俺はゆっくりとその亡骸に近付いていく。

 だが剣を持っている右腕がぐぐぐっと持ち上がり始めたので、俺はすぐに後ろへと調薬して距離を取った。

 ――まだ動くのか。


 と思った瞬間。

 髑髏の頭が突然、何かに叩き潰された様に破砕した。



「相手にもよるけど、最低でも頭を潰すまでは活動し続けるから注意してね。生きている魔者と違って、不死魔者は本当は実体がない存在だから、完全に力を失ったら消えてくれるんだよー。こんな風にね。さっきからずっと私も倒してたんだけど、ハモハモ、余裕がなくて全然目に入っていなかったのかな?」

「……」



 俺は……少し呆然としていた。


 それは、先程まで死闘を繰り広げていた敵が、目の前で消えていく寂しさからではない。

 闘いの余韻に浸っていた訳でもない。

 シルミーの言葉に驚いていた訳でもない。

 ましてや、シルミーの応援により俺の全能力が底上げされていたという――強化法術の恩得が存在しているという感動に心を奪われていた訳でもなかった。


 最後の一撃。

 折角あれほど苦労してここまで追い詰めたというのに、とどめの一撃をシルミーに持っていかれてしまった。

 敵のレベルは27。

 俺のレベルは1。

 これだけのレベル差があれば、たった一体でもいい、この手で倒しさえすれば大幅にレベルアップしていた可能性がある。

 そのための検証でもあった筈だ。

 それが……結局無駄になってしまった。


 ステータスを確認してみる。

 敵を倒した際の経験値が戦闘に参加したパーティー全員に入るというシステムではない事は、昨日、森の中での戦闘で既に確認している。

 だが、ほんのちょっとだけ、期待してみる。


 ……。

 

 何も変わっていない数値がそこにはあった。



「シルミー、次の相手を頼む。今度は、俺に……いや、何でもない。頼む」

「はいはーい。と言いたい所だけど、今日はこれまでかなー」

「ん?」



 素振りを試そうと剣を振り上げた所で、いつの間にか横にリーブラの姿があった事に俺は気が付いた。



「無駄」



 今日はじめて聞くリーブラの言葉が、何だか寂しい。



「目的は既に達している訳ですから、引き上げましょう。あまり長居しても得る物は何もありませんので」

「そうだねー。ノルマはたったの百体だから、そんなに時間掛からなかったね、フェイ」

「はい。リーブラさんもご苦労様です。ありがとうございました」

「無用。私の目的も同じ」



 視線すら動かす事なくローに言葉を返したリーブラが、我先にと歩き始めた。

 その後を追って、俺達も続く。

 俺としてはもう数体分ぐらいは戦闘経験を積んでおきたかったのだが、ここは大人しくロー達と行動を共にしておく。

 俺一人、居残りで戦闘に興じるには、些かながら危険が大きい。

 一体ならばまだしも、複数対で襲い掛かられたら――考えるまでもなく、俺はすぐにでも彼等の仲間入りになる事だろう。



「――それにしても、迷宮内での討伐依頼を受けるのに、第一階層の敵を指定数以上討伐しないといけないとは、最初だけちょっと損した気持ちになるな」



 俺はズボンのポケットから《コーネリア教団》の紋章絵(シンボルマーク)が混じった紋章を取りだして、眺め始める。

 教団を意味する鳳凰の立つ十字の紋様に、この教会の象徴である鷹の絵が描かれたそれは、俺達全員がこの迷宮に入る前に受け渡された物だった。

 事前にシルミーから聞いていたこの討伐依頼の報酬の計算式だったが、どうやって階層や討伐数を算出するのか俺はずっと不思議に思っていた。

 自己申告制ではいくらでも不正が出来てしまう。

 その解決策が、この紋章の存在だった。



「各階層の敵さんを素早くいっぱい倒せるだけの実力がないと、効率がとっても悪くなっちゃうからねー。誰でも何所でも自由にって形にしちゃったら、無理して下の階層に行く人が続出して、なかなか倒してくれなかったり、逆に倒されちゃったりする可能性が高いからだと思うよー。教会としては、強い人も弱い人もその人の実力に見合った階層で、しっかり数を倒して貰うのが一番嬉しい事みたいだからー」

