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不死賢者の迷宮  作者: 漆之黒褐
第壱章
15/115

第15話 死の感想

 喉の渇きがある。

 喉が乾き、痛みを発している。

 その感覚は初めて感じるものだ、なのに俺はこの痛みの知識を有している。

 これは知識か――それとも失われた筈の過去の記憶か――。

 そもそも俺は、何故記憶を失っているのか。

 そこにいったいどのような意図が含まれているのか。


 不死賢者レビス。

 エスペリア大陸の南にある『緑園(テーゼ)』の森に住まう、死に堕ちた大僧侶。

 既に数百年の時を生きている歴史ある脅威は、その長き時の間に己の住む地に迷宮を作り上げたとされている。

 その理由は不明。

 ただ実験素材を収集するためなのか、己の身を外界から守るための盾なのか、ただの気まぐれなのか――それとも先に迷宮があり、踏破してしまったが故に『不死賢者』化された(ヽヽヽ)のか。

 理由はどうあれ、レビスは自らの支配領域に現れた俺に何らかの興味を示し、目印を付ける様に4つもの呪いを掛けた。


 《欲望解放》。

 言葉の如く、自らが欲した望みを解き放つ、意志ある者にとってとても危険な呪い。

 事実、俺は抗う事を許されず、二人の少女へと性欲の赴くままに襲い掛かった。


 《痛覚麻痺》。

 痛みを感じなくなるという事は、結果的に生存本能の一つでもある恐怖という感情すらも失う可能性があるという事。

 ある意味では有難い効果を発揮してくれるのだろうが、諸刃の剣でもある《欲望解放》と合わさると『狂戦士(バーサーカー)』にされたとも言えるかもしれない。

 己の死も(いと)わずに己の欲望一直線に付き向かえば、待っているのは死だけだろう。


 《死の宣告》。

 死が確定された未来を告げるという、4つの呪いの中で最も危険な、絶望的な呪い。

 俺の知識の中にあるその呪いの情報では僅か数十秒で死へと至るものなのだが、俺がまだ生きている事からすれば、もしかするとその効果は違うのかもしれない。

 それとも、もう――時間切れが訪れたのか……。


 《死後蘇生(不死者化)》。

 ――説明が必要か?


 不死賢者殿は、間違いなく俺の死を望んでいる事だけは分かっている。

 同時に、この俺の生をゲーム感覚で楽しんでいるのも確かだろう。

 『生かさず殺さず』という言葉があるが、この場合は『殺さず生かさず』と言った所か。


 これらの状況を全て打破するには――てっとり早いのは、本人を倒してしまう事だろう。

 俺の身を脅かす脅威が消え、呪いも消え、ついでに名声も得る。

 最後のはどうでもいいが、最も非現実的な案(ヽヽヽヽヽヽ)としては分かりやすくて良い。


 不死賢者の強さは、推定でしかないが、SS(ダブエス)級。

 英雄クラス――の、更に一段階上に位置する、魔人クラス。

 騎士大国である《カルナス聖王国》の最高位騎士位である四聖騎士の一つ『聖騎士(パラディン)』が指揮する超戦術級軍隊『第一聖騎士団(パラディンナイツ)』をして、ようやくそのSS級とされている、個人の強さではまず到達不可能とされる化け物じみた強さ。

 話のスケールが大きすぎて大雑把にも想像しにくい強さだが、まず間違いなく俺では手も足も出ない事は、その話を聞いただけで分かり過ぎる程に分かった。


 流石は『不死賢者』の名を冠するだけはある。

 どうしようもないという事が、ちょっと考え、ちょっと調べただけで分かってしまった。

 初めから分かりきった案ではあったものの、倒すという選択肢は微塵の欠片も存在しえない。


 故に、俺が取るべき道は、交渉。

 SS級の不死賢者が掛けた呪いを解く方法など、真面目に考えて本人以外が解く以外には現実味がない。

 そんな事が出来る様なら今頃億万長者だと言われた。

 故に、俺が取るべき道は、一番まともそうだと思われる当たり前の選択肢。

 但し、こちらにしても絶望的としか言わざるを得ないだろう。

 だがそれ以外の道を考えても仕方がない。

 無限の時間があるならこの地を離れて別の方法を模索してもいいのだが、《死の宣告》という呪いが予想通りの意味を持っているのであれば、俺に残されている時間には限りがあるという事。