「数を倒すだけで良いのか?」

「うん。下の階層に行かなくても、時間が経てば上の階層に魔瘴の気が移ってきてくるだけだからねー。階層ごとに一定種類の不死魔者しか沸きだして来ない様に教会が迷宮の造りを操作してるから、別に無理して下まで行かなくて良いんだよー。勿論、下の方で倒してくれる方が魔瘴の気の濃度も抑えられるから、教会も助かるんだけどねー」



 迷宮に入る前の説明では、そこまでの事は言っていなかったので、シルミーのその情報はとても有難かった。

 言い換えれば、自身の強さに合わせて段階的に特訓出来る環境が構築されているという事になる。

 しかも、潜れば潜っただけお金が貰えるという、破格の待遇。



「話を聞いてる限り、もっと人が集まっていても良さそうな迷宮に思えるんだが、村にはそこまで人がいた様子はなかったな。それには何か理由があるのか?」

「へー、よく気が付いたねー、ハモハモ。確かに、意図的に敵さんの強さを階層ごとに調整して、しかも倒しただけお金が貰えるというこの環境なら、大陸中から物凄い数の人達がこぞってこの迷宮に潜ろうとするんだけど、そこにはちゃんとカラクリがあるんだよー」



 ふむ、やはりか。

 うまい話には何か理由があるというのは、どこでも同じなのだろう。



「そのカラクリというのは?」

「ふっふっふー。それはそれはー」

「――それは?」



 もったいぶる猫娘の催促される様に、俺は聞き促す。



「ハモハモにはまだ教えてあげなーい♪」



 可愛らしくウィンクまでして、この(あま)はぐらかしやがった。



「そうか。……おーい、ロー」

「ちょ、ちょっと! リアクションもなしにサラッと受け流さないでよー!」

「残念ながら、まだ好感度が足りない様だ。もう少し親密な関係を築く事を努力するんだな、シルミー」

「それ、私の台詞ー!?」



 俺の事をおちょくろうとしていたシルミーを逆におちょくり返しつつ、俺は本当にローの元へと近付いていった。

 勿論、シルミーへの当てつけでは決してない。



「どうしました? ハーモニーさん」



 俺の呼び掛けに、律儀にも立ち止まって振り返ったローが能面な笑みを浮かべたまま聞いてくる。

 その笑みが迷惑そうな色に彩っている様に感じたのは、気のせいだろうか?



「ローは何体倒したんだ?」

「正確な数かどうかは分かりませんが、173体です」



 迷宮に入ってからまだ半刻しか経っていないのに随分と多すぎる事に、俺はちょっとばかり驚く。

 1分辺り約3体の計算か。

 但し、それは本当に迷宮に入った直後からの計算になるため、実際には恐らく1分4体以上のペースで狩り続けたのだろう。

 敵の姿を探すだけでもかなり面倒なのに、この少年はその小さな身体にどれだけの強さを秘めているのだろうか。



「ハーモニーさんは……倒せました?」



 明らかに俺の実力では倒すか倒せないかの、1か0かの解答しかないものだと決めつけた質問の投げ方に少しだけムッとくる。

 だが、それは事前に話してもいたし事実でもあるため、俺はその感情をグッと呑み込んだ。



「――練習相手を存分にして貰っていたからな。追い詰める所まではいったが、シルミーにトドメは横取りされてしまったため、俺の討伐数は最悪値の0だ。情けない話だ」



 それとなく真っ当そうな理由を付けつつ、自身の情けない状況を自ら独白する事で、ローからの悲惨な言葉を間接的に封じ込める。



「情けない話ですね」



 ――いや、そこは大人に徹して言葉を選んで欲しかったんだが……。



「雑魚」



 リーブラがボソッと追い打ちの言葉で攻撃してきたのが見事に俺の心に命中する。

 俺の主様は相変わらずに俺にだけは容赦がない。



「痛いぐらいに正しい評価だな」



 両手をお手上げ状態にしながら、俺は吐き捨てるしかなかった。


 もう夜になる。

 夜は死者の時間帯。

 これから迷宮の中は、もっと大変な事態へと陥る事となるだろう。

 リーブラとローが急ぐ様に、シルミーと俺が追いかける様に、4人は迷宮の出口へと目指して歩き続ける。


 迷宮の通路はあまりにも薄暗く、そして長い。


 これからの――これから先の事を思うのを止め、今日はゆっくりと休む事を俺は堅く決意したのだった。

2013.05.26校正

2014.02.13校正

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