 正面からぶつかっていく以外には、俺の選択肢は用意されていない。

 それこそ、この俺の死に足掻く生をゲーム感覚で楽しんでいる不死賢者の仕掛けた罠であろうとも。



「――で。君はいつまでこのままでいるつもりかね?」



 ようやく業を煮やしたのだろう、エーベルの言葉が俺の思考を中断させる。

 その瞳の色は、呆れの色に染まっている。

 理解はしていた。

 察していた。

 分かっていた。

 何故ならずっと見えていたから。


 エーベルの膝奥深くに俺の頭が乗っている。

 大木を背に座っているエーベルの向きと同じ方向に足を投げ出して寝ている体勢。

 人生初なのか、それとも記憶初なのか。


 伝家の宝刀、膝枕。


 ――などと少し大袈裟に心の中でそう表現しているのは、喜びに少し舞い上がっているからなのだろうか。

 否。

 首筋に短刀を当てられているのが原因だ。



「天国と地獄は紙一重。この場合、俺は何を天国に思うべきか……」

「死ぬ事こそが天国で、生きている事が地獄なのだと私は思うよ」

「死ぬ事を許されない存在であれば、それもまた真理の一つだろう。だが、ここで問題にしているのは俺の幸福がいったいどこにあるかという事だ」

「勿論、それは君がまだ生きていられるという現実だろう」

「生きている事実、ではなくてか?」

「私が少し腕を動かせば、君は死ぬ。さて、君がまだ生きていられるのは何故だろうか、考えてみるといい」

「必要ない」

「それは死を受け入れるという事かね? それとも私が君を殺す筈がないと確信しているからかね?」

「その二択しか選択肢がないのであれば、俺は後者を選択する」

「私は選択肢を提示した訳ではないのだがね。だが、敢えて聞いておくとしよう。その理由は何かね」

「俺がまだ生きているという事実。俺がまだ殺されていないという事実」

「ふむ。その回答は、君が一瞬先の未来において死んでしまったらまるで意味を持たない理由だな。では、殺すとしよう」

「その理由がないため、俺が殺される事は決してない」

「君を殺す理由などいくらでもあるだろう。私は息をする様に何度も人を殺してきた。目障りだから殺す。邪魔だから殺す。周りに誰もいないのでとりあえず殺す。十分な理由だ」

「しかし俺を殺さない理由もいくらでもある。多くの者を殺してきた事実があったとしても、殺した理由も殺す理由もただのこじつけだ。そこに意味を持たせてまで自らの心を納得させても、俺の死を望んでいない者が俺を意図的に殺す事は出来ない」

「私が君の死を望んでいないと、何故に言い切れる?」

「膝枕がとても気持ち良いからだ」

「――君はいつまでこのままでいるつもりかね」

「死の危険を感じるまで」

「膝が痺れてきたので、そろそろ私は君から解放されたいと思っている。これは君を殺したくなるのに十分な理由だ。もう一度言うが、私が少し腕を動かせば君は死ぬ。これは死の危険ではないと?」

「息をする様に人を殺してきたのであれば、何故俺はまだ死んでいない。語り合う意味などないだろう」

「ふむ。そういえばそうだな」



 ――刹那。

 俺の首筋に冷たい刃物が鋭く走り、その瞬間、世界が闇色に染まった。










「どうかね、ハーモニー。死んでみた感想は」



 気が付くと、世界の闇は星空が輝く空の色へと変貌していた。

 しかし、先程まで映していた景色とは何かが決定的に違う。

 その何かを見つける前に、小さく可愛い顔が俺の視界の端から侵入してきた。


 リーブラの逆様の顔が俺を覗き込んでいる。

 地面に寝ている俺を、リーブラが立った状態で見下ろしている。

 相も変わらずに感情の色はまったく見えなかったが、リーブラの瞳は確かに俺へと意識を向けていた。



「おはよう」

「……」



 目覚めの挨拶を投げてみるが、返事は返ってこない。

 風が吹き、リーブラのローブがめくれあがり下着が見え隠れするが、やはりこの少女は気にした様子なく微動だにしない。

 ステータスを確認するまでもない、俺の知るリーブラ本人である事は間違いない様だ。



「もう一度死んでみるかね?」

「遠慮する」



 一度目を閉じ、少し心を落ち着けるために間瞑想した後に目を開けると、もうそこにリーブラの姿はなかった。

 ただ記憶にある景色とは向きが変わった夜空があるだけである。


 ――そうか。

 俺が感じた違和感の正体は、見上げている俺自身の位置が変わっていたのが原因か。


 起き上がり、声がした方を向く。

 そこには、見た事のある人形を膝に抱くエーベルの姿。

 その首筋には、斬られた痕。



「――俺の意識を、その人形に移していたのか」

「理解が早いな。だがもう少し慌てふためいてくれた方が可愛げがあって楽しいのだがな」

「座興である事は気が付いていたからな。目が覚めた時、身動きが一切出来なかったのもこれで納得がいった」



 とはいえ、意識ある中で首を斬られたのは事実。

 まだ残っている錯覚の感覚に、俺の手が自然と首筋を撫でてそこに痕がない事を確認する。

 いくら強がっていても身体は正直で、全身に鳥肌が立っていた。



「理由を聞いてもいいか?」

「なに、雇い主より頼まれていただけだ。ちょっと遊んであげて、とな」



 あの猫娘の差し金か……。

 なんとなく軽そうな性格をしているとは思ったが、予想を上回る悪戯ぶりだ。

 俺の実力を確かめたいのであれば正面からぶつけてくればいいものを、わざわざ小細工と仕掛けを施してまでする意味はないだろうに。



「それで、どうだったかね? 死んでみた感想を、そろそろ教えてはくれまいか」



 フフンと笑うエーベルの美貌が少し艶めかしい。

 小馬鹿にしている筈なのに、異性の心を惹き付ける笑みが魔性の如く俺の心にまで絡みついてくる。

 恐らくは意識しての事。

 毒牙にやられてしまわない様に、俺は視線をずらし、肌に触れる風の心地良さに意識を向かわせる。



「眠りに落ちる時と大差ない、意識の奥にいつの間にか沈み込んでいく様な感覚だったな。苦しみもなく静かに逝けるのだとしたら、天国の心地というのも(あなが)ち嘘とは言い切れなそうだ」



 あれが本当に死に逝く様であれば、の話だが。



「恐怖は感じなかったのかね?」

「自覚はなかったな。だが、寡黙な俺が適当な事をベラベラと喋っていたのを考えると、心が既に麻痺していたのかもしれない。刃物は――怖いからな」

「――君が寡黙なら、そこのお嬢さんはいったい何と言えば良いのかねぇ……」



 俺の冗談にきっちり反応してくれて嬉しい限りだ。

 たまに言葉遊びを仕掛けても、残念ながら気付いてくれる者は結構少ない。

 俺のエーベルへの好感度が跳ね上がった。



「遊びはこれで終わりでいいのか? 何だったらもう少しぐらいなら付き合っても構わないが」



 もう少しどころか朝まで付き合ってくれても勿論問題ない。

 但しその時には色々良からぬ事が起こっているかもしれないが。



「種が割れてしまった以上、これ以上君に付き合って貰ってもあまりめぼしい収穫はないだろう。いくら暇だとはいえ、足手纏いの給料泥棒を連れ歩くのは趣味ではない。せめてもう少し、才能の片鱗でも見え隠れしてくれれば楽しみ甲斐があったのだがな」

「――見えなかったか?」

「絶望的にね」



 絶望的なのか――。



「ハーモニー。君は全力で闘っている様で、まるで力を出せていない。力に振り回されている訳でもなく、制御出来ている訳でもない。精一杯頑張っている様に見えて、その実、余力を十分に余したまま闘っている。無茶をして無謀をして、計算高く計算外に動く。その動きの何所にも真面目さに満たされていない、そんな闘法だ。良く言えば素人同然、悪く言えば――ふむ、なんと言ったらいいものか。識っている事を真似て動くのだが、それが出来ない事も識った上で真似て、再現仕切れずに全く別の演技へと昇華させてしまう偽物の道化師。いや、これではあまりにも分かり辛いな。それに適当な表現でもない。さて困った――」



 いや、何を言っているかまるで分からない。

 俺の事を酷くけなしている事だけは分かったが。



「最初に言った筈だ。俺は一般人だと」

「――君はその言葉を、恐らくは『力なき者』という意味で使っているのだろうが、あまり多用するべきではないな」

「……その理由を聞いても?」

「質問をする前に一瞬の間を空ける事が出来る者に、私はすぐに答えを返してやるつもりはない。少なからず君には知と学が備わっているのだ。自分で考える事だな。その上で私の意見が聞きたいのであれば、心付け次第で答えてやろう」



 そう言った所で、エーベルは人形の頭を握力だけで握り砕いた。

 非常識すぎる握力だ。

 だが俺もそろそろこの世界の非常識性に慣れ始めてきている。

 知識の中にある価値観で物事を考えていては驚く事ばかりで心がすぐに疲れてしまう。


 この世界は、意外な化け物達に満ちている。

 今はこの非現実世界を、ゲームの中の世界なのだと割り切って受け入れる事としよう。


 反応の返さない俺に、逆に気をよくしたのかエーベルが豪快に人形を砕いていく。

 彼女が楽しそうにそれをしていると見えたのは、決して見間違いではなかった。



「私はこれが一番の楽しみでね」



 誰もそんな特殊趣味な事は聞いていない。



「さて、夜も更けてきた事だし、そろそろ帰るとしようか。忘れ物はないかね?」

「置き忘れる程の物は持ち歩いていない身だ。問題ない」

「うん? その顔に付けているレア物は、なくすと困る物ではないのかね?」



 ――四六時中、身に着けている物なので、すっかりその事を失念していた様だ。

 顔の一部と化しているこれがなくなれば、俺は非常に困る。

 しかし……レア物、か。



「なくなればすぐに分かる。忘れるという事はない」

「それもそうだな。では、行くとしよう」

「了解した」



 俺の横にリーブラが並ぶ。

 丁度良い高さにある頭に、手を乗せて撫でてやりたい気持ちにかられたが我慢した。

 ペット扱いは良くない。

 むしろ俺の方が職業名称からして彼女のペットだ。

 撫でるのは猫耳の獣娘にする方が、違和感を感じる機会は少ないだろう。


 先頭は相変わらずにエーベルが勤めている。

 体格差からリーブラが少し早歩きにならなければついて行けない速度ではあったが、当のリーブラは気にした様子なく自分のペースで歩を進めていく。

 その小さな我が飼い主様の速度に合わせて、俺はゆっくりと村へと向かう。


 夜の帳も既に落ち、村に近づいていくにつれて木々の合間から姿を表す星空の景色も良く見える様になっていく。

 季節は秋の終わり。

 この世界の言葉では〈星月(ほしつき)〉と呼ばれる、最も涼しい季節とされる〈地季(ちき)〉。

 馴染みのない言葉なので、流石に一度聞いただけではまだよく覚え切れていないが、間違いない筈だ。

 俺の知識の中の言葉で言うと、今は11月の初旬。

 そろそろ風も冷たさを帯びてくる頃であり、エーベルの言う通り夜が更けてきた時刻ともなってくれば、村に帰るのは当たり前の行為ともいえる。

 だが、それは此処では必ずしもそうとは限らない。

 いや、この村の周囲に限っては、といった所か。


 だがその理由を、俺はまだ詳しくは把握していない。

 何しろ、シルミーとエーベルによって、無理矢理この森に放り込まれたのだから。

 しかし命の遣り取りを経験したばかりの俺には、その理由が何となく理解出来た。


 この森は……あまりにも危なすぎる。


 此処から村まで行くには、それほど長い時は必要としないだろう。

 正確な時刻を計る事の出来る時計が見当たらないこの世界では、直感でしかその時の長さを計る術はないが、感覚にして約1時間。

 この世界で言う所の半刻を費やして、遭遇した者。

 それが奴等、魔者(ましゃ)と呼ばれる者達。

 その不死なる眷属に連なりし脅威の一種、D級眷属魔者、彷徨う腐死者(ドレッドゾンビ)


 あんな醜悪な者達が、夜になるとどこからともなく森の至る所に現れるとなれば、村に住まう者達は気が気でないだろう。

 むしろ、何故こんな危険な場所に村を作ってまで生活しているのか、理解出来ない行為に恐怖すら覚えてしまう。

 恐らくそこには何かしら理由があるのだろうが、残念ながら今はまだその解答には行き着いていない。

 だが、村に傭兵職の強者達が大勢募っている理由については察する事が出来た。


 ――つまり、夜というこの時間は、彼等の狩りの時間帯。

 そこに報酬が発生するのであれば、嬉々として彼等は魔者狩りにせいを出す事だろう。

 故に、村に帰るという選択肢は、この辺りに於いてはその特殊事情からしても、必ずしも当たり前の事ではない。


 では何故、エーベルは俺の問いに対して仕事は終わりだと答えたのか。


 何の事はない。

 役に立つとは全く思ってはいなかったが俺は仕事のつもりでこの森へ来た訳だが、シルミーは俺が肩慣らしをしたいという希望と実力が皆無という言葉を聞いて、エーベルに俺の護衛という仕事を依頼しただけだったのだ。

 そこに、俺が終わりなのかと聞いてしまったのだから、その意を汲んでエーベルは仕事の終わりを了承した。

 恐らく、俺の思いと事情を理解した上での事。

 わざわざ質問し返して仕事を長引かせてしまうよりは、 その方がエーベルにとって圧倒的に都合が良いのだから、その答えに迷いはなかっただろう。

 事実、俺は彼女の言葉に疑問は持っていなかった。



「……バカ」



 きっとその声は空耳だ。

 横を歩くリーブラはいつも通りに、何事もなく無表情の顔を前に向けてただ歩いていた。



「お帰りなさいませ」

「ああ、ただいま」



 遙か先で、村の入口に着いたエーベルが警戒の任に就いているらしき女性と軽く言葉を交わし始める。

 遠巻きにだが最初の言葉だけは聞こえずともすぐに分かった。

 流石に夜だと危ないのか、村を出る時に見た女性とは異なり、彼女は手に槍を持っている。

 案外、俺よりも強いのかもしれない。


 ようやく追いついた俺達にも、彼女は同じ言葉を言って歓迎してくれる。

 ステータスを確認しても名前が出てこないので、恐らく初対面だろう。



「昨日から世話になっている、ハーモニーだ。宜しく」

「シイナと言います。失礼ですが、もしや同郷の方ですか?」

「ん?」



 少し観察してみると、彼女は俺と同じ黒髪と黒瞳をしていた。

 獣の類にある様なアクセサリーもない。

 念の為ステータスも確認すると、名前も漢字表記で椎名(シイナ)となっていた。

 俺は少し考え……。



「違うだろう」

「……そうですか。残念です」



 彼女が何を思ってそんな質問をしてきたのか何となく分かったが、嘘を吐いても仕方がないので俺は正直に事実だけを伝えて村の入口を後にした。

 暇潰しの種を巻いて彼女と少し親密になりつつ情報収集しても良かったが、武器を持って少なからず緊張している者を相手に会話を楽しめる程、俺は心が器用には出来ていない。



「素っ気ないな。……少女趣味なのかね?」

「心配せずとも、エーベルも間違いなく俺の好みの範囲だ。ただ今日は疲れたので早く休みたい。ただそれだけだ」

「嬉しい言葉だ」



 世辞で言ったつもりの言葉なので、エーベルも本当に喜んでいるかは疑問だが、彼女の顔は笑んでいた。



「では、私も用事があるので一先ず失礼するよ。また後でな」

「ああ。お疲れ」



 言って、エーベルと俺達はそこで別れた。

 別れ際の一言は、シルミーに後で今日の報酬を貰いに行くから、という意味だろう。



「おう、待っておったぞ小僧」



 連れ立って宿屋の隣に立てられている食事所に入った所で、俺は少し驚いた。

 非常識な事でも割り切って受け入れると決めたとはいえ、やはり吃驚(びっくり)する時は素直に身体と心が反応してしまうらしい。



「まだ、飲んでいたのか……」



 そこには、身体は大きいが背の小さい髭面の老人がいた。

 エルフという種族がいれば、当然ドワーフという種族もいる。

 彼はその純血のドワーフその人だった。

 名は、ガルゴル。



「約束したじゃろうに。小僧が帰ってくるまで飲んで待っておるとの」

「約束した覚えはないな。……聞いた覚えならあるが」

「さぁ座れ! 先程の話の続きを聞かせてやる。今夜は寝かさぬぞ、ガッハッハッハッ!」



 俺が拒否の言葉を告げる前に――逃走すらする事を許されない会心の速度でドガガガガッと近づいてきた巨躯が俺の腕を引っ摑み、無理矢理に彼が占拠し続けているテーブルの席へと座らされる。

 俺に拒否権はない様だ。

2013.05.26校正

2014.02.13校正

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